ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第十九話 雪の眩しさに気が付いて2

「おはよう、海菜」

「おっはー」

「懐かしいわね」

「ふふん。歳だな」

 

 最終予選に先んじて行われた会見の翌日。

 私はいつもの様に家の前で海菜と落ち合って学校へと向かう。昨日も遅くまで勉強していたのだろう、目元には疲れがクマとなって伺えた。元々クマが出来やすい体質のため然程心配とは言わないけれど……ホント、相変わらず勉強に対しては一生懸命なヤツね。

 私は軽口を交わしながら歩みを進める。

 

「今日の放課後は確か練習に来てくれるのよね?」

「あぁ。昨日凛から連絡貰ったし……ふふふ」

「ちょっと、あんまりふざけ過ぎたら怒るわよ?」

 

 良からぬ事を考えているのだろう、怪しい笑みを湛えてみせる海菜。

 凛もあれだけコイツに虐められておいて、気にせず頼むんだから……。確かに、煮詰まった考えを解すという意味では海菜ほど頼れる人はいないと思う。でも、ほぐす通り越してかき乱しすぎるのも私の幼馴染の特徴よ。

 

 だからこそ、軽く釘を刺しておいた。

 しかし、どうやらそれは余計なお世話だったらしい。

 

「……あんまりふざけ過ぎないほうがいいの? そのことについて聞こうと思ってたんだ」

 

 海菜はちらりと私の顔を伺うと小さく首を傾げた。

 

「ラブソングを作る云々の話になった理由があんまり分からないからさ。ふざけて良いのか、それとも真剣に相談に乗ったほうが良いのか判断つかずにいるんだけど」

 

 真剣味を帯びた声で彼は問う。

 

 ……。

 少しだけ考える。

 

「そうね……」

 

 実際の所、どうなんだろう?

 私はラブソングを皆で、希のために作りたいと思ってる。海菜が呼ばれたのはかなり強引に、新曲を作る方向へ話を勧めたからでもあるわ。

 海菜はその事を知らないからこそどうすべきか迷っているの。

 この前のようなμ’sのインパクトに関しては、正しい答えが一つしか無かった。だからこそ、海菜は好きな様にボケて、かき回して、答えを出すことを全て私たちに委ねることが出来たのだと思う。

 

 でも、今回の問題は少しだけ複雑。

 そもそも新曲を作るのが良いのかすら分からないから。

 

「なんだよ。ハッキリしないなぁ」

「う、ごめんなさい。一応昨日の話を伝えておくわね」

 

 海菜はジトっとした目で私を見る。

 煮え切らない態度が気にかかったのだろう。私は素直に全部事実を伝えることにした。そうすれば海菜なりの答えを出してくれると思うし、その上で意見をすり合わせればいい。

 

「そもそも、どうして新曲を作ろうって言い出したかって言うとね……」

 

 私は順を追って全てを話す。

 

 最終予選の曲目を决める話になったこと。

 新曲がもしかしたら有利かもしれないこと。

 ラブソングも強いとの意見があること。

 でも、そこに根拠はないこと。

 

 海菜は黙って聞いていた。おそらく、この程度のことは既に予想済みに違いない。

 

――そして……。

 

 私は最も大切な情報を彼に伝える。

 

 

「希がね、ラブソングを作りたいって……そう言ったのよ」

 

 

 瞬間。

 

 海菜はぴたりと足を止めた。

 振り返ると、彼は驚いた表情で私を見つめている。

 

「希が?」

「えぇ。私も驚いたわ」

「……あの娘が、そっか」

 

 ぽつり、呟くと俯いて考えこむ。

 

「海菜。歩かなきゃ遅刻しちゃうわよ」

「あ、……うん」

 

 沈黙が満ちる。

 幼馴染は自分自身の思考に沈み込んでいるらしく、顎あたりに右手を置いたまま俯きがちのままゆっくりと歩いていた。私は彼の邪魔をしないように隣を進む。

 

