ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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今回体調の関係もあり、文章が荒削りかもしれません。
また校正を入れますが、本編に戻るためにも一応の完結を。


 ◆ Who I truely am. Ⅲ

「本当にこのままで良いのかなって思うんです。色々考えたけど、答えが出せなくて……」

 

 海菜さんが誘ってくれた喫茶店。コーヒーの僅かな湯気の向こう側に彼とその幼馴染、絵里ちゃんの姿がありました。相談があるならいつでも俺たちを頼ってくれ。そんな言葉に甘えて、私はそのように切り出します。

 二人は一瞬顔を見合わせると、真剣な表情で頷きました。

 

「このままって言うのは、凛の代わりに貴女がセンターを務めるって事よね?」

「うん……」

 

 少し甘めにと、砂糖とミルクを多めに入れたコーヒーを口に含みます。美味しい。

 

「迷ってるってことは……」

 

 絵里ちゃんの問いを引き継ぐように、海菜さんが口を開きます。

 どこか、今日の彼は慎重に言葉を選んで話をしている……そんな印象を受けました。

 

「凛にセンターをして貰いたい気持ち、代わりにやってあげたい気持ち。その両方共に理由があるんだよな」

 

 その通りです。彼は正確に私の思考を代弁してくれました。

 こくり、と自然な動作で頷くと私は彼が求めている答えを返します。

 

 一つ目。凛ちゃんにセンターを務めてほしい理由。

 

「凛ちゃん、昔から自分に……特に女の子らしい自分に自信が持てないらしくて」

「……あぁ。なんとなく分かる気がする」

 

 鋭い彼も、何か思うところはあったのか特段驚くこと無く相槌を返しました。その表情は、疑いが確信へと変わったような、明朗なもの。でも、すぐに眉間にシワが寄り、物憂げな雰囲気を持ちます。

 

「ちょっと、昔色々あったので……」

 

 どうしよう。

 凛ちゃんに起きた小学校であった出来事のこと、伝えたほうが良いのかな? その一瞬の逡巡の間に、絵里ちゃんが気を利かせて一言挟んでくれました。

 

「何があったかは話さなくて良いわよ。きっと、凛も私たちに知られたくは無いでしょうし」

「そうだな」

 

 そして、絵里ちゃんのフォローにすぐに乗る海菜さん。

 この間の無さが彼女達の信頼関係や、心の通じ合いを表しているような気がします。

 

「結果として、女の子らしくない自分にコンプレックスを感じちゃってる……って事だろ? それで、続きを頼む」

 

 結論だけでいい、彼はそんな分かりやすいスタンス。こちら側としても変に気を使わなくていいので話しやすいです。

 

「はい。その、コンプレックスを持ってしまう理由も、凛ちゃんの事を良く知ってるからこそ、分かるんですけど……」

 

 すぅ。と、海菜さんが目が細くなりました。

 どこまでも透き通る黒曜石の瞳が、私の思考を透かして見るような。そんな錯覚。

 

 

「でも、私は本当に凛ちゃんの事、可愛いって思うんです!」

 

 

 心からの言葉。

 幼い私の、素直な気持ち。

 

――僅かに海菜さんが微笑んだ気がしました。

 

「そっか」

「はい。だからこそ、凛ちゃんにはコンプレックスを克服して、可愛い衣装を着て、皆の真ん中で踊って欲しいです。きっと、あの衣装だって凛ちゃんが一番似合うから」

 

 それが、理由。

 彼は私の意見に対して、自身のアイデアをぶつけてくることはまだしません。ただシンプルに二、三度頷いて見せた後、手のひらを前に出し、続きを促します。

 隣の絵里ちゃんは、あったかな微笑を浮かべて私を見ていてくれました。

 

 

 次に話すのは、私が凛ちゃんの代わりにセンターをしなくちゃいけないって思う訳です。

 

「でも、凛ちゃんが困ってるのも事実だと思うんです」

 

 嫌よ嫌よも好きのうち、なんて言葉もありますが今回に限ってそれはありません。私の幼馴染は本当に女の子らしい振る舞いを自分がすることに苦手意識を持っていますし、そんな凛ちゃんにとってウェディングドレスを模した衣装を着てセンターで歌うなんて悪い言い方をすれば苦行でしかない。

 

「私は……凛ちゃんには笑っていて欲しいです。無理にセンターを勧めることが、凛ちゃんにとってどれだけ負担なのか、私には凄く伝わってくるから……」

 

 彼女の苦しみがよく分かる。

 そしてそれは想像ではありません。はっきりとした確信でした。だからこそ、私は凛ちゃんに無理をさせたくないとも思うんです。悩みを解決することに、痛みが伴うのが分かっているのに無責任に頑張れとは言えなくて……。

