ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第二十二話 雪の眩しさに気が付いて 了

「君は覚えてないの? 俺が……。俺がμ’sに協力することに決めた……最初の理由を」

 

 

 彼は真っ直ぐに希の目を見つめてそう問いかけた。

 その口調から怒りは大分抜け落ちたものの、依然として強い力が込められている。

 

 希は、それが本心であれ取り繕ったものであれ、確かに自分の意見を口に出した。にも関わらず、引き下がれない、と彼は言った。それはつまり、希の意見を否定するのと同義。

 

 私の幼馴染はいつだって希の意見を尊重してきたわ。

 

 古雪海菜と絢瀬絵里の関係はそうではなかった。お互いの意見が違うと思えば堂々と対立して、喧嘩して正解を見出そうと努力する。そうやって私たちはここまで来た。

 

 でも、彼は私の初めて出来た親友。その娘に対してだけはいつだって同じ。

 どんなときも古雪海菜は東條希を無条件に肯定してきたの。

 

 自分の意見をなかなか言えない彼女の、数少ないワガママを彼は絶対に拒絶することは無かった。以前、慣れない一人暮らしに寂しくなった時、彼は文句ひとつ言わず家に遊びに来て晩ごはんを作ってくれたこともあったらしい。

 夏祭りだってそう。彼女が行きたがっているって話をしたら、人混みが苦手なくせにちゃんと連れて行ってくれた。

 

「古雪くんが、μ’sに協力してくれた理由……?」

 

 希は囁くように零す。

 

 彼女もまた、彼に反論されるとは想像していなかったのだろう。

 古雪くんが怒っていたのはウチが自分の願いを口にしようとしていなかったから。どうしようもなく彼が優しいからこそ叱ってくれた。本音の話をすれば、認めてくれるはずだと。そう思っていたに違いない。

 

 いつだって言葉の裏側――彼女が隠す本心を見つけ出して大事にしてくれた海菜。

 

 希が口にした『だから、気にしないで』という台詞。

 もしかしたらそれは嘘を含んでいるのかもしれない。本音は他にあるのかもしれない。それでも、いままでの彼なら。彼女の知る海菜なら、その事を理解した上で流していたはずなのだ。

 

――希がそう言うなら。

 

 彼はそうやって笑顔を浮かべていただろう。

 

 

――しかし。

 

 

「ああ。俺は今でもその理由をなにより大事にしてる」

 

 

 海菜は希の前に立つ。

 人知れず大事に想い支えてきた女の娘と、正面から向かい合う。

 

「…………」

 

 希は僅かに逡巡した後。戸惑うように口を開いた。

 

「それは……エリチの為に」

「…………」

 

 沈黙。

 

 海菜は頷かない。

 

 私は――静かに微笑んでいた。一度も彼からμ’sに協力したいと思った初めの理由は聞いていないけれど、それが私でない事は想像がつく。

 それは、彼が私のことを考えていなかったという意味ではない。

 

 自分で言うのも何だけど……私の幼馴染は、一生懸命私のことを考えてくれていたはず。

 

 廃校が迫って、それなのに何の手立ても打てなくて。生徒会長なのに学校を守ることが出来そうになくて……。そんなどん底にあった私のことを誰より気にかけてくれていたのは海菜だと思う。

 

 でも、そのことはμ’sには繋がらない。

 

 彼は一度も私に『μ’sに入れば?』などとは言わなかったから。……そう、一度たりとも言われていない。

 きっと、彼にとっては『絢瀬絵里がμ’sに入ること』に意味なんて無かったの。彼が願っていたのは一つだけ。『絢瀬絵里がいつもの様に笑ってくれること』。場所なんてどこだって良かったのよね?

 

 だからこそ、彼が【μ’s】に関わろうと決心した理由は別にあるはずなの。

 

「じゃあ、一生懸命だった穂乃果ちゃん達の……」

「…………」

 

 小さく首を振る。

 

 そして海菜は話し始めた。

 

「もちろん、絵里のことも穂乃果達のことも。今では大切な理由達だよ。しっかりしてるようで実はヌけてる幼馴染の新しく出来た夢や、俺を慕ってくれる後輩達の目指してる場所とか。最初の頃からは想像できないくらい沢山の想いを俺はμ’sに抱いてる」

 

――でもな。

 

 そう、彼は続けた。

 

「あくまでそれは、μ’sと関わってから生まれたワケに過ぎないんだよ。関わることを決めた直接の理由じゃない」

「…………」

「希。君はきっと覚えてるよ」

「そんな……覚えてなんか」

「…………」

 

