White and white(PSYCHO-PASS) 作:鈴夢
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"ノブ兄は私のもう1人のお兄ちゃんみたい。"
夢の中で、
幼い頃の彼女が俺に向けて言葉を放った。
小さな柔い手が俺の手を必死に掴む。無邪気には笑うアイツの妹は俺にとってかけがえのない"血の繋がりのない妹"だ。
天真爛漫で可愛いあの娘。
俺は心のどこかで狡噛を羨んでいたのかもしれない。
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「――ん…」
自宅の寝室。
眠るつもりはなかったがいつの間にか眠っていたらしい。
窓から差し込んでいた明るい日の光は橙色に変化しており、気づけば時刻は17時を回っていた。
「……久しぶりにあいつの夢を見るなんてな。」
ベッドから起き上がりゆっくりと足を下ろす。
そしてふと手元に視線をおろし、口元に弧を描いた。
するとその時、傍らのテーブルに置いていた腕時計型のデバイスが着信を知らせる通知音を鳴らす。
緊急の案件か?なんて想像を膨らませたその時、意外な人物からの着信だと知らされる。
"狡噛舞白"
その名前に再び笑みを零す。
「まさか…俺が連絡する前にあいつから来るなんてな。」
ここ数日間、事件調査で疲弊していた宜野座。
しかし、予想外の連絡に顔一面に満悦らしい笑みが浮かぶ。
そしてデバイスを指で弾くと宜野座が先に口を開いた。
「――舞白から電話なんて、明日は雪でも降るかもな。」
『ざーんねん。明日は降水確率0%。都内は最高気温35℃の灼熱地獄。足立区でエリアストレス警報の懸念もあり。激務に追われるノブ兄は暑さとエリアストレスの対応に色相悪化に気をつけるが吉、だよ。』
「さすが。情報の収集に抜かりないな。」
『それとそろそろ"天分薄明"の時間です。今日は気候もいいし、外に出て景色を眺めると色相好転に繋がるでしょう。』
「俺のホロアバターよりも、舞白の方が優秀だ。」
『ノブ兄の事なら私にお任せ。』
「心強いよ」
クスクスと明るい笑い声が聞こえる。彼女の特徴的な明るい笑い声は何故かいつも伝染してしまう。気づけば宜野座もテンポの良いその会話に笑い声を零していた。
久しぶりの会話に2人は不思議と気持ちが昂る。こうして話すのはいつぶりだろうか。前回の電話は…確か髪の毛を染めたとか何かで口うるさすぎる兄を何とかして欲しいとか…そんなくだらない内容の電話だった。
あの事件から舞白を気にかけていた宜野座。しかし自分から連絡することを躊躇していた宜野座は思わぬ相手からの連絡に喜びを滲ませていた。
「そういえば、一昨日退院したんだってな。」
宜野座は寝室から出るとベランダへと向かう。眼鏡をかけていない目を細め、舞白の言う通り天分薄明の時間を楽しむ事にした。
『うん。なんとか無事退院しました。…ていうか、退院させないと窓ガラス割って逃げ出すぞ〜って脅したの』
「…お前の兄が言いそうな台詞だな。」
そういえば過去に狡噛も似たことを言ってた。やはり兄妹だと改めて実感する。
『って言うのはさすがに嘘。ちゃんとリハビリも受けて順調だったから
早めに退院出来たの』
「あれだけ大手術もしてその回復力。さすが狡噛の妹だな」
『でしょー??』
狡噛の妹、と言われ頬を緩める舞白。大好きな兄に例えられると嬉しいものだ。
「それで?急にどうした?お前から電話なんて…用事があるんだろ?それともいつもの兄の愚痴か?」
ベランダの柵にもたれ掛かり舞白に問いかける。いつもなら兄の愚痴から始まるのがお決まりなのだが…今回は少し違う気がする。
舞白は一瞬言葉を詰まらせるも意を決して話し始める。
『…その、…お兄ちゃんどうしてるかなって』
「そんなの直接聞けばいいだろう?連絡もしてるんだろうし。」
予想外の言葉に驚く宜野座。若干声のトーンが少し下がる舞白を心配するも、彼女の返答を待つ。
二人の間に沈黙が流れる。
舞白は小さくため息を漏らすと、漸く言葉を続けた。
『―――またあの時みたいになりそうで怖いの』
「……」
"あの時みたいに"
それは佐々山を失い自我を失ったあの時。怒りやさまざまな思いに襲われた狡噛が狂った日のことだ。宜野座はそれを思い出すだけで苦しくなる。
『私、お兄ちゃんを困らせたくないし、お兄ちゃんのままでいて欲しい。だけど最近ね、電話でもどこか心ここに在らずというか…違和感があって…』
「違和感、か……」
『考えすぎ…なのかな。』
いつもなら"いい加減に兄離れしろ"なんて冗談混じりで口にできるのだが、今はそんなことを言えるような状況では無い。
舞白の言う通り、狡噛は心ここに在らずなのだ。妹を心配するあまり変わっているのは事実だ。
『こんなこと話せるのノブ兄しかいないし…。いっその事、秀星にも聞いてみようかと思ったんだけどね?』
「縢にだけは聞くな。アイツは面白がるだけであてにならないぞ。」
『やっぱり?』
「ああ。…ていうか、そこで縢を選ぶな絶対に。せめて同性の六合塚に聞いた方がマシだ。」
だいたい予想が着く。
縢だったらただ単に舞白からの連絡に悦ぶだけでなんら良いアドバイスなど聞けるはずもない。
むしろ半年ほど前、縢が夜な夜な舞白に連絡をとってそのまま明け方まで通話をつないでいた事実。しかもよりによって全国模試の前夜だった。それを知った狡噛はさんざん2人に文句を行った挙句、その日の勤務は雰囲気が最悪だった事もある。
