日も跨ぎ新たな朝が来た。どうやら昨日の反響は凄まじかったようで、連日続きが見れるとなると住民達も午後の楽しみのために仕事に精が出ていた。一方で、その当日だけ特別にと休んでいた者達は阿鼻叫喚の様相だったが…まあ、そこは気にすることではないだろう。後で発売するディスクを買ってくれ。
ベルはあれくらい強くなりたいと昨日の興奮をそのままに意気揚々とダンジョンに潜っていった。
ヘスティア様も気に入った様で、明日も観に行くからね!と言葉を頂いた。
そして俺たち二人はというと、前回の騒動を踏まえて予約席の設置やこれからの方針などを各ファミリアとも話し合っていた。
それもあちこち回ったおかげで既に昼を過ぎている。空いた時間をどうしようかとアーディに提案したら、彼女は街を見て回りたいらしい。
確かにここ数日は金策に付き合わせていたからそこまで特定の場所を見ることは出来なかった。
俺もアーディが気になるところに興味があったし、当然オーケーした。
(それで、霊体化したままでいいの?)
(うん…。じゃないと余計なトラブルまで持ってきちゃうかもよ)
なんてことないように言うけれど、その端にはどことなく寂しさが垣間見える。
(それで、行きたい場所って…)
(【ガネーシャ・ファミリア】がしっかり活動してるのは分かってるし…。うん、ちょっと道案内するから付いてきてね)
霊体化したままのアーディの指示に従い、往来盛んな街路を往く。時には見慣れない店が出来ていたり、住民による建物の改築や取り壊しなどで変わってしまった街並みに迷いかけたが、少しの時間をかけてそこに辿り着いた。
「………アーディ、本当に…ここ?」
信じられないというように絞り出した声は、目の前の建物を見れば理解できるだろう。
かつては心安らぐ憩いの場として機能していただろうそれは、今やその面影を残すのみ。ここ数年手がつけられていない様相で周囲の雑草は乱雑に生え、朽ちかけの木材がその伽藍堂の中身を示唆する。
「……やっぱり、かぁ。分かってはいたんだけどね…」
「やっぱりって…」
「ここは『星屑の庭』。私が生きてた頃は【アストレア・ファミリア】の拠点だった場所だよ」
「【アストレア・ファミリア】…」
俺はアストレアと聞くとあのプロレスの方が思い浮かんでしまうが、当然それとは違う。
「噂を聞かないから、もしかしたらって思ってたけど、やっぱり、辛いね…」
「っ…」
その見えない表情が何を意味しているのかは容易に想像することが可能だろう。しかし、その気持ちを真の意味で理解できない俺が声をかけていいのかは終ぞ分からなかった。
「…ごめんね! 私のお願いを聞いてくれてありがとう。確認できただけでもよかったから…。うん、そっか、7年もあれば変わることもあるよね」
強がりだ。自分より幼くして死んだ少女が、7年も孤独に耐えてきた彼女が、再びの機会を完全に潰されている、それはなんて残酷なことだろう。
「………」
「………」
彼女も俺の態度で分かったのか、互いに気まずい雰囲気になる。そこで、ある一つの情報…というより知識を思い出した。
「あ! アーディ、ちょっとこっち! 付いてきて!」
――――…
行き先はオラリオ西地区。一般の住居や酒場、宿などが多く建っている場所だ。その店群の一つ、豊饒の女主人という名の酒場の前に立つ。
「ここって、豊饒の女主人?」
「知ってたんだ?」
「うん。私が生きてる頃からあるし…あの時はみんなの助けになってたしね。それで、ここが…?」
「まあ、見ててよ。多分今の時間なら…」
物陰に隠れて観察すること数分。外のテラス席の食器類を片付けに来たウェイトレスの一人。薄緑の頭髪を持つエルフの女性だ。
「――――リオン…?」
信じられないとわずかに漏らす。交友関係はよく分からなかったけど、やっぱり知り合いみたいだ。それもどうやら親しい部類の。
「髪も染めて短髪になってるけど、リオンだ…!」
よかった。そう言いたげに頬を緩ませるアーディに、俺もついつい嬉しくなってしまう。
「会いたい?」
「それは、そうだけど…、でも…」
「大丈夫。ちょっと待ってて」
ここは俺が一肌脱ごう。アーディを建物の隅っこに追いやり、今まさに新たな食器類を持ち上げていたところだった。
「そこの店員さん!」
「はい、なんでしょうか?」
声をかけると、一旦作業を中断してこちらに顔を向ける。やっぱりエルフなだけあって眉目秀麗で顔にはシミ一つない。テラス席の柵を挟んで僅かの距離。出来る限りの悪い顔を作り、必ず追いかけてくるであろうことを一つ。
「【アストレア・ファミリア】所属、【疾風】リュー・リオンですよねぇ?」
「っ!」
囁くような音量だったというのにその両耳はしっかりと捉えて過敏に反応する。その表情からは驚愕と疑念、そして色濃い警戒の目だ。
ここにもう一押し。
「……アーディ・ヴァルマのことでお話が」
「貴様っ!!」
怖っ!?
