目指せ、異世界産アストナージ   作:悪白無才

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初投稿から一ヶ月近く立ってまだ原作未突入な小説があるらしい(白目)


失恋のショックは心の痛みじゃない、脳が破壊される痛みだ

建国記念パレードも恙無く終了しひとまずの懸念が全て消え去ったことに安堵した俺は、夜の帳が落ち始めた時間に王宮内を歩いていた。

 

「おかしいなぁ〜俺まだ未成年のはずなんだけどなぁ〜何で仕事に謀殺されそうになってんだろ〜」

 

引き継ぎ作業も済ませ、後顧の憂いなく実家へ凱旋しようと考えていた俺だったが、生憎とまだ帰れそうにはなかった。主な理由は三つ。一つはシャスティフォンの経過観察。引き継ぎを済ませ既に俺の手を離れたプロジェクトとはいえ、はい後はよろしくと軽々とは放り投げられなかった。というかそう簡単にはいかなかった。

なにせ投入した技術が技術だ。

資料にシャスティフォンの仕様を事細かに書き出しはしたが、そのシャスティフォンに使われている技術にはバークレー印の推進機関といい、うちのノウハウを組み込んで仕立て直したフレームといい、託された宮廷の技術陣からすれば勝手の分からないモノが多数備わっている。

最悪推進機関の方はウチで作ったマニュアルを渡せばそれで済むが、如何せんフレームの方はほぼ完全新規だ。フレームについての説明を記述した資料も宮廷の技術陣からはなんのこっちゃといわんばかりに分かりにくかったらしい。

うん、俺の自業自得だったわ。

二つ目は例の派閥の話だ。アンジェリカ様に伝えた通り中立派に属しようと考えた俺はまず中立派の顔役と言っても過言ではない人物、バーナード・フィア・アトリー大臣へと挨拶に伺っていた。

──実を言うと、中立派に入ろうとした理由はアンジェリカ様に語った内容もあるが、バークレーはアトリー家とも関係を持っていた事もありそっちを優先したというのが実情だ。

アトリー家とバークレー家の付き合いは今から三代前、高祖父の時代からの付き合いらしく、鎧替わりとして航空機モドキを血眼になって開発してたウチを当時のアトリー家当主がいたく気に入ってくれたようで今に至るまでいいお付き合いをさせてもらっている訳だ。鎧よりも安価に量産できる航空戦力は大変魅力的に映ったらしい。実際まだ普及してる数は少ないが、アトリー家の息がかかった辺境の貴族達の間では少しずつ航空機を運用し始めてる領地もチラホラと増えてきている。

もう足を向けては寝れないねぇ。そんな気はさらさら無いけど。

 

ちなみに言うと今回の鎧開発に技術顧問として推薦してくれたのが件のバーナード大臣だったりする。

 

そして三つ目の理由は、なんてことは無い。

アンジェリカ様との鎧のお勉強会だ。

取り敢えず基礎的な所といくつかの応用知識について軽く教えるに留めるつもりだったのだが、思いの外アンジェリカ様の飲み込みが早かった事もあり実物を交えながら色々と教えこんでしまった。

そうしたら丁度パレードの前日辺りにキリの悪いところでストップしてしまい、それもあって今回の滞在プチ延長にかこつけてどうせならキリのいいところまで教えろと他ならぬアンジェリカ様に頼まれたのだ。

俺としてもキリのいいところまで終わらせてしまいたかったし、鎧に理解を示してくれるのがなにより嬉しかった。

 

あ、それともう一つあった。

例のノイローゼで倒れてしまった前任者だいぶ回復したようなので開発が無事終了した事の報告を兼ねてお見舞いに行ったんだった。あの人もユリウス殿下の鎧開発を任されていただけあってかなりの逸材なのは間違いない。実際クセのある開発チームを取り纏めて一度は完成形にまで近付けた人だ。ただでさえ相当なプレッシャーがかかっていただろうに、それに加えて次々露見し重なっていく問題と迫る期限が彼をどんどん追い込んでいったのだろう。多分俺も逃げ出すと思う。