 すっかり冷めてしまったやかんの口からはもう湯気は出ておらず、換気扇の音だけが虚しく響く。私も真姫も静かに二人を見守っていた。

 

「真姫ちゃんが勉強も音楽も頑張りたいって言っていたからやろ? 古雪くんもバスケ一生懸命頑張っとったから……」

「…………」

「ことりちゃんや、海未ちゃんが頑張ってるのを見たから……」

「…………」

「にこっちの昔の話を聞いたから? それとも花陽ちゃんの憧れを知ったから?」

「どれも違う。もちろん……凛のおかげでもないよ」

「…………」

 

 彼は小さく溜息を一つ。

 そして困ったように微笑んだ。

 

 その笑顔はどこまでも穏やかで。

 その笑顔はどこまでも柔らかで。

 

 彼が深く希を理解して、そして大切にしているのかが伝わってくる。そしてきっとそれは、彼女自身も気が付いたことだろう。目の前にいる彼が、何を想って口を開いているのか。誰のためにここに居るのか。

 

 海菜は紡ぐ――。

 

 

 

「ホント、どうして君は――――君自身が頭から抜け落ちるんだろうな?」

 

 

 

 呆れさえ含んだ優しい言葉を。

 

 狼狽の色が希の表情に走った。

 

「わたし、自身?」

 

 いつもの関西弁を忘れて彼女は呆けたように口を開ける。

 

「あぁ。君なら忘れてないはず。にこがμ’sに入るちょっと前のことだよ。俺は言ったでしょ? これ以上μ’sに関わるつもりは無いって。そんな理由何処にもないし、俺は俺でやらなきゃいけないことがある。そう言ったよな」

「…………!」

 

 そして、やっと彼女は気が付いたようにびくんと身体を揺らしてみせた。

 

「あの、時の……」

 

 こくり、と海菜は頷いた。

 

「もちろん、今となっては皆が俺のμ’sを大切にしたい理由になった。でもな、一番最初の瞬間は一つだけ」

 

 そして囁くようにその台詞を口にした。

  

 

              *

 

 今のままじゃ俺は彼女達に協力し続けることは出来ない。だって俺にだってやらなきゃいけないことがあるから。でも……。

 でも、君が俺に協力してくれっていうなら。

 

 ……君のためなら!

 

 

 俺は出来る範囲で全力で【μ’s】、そして君をサポートするよ。

 君は……俺にどうして欲しい?

 

 

 君のやりたいことは……何?

 

              *

 

 

 交錯する視線。

 私が知らない彼等の思い出。

 

「だったよな?」

「…………」

「俺はこの言葉を一度だって忘れたことは無いよ。もちろん、この質問に希がどう答えてくれたのかも」

 

 そして、希は全てを理解した。

 

 そっと、彼女は両手を合わせるように握りこむ。チャームポイントの唇がへの字に曲げられて僅かに震え、伏せられた目に涙が滲んでいた。手入れの行き届いた睫毛が濡れ、目元が僅かに紅く染まっていく。

 

 

 私も見たことのない希の泣き顔。

 悲しいことや辛いことでは滅多に涙を見せない彼女が浮かべた――――喜びの雫。

 

 

 そして。

 ずっと希の事を想ってきた海菜が、滔々と言葉を紡ぎ始める。

 希だけを見て、希だけの為に彼は空気を揺らす。

 

 

 

「俺がμ’sを大切にしようと思ったのは……君がそう願ったからだよ」

 

 

 

 真っ直ぐに響く海菜の想い。

 

 

 

「君が夢だって言ったから。μ’sを完成させたいって。古雪くんにも協力して欲しいって。そう言ったから! ……俺はここまで来た」

「うん……うん」

 

 

 

 鼻声で、それでも希は返事をしながら頷く。何度も、何度も……。

 

 私は小さく微笑んだ。

 

――やっぱり、そうだったのね。

 

 彼は私のためなんかじゃない。もちろん、穂乃果のためでも真姫の為でもない。

 

 

「今だって変わらない」

 

 

 他でもない……。

 

 

 

「希の夢の為に、俺はμ’sを支えてきた!」

 

 

 

 ぽた、ぽた。と、静かな部屋の中に涙の落ちる音が響く。

 

 堪え切れず溢れだす雫達。

 

 暖かな、どこまでも優しい言葉に溶かされていく彼女の氷。自分の居場所を大切にするあまり見えないように、気にしないように奥へ奥へと押しやって、ひた隠しにしてきた本当の想いが照らしだされていく。

