艦隊これくしょん 数字の底にあったもの   作:江藤青市

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1995年 1-7

 

 その日のうちにホテルから自宅へと金剛を移すことを了承させられた十時は気の重い作業をこなしていた。

 妻へ総長の縁者と偽って金剛を預かると連絡をいれるのは、もっともと気が進まないことの一つであった。色々と面倒なことになるだろうと言い訳の言葉を用意していたのだが、妻がすんなりと受け入れてくれたことには感謝をしてもしきれぬ思いだった。むしろ、予定を大きく繰り上げてチェックアウトするホテルへの支払いや謝罪のほうが長く時間をとられたほどに早い解決だった。

 ほかにもこまごまとした問題はあったが、それらをなんとか彼が片付け終えたのはすでに日も落ちようとしている時間になってからだった。

 

「はぁ、やっと終わった……」

 

 最後に残った家具や雑貨の手配をおえて、十時はなんとか言葉を絞り出した。

 慣れない仕事をしただけに、随分と体は疲れを感じていたが、『あとは金剛を自宅へ送り届けるだけだ』と自身を鼓舞して最後の任務へと取り掛かることにした。 

 

「ご苦労さま。今日は先に帰るが、なにかあれば自宅まで連絡するように」

 

「かしこまりました。どうぞお気をつけて」

 

「ありがとう」

 

 部下にわずかばかりの声をかけて足早に退潮していく十時は気づいていなかったが、その後ろではコソコソと小さい呟きが飛び交っていた。

 ここ最近になって様子のおかしくなった部長が、今日は全く軍務に関係のなさそうな電話にかかりきりになっていたことに部下たちはおおいに不満を覚えていたのだ。それでも昼間に軍令部総長室で大きな雷が落ちたことを知っていたためにアレコレと詮索をすることはしなかった。

 それでも聞こえてくる断片的な情報から人を移動させる手配をしているらしいことをなんとなく部下たちは察していた。

 すでに軍令部2部の人員は激務で消耗しきっていたのだろう。不可解なその上官の動きはあらぬ噂の種となり、それは彼らの目からすれば自分たちの不満をそらすための娯楽としか映らなくなっていた。

 前大戦末期のようにやんごとない方々を内陸部に移すための手配なのかもしれないと生真面目な男がいえば、口さがない男が自身の妾か総長の妾を疎開させているのだろうといった。

 ひどく浮ついた雰囲気が軍令部第2部内に漂い始めていた。

 

 

 

 

「ここがテートクのおうちですカー?」

 

「ああ、そうだ」

 

「へー、おっきいお家デース」

 

 止めた車の窓から金剛はまじまじと十時の家を見ていた。

 純和風の豪邸といっても差し支えないほどに立派なそれは、金剛からすれば初めて見るものだった。いままでいたホテルの近くはビルばかりであまり埼葛間というものがなく、遠くへと出ないようにしていた彼女からすればただの民家でもふしぎなもののような気がしたのだ。それに和風というのが彼女は随分と気になっていた。

 『昔』の記憶がどれだけあるかというのは艦娘たちの中でも随分とちがうようだったが、金剛はそれを靄がかかった写真程度しか持ち合わせていなかっただけに初めて順和風というものをみた思いだった。

 声をかけなければ、ずっと駐車場の横に見える家を眺めているのではないかと思い、少しの決心をしてから十時は金剛に声をかけることにした。

 

「……さぁ、荷物は離れの君の部屋に運んである。いこう」

 

「Yes!」

 

「あ……! ま、待って――」

 

 十時の言葉に金剛は待ってましたと言わんばかりに飛び出していってしまった。

 もう一度、しっかりと家を正面から見ておきたかったのだ。誰も見ていないのだ、普段は遠慮してる満面の笑みを浮かべて家の前に飛び出して、しっかりとその館を見ることにした。

 まるでホテルのテレビでみた旅館のようだ、そう金剛は思った。平屋の母屋は随分と広さがあるらしく、どこか威容という言葉が似あうような雰囲気があふれている。ちらりと横を見てみれば手入れをしっかりとしている庭と、雨戸が半分ほど嵌められた縁側がみえた。

 

(Oh! シシオドシがあるデース!)

 

 そんな風に興奮しながら彼女が庭を見ていると、突然、正面の引き戸から人影が出てきた。

 現れたその少し背丈の低い人物は目の前にいる金剛に驚いたのか、しばらく固まってからやっと言葉をつぶやいた。

 

「あの、えっと、どちらさまでしょうか……何か御用でしたら母を呼んできますが……」

 

 それは随分と中性的な子供だった。少し低い声がかろうじて男の子だろうと金剛に推測させたが、はかなげで細い体や紅を引いたのではないかと疑うほどの美しい唇がそれを否定する。しかし、よくよくみてみれば骨ばったところがあり、なんとか最初の答えに金剛を立ち戻らせた。

 先ほどまでの自身と同じように固まってしまった金剛に困惑するさまはどこか背徳的な美しさがあり、普段は陽気にふるまっている彼女ですらドキリとして気まずく思ってしまうような雰囲気が漂っていた。

 

「お兄様、金剛さんよ。お母さまがいってたでしょ?」

 

 しばし、どちらも言葉を発せずに見つめあっていたが、少年の陰から飛び出すように現れた少女がそれに終止符を打った。

 

「ああ、そうか。失礼しました。十時の息子の航です、よろしくお願いします」

 

「Um……こ、金剛デース……」

 

 妹の言葉に合点がいったのか、得心したように頷いてから少年は深々頭を下げた。しかし、そんな所作一つとってもどこか気品と色香があるように感じられてしまい金剛の言葉は尻すぼみになってしまう。

