ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第十八話 雪の眩しさに気が付いて1

 日付は十一月の中旬。もうめっきりと寒くなり、冬服の下にカーディガンを着こむ季節。

 私、絢瀬絵里はステージの上に立っていた。

 屋外のせいかかなり冷えるものの、緊張感のせいかあまり気にならない。むしろ……違う意味で震えてきそうね。

 

「それでは!! 最終予選に進む最後のグループを紹介しましょう!!」

 

 ハロウィンイベントでも司会進行を務めていた、少しばかり元気過ぎる女性アナウンサー。彼女がそのよく通る声を遺憾なく発揮して私達のグループ名を発表する。

 

「μ’sの皆さんでーす!!!」

 

 がばっと両手を広げる彼女。全身を使って私達を指し示してくれる。

 同時に少しだけではあるものの、確かな歓声が耳に届いた。大きさを考えると一番最初に紹介された一位通過のグループ『A-RISE』には及ばないものの、確かな声の波に思わず頬をほころばせる。

 その歓声のおかげで、私達は今ここに立っているのだと実感することが出来た。

 

――グループメンバー全員がステージに立ち、カメラのフラッシュを浴びている。

 

 本当、こんな光景。半年前には想像すらしていなかったわね。

 

 ……海菜。貴方は今の私達を見て、どう思ってるのかしら?

 

 この映像をネットで視聴しているであろう幼馴染の姿を思い出して、私は小さく笑みを漏らした。

 

「さあ!! 一ヶ月後の最終予選。そこで、この四組の中からラブライブ出場校が一組だけ決定します!! それでは一組ずつ意気込みを語ってもらいましょーー!!!!」

 

 何が楽しいのか、元気よくマイク片手にポーズを決めて満点の笑顔を浮かべるアナウンサー。

 海菜が一度『あの人、!マークの消費が人の三倍くらいありそうだよな』と零していたのを聞いたことがあるけど、あながち間違っていないかもしれないわね。

 

「まずは、μ’sの皆さんです!!!」

「は、はい!!」

 

 穂乃果が慌てて気をつけし直すと、マイクへと少し顔を近づける。

 こういうインタビューに応えるのはリーダーである彼女の役目なので、私たちは表情を崩さずに穂乃果を見守った。

 

「わ、私たちは……ラブライブで優勝することを目標に、ずっと、頑張ってきました!」

 

 最初は少し吃ってしまったものの、だんだんと声にも張りが戻ってくる。

 

 いいわよ、穂乃果。その調子。

 横に立つ海未も満足気に微笑む。

 

「ですので!!!」

 

 ずずずいっとアナウンサーよりも前に出て見せる穂乃果。

 僅かに観衆が……そして私達にも戸惑いが走る。

 

 一瞬の間。

 画面に映し出された、穂乃果の顔に浮かぶ輝く笑顔。

 

――そして。

 

 

 

「私たちは絶対に優勝します!」

 

 

 

 ……え?

 

 μ’sメンバー全員が戸惑いの表情を浮かべたと同時に、観客の皆が再び歓声を上げた。

 おお~、というバラエティ番組でよく聞くそれ。まさか生で聞ける日が来るなんて……。

 

 しかし、止めようにももう遅い。

 例の女性アナウンサーのテンションもより一層跳ね上がっていた。

 

「すすす凄い!!! いきなり出ました優勝宣言です!!!」

 

 この人の興奮度のギアは何処まであがるのかしら!?

 目の前の衝撃がふわふわと宙に浮き、人事のように思う。

 

「え……? あれ?」

 

 そして、穂乃果はアナウンサーや観客の反応をみて可愛らしく首を傾げて戸惑いの声をあげていた。

 海菜あたりが側にいれば『無自覚かよ!?』と、本気でツッコミを入れそうなリアクション。でも、言ってしまったものは仕方がない。私も止めることが出来ないまま呆けた表情で穂乃果を見つめる他なかったわ。

 

「ばっか……」

「言い切っちゃった……」

 

 後ろでにこの呆れ声と花陽の戸惑いの呟きが聞こえる。

 その声につられて、私はそっと皆の顔を見回した。

 

 そして、なんとなく一安心。

 結局、この場に来てもみんないつも通りなのね……。

 

 単純な感想。

 

 もちろん皆それぞれ緊張して、笑顔だって強張ってしまってはいた。九人で構成される大所帯のグループだから、その分一人に集まる視線は少なくなるし先頭の穂乃果に注目が行く分プレッシャーは相対的に低くなっている。とはいえ、完全に本調子になんて成れない。