 五分ほど経っただろうか。

 海菜が口を開いた。

 

「うん。やっと納得いったよ」

「納得?」

「あぁ。ぶっちゃけ、新曲作りは大分リスク高いし、他のメンバーがそれを推すなら分かるけど……君がそれに賛成するとは思えないから。どちらかというと絵里は今までの完成度高い曲をやった方が良いって考えるだろ?」

 

 ふふ。どうやらお見通しらしい。

 

「えぇ、そうね。……それに、海菜も同じ意見でしょう? だからこそ、引っかかって私に質問してきた」

「……正解」

 

 にやり、と二人交わす笑み。

 

「俺もどちらかと言うと、今までの曲やった方が良いんじゃないかって思う。でも……」

「希が意見を出したんだもの」

「だったら話は別だよな」

 

 顔を見合わせて頷いた。

 他でもない、希がやりたいって言ったことだもの。

 私は……私たちはそれを応援してあげたい。

 

「でも、分からないことが一つ。あと、やらなきゃいけないことが一つ」

 

 海菜は微笑みを消すと、真面目な表情でこちらを見つめてきた。

 

 私は静かに彼の言葉を待つ。

 

「やらなきゃいけないことは簡単。もし、新曲を作るなら、その理由をみんなにちゃんと納得して貰わなきゃいけない。どちらでも良いってタイプのメンバーも居ると思うけど、反対する娘も居るだろうから。……多分、真姫や海未あたりは特に」

「……えぇ、そうね」

「あと、分からないことなんだけど……」

 

 海菜は複雑そうな顔をしてみせた。

 

「希はどうしてラブソングを?」

 

 本気でわからないのだろう、彼はそう素直に聞いてきた。

 

 ……どうなんだろう、言って良いのかしら?

 

 私は少しだけ迷う。

 

――μ’sの皆で曲を作りたい。

 

 彼女が零した素直な願い。

 それは私に届けたというよりも、思わず口にしてしまったかのような印象だった。

 

 だから、今となってはその想いが彼女の中心にあるのかどうか分からない。

 

「あくまで、私の思い込みかもしれないんだけど……」

「だったら、正解だろうね。他でも無い希の事なら」

 

 彼は真っ直ぐに私の瞳を見つめてくる。

 親友である君の言葉は何よりも正しい、そんな彼の信頼。

 もう、そんなに手放しに信じられても困るわよ……。

 

 私は静かに語りだした。

 

「希が一度ね、言っていたことがあるのよ」

 

 海菜はそっと耳を傾ける。

 

 

「μ’sの皆で曲を作りたいって」

 

 

 彼は静かに頷いた。

 

「希の境遇は海菜も知ってるでしょう? だからこそ、希は他の皆以上にμ’sに想いを寄せていると思うの。だからこそ、皆で、形となって残る物を作りたいんだって。私はそう考えてる。同時に、私はそんな希の願いを叶えてあげたいの」

「……あぁ、そうだな」

 

 ふわりと零れる笑顔。

 

 

――しかし。

 

 

 彼は顔を伏せると、小さく呟いた。

 

 

 

「でも、なんで希はその事を君や俺に……相談してくれないんだろうな」

 

 

 

 小声だったせいか彼の声は私に届かなかったけれど……。

 彼の神妙な様子に、どこか胸騒ぎが止まらない。

 

 

「希の本当の願いなら……叶えてあげたいのに」

 

 

 吹き荒ぶ風。

 

 

「……叶えるべきなのに」

 

 

 彼の言葉は寒空の下、冷えた空気に溶けて消えた。

 

 

 

***

 

 

 放課後。

 私たちはいつもの様に集まって彼の到着を待っていた。

 

「嫌な予感がします」

「予感というか、確実にロクでもないこと考えてくるわよあのバカ」

 

 海未が自らの身体を抱きながらそう零し、にこが吐き捨てる。

 

 どうなのかしら?

