艦隊これくしょん 数字の底にあったもの   作:江藤青市

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1995年 1-5

 

 

 海軍省から30分ほど車を走らせた砂浜に到着するなり、十時は目を丸くしてしまった。

 深海棲艦への対策として接収されたその場には大きな鉄柱が連なり、海原を覆い隠すように暗幕が垂れ下げられていた。未だに海軍のお膝元と言って良い程度の距離しか離れていないこの場所にこんなものが作られたという話はとんと聞いていない。非難と困惑を込めて横に立つ勝幡をみやれば、まるでイタズラの成功した子供のような笑みが帰って来た。

 

「驚いたか? なに、こんなものでも頭の固い連中に知られんように作るのには随分と苦労するものだ。近くに棲む民間人の避難から、施設の建築までとなるとなかなか手間だったぞ」

 

「……」

 

 十時は上官のそんな態度に呆れはて、ここへきたことを後悔し始めていた。。

 そして上官への無礼と分かっていても自然と嘆息が漏れてしまう。

 そうして意識が逸れたからだろうか、今までずっと黙って着いてきていた少女が何か言いたそうにしていることに彼は気付いた。

 

「総長。金剛君ですが」

 

「ん? ああ、金剛、どうかしたかね?」

 

「えっと、霧島がいるならちょっとお話ししてきても良いですカー?」

 

「訓練開始時間までであれば、勿論構わんよ。私たちはもう少しここで話をしているから先に行ってきなさい」

 

 破顔一笑。返事をきくや否や、軽い足取りでステップを踏むようにして、暗幕の中へ金剛は入っていった。

 そのあまりにも少女然とした様子と浮かんできた笑みの差異に十時は少しの違和感を覚えた。まだ小学校に通っている娘でもあれほどまでに全身で喜びを表すことはしない、だというのに随分と控えめな笑い方だったのだ。

 別段気にとめることではない。そう思っても、一度気になってしまうとなかなか切り替えられないのが彼の悪癖だった。あれこれと推論をうかべては自身で否定しまう。

 そんな部下の様子をチラリと伺ってから、勝幡は腕時計を見やった。砲撃演習までまだ4半刻ほどある。食事をするにしては短いし、ちょっと一服というには長い時間だった。

 

「貴様は昔からあれこれと考え込むな。いいことだ」

 

 十時はその言葉が賞賛なのか、判断の遅さを皮肉ったものなのか分からずに逡巡してしまう。

 結局、会話の間というには長い時間をかけても答えを見つけられなかった彼は、皮肉だとしても無難に収まるであろう言葉でお茶を濁すことにした。

 

「……ありがとうございます」

 

「うむ。しかしだ、判断を下すまでに時間をすこしかけすぎだ。今後はもう少し即断即決を心掛けてほしい」

 

 どうやら後者の意味で述べた言葉だったらしい。今度は出そうになったため息を押し殺せた十時は、ゆっくりと頭を下げた。

 

「申し訳ありません。今後はそのように心がけます」

 

「いや、なに今の仕事だけならそれでいいのだ。しかし、艦娘の指揮というのはそれではうまくいかんのだ。頼むぞ」

 

「……畏まりました」

 

「だから、その間をだな――まぁ、いい。その慎重さも時には必要だ」

 

 勝幡は出かかった叱責を紫煙と一緒にすることでなんとか飲み込むことが出来た。自分でもなんと丸くなったものだ、と驚きながら勝幡は前言を撤回した。彼のように要領よく出世してきた人間からすると、いまいち理解の及ばないことではあったが、十時が不器用な上に頑迷さを残しながら、これまで大きな問題を起こすことなく来れたのはその慎重さゆえであろうと思いなおしたからだった。

 今度はしっかりと横にいる後輩を眺める。顔のつくり事態は悪くないが、いかにも軍人然として厳つさが前面に押し出されていた。身長は6尺を少し割る程度であるが、軍人としてたくわえた筋肉が体をそれ以上に大きく見せる。喋り方は少しペースが遅く、声はどっしりとして低い。おそらく見知らぬ百人に彼の職業をきけば、9割は軍人という正解を答えられるだろう。

 

「うむ、貴様は本当に見た目は立派だな。ああ、これは皮肉じゃないぞ」

 

「息子たちの目もありますので、だらしなくしないように心がけてはおります」

 

「ああ、(こう)君と玲子(れいこ)ちゃんだったか? 自慢の父親だとおもっているだろうな」

 

「そうであれば嬉しいものですが。怪しいものかと」

 

「ハッハッハ!」

 

 元々、甲高い声質の勝幡が呵々大笑すると、その笑い声はまるで百里先まで聞こえるのではないかという錯覚を覚えてしまうほどよく響いた。聞くものさえも明るくさせるような、その声につられて十時からもついつい笑みが漏れた。

 ひとしきり二人で笑っていたが、その時間はピタリと終わりを告げた。

 

「まぁ、侮られないのは大事なことだ」

 

 ――先ほどまでの大音声とは打って変わり、嘲笑じみた暗い表情でぽつりと勝幡はつぶやくと小さく肩をすくめたのだ。

 どこか気まずい沈黙が一瞬、場を支配した。しかし、それを一瞬でうちきると、彼の顔にはすぐに豪胆な笑みが戻った。

 その変貌は長くともに過ごした十時からしても初めて見るものだった。

 

「さて、そろそろ時間だ。行くか」

 