当然だけど怒り心頭という様子でこちらへ殺気を叩きつけるリューから全力で逃げる。少し先の角までの短距離だが、レベル4の中でも上位に位置する彼女にロクにステイタスを上げてないレベル1が足で敵うはずもない。
今も行き交う人の隙間を縫って、これまでにないくらい必死で逃げた。意気込み的にはオケアノスのヘラクレス並の迫力だ。
「アーニャッ、ここは頼みます!」
「ニャッ!? みんニャー! リューが逃げ出したニャー!?」
そんな喧騒を背後に聞き、全力で人の波を利用して走る。後ろからものすごい勢いで駆けてくる音や市民の驚愕の声が届くけど気にしていられない。
もうすぐそこにはアーディのいる路地裏だ。慌てて曲がろうとして、一瞬もつれてしまった。
「うわっ!」
若干体勢が崩れた瞬間、頭上をものすごい勢いで通り過ぎていく小石。
死ぬことはないだろうが、レベル差的に気絶はありえる。ただの偶然によって舞い降りた幸運に感謝しつつも、迷わずそこに飛び込んだ。
その勢いのまま走り続け、すぐにごろごろと無様に転がる。瞬間、俺の喉元に手刀が突き出される。
いつの間にか、完全に近づかれていた。
「答えろ。貴様は何故その名を騙った。返答によっては…」
「わ、ちょちょちょ、待って待って」
両手を上げ、戦意や危害を加える気がないことをアピール。とりあえずは攻撃されない状況になったその時、こちらを強く睨みつけるリューさんの背後、空気から滲み出すようにローブの影が現れる。
霊体化していたアーディはそのまま背中を取りリューさんに思いっきり抱きついた。
◆◆◆
業務中、声をかけてきた少年がいた。見たところ人当たりの良さそうな優しげな瞳をした人物だったが、その第一印象が覆るのは一瞬だった。眦を釣り上げにたにたと笑みを浮かべたかと思えば次の瞬間にはねっとりとした口調を開く。
『【アストレア・ファミリア】所属の【疾風】リュー・リオンですよね?』
『……アーディ・ヴァルマのことでお話が』
語られたのは、私自身の秘事。いや、前者だけならばまだ理解はできる。この話自体興味がない人物ならともかく本気で探ろうと思えば、ツテさえあればどうにかなるだろう。
それに、アストレア様に関する話の線もある。警戒こそすれど、敵意はない。だが、後者は駄目だ。私だと、そこまで私だと確信しておきながら、アーディの名を出した。
解っている。この相手は、私とアーディの接点を解った上で、このような話を切り出したのだと。
【ガネーシャ・ファミリア】の使者である可能性?そんなものあるものか。あの団長と神ならば私の身の上を理解しており、見たこともない団員を遣わせるはずもない。
カッと頭に血が上った。何故今更。何故あの子の名を騙ったのか。その真意を探ろうと堪らず店を飛び出した。
少年の身体能力は低い。恩恵は貰っているようだが、てんで動きがなっていない。恩恵に振り回されている訳ではないようだが、レベル1の下位が精々だ。ステイタスには圧倒的な差があるが、少年は器用に人混みを盾にして逃げ回っている。
嘗ての復讐心に囚われた私であったなら住民を跳ね除けてでも追っただろうが、今の私は豊饒の女主人の給仕という地位がある。服も制服のままだし、私のせいでミア母さんに迷惑がかかるのは避けたかった。
道端の小石を投擲し、相手はまぐれで躱す。慌てた様子で駆け込んだが、人のいない場ならば私も本気が出せる。
先を行く少年はかけて転がっていき、その喉元に手刀を添える。
少年は両手を上げて降参の意を示すが同時に私の背後に目を向ける。瞬間、私の背に伝わる衝撃。
(―――っ、伏兵がいたか! いや、それより接近に気づけなかった!)