 朝の話を踏まえた上で海菜は今日の対応を决めるんでしょうけど……流石に私でも完璧な予測は出来なかった。ラブソングを作る方向にうまく持っていくのか、それとも別の選択肢を提示するのか。

 でも、海菜は作るなら作るで皆に納得して貰わなきゃいけないって言っていた。だからこそ、前者は彼の性格上考え辛い。

 

 多分、彼はきっと……

 

 

「おまたせ! 台本作ってきたぞ―!!」

 

 

 いつも通り、私達の考えをゆっくりと見るつもりなのだ。

 楽しく、自分という新たな風を入れながら。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「第一回! チキチキ、恋する乙女の気持ちを知れ! 古雪海菜に告白してみようゲーム!」

『…………』

「わーわー! ぱちぱちぱちぱち」

『…………』

 

 一人声高に、相変わらず大好きな芸人さんのドナリを真似して見せる幼馴染。

 もちろん、私たちはそのタイトルを聞くやいなや黙ってじろりと彼を睨みつけているのだけど、一向に怯む気配はない。穂乃果や凛のヨイショがなくても自ら元気よく拍手して見せていた。

 

「流石に無いにゃー」

「オコトワリシマス」

「だ、誰かタスケ……」

「こ、ことりも、皆が嫌ならやっぱり止めておいた方が……」

「破廉恥です!」

「あはは、海菜さんらしいけど……」

「エリチ……」

「希、私に振らないでよ」

「ばっかじゃないの」

 

 私たちは口々に拒絶の言葉を並べる。

 年の近い、もしくは同い年の女の子のあまりに冷たい視線。

 さすがの幼馴染も、これには引かざるを得ないと……私は思っていた。

 

――しかし。

 

 

「…………」

 

 

 彼はじいっと私達の顔を見回す。

 そして、にこりと愛嬌のある笑顔を浮かべた。

 

 

「さて! ルール説明なんだけど……」

『まさかの続行!?』

「おぉ……」

 

 思わず出てしまった声を揃えてのツッコミに、海菜はなんとも満足そうな表情を見せる。おぉ、じゃないわよ! そんな無茶苦茶な企画、私達が乗るわけ無いでしょう!

 

「君らがなんと言おうと、俺はこの企画を進めるよ」

「アンタわけの分からない所でメンタル強過ぎなのよ! 普通あれだけ拒否られたら止めるでしょ!」

「はあ? 止めるわけ無いじゃん」

「頑な過ぎるわ……」

「何言ってんだにこ。君だって似たようなもんだろ」

「どういう意味よ?」

 

 いつもの様ににこが彼につっかかり、二人の会話が始まる。

 今日ばかりはにこに頑張って貰わなきゃ。冗談でも海菜に告白なんて……恥ずかしすぎるわよっ。

 

「君だって、どんなに辛いことがあってもアイドル続けたいって思うだろ?」

「……な、なによ急に。そ……、それはそうだけど……」

「俺も同じだ。だから何があってもこの企画を……」

「ちょぉっと! にこのアイドルとアンタの歪んだ趣味を一緒にしないでくれる!?」

「それはおかしいぞ、にこ。何が大切かなんて人それぞれ違うだろ!」

「正論っぽい言い方やめてくれない!? 私が間違ってるみたいに聞こえてくるから!」

 

 あ、これは丸め込まれてしまうパターンかもしれない。

 そんな私の予想通り、にこは海菜のボケに対応するのに手一杯で肝心の制止を忘れているようだ。

 

「別に、俺の趣味だけって訳じゃないよ」

 

 海菜は真剣味を帯びた表情で他のメンバーの目を見つめた。

 ……絶対ふざけてるに決まってるのに、どうして平然とこんな顔作れるのかしら?

