提督から大淀への相性:03 提督から大淀への好感度:19
大淀から提督への相性:20 大淀から提督への好感度:09
「ちぃ!? なにをするのだ! この粗忽ものめ!」
顔を上げてみれば突然のフラッシュであった。この短気な男でなくても怒るだろう。
その当然の怒りを受け流して、大淀はカメラの下から出てきた写真を目の前に持っていく。
瞬間、すさまじい衝撃が体を駆け抜けていった。
「ブッー!」
「はぁ!? いきなり噴き出す馬鹿がいるか!?」
「す、すみません」
そのあまりの驚愕を大淀は体内にとどめておくことができず、勢いよく口から飛び出していってしまった。ありていに言えば思いっきり噴き出してしまった。
一方で、そんな部下の奇行に怒りよりも戸惑いが勝ったのか、提督は続けるはずだった叱責をなんとか飲み込むことを成功させた。
「ちっ! もういい! で、なぜいきなり写真をとったのだ」
「私の数値を見ていただければお考えも変わるかと思いまして……」
「下らんな」
「はい……申し訳ありません……」
大淀は手中に納まる手紙をもう一度みてみたが、先ほど見えたものと寸分変わらない数字が躍っていた。
ここにきて、大淀は自身の計略が根本から覆されたのを大きく実感していた。
もう終わりだ。
こうなってはどうにもならないと理解した彼女は、そっとその写真をポケットの中へとしまおうとした。
しかしそれを予想外の一言が遮った。
「で、撮ってしまったものは仕方ない。それを見せて説明せよ」
最悪だった。
自身に対してこんな数字を出した提督が、この数字を見るというのは事態を好転させるどころか悪化させるだけになるだろう。
拒否しようにも先ほどまでの言動から自身の数字が高いものではないというのは、すでに把握されているはずだ。人の気持ちが分からないと評されるこの男でも、頭のほうは切れすぎるほどに切れるのを大淀はよくわかっていた。
進むも地獄、引くも地獄。大淀からすれば、すでに現状は限りなく詰みに近いものに感じられていたのだ。
「? どうした?」
「い、いえ、やっぱり数字なんて見ない方がいいかなぁなんて思いま――」
なんとか紡ぎだしていた大淀の言葉は、目の前で顔を真っ赤にして、睨みつぶさんとでも思っているほどの提督によって完全に止められてしまった。
引くことは地獄どころか、まず選択肢にないことを理解した。
もうこうなれば開き直って一戦交えることでしか、自分には未来はないのだ。
「それでは説明させていただきます、青色の数字が感情度になります。なので、提督と私の相性や初印象がかなり悪いといことになります」
完全に開き直った大淀の口はよどみなかった。
しかし、予想されていた雷は落ちることもなく、提督はその説明に鷹揚に頷いただけだった。
「なるほどな。さすがは明石の頓珍漢な技術といったところか、私のほうでは異存のない数字だ。まさか、お前もこのように思っているとは想像もしていなかったがな」
「……そして、その下の桃色の数字が好感度――つまりは現在の好悪を数字にしたものです」
「なるほどな、ちなみに最も相性がよい場合はいくつで表示される?」
「100ですよ。それをたったの3ですよ、3。随分と長いことお仕えしてきましたが、こんな風に思われているとは思いませんでした」
「……」
やってやった。
言った大淀自身でも驚くほどに綺麗に出てきた嫌味に、内心で小さくガッツポーズしてしまいそうになる。
目の前にたたずむ男が普段よりも小さく見えた。これは追撃する好機――
「はん! 20も大概ではないか! べつに職務に私情を挟んでるわけでもなし、なんとでもいえばよかろう? それともなにか、私がすべての艦娘を愛している博愛主義者だとでもおもっているのか? それだとすればお前は随分とめでたい頭をしているな! はっはっは……今度からは私の頭はお花畑です、と初対面の人間には挨拶したらどうだ? そうすれば私も貴様のことを今よりも深く理解できていたぞ! 大したこともできない奴だと思っていたが、それすら買いかぶりであったとは驚いた! 驚きのあまりに心臓が止まるかと思ったほどだ。まさか、嫌っている私の心臓を止めようとでもしていたのか? それであればお前は随分と素晴らしい策士だな! もう少し私が年を食っていたら成功していただろうな!」
やはり鎮守府司令長官ともなると戦機を見るに敏なのだろう。
このままではイニシアティブを奪われるとすぐに理解したらしい。嫌味は何倍もの量と切れ味をもって、大淀へと降り注ぐことになった。
そしてそれは大淀のすり減った自制心を破壊するには十分な威力であった。
「だー! もうこうなったら、いいますけどね?! 私はあなたのその偉そうな態度が元から好きじゃないんです! 一番最初に会った時も挨拶もなしで、作戦についての伝達だけって私のことなんかまるで眼中にない感じで最悪の気分でしたよ!」
「ふん! 私もお前のその小賢しく、領分を超えたところにも嘴を入れようとするところは全く好かんな!」
最初は売り言葉に買い言葉だったとはいえ、その後も両者譲ることはできなかった。長く仕事をしていた関係だけに積もった鬱憤も相当なものなのだ。
罵声の応酬は10分を越え、遂には頂点をむかえようとしていた。
両者肩で息をして、一呼吸いれる。最終局面に相応しい一撃を模索する大淀であったが、ふいにそれはすかされることになってしまった。
提督が視線を大淀から先に外したのだ。
「……ちっ! もういい!」
「なにがいいんですか!?」
「そんなことも分からんのか? こんなことで時間をつぶしていても仕方ないということだ! 書類の整理へ戻れ! 私も業務に戻る!」
ここにきて大淀はしっかりとした確信を得た。
このままこの男がのさばっていれば鎮守府が崩壊しかねない。
……いや、転属願いを出されるなど、もう半分崩壊しているようなものだ。この喫緊の課題を解決するためにもこうしてはいられない。
「私はこれで失礼します!」
「は? まだ書類の整理は――」
「こんな状態の艦娘とでは仕事も進まないでしょう! 後任には、どうぞ、ほかの艦娘を探してください!」
「……お前は自身の職務を放棄する。そういうことだな?」
それは今まで大淀が聞いてきた中でも最も底冷えした声だった。
今までの感情のままに発射されていたものとは種類が違うそれには、歴戦の艦娘である彼女でも一瞬ひるんでしまった。
それでも、大淀はさらに踏み込むことを決め、自身を射抜いているどろりと絡みつくような視線を振り払った。
「はい。そのほうが鎮守府の運営でも効率的かと」
「ふん……そうか。勝手にしろ」
身勝手なこととはわかっていたが、これ以上、この場に止まることは感情的にできそうもなかった。
しかし不思議と、それとは相反する気持ちも大淀にはあった。この部屋を出る前に引き留めの言葉があるのであれば、いま起こったことを水に流すのはやぶさかではないのだ。
嫌いな人間とはいえ、長い付き合いである。頼まれたことを無下に出きるほど、彼女は冷たくはなれなかった。それに人間に必要とされ、それに応えるのは艦娘の本分でもある。
……加えて、一瞬の感情で失うには秘書艦という地位は重いようにも思う。
多くの艦娘と交流がある自身が協力すれば、こんな人でも鎮守府を立て直すこともできるだろう。
さぁ、部屋を出る前に、一言を――
「……」
しかし、そんな大淀の思いを裏切るように背後からはただただ無機質な書類をめくる音だけが聞こえてきた。
もはや提督は自身をを必要とはしていない。そう確信するのには十分すぎる対応だった。
退出する際の扉は驚くほど重く感じられた。