ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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~幕間~

相談に乗る側乗ってもらう側。
そのどちらにも悩みがあるべきだと思うのです。
そんな想いを込めまして。


 ◆ Who I truely am. ~intermission~

「海菜。凛の事が気になるの?」

 

 時刻は午後七時。冬が近づいて日が短くなったせいか、あたりはすっかり暗くなっていた。閑静な住宅街を二人の男女が肩を並べて歩いている。

 口を開いたのは絵里。美しい金髪が街頭の僅かな光を反射して煌めいた。

 ホント、美人だな。海菜は何度感じてきたかも分からない感想を思い浮かべながらもごもごと答える。

 

「気になるってか……、まぁ」

 

 彼は許容量一杯に詰め込まれたリュックを背負いながら物憂げに俯いてみせた。中に入っている教科書が、布製のカバンに所々凹凸を作り彼が受験生であることがよく分かる。

 

「驚いたわよね。あんなに嫌がるとは思ってなかったから」

「……あぁ。そうだな」

「もしかして、予想していたの?」

 

 こくり。

 彼は無言で頷いた。

 

「やっぱり。だからわざわざ顔を出しに来たのね? でも、どうして」

 

 金髪の美少女は覗きこむようにして青年の表情を伺った後、僅かな微笑を浮かべた。その仕草から彼等の関係の深さが伝わる。どうやら彼女は何か、端からは知ることの出来ない海菜の考えを読み取ることが出来たらしい。

 

「μ’sのインパクトを付ける云々の話をした時とか、今回のリーダーの件とか。なんとなく凛の様子が気になってたからさ」

「なるほど、ね」

 

 それはハロウィンイベントの話。色々なキャラになりきって海菜の無茶振りに答えるという遊びの中、『ぶりっ子』という女の子らしい性格になりきるよう言われた凛が難色を示したのだ。

 その時は機転の効く彼やにこが花陽の表情から何かを察してすぐに方向転換したのだが。

 

 そういえばそういうこともあったわね。絵里は思う。この幼馴染はその事をずっと気がかりに思っていたに違いない。

 

 コツンコツン。

 ローファーと運動靴の音が無言で歩く二人の間に木霊した。

 

「…………」

「…………」

「……絵里」

「……どうしたの?」

 

 彼はゆっくりと首を回して、隣を歩く少女を注視する。名前を呼ばれた彼女は不思議そうな声を上げて小首をかしげた。

 

「君、ホントに余計なことは聞いてこないよな」

 

 本来、矢継ぎ早に質問が飛んできてもおかしくない状況。

 しかし、絵里はそれをしない。

 

「余計なことって?」

「いや、普通なら色々あるだろ。どうして凛じゃなく花陽に相談してくれって言うのかとか、海菜は凛にどうなってほしいのか、だとか」

「うーん。そうね……」

 

 絵里は少しの間虚空を見つめて悩む素振りを見せた後、あっけらかんと彼の問に対する答えを返す。それは至極シンプルで、尚且つ力強いものだった。

 

「でも、十三年も一緒に居たら多少は伝わるものもあるから……。それに、海菜から説明してこないって事は貴方に任せて良いってことでしょう?」

 

 言葉から滲み出る信頼感。

 

 何が楽しいのか、ふわりと笑う彼女。

 その表情を目にした海菜は一瞬呆けたように口を開けた後、不思議とよく似た笑顔を浮かべて頷いた。

 

 それに。と、絵里は続ける。

 

「海菜の中でも、まだどうすればいいかはっきりしてないんだろうから。あんまり根掘り葉掘り聞かれたがってないような気がして。……どう?」

 

 彼女の確認の台詞に、苦笑を送る海菜。

 全部お見通しか……。溜息を吐きそうになりながらなんとか軽口を返した。

 

「ふん。……そこまで分かるもんかねー」

「分かるわよ。年下の相談に乗る海菜なんて珍しいもの」

 

 そんな、絵里の感想。

 

 海菜は、幼馴染である自分に対しては遠慮なく踏み込んで来た。同級生である希には遠慮しながらも自身の意見をきちんと届ける。年上には根が負けず嫌いなせいで強く出るのが彼の特性でもある。

 しかし、何故か真剣に年下と向き合う彼はあまり見たことが無い。

 明るい性格故か、後輩から好かれる男ではあるし彼自身も楽しく世話を焼くタイプではある。ただ、真面目な話を下にするようなことはほとんどないのだ。ことりの一件は特例中の特例。尚且つ、彼女の話はμ’s全体果てはもっと大きく広がるような問題だったからであって……。

 

「そこなんだよな~。後輩って難しい……」

 

 眉間にシワを寄せて海菜はぼやいてみせた。

 決して後輩との関係を嫌がっているわけではなく、純粋に困っている様子。

 

 隣を歩く少女はそんな頼りない様子を見せる幼馴染の背を軽く叩き、そして励ました。

 

「ふふっ。ちゃんと頑張りなさいっ! 花陽も凛も貴方に懐いてるんだから」

「はぁ。だからこそどうしてやればいいか……」

 

 ふう。と、彼は溜息を一つ。

 しかし、その顔は言葉や態度とは裏腹に緩み、海菜が自身の幼馴染に対して気を許しているのが伺えた。一方、絵里は冗談めかして横を歩く彼の声真似を始めた。

 

「素直で良い子達な分、あんまり俺がでしゃばりすぎると悪影響がでてしまうかも!」

「…………」

「俺の意見を果たして押し付けても良いものか!?」

「……それ、俺の真似?」

「えぇ。中々のものでしょう?」

「ちょっとバカにしてるよな」

 