 そんな彼女の様子に不思議そうに首を傾げたあとに、少年は横へ立った少女のほうへ顔を向ける。

 

「玲子、挨拶しないと」

 

「はーい。玲子です」

 

 短く、どこかそっけなく言った妹に航は苦笑して「すいません」と金剛にもう一度頭をさげた。

 

「えっと、父さんはご一緒では……?」

 

「あの、その、お家をよく見たくて車から先に飛び出して来ちゃったんデース……」

 

「ああ、そうなんですか。ずっとイギリスにいらしゃったんですものね、気になりますよね」

 

 そんな何気ない所作一つとってもなんとも言えなかった、どこか消えてしまうのではないかという微笑をうかべて、少年はゆったりと頷いた。烏の濡れ場色とはこういうものなのだろうと思ってしまうほどのすこし長い髪がそれと同時に動くさまは、まるで柳が微風に漂うような風情であった。

 

「ねぇねぇ、お兄様、イギリスって本初子午線が通ってるところでしょ? 勉強したもの」

 

「ああ、うん。そうだね」

 

 玲子と名乗った少女は兄の意識が別のところに向いているのが気に食わないようで、そんな唐突なことから始めて次々とイギリスのことについて兄へと投げかける。それに困ったようにしながらも律儀に航は頷いていた。

 そんな様子を見ながら金剛は似ていない兄妹だな、と思った。態度一つとっても静と動であり、髪色も闇夜の帳を思わせる兄と明るく輝くような妹はまるで違う。まじまじと見るまでもなく、二人の共通点はお人形のようということだけだった。目の形ですら、細く垂れてどこか焦点が合っていないのではないかという退廃的なそれと、つり目がちではあるがキラキラとして少し生意気な印象を受けるそれでは、まるで正反対だった。

 しかし自身の姉妹を思い返してみれば、声以外はそれほど似ていない。そんなものなのかと一瞬納得しかけたが、目の前の兄妹ほどではないと思いなおした。

 それに容姿だけならともかく、服までも狙ったように正反対なのだ。黒いカラーシャツに黒いスキニーパンツと髪色と同じように黒一色の兄と、白いワンピースの妹。

 ここまでいくと一人は養子なのかもしれないとまで金剛は思ってしまった。白いものが混じっているとはいえ、十時の髪色からすれば妹の方が養子なのだろうか? けど、兄の方の雰囲気はまるであの人の息子とは思えない。どっちなのだろう――?

 

「ただいま」

 

 そんな風に、うんうんと悩み始めた金剛の後ろから低く重い声が響いた。

 それにハッとして、後ろを振り返れば家主である十時がやっとやってきたのだ。後部座席に置いていたであろう書類を小脇にかかえ、金剛には見せたことがない笑みを浮かべていた。 

 

「お父様、おかりなさい!」

 

「こらこら」

 

 妹の方が父へと一目散に飛びつくと、困ったようにしながらもそれを満面の笑みで受け止めた。

 その様子は一目で先ほどまでの考えを否定するほどに、そして何故か金剛にはまぶしく思ってしまう程にあたたかな家族の一ページの一つだった。

 

「お姉さんにちゃんと挨拶したかい?」

 

「うん!」

 

「そうか、そうか。えらいな」

 

「きゃー」

 

 大きく、ごつごつとした十時の手が玲子の頭をなでるたびに彼女の両サイドについたシニヨン――お団子が揺れた。

 

「どうかしましたか?」

 

「え? Um……な、なんでもないデース!」

 

 金剛が父と娘との様子を食い入るようにじっと見ていることを不思議に思った航が尋ねると、金剛は驚きのあまり少し飛び上がってしまった。

 それはただ声をかけられただけでも、そんな風になってしまうほどに無心で二人を眺めていた証拠だった。

 航はその反応の原因がどこら辺にあるのかわからなかったのか、首を傾げたのちになにか勘違いをしたらしく、あいまいな笑みを浮かべて金剛へ頭を下げた。

 

「お客さんの前ですみません。父は家と職場とは随分と違うようですので、面食らってしまいますよね」

 

 コホ、コホと小さく咳をして、そう言う航の横顔は図らずも上村松園の美人画もかくやと言わんばかりの色気が浮かんでいた。

 そのあまりの儚さに少し驚きつつも、金剛はすぐに視線をじゃれあう父と娘のほうに戻した。そこには先ほどまでとは変わらない光景が広がっていた。

 

(きっとああいうのはこの国には一杯あるんデース……)

 

 美しい光景だった。あれを壊すようなことはあってはならないのだろう。

 そう金剛が思った途端、ぼんやりと自身の中が暖かいもので満たされていくのを感じ、大きく頷いた。

 初めて彼女の中で自身が守るべき――守らなければならないものを見つけたと思ったのだ。

 彼女が艦娘として生まれて以来、ただただ『戦い、国を守れ』と言われていた。勿論、艦娘としての本能なのか、それに否を唱えることは一つもなかったけれど、どこかその命令は空虚で伽藍洞なものに聞こえていたのだ。

 それが初めて少し埋まった気がした。

 金剛は自身を妹の霧島ほどに頭がいいとは思ってなかった。だから、国と聞いただけではその中身が想像ができないのだろう。一つ一つ自分で見てみなければ今後もこれが満たされていくことはないだろう。

 艦娘は兵器なのだ。それでも心というものがある――少なくとも彼女はそう思っていた。だから、もっと暖かいものを集めようと決心した。

 ――それがあれば、前のように沈んでいくとしても冷たい海の底ではなく、もっと素晴らしいヴァラハラへの道しるべになるかもしれないのだから。

 




 Twitterでの報告から投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
 ここら辺から色々と書いてかないと最後のほうで違和感ある可能性あったので、割かし試行錯誤してしまいました。
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