 理由をつけて、言い訳をして、凍りつかせていた本心。

 海菜はそれを引きずりだした。お互いを尊重して、深く踏み込んでこなかったはずの海菜と希。今初めて、彼は遠慮なく容赦なく、その足を踏み入れる。このままじゃ終わらせないと吠える。

 

 

 私は声を出さずに笑った。

 貴女が大切にしてきた居場所。自分を犠牲にしてまで守ろうとしたその場所は、貴女のおかげで半年前に形になって今に至るわ。誰一人欠けず、誰一人不満を覚えること無くμ’sとしてあり続けてる。

 

 そして、希が目を離してしまっていた『希自身』。

 貴女自身を守ろうとしてくれる彼がいる。

 

――良かったわね、希。

 

 言葉にならない嗚咽が漏れて、彼女は子供のように泣き出してしまった。

 

「ぐす……ひっく」

 

 鼻を啜り、しゃくりあげる。

 いつも誰より冷静で、空気の読める彼女が見せる隠されていた一面。

 

「だからこそ、俺は引き下がれない。分かるだろ?」

 

 海菜はそっと泣きじゃくる希の隣に寄り添うようにして立つと、わざとらしく、叱るように彼女を小突いてみせた。

 そして、ゆっくりと労るように頭へ手を乗せる。

 

「君は自分の夢をワガママと称してμ’sの為に諦めるって言ったけど、俺はそれが絶対に許せない」

「うん……」

「だって、俺は君が自分の望みを叶える所が見たかったから。半年前の俺はそれだけを想ってた。もちろん今はもっとたくさんの願いがこのμ’sには込められてるけど……俺にとっては君のその願いに勝るものなんて無いんだよ」

 

 

――だから。

 

 彼は言う。慰めるように、そして、懇願するように。

 

 

 

「君の望みを、聞かせて欲しい」

 

 

 

 そう、囁きかけた。

 

 

 

 ◆

 

 ピーンポーン。

 家具の少ない部屋の中にインターホンが響く。

 

「古雪くん?」

『ん。他の連中連れてきたぞ』

「鍵開けてるから入ってきてええよー」

 

 カメラ越しに幼馴染の顔。

 そしてその後ろには……。

 

「おじゃましまーす!!」

「もう、穂乃果。マンションなのですからもう少し静かにしてください!」

「う、海未ちゃんももう少し声のボリューム落とした方が……」

「アンタ達、玄関先でトリオ漫才するの止めなさい。後がつっかえてるのよ」

「希ちゃんの家にお邪魔するのって初めてだよね?」

「うん! 凛、一度来てみたかったにゃ~」

 

 相変わらず騒がしいメンバー達が全員集合していた。

 

 先ほどの話し合いから一時間位たっただろうか。真姫と私が皆に連絡をとって、希の家に集まるよう頼んだところ、全員快く了承してくれた。にこは一瞬面倒くさそうな声を上げたものの、何かを察したのだろうブツブツ言いながらもすぐに晩ごはんの支度をしてやってきてくれたらしい。

 そして先程海菜が彼女らを迎えに行って、今帰ってきたのだ。

 

 私はチラリ、と希の表情を伺った。

 涙の跡はもうほとんど消えているものの、緊張の色は隠せていない。

 

 私はそっと彼女に寄り添って、とんとんと背中を叩いた。

 

「……エリチ」

「そんな顔しなくても大丈夫よ」

「うん……。あはは、でも、慣れてへんから。つい……」

 

 そう言って彼女は不安げに笑ってみせた。

 

「希ちゃんって一人暮らしだったんだね~」

 

 私が言葉を返す前に、穂乃果が部屋に入ってくる。いつもの様に瞳をキラキラと輝かせて辺りを見回していた。色々と珍しくて仕方がないのだろう、放っておいたら部屋中の収納を片っ端から開けていきそうな勢いだ。

 

「こら、穂乃果。あまり勝手にモノに触ってはダメですよ」

「そうだよ~。あっ、絵里ちゃんに真姫ちゃんも先に来てたんだね」

 

 穂乃果の後には良く出来た幼馴染が二人続く。

 彼女らは軽く私たちに挨拶をすると、大人しく敷かれていた座布団の上に座った。

 

「お邪魔します……」

「おじゃましま~す。おー、これが希ちゃんの部屋! なんだかテンション上がるにゃ~」

「もう、凛。大人しくしなさいよね」

「あっ。真姫ちゃんさっきぶり!」

 

 おずおずと遠慮がちに頭を下げる花陽と、対象的に元気よく頭を上げて満面の笑みを浮かべる凛。

 本当、こうして見ていると面白い集団よね、μ’sって。

 

 そんな事を考えながら笑っていると、扉越しににこと海菜の影が見えた。

 なにやら少し話をしているらしい。

 

