野生の春河童   作:れべっか

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はるかリセット、コミックス12巻発売おめでとうございます。
※発売は10/19を2時間ほどフライング


丁寧な暮らし

「あ~、丁寧な暮らしがしたい……」

 

文机に向かってなんとか文をひねり出そうとするも、どうにも上手くいかない。しかし本格的に気持ちをリセットするほどでもない、中途半端な状態。

私はペンを放り出し、文机とは少し距離を置いて畳の上に寝転がった。今まで尻の下に敷いていた座布団を二つ折りにして枕替わりにするが、いまいち頭のポジションが安定しない。

 

「丁寧な暮らしって、漠然としたキャッチフレーズだけど?」

 

マリコが私の愚痴に合いの手を入れる。彼女は私と長い付き合いだから、こういうときに原稿を催促したり無視したりすると私が拗ねることをよく分かっている。

まぁ私もマリコが雑談に付き合ってくれやすい話題を呟くんだけど。

 

「えーっとねぇ、受け売りだけど、『日々の何気ないことに手間と時間をかける』、つまり時短という概念の逆かな」

「もっと具体的に」

「コーヒーをインスタントでなくドリップとか、お味噌汁の出汁を顆粒ダシやダシ入り味噌ではなく煮干しや鰹節で取るとか、手作りのおやつとか……」

「お金も暇も持て余している有閑マダムあたりがSNS映えのためにやってそうね。『ちょっとした不便を楽しむ』とかなんとか言っても、しょせんは娯楽でしょ」

 

うわぁ、マリコがばっさり切り捨てる。

 

「主婦やってるとね、時短できるものは時短、自動化できるものは自動化すべきなの。ドリップコーヒーとか元から趣味嗜好が強いものはともかく、毎日の家事に関わること…… そうね、例えば自動洗濯機を止めて二層式洗濯機、それも私らの親世代が使ってたころの物を使えと言われたら、私は発狂するわ」

「そんなに?」

「まず、洗濯槽に水を入れるのに自動水量調節機能がないから目で見て蛇口を開閉しないといけないの。お風呂の残り湯を再利用するならバケツを使う。洗濯物と洗剤を入れて、時間をタイマー指定して20~30分ほど放置。終わったら洗濯物をいったん脱水槽に移し、軽く脱水する間に洗濯槽の水を抜いてきれいな水に張り替える。脱水槽から洗濯物を洗濯槽に戻してすすぎ。すすぎ終わったらまた脱水槽に戻して脱水して、それでようやく干せるようになる」

「ほへー、スイッチ一つで洗濯どころか乾燥まで自動でやってくれる今とは大違い」

「子供が複数いる家庭だと、一日に複数回洗濯機を回すことがざらだからね。私が小さいころ、父が水量や洗剤を洗う量に応じて最適化できる二層式に対して全自動は無駄遣いだって主張してたけど、母は全自動を頑として譲らなかった。当時は分からなかったけど結婚して主婦業をやるとね、あのときの母の気持ちがよーーっくわかる」

 

いや、そこまで強調しなくても。

と、熱弁していたマリコが話題を戻す。

 

「で? あんたは何をやろうと考えてたの?」

「んーとね、南部鉄器の鉄瓶でお湯を沸かして、鉄分豊富なお湯でまろやかなお茶を飲もうかなって」

「南部鉄器ねぇ。お湯を沸かした後はポットに移し替えて、余熱で乾かさないとすぐに錆びるって聞くけど」

「金気止めと呼ばれる技法で酸化被膜をつけて錆を防ぐって聞いたけど」

「──南部鉄器を錆びさせないコツは、毎日使うだそうよ。あんた、大丈夫?」

 

マリコがノートPCでささっと検索したところ、そのような情報が出てきた。

 

「毎日は、使わないかも……」

「遠野で見つけたジンギスカン鍋*1と同じ結論になりそうね」

「やだやだーっ、南部鉄器が欲しいっ! ヤカン型の内部の手入れが面倒なら、ダッチオーブンみたいな深鍋! 鉄分豊富なひじきの煮物! 鶏を丸ごと焼いて、鍋の底に溜まった脂でスープを作って二度おいしい!」

 

駄々をこねたところでマリコが小さくため息をつき、私たちの間の会話が途切れる。

 

「私も鬼じゃないから買うなとまでは言わない。でも安い買い物じゃないから、しっかり稼ぐのが先。ほら、駄弁っているうちに回復してきた? それとも本格的にリセットする?」

 

今まで仰向けになってぼんやり天井を眺めていたが、ぐるりと180度回転してうつ伏せになり、座布団を胸に抱く。

 

「うーん、あとちょっと。外出するほどじゃないから、庭をぶらつこうかな」

「それならついでに、雑草を見つけて抜いたら? それこそ『丁寧な暮らし』っぽくない?」

 

 

お終い

*1
111~113話

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