深海棲艦と名付けられた存在が艦艇の大小を問わずに攻撃を始め、一月ほどたったころ、勝幡はその対処に頭を悩ませていた。
人間とほぼ同じサイズのそれらが放つ攻撃は理屈では説明できないほどに強力であり、駆逐艦どころか大型のタンカーですら数発で沈めるのだ。その攻撃が船籍、大小を問わずに襲いかかる。もはや太平洋において安全な航路は消え果て、海という巨大インフラはズタズタに荒らされていた。
もちろん、それらの排除せんと、多国籍軍からなる艦隊はすでに三度にわたって派遣されていた。しかし、それらは戦果をあげることなく、ただただ深海棲艦の餌食となってしまっていた。
人類の叡知を集めたはずの各国海軍の敗因はいたって単純である。現有兵器による攻撃の悉くが無効化され、通信機器の多くが機能しなくなるからであった。
対抗策も何もないのだ。
かといって、どうにもならないの一言で片付けて良い問題のはずがなかった。連日、勝幡は聯合艦隊司令長官並びに海軍大臣と連絡をとって、対策を協議したものの、この不愉快な現状を打破する糸口すら未だにみつかっていなかった。
「まるで小説の世界だ」
ぽつりとつぶやいて、勝幡は軍令部総長室の窓からあたりを眺める。
平時であれば明かりを落とした部屋がおおくなる時間だというのに、海軍省構内は煌々としていた。誰もがその明かりのもとで頭を悩ましているのだろう。全く新しい戦術を、全く新しい兵器を、と。
……いや、正確にいえば彼らがまだ効果の有無を確かめていない兵器はあった。『核』という最終手段が。しかし、それを行使するには、非常に大きな勇気が必要であった。下手を打てば、人類を滅ぼす諸刃の刀であるのだから、それも当然のことだろう。
けれど、それを決断せねばならなくなるのも、時間の問題であるということを勝幡はよくよく理解していた。
それは大日本帝國という国家の地理上の問題が大きかった。四方を海に囲まれたこの国は、海上輸送という手段を失えば、たちまち立ち行かなくなってしまうのだ。食料自給率は4割りほどでしかなく、残りは輸入に頼っている。またそのわずかな自国産の食料を生産するにしても原油というものは必須になる。近世のころならともかく、現代において農業も機械化されており、それらを動かすためにも原油が必要なのだ。
『我が国の年間の輸入量は8億トン。これを航空輸送のみで賄うのは不可能である』
先日の会議での海軍大臣亀元の言葉であったが、全くもっとその通りであった。輸送機なぞ、せいぜい100トン程度の積載量でしかないのだ。土台、無理な話であろう。
夢想の話ではあるが、数万の航空機で輸送を行うとなれば、それらを動かすための燃料費で国家が破綻するのはすぐだろう。
今は備蓄されている燃料の放出やなんとか民間から無理やり徴収した船舶を海軍が運用し、国民の生活を保たせているが、すでに食料などの生活必需品で大きなインフレが起きている。
亀元の試算によれば、あと半年ほどで陸・海両軍の機能は停止し、食料を求めて大きな異変がおこるだろうということになっていた。
勝幡はそれらを防ぐためにも、軍令部第2部をはじめとする兵器開発を行う関係各所に現状を打破する兵器の開発を命じているが、それもなかなか芳しい成果を上げているようには思えなかった。
「……」
最悪の未来が勝幡の脳裏をかすめる。それは国家の転覆であり、秩序の全てが崩壊するということであった。つい1年ほど前に生まれた孫娘の成長と未来を楽しみにしていたというのに、それらは突如現れた謎の存在により、海の底に広がる闇のごとく真っ暗に塗りつぶされようとしていたのだ。
「なんとかせねばな……」
自身を奮い立たせるためにも呟いてから、残りの執務を行おうと振り返ると、勝幡は驚きのあまり大きく目を見開いてしまった。
机の上に軍服を着た人形が正座するようにして、自身のほうを見ていたのだ。
「なんだ、これは……」
自身の私物では決してないものがあることに驚き、何度か目をこすり、瞬きをするものの、それはいつまでもそこにちょこんと鎮座していた。
あまりの悩みと寝不足でおかしくなったのかと思い始めたその時、あろうことか人形の口が動き始めた。
『長官、深海棲艦をやっつけましょう!』
どこかピントが狂ったような発声だった。
「お、お前がいったのか……?」
『はい! わたしは妖精さんです! 一緒に深海棲艦をやっつけましょう』
「……」
目じりを抑えながら、倒れるようにして勝幡は椅子へと腰を落とした。
ついに自分はおかしくなってしまったのだろう、と勝幡の頭脳は解を出した。人形が話すなど現実であってはならないのだ。それは妄想の中、作り話の中、そして狂気の中でしか、起こってはならないことなのだから。
『長官! どうしました?』
「……いや、もう、どうでもいい。お前には深海棲艦を倒す手があるのか」
『はい! 一緒に深海棲艦をやっつけましょう』
「……それはわかった。具体的にどうするのだね」
もはや正気の世界にとどまることを、あきらめた勝幡は苦笑をうかべながら、人形の言う、その手とやらをきくことにした。
どうせ、もうおしまいなのだ。藁にでも、幻にでもすがることに抵抗はなかった。
『はい! 長官! 私たちは艦娘というものとその装備をつくることができます! それで一緒に深海棲艦をやっつけましょう!』
「かんむす……かんむすね……なるほど。それはどうやって作るのだ?」
『はい! 艦娘は鋼材と燃料と弾薬とちょっとのボーキサイトでできます!』
「……よろしい。用意しよう。詳細な量を述べたまえ」
勝幡は自分のことながら、自身の思考が分からなくなっていた。まるでとりとめのない現状をなぜか真面目に受け取り、行動しようとしはじめていたのだ。
彼の優秀な頭脳は妖精さんと名乗った存在が要求した物資と、ほかの人間に見つからないように彼らを作業させる土地を確保するためにはどうすればよいのかという計算をはじめる。
……なに、これが自分の幻であるならば物資の集積場所を一つ増やすだけだ。問題あるまい。そんな言い訳をしながら。