艦隊これくしょん 数字の底にあったもの   作:江藤青市

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1章 2部・業火の先へ
1995年 1-9


 

 

 自身のものより少し小さな手に引かれ、金剛は河川敷を歩いていた。

 吹き抜ける薫風はうららかな昼下がりをより心地よいものとさせ、深海棲艦による脅威など遠い世界のことなのではないかと錯覚させるのに十分過ぎるほどに穏やかな時間がその場には流れていた。

 

「もう少しよ」

 

 その言葉に合わせて、玲子の歩調がやや早まる。

 そんな彼女の楽しげな様子に釣られて、金剛も自然と笑みが漏れた。

 端から見れば年の離れた姉妹のようにも見えただろう二人のあとを、ゆったりとした歩調で航が続く。

 妹が金剛を遊びに行こうと誘った際、迷惑になるからと嗜めた彼であったが、いまの二人の様子を見るに余計なお節介であったようだ。

 それでもふわふわとした二人の足取りに、少しの懸念を覚え、しっかりと釘をさすことは忘れない。

 

「あんまりはしゃいだら危ないよ」

 

「はーい」

 

「了解デース!」

 

「……」

 

 玲子に向けていった言葉に金剛まで反応してしまい、航はそれ以上の言葉をつづけることは出来なかった。

 父から大事な客人と聞いていた人に失礼なことをいってしまったのではないか、と少し心配した彼だったが、それはどうやら杞憂だったようだ。

 前を行く二人は先ほどの言葉などまるで聞いてなかったのようで、スキップを踏むような足取りが改められることはなかった。

 その様子に苦笑をうかべることしか彼には出来なかった。

 

 

 

 

 家から歩くこと10分ほどで三人は目的地へと到着した。

 そこにあったのは木造の民家にしか見えない建物であった。しかし、その軒先にはガシャポンが並び、店の中の棚には多くの駄菓子が並んでいる。

 昭和からタイムスリップしてきたことを疑うほどに、それは昔ながらの駄菓子屋であった。

 金剛の知識の中では多くあるはずだったそれだが、現代では多くが廃業してしまっていた。

 初めて実物をみたというのに不思議と懐かしい感じを覚えて、困惑してしまう彼女であったが、それ以上に興奮を抑えられなかった。

 感性が純真な子供に近い金剛には、ここに来る途中、玲子に教えられた限られた金額でお菓子の買い食いをするという一種の遊びが、随分と面白そうに感じられたのだ。初戦とは言え、最上の結果を出さんと、金剛は500円玉を握りしめると、獲物を狙う猛禽の如き視線で駄菓子を選び始めた。成年に近いだろう美女がするにはあんまりな行動に、航は失礼とわかっていてもなんとも言えない視線を向けてしまった。

 それは駄菓子屋の店主であるお婆さんも同じようであったが、航がぺこりと頭を下げると不審ともいえる彼女が、常連である二人の連れだと理解したようで、あたたかな笑みがその表情に戻った。

 

「お兄様」

 

「……ああ、ごめん、ごめん。今週はお手伝い少なかったから200円だけだよ」

 

「えー」

 

「わがまま言わないの」

 

「ちぇ! いいもん!金剛さん、一緒に選びましょ!」

 

「Okネー!」

 

 随分とこの二人は波長があうようで、この短時間ですっかりと打ち解けあったようだった。あーだこーだと実に姦しい様子でお菓子を選んでいく。

 その様子に安どの息を一つ漏らして航もいつもと同じように、ゼリー棒、餅飴、フルーツヨーグルトをとると会計をいち早く済ましてしまう。

 女性の買い物は長いというが、玲子に関しては駄菓子にもして同じである。買うものが常に決まっている航は店先に出て、妹のそれが終わるのをまつことにした。

 

「お兄様、いつもそれよね。たまには別の買わないの?」

 

「いいの、これがすきなんだから」

 

「ふーん。あ、金剛さん、それパチパチするのよ」

 

「パチパチ?」

 

「うん!パチパチ!」

 

 出ていこうとした兄の背中に、少し不満気な声をかけた玲子であったが、関心はすぐに移ったようでアレコレと言われることは避けられたようだった。

 内心でホッと一息ついて封を開けたゼリー棒をすすりながら、ベンチへと腰を下ろした。

 ふっと視線を上に向ければ、そこには真っ青な空が広がっていた。

 

「ふぅ……」

 

 来年になれば、海軍兵学校の受験資格を得る彼だが、未来ある少年には少年なりの悩みがあるようだった。まるで老人のようなため息を一つして、残っているゼリーを一気に流し込んだ。

 いつもであれば、買い物も終わる時間がたっても、今日は金剛という連れがいるせいか買い物はなかなか玲子が駄菓子屋から出てくることはなかった。

 ぼんやりと空を眺めて、手持無沙汰な時間を過ごしていた彼だったが、その油断がいけなかった。

 