半ば俺が主任の座を簒奪して手柄を分捕ったような感じになってしまったので、罵倒の一つや二つは覚悟していた。

が、その前任者さんにはよくぞやり遂げてくれたと泣き笑いながら激しく握手をされた。

一人だけ投げ出してしまった事と開発がどうなるのかが気掛かりだったらしい。

アンタ、技術屋の鑑だよ。

なんとか復帰した前任者さんを伴い、元開発チーム全員で軽い打ち上げをした。

ホントは一人だけ勝手に離脱した事を皆に詫びたかったらしく元開発チーム全員が予定の合うタイミングに場をセッティング。

結果としてあれだけの事があれば仕方ないと満場一致で無罪に。

そりゃ誰だってああなると思うよ。

 

そんなこんなで、後始末と心残りとこれからに向けての工作も全て終わりバークレー家への帰還を翌日に控えた今日。

時刻は既に日が落ち始める頃合。

昼間には侍女や宮廷貴族が疎らに歩いていただろう王宮の廊下も今や人影がひとつもないほど閑散としいる。

妙に響く自分の足音を聞きながら俺は歩き続けて、とある部屋の前で足を止めた。

 

「えっと資料は·····揃ってるな」

 

脇に抱えてた紙束を一枚一枚丁寧にめくって、内容に不備が無いか目を通す。

 

「さてと、ついでに念の為と」

 

確認を終えて、俺はおもむろに右の手を指バッチンの形に変えて、パチンと大きな音を響かせた。

 

「····················周囲に人影なし。魔力反応も同様、っと」

 

念の為の確認を終えて、ようやく部屋の中へと入る。その部屋はそこまで広くなくホコリを被った調度品の数々と、本棚が幾つか置いてあるだけの部屋だった。パッと見物置にしか見えないその部屋の中で、俺は幾つか並べられている本棚のうちの一つへと迷い無く進んで──

 

「よっと」

 

ドアを開けるような気安い感覚で本棚の右端を両手で掴んで手前側に引いた。かなりの重量のハズの本棚は大きな音を立てることなく引き摺られ、丁度人が一人潜り込めるくらいの隙間を生み出した。

本棚の向こう側を覗けば、そこに本来あるはずの壁が無く大人が一人入れるくらいのスペースがぽっかりと空いている。

その僅かな空間に身を滑り込ませてから、動かした本棚──その裏側にくっ付いている取っ手を掴んで元あった場所に戻すように引っ張る。

 

王宮勤めの者でも極僅かしか知らない仕掛け、それを俺が知っているのはそういう家柄だからとしか言いようがない。

白状しよう。我が血統バークレー家は先祖代々ホルファート王国そのものに仕えた騎士の家系であるが、その始まりは歴史にも記されていない名無しの暗殺者(スイーパー)達、バークレー家はその頭領の子孫だった。正確には暗殺を含めた諜報活動や技術研究に似たような事をやっていたりもした表沙汰にはならない特殊部隊のようなものだ。

それがなぜ男爵家として名を残すことになったのかについては今は割愛させてもらう。

まあ色々あってバークレーという貴族として表舞台に上がる事になったが、それでも男爵家は貴族階級としてはありふれたものでしかなく、有象無象の一つでしかない。

暗殺者としての顔を秘匿したいバークレー家にとってはそれが最も望ましいまであったのだが。

 

そんな訳で俺もその暗殺者の血を引いており、親父殿曰くそういう面でも俺には期待していたらしい。思いっきり鎧の方に傾倒してしまうとは思ってなかった様だが。そもそも俺の場合向いているのが諜報活動の方なので殺しのスキルはそこまでだし人を殺したこともまだ無いのだが。こんなんで暗殺者名乗ってもいいのだろうか?

