White and white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
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時は過去に遡る――
――時計の針が巻き戻り、過去を再現していく――
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夏休みが始まる前の事。
幼なじみの葛原沙月がバラバラ死体で見つかった。
全寮制 桜霜学園
未来の淑女を育て上げるお嬢様学校で有名だ。
そんな完璧な学園での凄惨な事件。
咲良はその一報を受け、なかなか立ち直れずにいたのだった。
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「…沙月…どうして…」
部屋の棚からアルバムを取り出しゆっくりと捲る。笑顔で写る彼女の姿はもう目にすることは出来ないだろう。
毎年恒例の夏休み旅行。沙月の家族と咲良の家族で避暑地で有名な軽井沢へ行く予定だった。秋には――冬には――年明けには――家族ぐるみで昔からどんな時も一緒だった。
「う……うっ……」
思い出す度に涙が止まらない。
そんな様子を家族は心配していた。
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時は7月末。
そんな中でも日常は過ぎていく。
報道規制が敷かれていたらしい桜霜学園の事件。それは大きく報道されることなく、気づけば世間からも忘れ去られていく。
しかし一部の人間たちは噂話を愉しむように"あの桜霜学園で行方不明者が出てるんだって"とよく口にしているのを耳にしていた。
そんな会話が自信が所属する茶道部の間でも飛び交っていたのだった。
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「副部長の幼なじみって…確か桜霜学園の学生でしたよね?」
若草色の着物を纏った部員が茶室に向かう途中の廊下で声をかける。
正直思い出したくない事件――勿論幼なじみが殺されたなんて言えるはずも無かった。
「うん、そうだよ?」
「あの例の事件!なにか聞いてたりします?」
「うーん…特に何も聞いてないかな?でも私の幼なじみは無事だから事件に巻き込まれなくて…正直良かったなって…」
茶道具の入った箱を持つ手に力が入る。表情に現れないようにニコニコと微笑みを浮かべれば相手は"心配ですよね〜"と呑気に呟く。
咲良は必死に感情を押し殺していた。
刹那、デバイスから着信を知らせる通知が鳴り響く。相手は不明で不思議そうに眉を寄せる。
「ごめんなさい、菅原さん。先にこれを持って行って用意して貰ってもいいかな?」
「はい、勿論です。」
相手は快く茶道具を受取れば茶室へと向かう。そして咲良は近くの準備室に入ると鳴り止まない通知を不思議そうに見据えていた。
差出人不明の通信。
不審に思いながらも応答することに。
「――はい、もしもし?」
応答するも暫く続く沈黙。
イタズラなのか、何か不明だが気味が悪い。
「――こんにちは。花橋咲良さん。」
聞いたことの無い男性の声。温厚そうな声に少しほっとするも、自分の名前を急に言われ吃驚していた。
「そうですけど、何か?」
「父親は花橋宍道、48歳。大手ドローン開発及び製造メーカーの花橋コーポレーション代表――」
「え?…は、はい?」
つらつらと個人情報を口にする男に呆気に取られ、開いた口が塞がらない。
「母親は花橋莉佳子、46歳。専業主婦の傍ら幼少期から得意としている茶道を趣味に、最近ではセミナーを開いてるとか…」
「あの…一体なんなんですか?」
「弟は花橋裕翔、私立帝都学園に通う小学2年生。得意科目は理数、週末はサッカーに打ち込み姉を溺愛。未だに眠れない夜は姉の部屋に訪れる…なんて。可愛い弟だね?」
まるで私生活を覗かれているような男の台詞。明らかに異常者だと理解した咲良はデバイスに手を伸ばす。
「あの…貴方は何者ですか?警察に通報しますよ?」
「今から言うことに従ってもらう。もし拒否するなら父親の会社の関係者を殺す。」
「やめてください!気味が悪い!」
ストーカーなのか、悪戯なのか…
ゾッとした咲良は通話を一方的に遮断した。
