03 21
1995年 1-1
十時日向という男がいる。年齢はすでに知名をいくばくか超えていたが、その上に逆らってでも筋道を通したがる性分がいたずらをしたのか兵学校を次席で卒業した割に出世は少し遅れて、階級は少将であった。軍令部2部長として日々国のために奉職している。つまりは兵器の開発などに携わる部署の長だ。
そんな彼は最近、ため息をついているのをよく部下に目撃されていた。
元来、彼は陽気とは真逆な峻厳実直が旨であり、部下からみると親しむというよりも畏れ敬うというタイプの上官であった。そんな人物が間を空けないといってもいいほどの頻度で嘆息するのだ。同じ部屋で勤務する部下たちからするとたまったものではなかった。
そんな憂さをはらす意味もあって、十時の新しい『癖』について色々な噂が流れるようになっていた。
曰く、妾の子供が奥方に見つかったのだとか、昔遊んだ女との子供がひょっこりと顔を見せたのだとか下世話なものが大半であったが、戦況が下には知らされないほどに悪化しているのではというものまでまさに様々であった。
しかしそれらは真実をかすりもしていなかった。
理由の一つは年々、自身の天井というものがはっきりと見えてきてしまったということだった。
それを具体的に説明すれば、少将の現役定限年齢直前に一つ階級を上げてもらい、4年ばかり名誉職をつとめて軍人としての生を終えることが自身のアガリであるということだった。それは生来帝國軍人の規範たろうと生きてきた彼にはひどく薄暗い未来に見えていたのだ。
そんな恐怖と不安に覆われて自身が尽きるのを防ぐため、彼は胸の内にまだ燃えている軍人としてのいのちの火を鼓舞せんとため息をつくのだ。くたびれた中年男のそれは少し情けなく見えるかもしれなかったが、大きく動く前にも、落ち着くのにも息を入れることは大事なのだ。
さて、一つ目は少し特殊で内面的な理由であったのかもしれないが、二つ目の理由は簡単である。誰もが抱えていると言っても、いいことかもしれない。
今任されている仕事が嫌なのだ。だから、ついつい嘆息の息が漏れてしまう。それだけのことだ。
「Hey! テートク、そんな暗い顔してたらラッキーも逃げちゃいますよー!」
そう天真爛漫。まるで太陽な笑顔をうかべて十時の肩をバシバシと叩く彼女が、その原因であった。
ははは……と乾いた笑みで返して、現実逃避も兼ねてこのやかましい少女を預かるようになってしまった日を思い出した。