 

「着いた·····そういえばここ通るのも久しぶりだな」

 

独白も程々に、入り組んだ隠し通路を記憶を頼りに進んで、目的の場所の真上、即ち天井裏まで辿り着いた。気分はどちらかといえばニンジャである。

 

「·····よし」

 

息を整え、自分から見たら床にあたる天井を叩く。

まず二回、間を開けて四回、さらに二回。

今回の合図はこれで良かったはず·····だよね?

 

「青空は太陽に何を語ったか?」

 

良かったぁ·····自分で決めておいて間違ってたら恥ずか死ぬ所だった。

 

「夕暮れを黒に染めんと」

 

「·····入りなさい」

 

「失礼致します」

 

事前に取り決めていた合言葉を返してから、許可が出たので天井の板を一枚取り外して音もなく降りる。ホントにニンジャだったな俺。

衝撃を殺すために床に手を付き膝を折った体制のまま、俺は頭を垂れ続けた。入室の許可は降りたけどまだ拝謁の許可は賜ってないからね。

なんてったって、今俺の前にいる人はこの国の最高権力者なのだから。

 

「面を上げなさい」

 

「はっ」

 

拝謁許可、ヨシ!

ゆっくりと顔を上げて予想通りの人物が居ることを目にして、緩みそうになる表情筋を必死で律する。

淡く煌めくプラチナブロンドの髪。広大な海の色を思わせる垂れ気味の青い(まなこ)を吊り上げて威厳に満ちた眼差しでこちらを睥睨するその人は、俺の知る中でなによりも美しかった。

その人の名はミレーヌ・ラファ・ホルファート。

国王陛下のお妃様であり、この国の執政を何故か国王陛下に代わって務めている稀代の女傑である。

 

あと、俺の今生での初恋の人でした。

初めて引き合わされた時はまさか女王だなんて思いもしなかったよ。納得の美貌だけども。まるで親戚に会わせるかのような気軽さで紹介した親父殿はマジで一生恨むからな。

 

「アスティナージェ・フォウ・バークレー、召集に応じ推参致しました。まずは、今回の件についての申し開きをさせて頂きたく」

 

「·····わかりました。では話しなさい」

 

「はっ、ではまずこちらの資料をご覧頂きたく──」

 

普段の、というかミレーヌ様の本来の気質は大変おっとりとした穏やかな女性だが、仕事モードの時は女王としての威厳に満ち溢れた御姿に変わり、そのギャップがまた良いのだ。

また女王として執政に携わるその敏腕は伊達ではなく、実際今のホルファートはこの方が居られるからこそ回っていると言っても過言ではない。

なにせ本来国王陛下が行うべき仕事まで代行しているのだからその心労は計り知れない。

国王陛下は何してるって?他に女作って政務はポーンだよ。何やってんだよ陛下ァ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人きりの空間だった。

その部屋の周囲には誰も近づかず寄せつけないようにと衛兵達には言伝え、人払いが済んだその場所で二人は向かい合っていた。

その場所は女王の居室。政務を取り仕切り国を動かし生かすという大役を、夫にして国王たるローランドから全て丸投げされ日頃から激務に晒されるホルファート女王ミレーヌに与えられた完全なプライベート空間である。

そこに居るのは部屋の主たるミレーヌ自身と、もう一人。

その者、名をアスティナージェ・フォウ・バークレー。バークレー男爵家の次男坊である。

 

「──以上が事の経緯となります。鎧の完成は成りましたが、結果として宮廷内に要らぬ刺激与えてしまった事。深く謝罪致します」

 

「なるほど。いえ、ご苦労様でした。」

 

何故男爵家の次男坊如きが女王の居室に居るのか?