 

 でも、μ’sはどこにいってもμ’sね。

 

 穂乃果のうっかりも、にこの呆れ顔も。花陽の困った顔や凛の輝く瞳。真姫は興味無さそうに目は背けているものの、身体は真っ直ぐに前を向いている。ことりと海未も、隣同士苦笑しながらも穂乃果の後ろで堂々としていた。

 

 

 

 しかし。

 

 確かな違和感に襲われる。

 

 

 

「ついに……。ついにここまで来たんや」

 

 

 

 小さな声。

 隣りにいる私にしか届かない囁き声。

 

 

 この声は……希?

 

 

 私の親友が、珍しく拳に力を込めた様子でそこにいた。

 いつもの柔和な微笑みではない。確かな覚悟の宿った固い表情。

 

 少しだけ、いつもの彼女では無い様な気がして……。

 

 

 

 だけど、その囁き声は観客の歓声に呑まれて――皆には届かなかった。

 

 

 

***

 

 

「何堂々と優勝宣言してんのよ!」

「い、いやぁ……。勢いで……あはは」

「全くもう」

「でも、海菜さんはすぐに『ナイスコメント!』ってラインくれたよ?」

「アイツはそういう派手なのが好きなだけよ!」

 

 部室に戻って開口一番。にこが穂乃果に噛み付いた。

 むにー、と頬を抓られた穂乃果が聞き取れない声をあげながら藻掻く。

 

 すると、

 

「でも、実際目指してるんだし。問題ないでしょ」

 

 やかましく騒ぐ二人を横目に真姫が冷静に口を挟んだ。

 

 そうね。別に優勝宣言自体は悪いことじゃなかったと思うわ。会場の空気を一瞬だけでも私達に向けることが出来たし、勝ちたいと思ってるのは本当なんだから。……すこし、他の人から見たら無謀過ぎる目標だから言い出しにくい事ではあったけれど。

 

 海未も穂乃果の特に考えなしの行動に呆れつつも、真姫の台詞に納得がいったのか。静かに頷いた。

 

「確かに。A-RISEの皆さんもこの最終予選が本大会に匹敵するレベルの高いものになるだろうと仰ってましたし……」

「そっか……認められてるんだ。私達」

 

 穂乃果がすこしだけ嬉しそうに笑う。

 

 私は最後にインタビューされた彼女達の様子を思い出していた。

 

 終始緊張気味だった他のグループとは一線を画し、常に余裕ある堂々とした態度で会見に臨んでいたA-RISEの三人。特に派手なパフォーマンスはすること無く、粛々と聞かれたことに対して返事を返していて。

 それはまさしく王者の風格と言った感じで。全身から視覚できそうなほどのオーラが漂っていた。

 

 ほんの一瞬。ほんの一瞬だけ綺羅さんが私と希に向けてウィンクを飛ばしてきたような気もするけれど……アレは一体どういった意味なのかしら?

 

 私の幼馴染。古雪海菜の頬に口づけを残していった彼女。

 別に、彼が女の子を引っ掛けてくることは珍しいことでは無かったわ。しかし、それはせいぜい中学までで、それこそ自身に好意が向かないよう立ち回り始めた海菜にその類の話は無かったはずなのに……。

 

 しかし、彼女は彼に惚れたという。

 

 あの光景を目の当たりにして、私の胸には嫉妬というよりは驚きの方が優っていた。

 海菜は確かに素敵な男の子よ。

 でも、同時に分かりづらいバカでもあるわ。たった数度会った位で彼の内面を見抜くなんて……。

 

 海菜も戸惑うばかりで拒絶する様子は無かったし。

 

 うーん。

 

 意図せず、思考が段々と脇道に逸れてしまう。

 ダメよ。今は最終予選の事に集中しなきゃ。綺羅さんが冷静だったのもきっとそのあたりの切り替えをうまくしているから。私達も負けちゃダメね。

 

「それじゃ、最終予選で歌う曲を決めましょう!」

 

 強引に考えを引き戻して、私は皆にそう呼びかけた。すぐに注目が集まる。

 

「歌える曲は一曲だから、慎重に決めたいところね」

「うん、勝つために……」

 

 花陽が自分に言い聞かせるように呟く。

 そうよ。結果を出すために私たちは踊るの。海菜の信頼に答えるためにも。

 