 

「一応、ラブソング作るつもりで動いてるんでしょ? なら、恋するのが一番。でも、当然したくて出来るようなものじゃない。だったら、せめて想像できるように努力しなくちゃいけない! いいか! たしかに、俺に告白するのは嫌かもしれない。でもな! お前ら、最終予選に勝つために楽しい練習ばかり出来るとでも思っていたのか!? たとえ嫌でも、恋する気持ちを必死に想像して、歌詞を書かなければいけないんだ! だったら!!」

 

 彼は一際大きな声を上げて全員の顔を見回した。

 

「答えは……一つ」

 

 沈黙。

 海菜の、真剣な瞳。

 

「俺に……告白するしかないだろっ」

 

 その右手にはプリントアウトされた『台本』が握られていた。

 

 一歩、穂乃果が前に進み出る。

 そして……。

 

 

「……確かに!!」

 

 

 彼女は力強く言い切った。

 

『えええええ!?!?』

「皆! ラブソングを作るためには、海菜さんに告白しなきゃダメだよ!」

 

 全力で我らがリーダーに驚きの声を上げる私達と、にやりとほくそ笑む幼馴染。

 

「てなわけで、台本配りまーす!」

「はい! 頑張ります! 皆、ファイトだよっ!」

『ほーのーかー!!』

 

 

 

 

 ◆ ~花陽の場合~

 

 

 

「せ、先輩!」

 

 花陽が手に持ったラブレター(中身は白紙)を後ろ手に隠しながら飛び出して、前を歩く海菜を呼び止める。彼は声に反応してぴたりと歩みを止めた。そして、ゆっくりと振りむく。

 

「…………」

 

 キメ顔。

 本人は大人でセクシーな先輩を演じているつもりなのだろう、軽く口を開け少し顎を上げながら視線を上からのモノへと変化させる。何か用か、後輩。とでも言いたげな偉そうでクールな態度。

 横でにこが舌打ちをするのが聞こえた。

 

「……なんだい?」

 

 なんだい? じゃないわよ!!

 

 おもわず喉元まで出かかったツッコミを押し込めて私は彼等の様子を見守る。

 横でにこが苦しそうに喉を押さえているのが見えた。にこ、今は我慢しなさい……。

 

「先輩に渡したいものがあって……」

「渡したいもの?」

「は、はいっ……」

 

 海菜はニヒルに前髪をかき上げると、じろりと花陽を見る。

 彼女は純粋に恥ずかしがっているのか、彼に渡された台本通り話すのに一生懸命でツッコミどころしかない先輩の様子には目が行っていないらしい。もし私やにこが花陽の役やってようものなら、手が出てたかも……。

 

「えっと、その……」

「ふっ……」

 

 小さく笑う。

 

「皆まで言うな……」

 

 ナルシストな微笑み。

 横でにこが拳をポキポキと鳴らし始めていた。

 

 海菜はわざとらしくかぶりを振ると、すっと彼女を指差す。

 

「きっとその、後ろに隠しているラブレター……おっと。……恋文を渡したいのだろう?」

 

 ウザっ!!!!

 何で言い直したのよ!!

 

 ここにきて私とにこの心が完璧に一致したのを感じた。

 貴方、花陽に告白して貰いたいんじゃなくてソレやりたいだけでしょ!

 相変わらず一筋縄ではいかない幼馴染の姿に怒りと呆れを通り越して、再び怒りが戻ってくる。

 

「な! ど、どうしてばれっちゃったの?」

「ふふ。簡単なこと……サ」

 

 ふぁさ、と再び前髪をかきあげる。

 

「こういうこと、何度もあったから……ネ」

「や、やっぱり、先輩……モテるんですね」

「まぁ……ネ」

 

 その、一瞬間を取ってから『サ』とか『ネ』って言うの止めなさい!

 

「で、でも。諦めたくない……だから先輩!」

「ウィ☆」

「…………」

 

 あ! いま、花陽が初めてイラっとした顔をしたわ!

 あれだけ心優しくていい子をムカつかせるなんて……。

 

「ウィ☆」

 

 二回言うなぁっ!