 

「それじゃあ、堅い話はここまでにして。もう少しだけお話に付き合ってくれるかしら?ティナ君?」

 

「──了解しましたよミレーヌ様。ホント、こんな場面他の貴族や衛兵さん方に見られたら俺ぶち殺されますよ」

 

「うふふ、それは困っちゃうわね。ティナ君とお話出来なくなるのはイヤよ」

 

バークレーは公的には男爵家だ。例え裏の事情があったとしてもバークレー家の爵位が実質公爵家相当だとかいう話もない。

ならば何故か。その答えは単純だ。バークレー家はホルファート王家と密接な繋がりがある。それも何百年と続く強固な繋がりが。

バークレー家は元々ホルファート王家に仕えた暗殺者集団の頭領であった人間が興した家だ。

暗殺者集団──どちらかと言えばそれを含めた特殊部隊のようなもの──の歴史は相当古く、ホルファート建国当時から存在しているとされている。

ある時は不穏分子を炙りだし秘密裏に処分する暗殺者として。またある時は他国の情報を掠め取り、自国の内情を守り通す諜報員として。

またある時は表沙汰には出来ないものを研究し管理する番人として。

何百年とホルファート(・・・・・・)王国そのものに(・・・・・・・)忠節を捧げ続けた、影の立役者達だ。

 

ミレーヌが王妃となってから現国王のローランドは王としての仕事を全て丸投げするようになり、その過程で引き合わされたのがこのバークレー家だった。初めてその存在を知らされた時はなんだそれはと驚愕したし、同時に不気味にも思った。

成り立ちを知った。成程と思った。

事情を知った。不憫であると感じた。

しかしそれでも続くその忠節は何故かと。そこだけが合点が行かなかった。

男爵家として、バークレー家として成立して以降、王宮から彼らに対する支援は全く無い。

資金も資源も全て自分で遣り繰りするしか無い状況に置かれている。

それでも彼等の裏の顔、連綿と続いてきた本業は今も尚健在だ。多少の見直しこそあったものの規模の縮小は全くせずに、今も国を存続させることに心血を注いでいる。

はっきり言って異常としか思えない。

国は彼らに何も還元できていないのに、彼らは自身の表向きの立ち位置を維持したままに、決して公にはならないそれ以上の事をしようとする。

かつての特殊部隊としての使命を全うせんと奮起する。

初めて当代のバークレー当主に会った時もそうだった。彼等のこれまでを聞いて、ミレーヌは我慢できずに問いかけた。

何故それほどまでに忠を尽くせるのか?

彼は、表情を変えることなくこう返した。

 

『それが我々の存在理由だから。としか言えませんなぁ』

 

『ぶっちゃけちゃいますがね?我々はホルファート王家にではなくホルファート王国そのものに仕えているようなものなんですわ』

 

『この国を可能な限り存続させ続ける事、それが初代から連綿と受け継がれてきたバークレーの至上命題なんですよ』

 

『我々自身何故かって聞かれると困るんですけども·····強いて言うなら血がそうさせる、とでも言えばいいんでしょうかね』

 

『国を守れ。約束を守れ。先代から引き継いだのは技術と、その言葉だけでしてね。たったそれだけ、でも俺達にはたったそれだけで死力を尽くす価値がある。愚直なまでにそう本気で思ってんでさぁ』

 

彼らには陰ながら色々と助けて貰っているし、実際ミレーヌは大分助けられている。

しかし今も尚、ミレーヌは彼等バークレーを根源的に恐れていた。

彼等は土地も人材も貴族としての力も矮小としか言いようがない。しかし人材は粒ぞろいが揃っているし元特殊部隊というだけあって受け継がれてきた技術は非常に高度なものばかりだ。最近では鎧などの重工業関連も目を見張るものがある。

加えて、ホルファート王国全体の防諜も殆どが彼等あってこそのものだ。

もしも彼等が反旗を翻したとしたら?単純な戦力で言えば抑え込むのは苦ではないだろうが、彼等の本領を発揮されればホルファートという国そのものが大きく傾きかねない。

 

それからというものミレーヌは陰ながら、なるべく可能な範囲でバークレー家の援助を決めた。

バークレー家が機密としている裏の顔、王家との繋がりが露見する事を嫌うのでなるべく足がつかないように細々としたものに過ぎなかったが、何もしないよりは向こうの心象をよく出来ると考えた故だ。