 

 だからこそ、代わりに私がセンターをしても良いって思いました。

 

 

 そんな今、私の中にある二つの選択肢。

 その両方共が私の素直な想い

 

 私はきゅっと唇を引き結んで、先輩たちの答えを待ちました。

 

 

――二十秒ほど。

 

 緩慢な動作で目の前の先輩は顎に手を当てて虚空を見つめます。

 

 

「よく分かったよ。凛に変わって欲しいと願うのと同時に、辛い思いもして欲しくない。……そういうことだよな」

 

 

 端的に纏められた言葉。まさしくその通りでした。

 海菜さんは、分かるよと言う様にゆっくりと頷きます。絵里ちゃんは顔をほころばせると優しく、目だけで私を肯定してくれました。

 

「花陽は優しいわね」

「絵里ちゃん……でも」

 

――でも。

 

「私は優柔不断で……」

 

 私の、一番ダメなところ。

 気弱で、決断力がなくて。いつもいつも引っ張ってくれる誰かに頼って。

 

「それも、凛のために貴女が一生懸命悩み続けている証拠でしょう」

 

 絵里ちゃんはすぐに励ましてくれました。

 もちろん、一生懸命凛ちゃんのことを考えてるつもりです。でも、大切な幼馴染のことを想うのは当たり前のことで……親友だからこそ、彼女にとって一番良い選択をとってあげるべきだと思います。

 でも、私にはそれが出来ないんです。

 答えが見つからないんです。

 

 だから、今日だって、海菜さんと絵里ちゃんに相談に乗って貰ってる。

 

「優柔不断は悪いことじゃないよ」

 

 海菜さんが言います。

 当たり障りのない慰めの言葉。

 

「いえ……気を使わせてしまってごめんなさい」

 

 きっと、二人は優しいから。だから、気弱な私を気遣って温かい言葉をかけてくれてる。

 容易に想像できるそんな予想。

 

 でも、それはどうやら間違っていたようです。

 

「は? 何言ってんの。本心だよ、俺も絵里も」

 

 ふぇ?

 予想以上の速度で返ってきた台詞。それは若干トーンの落ちた呆れ声とセットで、私の耳に届きました。申し訳無さからがくりと垂れてしまっていた頭を上げると、ニヤリと笑う海菜さんの顔。

 

「良い? 優柔不断っていうのはつまるところ、自身の選択から起こる色んな可能性をきちんと考えられてるから起こることなんだと思うわけ。少なくとも、花陽はそのタイプ。相手のことを思いやるからこそ決断できないんだろ?」

 

 もちろん、自分の事に関してはちょっと自信が無さ過ぎて決断力にかける部分もあるけどな。

 そう、割と遠慮の無い一言も付け加える海菜さん。だからこそ、本気で話をしてくれているのも伝わってきました。

 

「でも、悩むだけで終わっちゃダメですよね?」

「そうだな。凛のことを想うからこそ、答えは出さなきゃいけない。でもその点は心配ないだろ。その事を君はちゃんと分かってるからこそ、……俺達に会いに来てくれたんだから」

 

 そうですよね。ちゃんと、答えを出すために私はここに来ました。

 

 真っ直ぐに視線を交わします。

 

「…………」

「…………」

 

 理由は分かりませんが、今日の海菜さんの雰囲気はいつもと違って見えました。普段、海菜さんが私にかけてくれる言葉、とってくれる態度は……おちゃらけていて冗談交じりのもの。もしくは、遠目に暖かく見守ってくれているようなものでした。

 でも、目の前の彼には言葉にはしがたい何か。

 

 無理に表現するとしたら……恐さと呼べる部分がありました。

 

 どこか、覚悟を決めたような鬼気迫る様子が見え隠れしています。もちろん、その前提に私や凛ちゃんへの思いやりがあることも理解していましたが、私にとってこんな海菜さんと向かい合うのは初めてのことでした。

 

「それじゃ。俺の考えを言おっか」

 

 暫し見つめ合った後。

 海菜さんが口火を切りました。

 

 

「結論から言うと、俺はどっちでも良いって思ってる」

 

 

 断言。

 

「どっちが正解かなんて、俺には全く分からなかったから」

 

 応えることを拒否するかのような答え。

 聞く人が違えば、投げやりにも取れる解答。

 でも、不思議と相談を無為に扱われた気はしませんでした。

 

「でも、君はこんな解答。望んじゃ居ないでしょ? だから、ごめん」

 

 瞬間。

 

 一瞬だけ彼の目に迷いの色が浮かびました。

 でも、その変化は一瞬。次に宿ったのは決意の炎。

 

 

 