 大方、鋭いにこがわざわざここに集まった訳を海菜に聞いているのだろう。一応かいつまんでの説明は終わったのか、すぐに二人も部屋の中に入って来る。その時には既に全員大人しく座って彼女――希の話を待っていた。

 

「それで、何かあったの?」

 

 穂乃果が自然に問いかける。

 他のメンバーも追従するように頷いた。

 

 希は一度俯いて、ちらりと部屋の奥。皆が集まって座っている場所から少しだけ離れた隅で、じっと腕組みをして立っている海菜を見た。一瞬のアイコンタクト。彼はほんの一瞬だけ、こくりと頷いた。

 安心させるように、勇気づけるように。

 

 

――そして彼女は口を開いた。

 

 

「新曲の話、なんだけどね」

 

 自信なさげに。申し訳無さそうに。

 彼女はいつもより小さな声を出す。

 

「もちろん、ウチも分かってるんよ。今までの曲をやった方が完成度は高くなるってこと。いまから新曲を作るのは時間はあっても、大変なのには変わりないこと」

 

 ゆっくり、手探りで。

 

「でもね……」

 

 それでも彼女は勇気を振り絞る。

 

「ウチは……」

 

 

 そっと――――海菜が微笑んだ。

 

 

 

「皆で一つの曲が作りたいの!」

 

 

 

 頬を紅潮させながら彼女は続ける。

 早口で、捲し立てるように。自分の中の不安と闘いながらそれでも自分のために望みを口にした。それが希にとってどれだけ大変なことなのか、私にはよく分かる。同時に、他のメンバーにも伝わったはずだ。

 

「皆が一つ一つ言葉を出しあって作り出す曲。μ’sだからこそ完成させられる歌を作って、それでラブライブ!に出たい。ウチは……そう思うんよ。そう……思って来たんよ」

 

 一瞬の静寂。

 

「ダメ……かな?」

 

 全員が顔を見合わせる。

 そして咲き乱れる笑顔の花。

 

 

 彼女達の返事は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 俺は人知れず笑っていた。

 

 希がおそるおそる口にした願い事。

 それを笑顔で受け入れたメンバーの姿を見て、心から良かったって思った。

 

 

 絶対に譲れなかった部分。

 譲りたくなかった想い。

 

 

 もしかしたら余計なお世話だったのかもしれない。それでも、俺にとって彼女の――希の想いは何よりも大切なモノだったんだ。こればっかりは仕方ない。自分でも訳がわからないくらいに腹が立って、放っておけなくて。

 

 ……あとで絵里に謝っておかなくちゃな。

 

 アイツがずっと冷静で居てくれたからこそこうして無事纏まったんだと思う。

 もし、彼女が居なかったら俺は希とケンカしてしまっていたかもしれないから。

 

「う~ん、皆で言葉を出し合ってかぁ……」

 

 花陽がシャーペン片手に宙を眺め、なんとか歌詞を出そうと四苦八苦している。そんな彼女がふと、机の上へと視線を向けた。釣られてそちらを見ると、写真立てが一つ。飾られていたのは……。

 

「あっ、これ……μ’sの」

「えっ? なになに?」

「どうしたのよ」

 

 そっと、写真立てを手に取った花陽の周りにメンバーが集って彼女の手元を覗き込む。

 

「あっ!」

「の、希ちゃん!?」

 

 遅れて気がついた希が、慌てて彼女の手からそれを奪いとってしまった。

 彼女は恥ずかしそうに後ろ手に写真を隠すと、頬を染めて目を伏せる。

 

 すると、にこがにやりといたずらっぽく笑ってみせた。

 

「へぇ~。そういういうの飾ってるなんて、意外ね?」

 

 まったく、ここぞとばかりにからかうなぁアイツ。後々仕返しされても知らないぞ。

 

「べ、別にええやろ……。ウチだってそれくらいするよ」

 

 希が不服そうに上目遣いににこを見る。そして、消え入りそうな声で呟いた。

 

「友達……なんやから」

 

 へぇ。

 珍しいこともあるもんだな。柄にもなく顔を真っ赤にして言い切ってみせた彼女。

 

 今日の希は少しだけ……素直らしい。

 

「希ちゃん!」

「可愛いにゃ~~~~!」

 

 すぐさま凛がじゃれつくように彼女に抱きついて、すりすりと身体を擦り付ける。その仕草は本当に猫のようで、思わず笑ってしまった。

 

「もう! からかわないでよ~!」

「話し方変わってるにゃ~」

「こら、暴れないの。たまにはこういう事もないとね?」

「え、エリチ……」

 