 別に花陽台詞忘れたわけでも、噛んじゃった訳でもないのよ! 貴方にムカついたから止まったの! 仕切り直しとばかりにそのワード繰り返したら余計腹が立つだけよ!

 

「……こ、これ、読んで下さい!」

 

 ありがとう、花陽。うちのバカに付き合ってくれて……。

 彼女はぺこりと頭を下げると、後ろ手に隠していた手紙を海菜の方へと差し出す。確かに、無音状態で永承だけ見せられると後輩が一生懸命先輩に想いを伝えている絵に見える。長身な海菜と、小柄な花陽の対比がなんともいじらしかった。

 

 海菜はゆっくりと手紙へと手を伸ばす。

 

 そして――しっかりとそれを受け取った。

 

 花陽は安心したような笑顔を浮かべて顔を上げる。

 海菜はにこりと笑って、彼女の頭をぽんぽんと叩いた。ありがとう、嬉しいよ。そんな声が聞こえて来そうなそんな光景。微笑ましくて、少しだけ羨ましい。彼はそのまま、ゆっくりと歩き出す。

 

「せ、先輩!」

 

 花陽の声。

 再び彼は足を止めた。

 しかし、振り返りはしない。

 

「お返事……待ってます!」

 

 一瞬の間。

 彼はそっと顔だけ彼女の方へと向けると、軽く手を上げて返事を返した。

 

 

「ウィ☆」

 

 

 

『それやめなさい!! ムカつくのよ!!!!!』

「に、にこ!? 絵里!? 何だよ急に。ご、ごめ……ぎゃああああ!!!」

 

 

 

 ◆ ~凛と穂乃果の場合~

 

 

「かいな先輩! 大好きにゃー!」

「……海菜さん? その子……誰ですか? 穂乃果よく知らないなぁ。……なんで二人だけのデートに付いて来てるのかなぁ」

「凛、ですよ。高坂先輩!」

「……穂乃果は海菜さんに話しかけてるの」

「あっ。そうだったんですか。ごめんなさいにゃ……」

「……邪魔だなぁ。どうしたらいいのかなぁ。……居なくなっちゃえばいいのに」

 

 無邪気とヤンデレ。

 どうやらそれが凛と穂乃果に出された設定らしい。

 

 個人的な印象だけど、凛は恋愛に対しては奥手なイメージだし、穂乃果は好きな人が出来れば一直線にアピールしてそう。だから、海菜のつけた設定はそれとは真逆。凛は積極的な女の子で、穂乃果は分かりづらい婉曲でちょっと怖目のアプローチ。

 多分、海菜の印象も同じで、だからこそこんな組み合わせにしたのね。

 

「まーまー。二人共落ちつ……ぶはっ」

 

 その証拠に、演技中にもかかわらず吹き出していた。

 ホント良い性格してるわよね……。

 

「かいな先輩。凛も一緒に遊んでいーい?」

「……海菜さん?」

「い、いや……今日は穂乃果とデートを」

「え~。折角会ったんだからいいでしょー?」

 

 凛は結構ノリノリで海菜に腕を絡ませている。ラインの様子を見る感じ、本当に良い兄妹のような関係を築いているみたい。その間にいやらしさはなく純粋な仲の良さが感じられた。彼女は人懐っこい方ではあるし、海菜の子供っぽい所が彼女の波長と合ったのかもしれないわね。

 一方、穂乃果はさすがに多少は男の人だと意識しているのか、距離は縮められずに居た。

 普通、そうよね。好きな相手でなくても、男の子と触れ合うのは恥ずかしいもの。

 

「えっと、ヤンデレの女の子はこういう時どうすれば……」

 

 尚且つ、お題も彼女からすると難しいようだ。

 直感型の穂乃果は、頭のなかで色々と考えてしまう病んだ女の子の感覚がよく分からないのね。その様子が伝わったのか、海菜が小声でフォローする。

 

「穂乃果。無言で俺を本気でつねってくれれば良いよ。瞳孔とか開いて目の光無くしたりできたら尚良し」

「眼の光を!? む、無理ですよ!」

「じゃ、ジト目でつねってみよう」

「い、良いんですか? ……え、えいっ」

 

 穂乃果は恐る恐る彼の腕辺りを指先で掴んで見せる。

 いくら良いって言われても、ノリノリで先輩を抓ったり出来ないわよね?

