始まりのこと
その脅威がもっともはやく現実になったのは鉄底海峡と呼ばれた古戦場であった。
「帰りたい、帰りたい」。そんな聲を何人ものダイバーやその関係者が聞いたというなかば怪談めいた噂がそれだった。
いわくつきの場所でのこととはいえ、霊魂や怨霊というものが陰に追いやられた現代ではそれらを事実として受けとるものなど何人もいなかった。
つまるところ酒の席でのつまみ程度にしかならない話はさして広まることなく、海からの訴えは黙殺されたのだ。すべての事実を知ったあとからみても、それは当然の帰結であった。
……けれど、ここが今後の数十年間人類史に大きな問題として立ちふさがった彼女たちと和解できたのかもしれない、最後にして、唯一の機会であった。
そうして望郷の声が静まりかえって、しばらくしたころに『彼女』たちは砲音をならし雷跡をともなって姿を現した。
腥風は一瞬にして海を覆う。血と油のにおい満ちた時代をもたらした『彼女』たちは深海棲艦と呼ばれることになる。
※
大日本帝国海軍軍令部の第一会議室には重く暗い雰囲気が漂っていた。
その中にいる誰もが大日本帝国の藩屏たる海軍の将官であるというのは煌めく肩章、勲章がなによりも雄弁に語っていた。しかし、それらの絢爛な光とは対照的に彼らの表情は落ち込み、どんよりとした沈黙が場を支配していた。
居並ぶ誰もが、我らこそ国防の要という強い自負と自信の元に颯爽と肩で風を切っている普段の姿をしっているものからしたら嘘のような光景であった。
……もとより既存の兵器の多くを無効化する未知の敵に会敵してより、彼らはいつもこの部屋でそうしている。それでも今日は特にひどかった。誰もが口をつぐみ、それを動かすのは煙草を喫むときだけという有様であった。
この空気をもたらした初撃は海軍大臣である亀元大将の一喝であった。招集を受けた全員が集まるや否や、軍令部中に響くのではないかという大音声で曰く「軍令部と聯合艦隊はなんとしてでも奴らを追い払え!」である。誰もが心の中で出来ればしていると毒づきながら、申し訳ありませんとつぶやくように返答したのだ。
それでも時間がたつにつれ、ぽつぽつと新兵器の開発だ、無人の小型艇を直接ぶつけてみてみればどうだ、といったどこかふわふわとした話をしていたのだが、つい先ほど上がった新型県の発電所が敵の空襲を受けて大きな被害を出したという報告がそれらを完膚なきまでに打ち砕き、海底のごとき沈黙をこの場にもたらしたのだった。
「秘策がある」
そんな中であったから軍令部総長・勝幡大将の一言は音量以上の強さをもって響いた。それは呟くようなものであったはずなのに、どこか春雷のようだったのだ。