 すぐににこが案を出す。

 

「にこは新曲が良いと思うわ!」

「おおー、新曲!」

「面白そうにゃ!」

 

 穂乃果と凛が楽しそうに同意するものの、慎重派の花陽が困ったように笑いながら口を挟んだ。

 

「で、でも、新曲が有利っていう訳でもないし……」

 

 彼女のかなり的を射た発言。

 他のグループがどうするのかにもよるでしょうけど、新曲だから印象が強くなったり有利に働くという確証は無い。一次予選がオリジナルの新曲だったことから多少は評価される可能性もあるけれど。

 

「だけど、印象はかなり違ってくると思うわよ。リスクは高いかもしれないけど」

 

 一方。にこの意見も間違っている訳ではない。

 私たちのことを知らない人へ新曲を披露してもあまり効果は無いけれど、特に、私たちのことを知ってくれている人たちに対しては大きな働きかけが出来る。以前と違って、最終予選に残れたことで知名度も上がっているから、うまくやれば大きなアドバンテージにも成りうるわ。

 

 私はどっちの意見かしら?

 

 そう考えているうちにことりも自身の考えを述べてみせる。

 

「この前やったみたいに、無理に新しくしようとするのも……」

 

 確かに、インパクト作りのようにから回るだけで終わってしまっては元も子もない。

 

 じゃあどうしたら?

 全員が口をつぐんでアイデアを出そうと頭を捻る。

 

 

 その時。

 彼女が口を開いた。

 

 

 

「例えばやけど……。このメンバーでラブソングを歌ってみたらどうやろか?」

 

 

 

 全員の注目が希に集まった。

 彼女はいつもの様に飄々とした笑顔を浮かべてみせる。

 

『ラブソング!?』

 

 私以外のメンバーが口を揃えて驚きの声を上げた。

 

「なーるほど! アイドルにおいて恋の歌、すなわちラブソングは必要不可欠! 定番曲の中に必ず入ってくる歌の一つなのに、それが今までμ’sには存在していなかった!?」

 

 完全にスイッチが入ってしまった花陽は早口でそう言い切ると、ショックをありありと顔に浮かべる。

 凛が生暖かい笑顔を浮かべている辺り、正真正銘アイドル大好きモードの彼女らしい。

 

 しかし、この時の私は彼女よりも親友の様子が気になっていた。

 

 

――希が進んで案を出すなんて。

 

 

 ぽかん、と自分の口が開いてしまったのが分かる

 

 なぜなら、いつも彼女は見守るスタンスにいたから。

 どんなときも話が逸れてきたら口を挟んだり、誰かと誰かがぶつかりそうになったらうまくいなしたり。少なくとも彼女自身の意見は、常に既存の意見に対する『賛成』か『反対』だけ。

 自らの意見を出して、それを推すことはほとんどしない。

 

 争いの種を生み出したくないのか、それとも他人の意見を尊重してしまうからなのか。――きっと、その両方ね。私の知る彼女は、いつだってそうだった。

 

 でも……。

 

 私は不思議に色あせない記憶を思い出す。

 希が、いつだったか分からない。本当に偶然、ぽろりと零した言葉。

 

 

 

――μ'sの皆で曲を作りたい。

 

 

 

 彼女が口にした初めての、彼女自身の願望。

 その時は深く考えなかったけれど、確かに覚えていたその願い。

 

「のぞ……」

 

 小さくつぶやくと、彼女と目が合った。そしてにこりと微笑みを返される。

 優しく、温かい。私の大好きな笑顔。

 何も言わなくてええよ? そう語りかけられているような視線。

 

 希、あなた……。

 

 私が二の句を次ぐ前に、穂乃果が口を開いた。

 

「でも、どうしてラブソングが今まで無かったんだろう?」

「それは……」

 

 素朴な疑問。

 すぐに視線が一人の元へと集まる。

 

「なっ! 何ですかその目はっ」

 

 一瞬きょとんとしたものの、慌てて飛び退いて焦った様子を見せる。歌詞を一手に引き受ける海未。彼女は頬を赤くしてキョロキョロと全員の顔を見回していた。

 

「だって、アンタ恋愛経験無いでしょう」

「え……? に、にこ! ど……どうして決めつけるのですか!」

 

 図星。

 明らかにそんな表情を浮かべたものの、必死の様相で彼女は言い返す。

 しかし、その発言は余計だったようだ。

 

「あるの!?」

「あるのぉ!?」

「なんでそんなに食いついてくるのですか……」

 

 幼馴染二人が悲鳴にも似た声を上げ、止める間もなく海未は部屋の隅へと追いやられてしまう。

 何故かにこ、花陽、凛の三人もそれに加わっていた。

 

「あるの!?」

「あるにゃー!?」

「白状しなさい!」

「海未ちゃん答えて! どっち!?」

「海未ちゃあん……」

 

 ことり、もしかして泣いてるの!?そこまでショックなのかしら?