なにせ当代がぶっちゃけた王家ではなく王国そのものに仕えているという発言。裏を返せばホルファート王国を運営していく上で王家が不要と判断されれば即座に切り捨てる事も辞さないだろう事がありありと想像できる。

この程度で保身を、安心を買えたとは口が裂けても言えないが。それでも何もしないよりはマシだろうし、彼等に憐憫を抱いたのは本当のことだったからだ。

 

そうしてバークレーとの秘密の付き合いがそこそこ続いて数年。王家とバークレー家の間で不定期に開かれていた連絡会の、ある日の事。ミレーヌはその少年に出会った。

 

『コレ、ウチの次期頭領(・・)です。せいぜいこき使ってやってくださいな』

 

当代が連れてきたまだ年齢が二桁にも届いてないだろう小さな男の子が一人。

次期頭領(・・)として紹介されたのは今のミレーヌにとって何より頼りになる将来の有望株。若き日のアスティナージェ・フォウ・バークレーであった。

非公式の場で紹介された次期頭領(・・)

つまりは、バークレーの本業を担う裏の当主(・・・・)が彼になるという事だ。

こんなに小さいうちから次代として指名されているという事はそれだけ将来を有望されているのだろう。同時に、そういった後暗い事を早い内から仕込まれているとも言えるのだが。

 

紹介されたその少年に憐れみを抱き、ミレーヌはせめて優しく接しようと密やかに心に決めた。

極めて自然なように見える微笑みに表情を整えて、真っ直ぐに少年を見つめる。かなり特徴的な目付き──歯に衣を着せぬ言い方をすれば生気の感じられない、死んだ魚のような目とも表現出来る──をしているが、宮廷に一定数はいる自身の利益にしか目がない濁った目をした貴族達を日夜見続けてきたミレーヌからすればこの程度など可愛いものだ。

 

『ん?おいどうしたよティナ?』

 

ボーッとミレーヌを見上げ続ける若き日のアスティナージェに父親たるバークレー当主が声をかけるが、聞こえていないのかまるで反応がない。

思わずミレーヌも心配になり声をかけようとしたその瞬間、アスティナージェが再起動し

 

『キレイ········』

 

ただ一言、彼はそう呟いた。

心魂を震わせる感動を味わったかのように。

本当に美しいものを直視して、思わず漏れ出た感嘆の呟きだった。

 

『ほー·····なるほどぉそうかそうか!お前のドストライクは王妃様だったか!いい感じに目が肥えてんじゃねぇの!』

 

『いって!急にどつくなよ親父殿!それと茶化す·········ん?待って?王妃様?』

 

『ええ、そうよ。はじめまして。私はミレーヌ・ラファ・ホルファート。こう見えてこの国の王妃様なのよ?』

 

『え』

 

あの時の驚きようは今でも鮮明に思い出せる。

惚けたように見上げてくる姿が可愛らしくてついついからかってしまった。

 

それから暫くして、アスティナージェが正式に連絡役として定期的に王都を訪れるようになり、交流する機会もぐんと増えた頃。

ミレーヌは彼の意外な才能を初めて目の当たりにした。

 

『話は変わるのですが、現在正規軍で採用されている鎧について、少々ご相談がありまして』

 

この男、大の鎧好きでありそれに見合うだけの知識量技術を既に会得していた。

国の主力、戦の花形といえる鎧に限り他の追随を許さない程の知識と、現行の鎧が抱えている問題点を見抜く程の慧眼を備えていたのだ。

まだ十にも満たない子どもの時点で、である。

しかも話に聞けば実機の整備も既に経験しており、更には一から図面を引いて鎧の設計にも手をつけているというのだから、こと鎧に関して言えばこれ以上無いほどの逸材と言えた。