 

「……え、えっと」

「もっと本気で来い穂乃果!!!!」

「えええええ!」

 

 海菜! それじゃただの変態よ!

 真顔で白昼堂々変態発言をしてみせる幼馴染を見守りながら、内心で大声を上げた。

 

「海未ちゃんたすけてよ~」

「ばっか! その台詞は本来俺のもの! 俺が助けてって叫びたいくらいグイグイ病んで来い!」

「正直気持ち悪いにゃー」

「オイコラ、君は無邪気にやれって言ってるだろ」

「かいな先輩きもちわるいにゃーぁ!」

「凛んんん!?」

 

 ……なんだか趣旨と外れてるような気もするけど。

 

「ほら、穂乃果! 目潰しとかして良いから! 私以外見ないでとか言いながら」

「そ、そんな、さすがに後輩だから冗談でも……」

「それじゃ、遠慮無くいかせて貰うにゃ! えいっ」

「ぎゃあっ! り、凛んんんん!?!?」

「凛以外、見ないでっ」

「無邪気にやるな! ゆっくりねっとりやってこい!」

「指摘そこにゃ!?」

 

 楽しそうだからこれはこれで良いのかしら。

 私は小さく溜息をついて、ちょっぴり微笑みながら彼女達を見守ることにした。

 

 

◆ ~真姫の場合~

 

 

「ちょっと! 良いからこれ受け取りなさいよ。べっ! ……別にラ、ラ、ラ、ラブレター……とかじゃないんだからね! た、確かにシールはハートマークかもしれないけど……。これは、偶然家にあったシールがハート型だけだったからそうしただけで。特にアンタに対してす、す……好き! とか、そういう気持ちがあったわけじゃないんだから! いいから早く手に取りなさい! いつまで私にこの格好させておくつもりなのっ!? バカっ!! ……うぅ。……私の心、返しなさいよぉ」

 

 一同拍手。

 

「ちょっと、なによその拍手! 私は台本通りに……もーーー!!!」

 

 

 

◆ ~海未の場合~

 

 

「うぅ。私だけどうして告白される側なんですか……いや、するのも嫌ですけど」

 

 全員の真ん中に立たされて、海未がぼやく。

 と、すぐに海菜が現れた。

 

「よっしゃ、海未!」

「……は、はい」

 

 深呼吸。

 そして、満面の笑みで彼は言い切った。

 

 

「スケベしようや!」

 

 

 一斉に動き出す八人のメンバー達。

 怒りと羞恥で顔を真っ赤に染めて彼を睨む海未。

 

「ちょっとまて。俺は別に海未を辱めたかったとかじゃなくて、ここから感動的な告白タイムが……」

『限度を知ればかーーー!!』

「す、すみませんでしたーーー!!!」

 

 

◆ ~ことりの場合~

 

 

「海菜さん! ……じゃなくて、古雪くん」

「な、何? こ、ことりさん」

 

 ことりの設定は、たしか両思いの草食系カップルだったかしら。

 やっとまともになって来たわね。こころなしか、ことりの頬も紅く、雰囲気もそれっぽくて先のメンバーとは大違いだ。そうそう、こういうのが正しい形なのよ。

 

「ご、ごめんね? 急に呼び出して……」

「良いよ。……ぼ、僕も話したいことあったし……」

「そ、そうなんだ」

「うん」

 

 一瞬彼等は見つめ合い、視線を外す。

 

 煮え切らないそんな態度にヤキモキするわ。

 両思いなのよ! 自信を持ちなさいっ。

 まるでドラマを見ている時のように心のなかで二人を応援してしまう。

 

 ことりはそっと拳を握りこむ。

 

「あ、あのね……」

 

 静寂。

 

 なぜか、雰囲気に巻き込まれ、周りで見ている私達も二人の様子を無言で見守っていた。

 

 海菜は顔を上げない。

 草食系にも程が有るわよ! 女の子が頑張ってるんだから貴方も頑張りなさい!