「ちょっとだけ、余計な口……出すことにするよ」

 

 

 

 不器用な前置き。

 

 そして、彼は滔々と血の通った言葉を紡ぎだしました。

 

 

 

――凛ちゃんにセンターをやって貰う場合の意見。

 

「俺なら、嫌がる凛に無理強いさせることは出来ない、しちゃいけない」

 

 

 

――私が凛ちゃんの代わりを務める場合の意見。

 

「俺なら、凛がコンプレックスを抱えたままでいる状況を放っておくことなんて出来ない、しちゃいけない」

 

 

 

 遠慮のない彼の答え。それらはちくり、と胸に刺さりました。

 

「それは……」

 

 口ごもります。

 つきつけられる現実の刃。頭の中だけに在った物を、他人から言葉にして迫られる痛み。

 

――海菜さんの事を苦手になってしまうかも。

 

 そう思ってしまうほど、私の心はざわめきました。

 

 だけど。

 

 ふと。視線を彷徨わせた先にあった海菜さんの表情。

 いつもより少しだけ真剣で、真っ直ぐな瞳。そこに私に対して厳しい言葉を投げかけた事に関しての動揺はありませんでした。先の二つの、私を傷つける可能性のある鋭い台詞。優しい彼が考えなしに言うはずがありません。でも、やっぱり彼は大人で。

 

「そうだろ? 俺は間違ってないと思う」

 

 内心の葛藤をおくびにも出さず、私だけを見つめてくれます。

 

――でも。

 

 私は見てしまいました。

 

――絵里ちゃんの表情を。

 

 哀しげに伏せられた目は、きゅっと引き結ばれた口元は。きっと私の内心ではなく、他でもない――海菜さんの心を考えて無意識に出てしまった彼女の変化でした。絵里ちゃんの左手は、テーブルの下。目立たない位置で、そっと彼の背中に回されています。

 

 私のために、きっと海菜さんは無理してくれてるんだな。

 

 二人を見て、私はそう素直に思うことが出来ました。

 

「そうです」

 

 素直に私は答えました。

 そして、海菜さんの話を待ちます。

 

 彼は、拒絶せず自分の話を受け止める体勢に入った私を見て、安心したように微笑んでくれました。

 

「どっちの選択をしたって、凛にとって良くないことが起こるのは確かだよ。でも、それは自然なこと。何かを手に入れたいなら何かを無くす覚悟が必要だし、変化を望まないなら同時に成長もあり得ないんだから」

 

 並べられる真実。

 そこに間違いなんて一つもありません。

 

「だからこそ、俺はどっちを選んでも良いって思うし……尚且つ」

 

 一瞬の間。

 

「俺に選択する権利なんて無い、意見を言う資格もない」

 

 

――だけどな。

 

 

 静かな店内に溶けこむような、然程大きくない声。

 その大きさに関係なく、心に響くその声。

 

 私は、ようやく目の前に海菜さんだけではなく『海菜さんと絵里ちゃん』の二人がいる理由を知ることになりました。

 

 

「君にはその権利があるんだよ」

 

 

 抽象的。まだ理解できません。

 そして曖昧な単語たちは具体的な内容を持って改めて紡がれます。

 

 

「花陽には凛が苦労するであろう道を、それを分かった上でアイツに示してやる権利があるんだよ。凛が大変な思いをすることが分かって、それでもその道を行けば良いって。君は言っても良いんだよ」

 

 だって。

 

「幼馴染なんだから」

 

 目の前の二人は、一瞬だけ顔を見合わせて同時に微笑みました。

 

「俺にはそれが出来ない。部外者が、人の在り方に口を出すなんてもっての他。だから言ったんだよ。さっき、『出来ない、しちゃいけない』って。でも、君ならさっきの俺の台詞をそのまま『出来るし、すべき』って言葉に書き変えられる」

 

 私なら……出来る。

 凛ちゃんの行く道を、指し示してあげられる?

 

「ずっと、一緒に居たんだろ? ずっと、凛の事を見てきたんだろ? そして、これからも一緒に居るんだろ? だったら、君にはその言葉を紡ぐ権利がある」

 

 続けて彼は言います。

 人と人との関係は、千差万別。俺と凛との関係と、君と凛との関係は全く別物だ。俺では凛にとって一番良い選択肢を考えだすことは出来ないし、どれだけ素晴らしい言葉を紡いでもきっとそれは君が凛に贈るたった一言にも及ばないと思う。

 

 人と人の心の距離は、時間が全てでは無いよ。

 ただ、時間に大きく依存するのも確か。

 

「俺はそのことを、コイツを通じて知ってるから」

 

 そう言って、海菜さんは絵里ちゃんを指さしました。

 