 じとっと横目で、お茶目な一面を見せた絵里に避難めいた視線を投げかける海菜。どこか不機嫌そうなのはわざとらしいモノマネをされたからか、それとも図星をつかれたからか。

 

「バカにはしてないわ。大真面目よ。それに、正解のハズだし」

「……ふんっ」

 

 どうやら後者らしい。

 彼は幼馴染から顔を背けると、少しだけ歩くペースを早めた。

 

「もう。待ってよ海菜」

「うっさい」

「拗ねないのっ」

 

 絵里は離れかけた海菜のブレザーの背中を遠慮無く掴んで彼の身体を引き寄せる。悪友同士のじゃれ合いのような光景。彼女は彼の背に掌を当てたまま小さな声で。今度は少しだけ真面目な声色で語りかけた。

 

「私は、海菜の考えをそのまま伝えてあげたら良いと思うわ」

 

 その言葉は、花陽達の為ではなく海菜のために紡がれた。

 それが分かるのか、海菜は真剣な口調で返す。

 

「……でも、二年年上の先輩の言葉はやっぱり重い。あの子達なりの答えを壊してしまうかもしれないだろ」

 

 周りに、親友にさえ言いたくない悩みを抱える凛。その事を知りながら、自分がすべきことを考えて迷い続けている花陽。そして、海菜は彼女達の力になりたいと心から思っている。

 

――しかし。

 

 気軽に口を出して良い問題ではないと彼は言った。

 彼女達が紡いできた過去。そこから生まれた今の問題。そこに無責任に口を出すことなら誰でも出来る。事実だけを聞いて、その解決方法を持論を元に差し出すことなんて部外者にだって可能。

 

――しかし。

 

 二年年上の先輩の言葉。

 

 海菜はその重さを理解していた。

 人としての在り方に答えなど無い。凛には凛の、花陽には花陽の生き方がある。もっと言うと、凛と花陽、二人の関係には彼女達にしか分からない、そして彼女達にしか作り出せない答えがあるはずなのだ。

 彼がそこに口を挟むというのは問題を解決するキッカケになると同時に、凛達が彼女達なりの答えを出す事を阻害してしまう危険性もある。経験値の多い年上の、もっともらしい言葉は時に未熟な人間の思考までも変えてしまうものだ。

 海菜はそれを懸念する。自身の持つ答えが、花陽達に当てはまらない危険を知っているからこその躊躇い。

 

 だからこそ、海菜は悩む。

 

 もちろん、何もせず放っておくことなど彼の性格では出来ない。故に帰りがけ、花陽に声をかけたし今もどうすべきか考え続けている。

 

 絡みつく思考の縄。

 それは海菜を苦しめていた。

 俺はどうすべきか、何が正解なのか。

 とめどない疑問があふれだす。花陽達を想うからこそ。

 

 

――衝動だけで行動出来るほど単純だったら、海菜はこんなに苦しまずに済むのに。

 

 

 彼の悩みを顔色だけで察知できる絵里。彼女は思った。

 そうして、にこりと微笑みを不器用な幼馴染に届ける。

 

「大丈夫よ」

 

 からっとした彼女の態度。

 そしてそれは無責任から来るものではなく、何かをを信じるからこそ贈ることの出来る言の葉だった。

 

――まぁ、それが出来たら苦労はしないわよね。

 

 意図せず漏れてしまった笑みを隠して彼女は想う。

 絵里は知っているのだ、海菜の性格を。自分がどんなに願っても彼はいろんなことに悩み続ける。今までもそうだったし、これからも変わらない。だとしたら、私が出来ることはたった一つだけ。

 

「大丈夫よ……」

 

 紡いだのはもう一度、同じ言葉。

 手放しに海菜を肯定する。

 

 花陽なら大丈夫。

 凛なら大丈夫。

 全部うまくいくから大丈夫。

 

 否。絵里が口にした言葉の意味は……。

 

 

――海菜なら大丈夫。

 

 

 それだけだった。

 

「凛も花陽も、貴方の意見をちゃんといい意味で参考にしてくれるわよ」

 

 もちろん、口にはしない。

 真剣になり過ぎず、いつもの様子で話を続けた。

 

「そーかなぁ……」

「えぇ。海菜が思ってるよりずっと大人よ? あの娘達は」

「……君が言うなら、そうかもなぁ」

 

 僅かに、彼を縛る思考の縄が緩む。

 他人が――いや、絵里がくれる大丈夫という言葉。

 

 自分への信頼、肯定。

 それは彼に一歩前へ進む勇気を与える。

 

――次いで、紡がれる言葉は。

 

 

 

「うん。ちょっとだけ踏み込んでみるか」

 

 

 

 大切な後輩の運命を変える、決意の現れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




凛ちゃん回。
反響は少ないですが、全力で書きますよ!笑
この子にスポットを当てられるのはこれが最後かもなので……。

ところで。
受験のシーズンが一段落しましたね。後期の発表が今週末にあるくらいでしょうか。

受験生の皆さんお疲れ様でした。
結果如何の話は致しません。
皆様の頑張りを労う、という意味でも更新がんばりますね^^

うまく行った方、そうでは無かった方。
受験という『通過点』が皆さんにとって大切な経験に成ったことを祈っています。

ではでは。
また次回お会いしましょう。

※Who I truely am.シリーズは告知なく纏めると思いますのであしからず

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