 

「こ、ことり……海菜さんのことが」

 

 再び古雪くん、が海菜さんに戻ってしまっているがいつも呼び慣れているせいだろう。

 ことりはやけにリアリティ溢れる仕草で俯いて、胸に手を当てる。

 

 そして。

 

 

「好きです」

 

 

 寒空の下。

 何よりも温かい言葉がこぼれ落ちた。

 

「ぼ、僕で良いの……?」

 

 戸惑いと、喜びの混じった声色。

 

 皆の胸に安堵や喜びが芽生える。

 演技だとしても、心あたたまる展開。

 

「僕なんか、大好物キャベツだし、青野菜ばかり食べてるし……趣味は家庭菜園だし……」

 

 草食系男子ってそういう意味じゃないわよ!!

 相変わらず小ネタを挟まずには居られない幼馴染の一言で、全員の興味が霧散した。

 

「うん。海菜さんのどんな部分も、ことりは大好きだから!」

「…………お、おぉふ」

 

 今度は普通に照れてるし!

 意外にノリノリのことりの様子にナチュラルに頬を染める幼馴染がそこに居た。自分がふざけてしまっている分、余計恥ずかしいのでしょうね。

 

「あ、ありがとう。僕もことりさんのこと、好きだよ!」

「海菜さん!」

 

 ことりは零れるような笑顔を浮かべると、躊躇いなく海菜に抱きついた。

 彼は思わず悲鳴を上げる。

 

「ちょ、ちょっとまてことり! 誰もそこまでしろって!」

「ふふっ。海未ちゃんと穂乃果ちゃんをいじめた罰ですよ。……そう。罰なんですっ。好きですよ、海菜さんっ」

「ばか! 普通に恥ずかしいから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ふっふっふ。よし、じゃあ次は……」

 

 海菜がにやりと笑いながら、次の犠牲者を指名しようとした――その時。

 

 

「ちょっと待って」

 

 

 真姫が唐突に口を開いた。

 その表情はかなり真剣なもので、全員が彼女を見守る。

 

 海菜は彼女を見て、不敵な表情を浮かべた。

 まるで真姫が何かを言い出すのを予期していたかのように、騒ぎ立てること無く彼女の言葉を待つ。

 

「やっぱり、こんなことしていても意味ないと思うの。協力してくれてる古雪さんには申し訳ないですけど……私は無理して新曲を作るのは、褒められた手段じゃないって思うわ」

 

 彼女は少し目を伏せながらも、ハッキリと言ってのける。

 海菜は頷くと、全員に向けて話しかけた。

 

 

「だって。皆はどう思うの? 次は最終予選。きっと、この選択が勝敗を分ける事になる」

 

 

 にこり、と浮かべる笑顔。

 でも、どこか厳しい目をしていた。

 

「そうですね……最終予選は、今までの集大成。今までのことを精一杯やり切る。それが一番大事な気がします」

 

 海未はちらりと真姫を見た後、はっきりと自信の意見を述べた。

 彼女らしい考え方。彼女の精通する弓道にも言える、何度も反復し繰り返した練習をそのまま本番へと繋げる手法。新しさより完成度。今までの自分達を信じる決断。そして、それは私にとっても、正しい物に思えた。

 幼いころ習っていたバレエにも同じことが言えるから。

 

「私も、それが良いと思う」

「……う、うん」

 

 追従するようにことりと花陽が同意を示した。

 他のメンバーも、言葉には出さないもののそれが良いのではないかと軽く頷いている。

 

――まずい。

 

 そして、私は慌て始める。

 

――このままじゃ……!