今、私の手元に武器はない。けれど、相手も強く力を入れているわけではない。思い切り振り払えば――
「――リオン、私達が伝えた正義は、今どんな花になっているかな」
「……………え?」
その声に、その暖かさに、覚えがある。7年前のことだが、はっきりと覚えている。だからこそ、ありえないと思った。だって、それは、あの状況だと……。
信じられないという理性と、そうであってほしいという願望が、心のなかでせめぎ合う。拘束が解け、背後の人物はただそこに佇んでいた。
期待が壊されてしまうかもしれない。これをもって、いよいよ私の心が幻覚を創り出してしまったのかもしれない。そう疑い続け、それでもゆっくりと、子鹿の様に震えながら振り返った。
「アー……ディ…?」
「そうだよ。品行方正で人懐こくてシャクティお姉ちゃんの妹でリオン達と同じ……じゃ、もうないのかな。いや、そもそも今の私って恩恵はあるけど具体的に何処所属……? …まあいっか。色々あったけどアーディ・ヴァルマだよ。……久しぶり、リオン」
嘗てのいつかと同じように、そこには屈託のない笑みを浮かべる少女の姿があった。
「嘘だ。だって、あなたは………あの、時に……」
目の前の事実に、焦燥と共にじりじりと下がるリュー。アーディはその手を両手で包み込む。
「大丈夫だよ。私はここにいるからね」
「あ……あ、あ…!」
そのまま、彼女は泣き崩れた。両手の温もりを、決して離そうとしないまま。
――――…
あれから、リューさんが落ち着いて疑問を呈するのは必然だった。こちらの事情は広めないということを条件にその疑問に応えた。
それと投石のことや怒鳴ったことについて謝られたが、それは俺がわざとそういう態度をとったから、むしろ申し訳なかった。
「―――にわかには信じられませんが、貴方からはこちらを騙そうとする気配もない。そういうもの、と受け入れるのがいいのでしょう。では、やはりアーディはあの時……?」
「……うん。死んじゃってるよ」
「……申し訳ありません」
「ううん、あれはリオンのせいじゃない。私が敵の思惑に乗っちゃっただけだから」
「「………」」
互いに空気を重くして黙りこくる。
「あ、その。アーディ。あなたは本当に幽霊なのでしょうか。こうして触れることも見ることも可能ですので、実感が…」
「本当だよ。…ほら、こうやって」
言うが早いか、霊体になりリューの視界からその姿を消す。
「アーディ!? フジマルさん、アーディはどこに!?」
「あー、後ろで手を振ってます」
「後ろ…? ひゃんっ!?」
「うりうりー、あの時抱きつけなかった分を今ここで使いまーす」
その後も何度か霊体化と実体化を繰り返し、それを事実だと認めさせられた。
「はぁ…はぁ…。このノリも久しぶりな……いえ、何故だか最近も味わったような…」
「新しい友達!? 私が死んでる間になんてズルい!」
「友達ではなく同僚です! それに、アーディのことを忘れた訳では……」
「分かってるってば。リオンはそういうところ変わらないなー。よいしょ」
「そう言いながら抱きつこうとしないで下さい」
パチンと伸ばされた手を弾き、体を隠すように身を捩る彼女に、表通りからの喧騒が響く。
『うニャ〜! ホントのホントにどこ逃げたニャー!?』
『あのリューに限って急に逃げることなんてありえないと思うけどねえ』
『でもミャーに仕事押し付けて走っていったニャ! あれはガチの目だったニャ! ミア母ちゃんもカンカンで散々だニャー!?』
「……勤務中、でしたね」
「俺が声かけたから…。その、ごめんなさい」
「いえ、こうして会えたのですから恨んではいません。いませんが……その、これからは控えていただきたい」
クールな表情を青褪めさせ、肩を震わせる。やっぱりあの女将さんには敵わないのだろう。
「それでは私もここまでにしておきます。積もる話はまた後程。……そういえばアーディ。シャクティには、会ったのですか?」
「……ううん。お姉ちゃんにはまだ会ってない」
「そう、ですか。家族ならではの気まずさ…というのもあるでしょうし、私が口を出すものではないでしょう。しかし、機会は早い方がいい。…あの時、最も辛かったのは彼女なのだから」
「………そっか。うん、出来るだけ…ね」
微かに目を伏せ、言葉尻が窄む。リューはそれに気づいておきながら、それを是としていた。無理に引き合わせても両者の心の整理が出来ていなければ意味がない。「それでは」と残し、表通りに体を踊らせる。
「あ、リオーン! 今日も5時からFateをやるから観てねー!」
「貴方達が制作していたものだったのですか!? ………ええ!必ず!」
最後は言葉少なに、7年ぶりの再会は幕を閉じる。かつて正義の使徒であった両者は、共に異なる道へ進んでいた。けれど、それは悲観すべきものではない。
『正義の味方には、倒すべき悪が必要だ』
正義が必要とされる時代は終わった。喧騒と事件こそあれど、それこそが本来のオラリオ。暗黒の帳は晴れた。この都市を混乱に貶める悪意は砕け散った。他ならぬ彼ら彼女達の活躍は今一度の平穏を取り戻していた。
………今のところは。
「…ふふっ」
「どうかしたの?」
「いや、自分でも趣味が悪いなって思うんだけど、お姉ちゃんが心配してたのが何だか嬉しくって」
「ま、まあ、それだけ愛されてるってことだから」
「そうだよね。私、お姉ちゃんに愛されてるんだよね! これはもうオラリオ1相思相愛の姉妹と言っても過言じゃないんじゃないかな」
「多分それを言ったらすごい勢いで拒否されそうだけど……。まあ楽しそうだし、いっか」
【悲報】アニメ回進まず!
因みにこのアーディは霊体化したら霊的干渉が可能な存在からしか攻撃を受け付けません