再びかかってくるかと思いきや特に何も起こらず、咲良は先程の出来事を警察に通報しようと決めた。
「気味が悪い!何なの…?パパの会社の関係者とか?――とにかく警察に――」
刹那、準備室の扉が開く。
開く音に驚いた咲良は大きく体をビクつかせ視線を向けた。
「先輩?そろそろ時間ですけど…」
声に気づいた他の部員が咲良を見つけ、 声をかける。咲良は慌てた様子でデバイスを切ると部員に笑みを向けた。
「あっ…ごめんなさい。直ぐに行きますね?」
「先輩顔色悪いですけど…もしかして体調悪かったり?」
「ううん!大丈夫大丈夫――」
両手を振るい何事も無かったことを装う咲良。後輩と共に部屋を出ると茶室へと向かう。
「((どうせただのイタズラ…。社長のパパが恨まれることなんて今までに何度もあったんだし。――通報は後でいいや。))」
デバイスに視線を落とすも何も反応は無い。
あれはやはりイタズラだ……気味が悪い男だった――
しかしその選択が仇となる。
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茶道部の活動が終わり着物から制服へとホログラムを変える咲良。部室を出ていく部員たちと挨拶を交し、いつもと何ら変わらない様子を見せる。
「お疲れ様で〜す!」
「うん、お疲れ様。」
次々と部室から出ていく部員たち。咲良も同じく身の回りの片付けをするとふとデバイスに視線を向ける。
「((……結局何も無いし。ほっとけばいいかな。))」
数刻前の不審な通信。
やはりあれから何も無い、ただの愉快犯によるイタズラ…
咲良は部室を見渡し誰もいないことを確認する。そして先程の履歴を確認しようとデバイスに触れたその時。
「ん…?ママ?」
母親からの着信。
特に何も疑うことも無く応答し、母親が慌てた様子で声を上げる。
『咲良ちゃん!?ママだけど…』
「分かってるよ?…ていうかどうしたの?そんなに慌てて…」
『パパが車で家に戻ってくる最中に事故にあったらしいの!…まだ詳しい情報は分からないんだけど……』
「え――?」
『同乗してた秘書の夏目さんと道根さんと連絡がとれないし…とりあえず取り急ぎあなたにも連絡を――』
夏目仁、道根結衣。
2人は若くして父の仕事を支える敏腕秘書として身を置いていた。いつも父を家まで送迎し、家族とも仲が良い。咲良も彼らのことは勿論知っていた。
そんな時、咲良の脳内であの男の言葉がリピートされた。
"父親の会社の関係者を殺すよ"
あの男の言葉が脳裏に浮かぶ。
咲良は言葉を失い、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。
「咲良ちゃん?…とにかくママは直ぐに搬送先の病院に行くから裕翔の事お願いね?」
「ぁ…、うん…わかった…」
プツッと画面が消え途絶える通信。
あの男の言っていることが事実だとすれば――
2人は死んで――
「ッ!!!」
そして再びデバイスが鳴り響く。相手は不明、あのときと同じだ。
咲良は震える指でデバイスに触れ息を飲む。
『や。花橋咲良さん』
「………っ…」
昼間の電話と同じ声の持ち主。間違いなく同一人物だろう。咲良は立っていられなくなり傍らの椅子にゆっくりと腰を下ろす。
『もう連絡は入ったかな?』
「…連絡…?」
『君の父親の関係者を殺したんだが…」
「嘘……嘘でしょ?」
『嘘じゃないさ。僕は君に忠告したよね?』
ガクガクと更に手が震える。
「直ぐにあなたを通報っ――」
『さっきしていれば間に合ったかもしれないのに。…遅かったね。』
「う……」
『いいかい?花橋咲良さん。万が一通報や他の人に僕のことを話したら――――次は"君の家族全員を殺す"。』
「待って…意味がわからない…何が目的なの?パパの会社――?」
『そんなつまらないものじゃないさ。君が知る必要は無い。』
男の淡々とした台詞。
声色は穏やかで落ち着いているのに、恐ろしい程に冷酷だ。
「はぁ……ッ…はぁ、はぁ……」
『おやおや大丈夫かい?色相が濁ったら大変だ…』
荒くなる呼吸を押さえ込もうと必死に深呼吸する咲良。胸元に手を添え、何度も息を吐く。
『君が僕の言うことを聞いてくれれば家族には指一本触れない。約束するよ。…どうかな?僕の話を聞いてくれるかい?』
「…………」