 

 すぐに海菜を見た。

 

――このままじゃ、希の願いが叶わなくなるわ!

 

 希がラブソングを作りたいと言ったの。

 いつも自分の事は後回しで、皆に気を配って。ずっと陰ながらμ’sを支えてきてくれた彼女が発した、初めての意見。もちろん親友だからっていう贔屓目も入っているかもしれないけれど、出来ることなら叶えてあげたい。

 

 海菜も、全く同じ考えを持ってる。

 

 彼は、こうなることを予想して終始ふざける形を取っていたのだろう。真姫や海未が危機感を感じて動き出せるように。皆が各々の答えを出せるように。

 

 だとしたら、彼には方法があるはず。

 

 ラブソングを作る方向へ話を持っていく方法が……。

 

 

――しかし。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 彼は何も言わなかった。

 私の方へも一度も目をやらず、ただひたすらに――希を見つめている。

 唇を真一文字に引き結び、まっすぐに彼女の動向を伺っていた。

 

 一方希は、彼の視線に気がついていないのか……少し寂しそうに俯いているだけ。

 

「じゃあ、ラブソングの話は……」

 

 穂乃果がこの話を打ち切ろうと口を開きかける。

 だ、ダメっ!!

 

 海菜が動かないなら私が止めるしか!

 私は慌てて声を出した。

 

 

「でも、もう少しだけ頑張ってみたい気もするわね」

 

 

 ほんの僅かに、皆の時間が止まった。

 

『えっ?』

 

 恐らく、私が反対するとは思っても見なかったのだろう。

 幼馴染意外全員が首を傾げてこちらを見ていた。

 

 希ははっとした表情で私を見つめているし、海菜はちらりとこちらを見た後、視線を希に戻している。

 

「絵里……」

「絵里ちゃんは反対なの?」

 

 真姫が訝しそうに呟き、凛が首を傾げる。

 

「反対ってわけじゃないけど……やっぱりラブソングは強いと思うし」

 

 苦しいけれど、なんとか理由をこじつけないと。

 

「それくらい無いと、勝てない気もするの」

「そうかなぁ?」

「難しい所ですが……」

 

 二年生二人は疑問の声を上げながらも私の意見を反故にせず、拾い上げてくれた。

 

「それに、希の言うことはいつもよく当たるから」

 

 何でもない風を装いながら、私は言い切る。

 出来るだけ冗談めかして、まだ迷う猶予が生まれるように。

 

――厳しい視線。

 

 それが真姫から届くのを感じる。

――何が目的なの?

 賢く敏感な、彼女らしい態度。

 

 しかし、私は彼女と目を合わせること無く穂乃果を見つめた。

 すると、

 

「それじゃ、明日また集まってアイデア出してみよっか! 色々参考になりそうなもの持ち寄って」

 

 穂乃果が解決策を提示してくれた。

 よかった。これならまだ……。

 

「えぇ。私は別に構いませんが……皆さんはどうですか?」

 

 続いて海未が全員に確認を取る。

 彼女らも特に異論はないのか、素直に頷いていた。……真姫以外は。

 

「希もそれでいい?」

「えっ? ……う、うん」

 

――さて、後はうちの幼馴染だけど……。

 

 

 私はちらりと海菜の様子を伺う。

 彼はどこか哀しそうに、希へと向けていた視線を外した。

 

 気がかりな、その表情。

 

 次いで小さく深呼吸。

 

 

「明日、俺も行くよ」

 

 

 下級生から上がる歓声。休日を返上してでも私達との時間に割くという意思表示。

 

 今、彼は一体何を考えていたのだろうか?

 

 

 それはまだわからないけれど……不思議と胸騒ぎだけは静まってくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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