 柄にもなく慌てる希を後ろから抱きしめて、絵里は表情を綻ばせた。彼女もきっと嬉しいのだろう、親友が素の自分を出せる場所が見つかったという事実が。そして、それが、絵里自身も関係する場所だった事が。

 

 彼女らは楽しそうにじゃれあう。

 

 俺も同性なら混ざってたのにな。

 ちぇっ。

 

 そんな心にもない感想。

 本当は嬉しくて、ただ満足して部屋の端に座ってただけなんだけどな。

 

 

――そんな時。

 

 

「あーーーーー!!」

 

 

 穂乃果の驚く声が響いた。

 集まる視線。彼女は真っ直ぐに窓の外を指差して固まっていた。

 

 その指し示す先には……。

 

 

「雪が降ってるよ!!」

「今年初雪にゃ~~~!」

「皆、外でようよ!」

「全く、子供ね~」

「とか言いながら、にこっち、早速コート羽織ってるやん」

 

 

 直ぐ様色めきだって、外に出る支度を始める皆。

 

 俺は呆気にとられてその様子を見ていた。いや、たしかに雪はテンション上がるけどさ! 別にそれほど珍しい訳ではないだろ。しかも、降りだしたばかりだから積もっても居ないだろうし……。

 しかし、女の子たちにとっては雪で遊べるかどうかよりも、雪が降っているか否かだけに興味が行くらしい。

 

 あれよあれよという間に、メンバー達は外に飛び出していく。

 

「ほら、古雪くんも! ウチ、玄関で待ってるね。鍵閉めなきゃだから」

「あ、ああ」

 

 そういって希も部屋の外に出てしまった。

 

 俺も慌てて立ち上がり、ダウンを着ようとして……。

 

 ふと、先程写真立てが飾られていた彼女の勉強机に視線が向いた。それは意図したものではなく、本当にただの偶然。しかし、俺は何かを見つけてしまった。

 筆箱の奥、立てかけられた教科書の向こう。僅かに見える木枠。

 どこかで見覚えがある。ついさっき見かけたような。

 

 そして俺は思い出す。

 

「あぁ、写真立てか……」

 

 ほんの五分前見かけたμ’sの写真が入ったそれと、同じもの。

 ここからはよく見えないが恐らく間違いはないだろう。

 

「何の写真だろ?」

 

 ほんの出来心だったんだ。

 

 ダウンを着ながら、ふと気になったから歩み寄っただけ。

 普段の俺ならその写真立てが【隠してあった】ものだと気付けたのかも知れない。

 

 でも、この時の俺は希の一件が無事解決した反動か。気が抜けていたのだろう。

 

 

 

 

 俺は無造作に手を伸ばし、本の裏に見えないよう置かれていたそれを手に取った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 彼女らは雪空の下、氷の結晶をその手にのせて紡ぐ。

 

 

「想い」

 

 熱い想いを秘めた、穂乃果の言葉。

 

 

「メロディー」

 

 優しいメロディーを奏でる、花陽の言葉。

 

 

「予感」

 

 彼女の心を騒がせる、何かの予感。海未の言葉。

 

 

「不思議」

 

 心を満たす不思議な感覚を示した、凛の言葉。

 

 

「未来」

 

 追い求める理想、掴みたい未来。真姫の言葉。

 

 

「ときめき」

 

 何をときめきと称したのか。ことりの言葉。

 

 

「空」

 

 高みを目指し、空を仰ぐ。にこの言葉。

 

 

「気持ち」

 

 それは彼女が大切に思う、誰かの気持ち。絵里の言葉。

 

 

 

 そして、俺は彼女から目が離せなかった。

 頭の中は依然として混乱したままで、正常に動いてなんか居ない。

 

 それでも、俺は彼女を――東條希を見つめていた。

 

 

 

 一瞬だけ、目が合ったような気がする。

 それが気のせいだったのか、本当に見つめ合った瞬間が合ったのかは分からない。

 ただ、その瞬間――感じたことのない感覚が胸を走り抜けたことだけは覚えている。

 

 

 頬を染め、希が噛みしめるように紡ぎだしたのは。

 

 

 

 

「好き」

 

 

 

 

 …………。希の言葉。

 

 

 

 

 

 俺が彼女の部屋で見た写真。

 それは……。

 

 

 

 

――――夏祭り。二人きりで撮った写真だった。

 

 

 

 

 

「……なぜ」

 

 

 戸惑い、答えを直視できない疑問。俺の言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それは歌となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪の眩しさに気が付いて  完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※一期二三話、二四話を読みなおして下さると幸いです。

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