『僕は賢い子は嫌いじゃない。君は麻布高に通うエリート、成績もトップクラス。――利口だと見越して君にお願いしてるんだよ。』
まるで人たらしだ。
酷いことをされ、酷いことを言われているはずなのに何故か不思議とこの男に引き込まれそうになる。――怖い。
「……はい…」
『ありがとう。君は利口だね。』
聞かないと本当に殺されてしまう。会ったこともないのに何故かそう思ってしまう。
『大丈夫、簡単なことさ。君のお友達と楽しく浜辺で花火でもどうかな?って…』
「…え……?どういう事……」
それは拍子抜けする内容だった。
しかし事はそんな単純なことでは無いだろう。きっとその裏で何かがあるはずだ。
『――狡噛舞白は君の親友だろう?』
「…舞白?」
『来月の21日。指定した場所で2人で楽しく遊んでくれればいいだけ。それだけだ』
「待ってください…意図が分からない。何で舞白を?何が狙いなの…本当にそれだけ?」
『質問攻めだな?言ったはずだが…君は何も知らなくてもいい――』
意味がわからない。
何故、親友の舞白の名前が出るのか。咲良は相手の意図を何とか汲み取ろうとするも全く掴めない。
『命を奪うようなことはしない。ただそこに行けばいい。プレゼントも送ってあげるよ。夏休みに楽しい思い出を作りたいだろう?』
「そんなの怪しすぎる。……信じられるわけが無い。」
『君が信じる信じないはどうでもいい。ただ君は僕の言うことを聞けばいい。』
殺すなどと簡単口にする男、そしてそれを実行する危険な男だ。
やはり危険すぎる。信じられるはずも無く、咲良は直ぐに通報しようと考えた。
デバイスを密かに操作する咲良。
それは通報を目論み、タイミングを伺っていた。通報してしまえば事態は悪化しないはず。相手も気づかないだろう――
『いいかい?君は常に監視されてる。もし…その指が通報ボタンに触れていれば…』
「――ッ!?」
通話をしながら咲良がデバイスで通報しようと操作をしていたのをまるで見透かしたように答える男。気味の悪い相手の言葉に思わず口元を手で覆い隠す。
『もう一度忠告しておくよ。もし僕の言うことを聞けないのであれば
家族を全員殺す』
「………なんで…」
『君の両親、弟。…他にも君の大切な人を殺す。親友も例外じゃない。』
冷や汗が額を滑り落ちる。
ガタガタと手元が震え、気づけば咲良は完全に男に支配されていた。
『また詳細は連絡するよ。楽しい夏休みになるといいね』
男は嬉しそうな声色で言葉を放ち、同時に通話が終了する。履歴も何も痕跡が残らない不可解な通信。あの男は只者では無い。
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その後、母親から父親の容態の連絡が入る。
父親は幸いにも軽傷。しかし秘書の2人は即死。金融関係の無人トラックが突如暴走し、秘書が運転していた車に突っ込んできたという内容だった。
制御されていたはずのトラック。
それは恐らくハッキングわクラッキングにより引き起こされたもの。
――あの男は危険だ。
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「お姉ちゃん…どうしたの?どこか痛い?」
夕食を食べてリビングのソファに座る咲良。その傍らに腰をかけるのは弟の"花橋裕翔"。いつもと様子が違う姉を直ぐに察し心配していたのだった。
「大丈夫だよ。ごめんね。」
咲良はテーブルの上に置いてあったサプリメントに手を伸ばす。それを半ば強引に口に含むと水で流し、小さく息を吐いた。最愛の弟に心配されるなんて…自分は一体どんな顔をしていたのだろうか。
「帰ってきてからずっと変だよ?」
「…そうかな?」
「うん。」
「夏バテかな?今日暑かったし…」
無理やり笑顔を作る姉に機敏に反応する弟。
裕翔はそんな姉の頭に手を伸ばし"よしよし"と優しく撫で上げる。
「お姉ちゃん、すぐに体調崩しちゃうし。僕がいないとダメだもんね〜」
「……ふふ。そうだね?…しっかりしないとね…」
無邪気に笑う弟。そんな姿を目の前に様々な思いが駆け巡る。
もう誰も失いたくない。
幼なじみを失い、父親の関係者さえも失ってしまった。
家族を奪われたくない。
…親友をも…失いたくない――
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