 

「そ、それは……」

 

 あつまる視線と、崩れ落ちる海未。

 彼女はガクンと項垂れるとへたり込んでしまった。

 そして小さな声で呟く。

 

「無いです……」

「なーんだ。やっぱりにゃ」

「良かったぁ~」

 

 凛はつまらなそうに踵を返すとにゃーっと伸びを一回。ことりは心の底から安心したように溜息を零している。そして穂乃果は

 

「もー、変にためないでよー。ドキドキするよ~」

 

 バシバシと海未の肩を叩いて笑っていた。

 ぐっ、と海未は歯を食いしばると、悔しそうに顔を上げる。

 

「どうして貴方たちに言われなくてはならないのですか! 穂乃果もことりも無いでしょう!?」

「う、うん。えへへ」

「……」

「ことり?」

「う、うん。そうだね~」

 

 一瞬だけことりの様子に違和感を感じるが、それについて深く考える前ににこが口を挟んだ。

 

「女子校なんだし、むしろある方が不思議よ」

 

 それもそうね。中学時代ならともかく、今の環境で恋出来るなんてそうそう無いと思う。

 ……わ、私は例外だけど。

 

 しかし。凛が不思議そうに呟いた。

 

「でも、かいな先輩は男の子だよね。凛、一人くらいかいな先輩の事好きになる人が出てもおかしくないと思うんだけどにゃー?」

「あはは、でも、海菜さんは私達みたいな年下なんて相手にしないよぉ」

「えー、かよちん。かいな先輩も充分子供だにゃー。凛と同い年位のテンションで遊んでくれるし」

「ふふ。良いお兄ちゃんだよね~」

 

 にこやかにそう彼を評価する凛と花陽。

 

 そうね。この子達にとって海菜はそういう男の子なのよね。

 恋愛対象ではない、それでも大切な存在。

 

「そんな。珍しい男ってだけで恋するほど私達も恋に飢えてないでしょ」

 

 にこは偉そうに腰に手を当てながらそうのたまう。

 

 彼女もきっと海菜の事が嫌いなわけでは無いでしょうけど。

 様子を見る限り恋している訳ではないらしい。

 

「たしかに、優しくて良い方ですが……私たちはあまり恋愛対象じゃない感じはしますね」

「そうだねー。あんまり意識したことなかったけど、海菜さん別け隔てなく優しいというか、いいお友達みたいな」

 

 二年生二人は彼をそう表現してみせた。

 当たらずも遠からず、といったところかしら。

 

 まぁ、この子達から見る彼の姿は少し気難しい。でも、面白くて優しい変な先輩。

 そんな感じでしょう。

 

 しかし、唐突に真姫が口を開いた。

 

「私達や恋に興味ないというよりは、あの人勉強熱心過ぎるのよ。多分考えてる余裕がないんだわ」

 

 息を呑む。

 

 意図せず紡ぎだされた正解。

 きっと、勉強というものに彼同様まっすぐ向き合うからこそ気付けた彼の本質なのかもしれない。

 

「あー、なるほど。ツバサさんのアプローチもかわしてるらしいよね! さすが真姫ちゃん! 海菜さんのことよく見てるね~」

「なっ! そんなんじゃないわよ」

「あっ、照れてる! 可愛い!」

「ほ、穂乃果!!」

「真姫、もしかして海菜さんのことが好きなのですか?」

「えー! 真姫ちゃん、そうならそうと早く言って欲しかったにゃ―」

「どうしてそういう話になるのよーー!」

 

 全員の矛先が今度は彼女に向いてしまう。真姫は顔を真っ赤にして必死に否定していた。

 たしか、海菜と真姫は二人きりで勉強会したりしているのよね?