舞白は賢い、だが何故かたまに外れた選択をするのは理解できなかった。
『というか突然ごめんなさい。仕事で疲れてるよね。』
「いいや、問題ない。ちょうど非番で暇だったところだ。」
宜野座はベランダからリビングのテーブルに視線を向けた。そこには例の海岸で起こった事件についての調査資料などが大量に散らばっていた。一応監視官と言えど休みはあるがここ最近まともに休んだことなどない。宜野座は個人的に事件のことを探っていたのだ。
勿論、それを誰にも話すつもりはないが――
「舞白。」
『ん?何?』
「狡噛……お前の兄は俺が傍で見てる。たまにぶっ飛んだ行動に呆れることもあるが絶対に悲しませるようなことはアイツは起こさない。だから心配するな。」
『……ん……』
優しい宜野座の声。幼子をなだめるような柔いトーンのその声に不思議と安堵感を感じる。
それにつられるように舞白の声色も穏やかだった。
『ありがとう。ノブ兄』
「……ああ。」
妙に幼く、甘えかかるような声。
いつもと明らかに違う彼女の弱った様子に宜野座も言葉を詰まらせる。
『あとね――1つ伝えたいことがあるんだけどまだ時間大丈夫かな?』
「あぁ、大丈夫だ……どうした?」
突然改まる舞白。
恐らくこちらが本題だろう。
『咲良…、花橋咲良。前の事件のもう1人の被害者、私の親友なんだけど』
宜野座はじっと話を聞く。
『多分、私の予想なんだけど……あの子何か隠してる気がするの。…というか隠してる。私には分かるの――――』
舞白曰く、最近連絡もまともに取り合えないらしい。電話に出ることもなければ、夏休みが明けたにも関わらず学校にも行っていないとほかの友達から情報が入ったのだ。
彼女らしくない……そんなことをするような子では無いと。
狡噛と同じ、似た様な発言だった。
花橋咲良に何かがある、間違いないと。
『……なんとかそっちで調べられたり出来ないのかな?私はこれ以上調べることは出来ないし。出来ることも限られてる。』
「ただ連絡が取れないだけで疑うことは難しい。他に何か理由は?」
『――本当にあの時のあの子おかしかったの』
あの日の記憶を甦らせる。
やけに家を出る前にデバイスに触れていたこと。土地に疎い彼女が迷うことなく足を止めることなくあの場所に辿り着いたこと。
彼女らしくない発言、分かりやすく"ワザと"置いていった無数の大型の 花火。そして放置されたライター――
微細な仕草や言動。異様な行動。全てが変だった。
『それと、実は咲良にお兄ちゃんの電話番号ってメモを渡したの。』
「お前……それはまずいだろう。狡噛はあくまでも潜在犯。2人を繋ぐのは……」
『でもね?実はその番号はお兄ちゃんのものじゃないの。私のもう1つの捨てアカウントの番号だったの。それにも連絡入らなくて……』
「1人で踏み込みすぎだ。何かあったらどうするつもりだったんだ?」
『ごめんなさい。だけどじっとしていられなくて……』
それにさえ連絡も入れれない事情が間違いなく彼女にある。そこまでして何を恐れているのだろうか。
『この事をお兄ちゃんに言ったら多分大変なことになりそうだし、ノブ兄にしか言えないの。…だから伝えておくね』
「全く……お前な……」
舞白の行動力を称えるべきなのかもしれないが複雑だった。兄と同じ洞察力に嗅覚。だが妹はまだまだ子供なのだ。これ以上踏み込ませることも危険極まりない。
しかし親友の行動にそこまで違和感を抱くほど、余程におかしかったのだろう。
「――分かった。俺も調べてみよう」
『ありがとう。……本当に、ありがとう――』
絹糸のような細く繊細な声。
その様子は今にでも泣き出してしまいそうだった。
宜野座はベランダからリビングへと戻る。
そして不意に部屋に飾っていた写真に目を止め手を伸ばす。写真に映る3人の姿。公安局に入局する前、宜野座と狡噛がキャリア研修所に発つ前夜に撮った写真だった。狡噛と宜野座の間で無邪気にピースサインを見せる幼い舞白。それを優しく見守る狡噛――
嬉しそうに2人の腕を引いて笑みを浮かべる舞白。
ぶっきらぼうな顔をする狡噛に優しく微笑む宜野座――
どれも懐かしい写真ばかりだ。宜野座はそれを大切に飾っていたのだった。
「……心配するな、舞白。俺も狡噛も何があってもお前の味方だ」
『うん。』
『それと……自分のことも大事にするんだ。友人を気にかける事も大事だが……それだと自分を保てなくなるぞ。』
ごもっともすぎる言葉に笑い声を上げ誤魔化す舞白。そもそも今回、身体的にも精神的にも大ダメージを受けたのは舞白も同じだ。訳の分からないヘルメット集団に立ち向かい、盾となり親友を守り――自分はボロボロのはずなのだ。
しかしそれを口にしてはいけない。
舞白が今回宜野座に電話してきた事もかなり覚悟したはずだ。
いちばん話したくない相手は間違いなく自分なのだろうから――
『それじゃ、長電話し過ぎても申し訳ないしそろそろ切るね?ノブ兄。』
「ああ。」
『ダイムにもよろしく。また会いに行かせてよ。』
「勿論だ。いつでも来い。」
『へへっ、ありがとう。――お兄ちゃんにもよろしくね。』
「ああ、分かった。またな」
そして通話が終わる。
宜野座は写真の入ったフレームを指でなぞると嫌な胸騒ぎに襲われた。
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