「お? 十時君のところの坊主じゃないか?」

 

 突然聞こえてきたその言葉に航は心臓が止まるのではないかというほどに驚いてしまった。バクバクとなる胸の鼓動を無視して、顔を上げると、そこにはよく見しった背の低い男が、いつの間にか目の前に止まった車の窓から顔を出していた。

 

「あ、こ、こんにちは」

 

「ああ、こんちは。なんだい、今日は嬢ちゃんと一緒じゃねぇのかい?」

 

「あ、えっと……」

 

「ん? おぉ、なるほど。女の買い物を待ってるってぇわけかい。そりゃあ、いい心がけだ。大人になりゃあ、その我慢を何度もしなきゃいけなくなるってもんだよ。今のうちに慣れておきな、はっはっは……!」

 

「あ、あはは……」

 

 航が反応するよりも早く男は人好きするような笑みを浮かべて、一口に言葉をまくしたてる。航からすれば父から悪評だけをよく聞く相手だったが、なるほど、一対一で話せばよくその理由が分かった。質実剛健を旨とする父とは正反対なのだ、反りが合わないのも当然であろう。

 曖昧に相槌を打つだけの航に対しても、言葉が途切れないのだ。これは一種の才能といってもいいだろう。

 この多弁すぎる男の名前を日吉豊国(ひよし・とよくに)といった。十時日向の兵学校の同期にして、彼を次席へと追い込んだ相手だった。

 

「お、まだそれ売ってるのか、懐かしいねぇ。うちの親父は下駄の職人でねぇ──あぁ、坊主は下駄ってはいたことあるかい? あれはいいもんだぜ、歩いてみれば足下からカランコロンと実に風流な音がすんだよ。実に小気味いいもんさ。もうちょい大きくなったら買ってもらいねぇ、坊主は色白で和服も似合いそうなもんだ。少し値は張るかもしれねぇけど、男たるもん、粋に洒落を楽しまなきゃいけねぇよ。でさ、下駄職人てのはあんまり儲かるもんじゃねぇんだよ。その倅なんだから、俺もガキの頃は贅沢ってもんがなかなか出来なかったんだけどよぉ、たまの小遣い握って、そういう駄菓子買ったもんだよ。はっはっは……!!」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「俺も久しぶりに一つ買っていくか──とっと、いけねぇ、いけねぇ。そんな暇ねぇんだった。いけねぇよなぁ、貧乏暇なしっていうが偉くなっても暇なんかありゃあしねぇ。そんじゃあな、気ぃ付けて帰んなよ!」

 

 急いでいるという割には随分と喋っていたが、窓を閉めるなり車を急発進させるあたり、それが本当なのか会話を終えるための方便だったのかはいまいち判然としなかった。

 真相がどちらであれ、航としては呆然とその去っていく様を眺めているしかなかった。

 早口で捲し立てられる言葉の多さからか、この一連の会話でどれだけ時間がたったのか、いまいち判然としなかった。しかし、後ろからの声が聞こえなくなっているあたり、二人の買い物が終わるには十分なぐらいには言葉の濁流を浴びせられていたらしかった。

 そして、日吉の車が見えなくなるか、どうかという頃合に、膨らんだビニール袋を抱えた金剛が興奮を隠せない様子で店から飛び出してきた。

 

「お待たせシマシター! コウ君、見てクダサーイ! 500円でこんなに一杯買えたネー!」

 

「お兄様、おまたせ。? どうしたの?」

 

「え……ああ、うん、なんでもないよ。あの、それと、金剛さん、そんなに食べて夕飯大丈夫ですか?」

 

「大丈夫デース! こう見えて、一杯食べられんだヨ-!」

 

「あはは……そう、ですか」

 

 一難去って、また一難というわけではないが、実に嬉しそうに話す金剛も先ほどまでの日吉に負けないぐらいによく口が回っていた。駄菓子ぐらいで妙齢の女性がこんなに喜んでくれるというのは航には予想外だったが、帰国子女には珍しい体験であったのだろうと納得することにした。

 ……これは航にはあずかり知れないことではあったが、金剛は何も駄菓子でこんなにも喜んでいたわけではなかった。勿論、それも理由の一つではあったけれど、なによりも誰かとお買い物をしたという事実が嬉しかったのだ。

 なにはともあれ、混じりっ気のない天真爛漫な笑みと言葉に、航はさきほどまでの苦笑や追従といった卑屈な笑みではなく、自然と口がほころぶの感じた。

 このあとは家に帰って、お菓子を食べながら妹の遊びに付き合うことになっていた。

 せっかくの休日なのだ、楽しまねば損である。帰路を急ごう。

 

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