「俺は自分の道は自分で決めたいし、誰がなんて言ってこようと多分聞く耳なんて持たないと思う」

「ほんと、ガンコだものね?」

「ふん。君にだけは言われたくないけどな」

 

 だけど、と海菜さんは笑いました。

 

「不思議と、絵里の話だけは聞こうって思えるんだよ」

 

 ちょっとだけ照れくさそうに、隣を見ないように彼は言います。

 

――理由は簡単。

 

「俺は知ってるから。自分の事を一番よく分かってくれてるのがこの娘だってこと。どんな無茶苦茶な事でも他でもない、俺のために行動を起こしてくれてるんだって分かるから。きっと、それは絵里も同じことを思ってる。その関係が、幼馴染ってヤツなんだろ」

 

 だから。

 

「きっと、君と凛の関係もそうだと思う。もちろん、俺たちみたいなノーガードで殴りあう関係ではないとは思うけど、お互いに信頼しあって支えあってるのは同じでしょ?」

 

 だからこそ。

 

 

「君が凛に取って欲しい選択肢。それを押し付けたって良いんだよ」

 

 

 凛ちゃんに、私の意見を押し付けたって良い。

 良い……んだ。

 

 染み渡る海菜さんの言葉。

 

 他人には絶対言えない一言を、贈ることが出来るのが幼馴染。相手が傷つくことが分かって、それでもその方向に背中を押せるのが相方の役目。

 

「君にしか出来ないんだよ」

 

 彼は真剣な眼差しで私を見つめました。

 

「凛が抱えるコンプレックス。それがどれ程大きなものなのか、俺には分からない。それでも一つ言えることは、それが『いつの日か無くなる』事なんてあり得ないってこと。その悩みを、救ってやるのが君の……幼馴染の役目だって、俺は思う」

 

 ずっと、ありのままの凛ちゃんで良いって思ってた。悩みを遠ざけて、見て見ぬふりをして逃げちゃうちょっと弱気な凛ちゃんも、大切なお友達だったから。そして、それは海菜さんの意見を聞いた今でも根本の部分は変わっていない。

 どんな凛ちゃんも大好きだよ。

 彼女がどう変わっても、変わらなくても。

 

 でも。

 

 凛ちゃんにこうなって欲しいっていう想い。

 それは確かに私の中にありました。

 

 

「私は……どんな凛ちゃんも大好きです」

 

 

 二人は静かに私の手探りな告白を聞いてくれました。

 

「でも……、でも……」

 

 私は凛ちゃんに……。

 

「凛ちゃんにはもっと笑って欲しいです。それに、凛ちゃんの可愛さをもっと色んな人に知って欲しいです」

 

 そっか。私はずっとそう思ってたんだ。

 決断の結果訪れる、色々なマイナス部分にばかり目が行って追いきれていなかった一番大事な部分。私自身の望み。凛ちゃんを想うからこそ生まれる幼馴染故の意見。

 

――だとしたら、私は。

 

 ゆっくりと固まっていく選択肢。

 そして、海菜さんと絵里ちゃんは言ってくれました。

 

「花陽のして欲しいこと、それをそのまま答えにしたら良いと思うわ」

「大丈夫。君の思いは、絶対に伝わるよ」

 

 

――幼馴染なんだから。

 

 

 二人の言葉。

 

 

 

 そして――。

 

 

 

***

 

 

「凛ちゃん、大丈夫?」

「うぅー。急にセンターなんて無茶ぶりにも程があるにゃー!」

 

 本番五分前。

 舞台袖で隣り合う二人が居た。

 

 黒いタキシードを着こなした花陽。

 純白のウェディングドレスを模した衣装を身にまとった凛。

 

「……ごめんね?」

 

 申し訳無さそうに、花陽は頭を下げる。

 しかし、凛は――。

 

「なんでかよちんが謝るの?」

 

 緊張で顔を強張らせながら、それでも彼女は言い切った。

 

 

 

「凛、頑張るよ」

 

 

 

 優しい微笑み。

 そこに溢れるのは目の前の親友に対する信頼だけ。

 

「かよちんが可愛いって言ってくれたから。凛はまだ自信なんて持てないけど……でも」

「凛ちゃん」

「かよちんが言うなら、今回は……頑張ってみるよ」

「うん! 凛ちゃんなら大丈夫だよ!」

「なんだか、今日のかよちんは頼もしいにゃ」

「……えへへ」

 

 繋がれる手と手。

 

 

 

 彼女達は支え合うように、導き合うように立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 




続きはアニメ本編を……ですね笑
凛回とみせかけて花陽編になってしまったような……
次回からガッツリ本編です。

凛回はもう一度、可愛くなった彼女との絡みをまたいつか。

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