「……畏まりました」

 

 どこか厭な感情が沸いたが、それを振り払い十時は誘われるままに暗幕の中へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 暗幕のなかにはなんとも違和感を覚える風景が広がっていた。

 目の前には抜けるような青空と美しい海原が広がっている。

 しかし、それを遮るように、病院を思わせるほどに白いプレハブが10あまり並んでいたのだ。それだけでも十分な異分子であるというのに、それらの窓に映る、白衣を着た人間と各種計器はさらに無機質さを加速させていた。

 同時に視界へと移りこむその二つのアンバランスはひどく、いっそ滑稽にさえ見えるものだった。

 そんなやや現実離れした光景に十時が度肝を抜かれていると、いつの間にか小さな影が二人の横へ立っていた。

 

「お疲れ様です。総長、部長、よくお越しくださいました」

 

 突然の言葉に驚き目線をそちらに向ければ、声の主は少年だった。甲種合格(152㎝)いっているのか怪しいほどの身の丈、ふけ飛ぶほどの痩身。柴染といっていいほどに明るい髪も、大きくクリクリとした瞳も、声変りしているのか疑うほどの声も、すべてが彼を幼く見せた。しかし、白衣の下には軍服がしっかりとみえ、彼が中学生ではなく、歴っとした軍人で有るということをそれが証明していた。

 

「……」

 

「うむ。ご苦労」

 

 驚きのあまり呆然としている十時に構わず、勝幡は鷹揚に頷いた。

 

「あはは……失礼しました。この研究施設の指揮を任せていただいております、松江技術中佐と申します。以後お見知りおきください」

 

「ん……? は? 中佐!? 君がか!?」

 

「ええ、よく驚かされます。これでももう30超えてるんですが、なかなか皆さん若く思ってくださるようでした。はは……」

 

 言われて十時は松江を下から上へと何度も見てみるが、とてもではないがそんな年齢に見える箇所が一つもなかった。どこからどうみても10代前半である。唖然とする彼に勝幡はあいまいな笑みを一つこぼして、松江へといくつかの指示を飛ばした。

 少し袖が余っている白衣を着ているせいか、袖章は見えないがさすがにこんなことで冗談は言うはずもない。観念するように大きくうなり声をあげて、十時はようやく松江から視線をきった。

 

「おいおい、今日で一番おどろいてないか」

 

「いえ……はぁ……そんなことはありませんが……」

 

「はは……よし! これからもっと驚かせてやる! あれをみろ!」

 

 そういって勝幡は海原へと指さした。

 つられるようにして十時がそちらへと目をやれば、彼はさらに度肝を抜かれてしまう。海の上に人が立っていたのだ。

 

「……」

 

 今度はあまりの驚きに声も出なかった。

 ピントが遅れてあってくると、その人影が先ほどまで同行していた金剛と同じような服を着ていることと、背中につけられた装備から小さな砲のようなものが四つほど伸びていることがなんとか分かった。

 そして、今までの会話から、その正体について彼はあたりを付けることが出来た。

 

「あれが……霧島ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 距離が離れているゆえに詳しくは見えなかったが、その細い体のラインや恰好から恐らくは金剛と同じような少女なのだろうことが分かる。

 目の前に広がる光景をもってしても、頑迷な彼の常識はそれを受け入れることはできなった。しかし、それをなんとか飲み込もうとするが、なかなか成功することはなく、ただただ無言の時間がわずかに流れる。

 そんな呆然と立ち尽くす十時に構わず、勝幡はゆっくりと右手をあげた。

 

「砲撃開始!!」

 

「了解。砲撃開始!」

 

 そして、鋭く響く号令とともにあげた右手が勢いよく振り下ろされ、『それ』は起こった。

 『それ』はまるで雷鳴が如き鉄の咆哮であった。びりびりと揺れた空気が十時の全身を痛みを感じるほどにたたきつける。信じられないことではあったが、十時はそれが『艦娘・霧島』の砲撃によって引き起こされた現象なのだと理解してしまった。

 

「馬鹿な……」

 

 自然と口から言葉が飛び出した。

 先ほどまで霧島が立っていたであろう場所にはもうもうと黒煙がたなびき、その姿を覆い隠していた。次の瞬間、遠くで水柱が上がり、やや遅れて着弾音が届く。

 その光景は十時に『ああ、あれは戦艦なのだ』と理解させるに十分なものだった。

 彼の動揺が収まることをまつこともなく、立て続けにマズルフラッシュを伴う砲撃が発射される。

 

「どうだ? これで理解しただろう? 例の任務だが頼むぞ」

 

 いまだに響く轟音と閃光のなかでも、不思議なほどにその言葉は明瞭に聞こえた。

 

「……ええ」

 

 ゆめうつつのはざまでぼんやりと十時は小さく頷いた。

 雷鳴鉄火は現実を打ち破り、物語という濁流はその残滓を飲み込んでいく。その事実に耐えるためにも彼の視線は最後の砲煙が海風にたなびき、消えるその時までずっと海原の先へとくぎ付けになっていた。

 全てが終わると十時はゆっくりと空を見上げた。すでに太陽は水平線に沈む目前であったが、あと数時間もすれば月が照らす時間になるだろう。朝雲たなびく、五月雨にはまだ早いとはいえ、ゆっくりと日は長くなっていたのだ。

 




破顔一笑って……なんか、こう……ペカーみたいな笑顔だと思ってました……
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