 多分、彼女の勉強へのひたむきさが彼を動かしたんでしょうけど……でも、だからこそ恋愛的な繋がりは無いって思うの。今、真姫の目に浮かんでいるのも、自分の目指すゴールの近くへ辿り着いた先輩に対する敬意の念が強いみたいだから。

 

「も、もう。話を戻すわよ!」

 

 ひとしきり騒いだ後、強引に真姫が制止をかけた。

 一応真面目な話をしている最中だったため、他のメンバーもしつこく彼女を弄るようなことはしない。僅かに真姫の超えに宿った真剣な色を察して続く言葉を待った。

 

 

「いずれにせよ、これから新曲なんて無理ね」

 

 

 ため息混じりの一言。

 

 彼女らしい合理的な意見。

 言葉は少ないものの、彼女の言いたいことは良く分かった。最終予選まではあと一ヶ月。これから急ピッチで新曲を作らなくてはならないだけでかなりの負担にはなると思うわ。しかも、勝ち上がれるだけの素晴らしいものでなくてはならないし。

 新曲である必要が無い以上、今まででもっとも出来の良い、踊り慣れた曲で戦うほうが堅実な気もする。

 

 分かる。分かるの! その意見も。

 

――でも。

 

 

 

「あ……諦めるのはまだ早いんじゃないかしら?」

 

 

 

 思わず、私はそう口を挟んでいた。

 だって……。

 

 私はちらりと希を見る。

 彼女の表情からは何も伺えない。いつもと同じ笑顔がその本当の心を隠してしまう。だからこそ、私以外は彼女の想いに気がつかない。

 でも、私には分かるから。

 希は『ラブソングを作りたい』と言った。私はその意思を尊重してあげたい。

 

「絵里……?」

 

 意外そうな顔で、真姫が呟いた。

 貴女らしくない、そう言いたげな表情。

 

 私は、彼女と目を合わせようとはせずに捲し立てるように言葉を続けた。

 

「今から頑張れば、きっといいものが出来ると思うの! ラブソングが一般的にアイドルの持ち歌として有利なのも事実だし……」

 

 わかってるわ、苦しい理由だってこと。

 それでも、このままこの話を流れさせるなんて私には出来ない。

 

「そうですね。一度頑張ってみるのも……私に作詞が出来るか不安ではありますが」

「うん。ラブソングってことは、恋愛の歌ってことでしょ? 私たちに作れるかなぁ?」

 

 私の熱心な様子に思う所があったのか、一応は話を合わせてくれる海未。

 でも、たしかに穂乃果の言う通り作詞の面で苦労してしまうかもしれないわ。

 各々の恋愛経験が無さ過ぎて良い歌詞を書けない可能性が大きい事を危惧しているのでしょう。そして、確かにその通りだとも思うわ。

 

 正直、私の海菜への想いは一般的なそれとはかけ離れているだろうから……。

 

 沈黙が流れる。

 どうすればいいんだろう?

 それぞれが脳内にはてなマークを浮かべていた。

 

――その時。

 

「要は、恋愛のイメージが掴めればいいんだよね?」

 

 皆が頭を抱えて良い方策がないか探す中、凛が立ち上がった。

 

「凛にいいアイデアがあるにゃ!」

 

 そして、腰に手を当てて堂々と右手に持ったスマホの画面を魅せつける。

 

 

「強力な助っ人が釣れたよ!」

 

 

――――――――――――

 

 

凛:ってことで、恋愛の曲はどうやって作れば良いと思いますか(o゜ー゜o)??

 

かいな先輩:恋すれば良いんじゃない? 俺とか

 

凛:はは。ウケるにゃ

 

かいな先輩:へへ。ヘコむにゃ

 

凛:もう、冗談は顔だけにして欲しいにゃ―(*/∇\*) キャ

 

かいな先輩:覚えてろよ、おい

 

凛:冗談ですよ! それで、曲の話なんですけど……。皆頭抱えてしまってて

 

かいな先輩:はいはい。じゃ、好きな人が出来た人に一度なりきってみたらそういう人の気持ちが分かるんじゃない?

 

凛:なるほど、名案だにゃ!Σ(●゚д゚●)

 

かいな先輩:だろ? それじゃ、また明日。台本作ってくから!

 

凛:はーい。お願いしますにゃ!

 

 

――――――――――――――――

 

 

 たっぷり三〇秒。

 全員で彼女の画面を凝視する。

 

――そして。

 

 

 

『よりにもよって、誰に助っ人頼んでるのよーーー!!』

 

 

 

 部室にほぼ全員の悲鳴が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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