真に恐ろしいのは、これでまだまだ発展途上だということだろう。

麒麟児。才能の寵児。

いずれも優れた才に溢れた若人を指し示す言葉だ。

ミレーヌがホルファートの王妃の座に就いた時からその言葉が指し示す通りの人物を何人かは目にしてきたつもりだったが。この少年に初めて出会った時、それらの言葉が本当の意味で指し示す者はこういうものかとミレーヌは思った。

 

「本当に大きくなったわね······少し前まであんなに小さくて可愛らしかったのに、背丈もあっという間に抜かされちゃったわ」

 

「いつの話をしてるんですか。まあ確かに二年前まではそんな感じでしたし、ここ最近になって急に伸びだしたなぁって我ながら思っていましたけど」

 

彼と二人だけの時は王妃としての重責を下ろしてただのミレーヌとして笑っていられる。

宮廷内の貴族達に弱味などを握られる訳にはいかず、生涯のパートナーたる夫は興味など無いように知らん振り。心からの忠節を捧げるバークレーとの関係も公には出来ず大手を振って頼れないし、そもそもミレーヌ自身がバークレーに対して根源的に恐怖を抱いている。

他ならぬアスティナージェもそのバークレーの血を引く末裔なのだが、幼い頃からの彼を知っているせいか遠ざけようとする程の忌避感をミレーヌは抱けなかった。

正直、王妃としても一為政者としてもマズイとは思う。警戒して接しなければならないと決めた集団の次期頭領に心を許しているこの現状は、ミレーヌが恐れた可能性に自ら近付いているようなものなのだから。

言い訳をするなら、大丈夫だろうと高を括ることの出来る打算が二つほどある。

一つは出世欲の皆無さ。

これはバークレー家の実態が極めて秘匿性の高い秘密部隊であるが故、歴代のバークレー全員に言える事だが彼に至っては寧ろ面倒とすら思っている。

それも一重に現在横行している貴族子女達のある意味貴族らしい高慢な振る舞いが原因なのだが。

 

もう一つは本心を偽る事が苦手だということだ。

嘘をつく事が苦手なのでは無く、自分の心に嘘をつけないのだ。

もう何年も前に王都の鎧の技術に触れたいと言って鎧整備の研修に行きたいと打診された事があった。

余りに突拍子に過ぎる事と、バークレー家と王都の鎧整備関連に繋がりが無いのにも関わらず許可をすればその小さな違和感をこぞって洗おうとする輩が出てくる事を理由に却下したが。

その時の残念そうな、不満を持っているような表情になった彼の顔はよく覚えている。

本人は取り繕うとしていたのだろうが、傍から見ればバレバレである。

因みにそれを指摘すると恥ずかしそうに慌てていた。

 

「それにしても、ユリウスの鎧の件でティナ君には迷惑をかけちゃったわね。本当にお疲れ様」

 

「お気になさらず!そのお言葉を頂けただけで俺はいくらでも頑張れますんで!!今ならもう一機、いや二機はイケますね!!」

 

「えっと、ちゃんと休んでね?ね?」

 

「あはは、流石に冗談です。俺も暫くは自領で大人しく慎ましく過ごしますとも」

 

「もう、ティナ君はそうやって無茶をするんだから」

 

それから、もう一つ付け加えるとするなら。

彼が自分を慕ってくれている事だろうとミレーヌは思う。

最初の邂逅から時が経ち次の連絡会の際、その一度だけ現当主がアスティナージェを伴わずに訪れた際に『ウチの息子、どうやらミレーヌ様が初恋の人になっちまったようでしてね。初恋と失恋が同時に来たショックのせいか帰ってから枕を濡らしっぱなしにしてんですよナハハ』なんて事を口走っていた。

なに自分の息子の秘密をひけらかしてるんだと声を大にして言いたい。

 

なにはともあれ、これらの打算──ミレーヌはそう呼びたい確信の元アスティナージェを頼りにしてるし、心から信頼している。少しずつだが、バークレー家に対しても信頼を強めていこうと考えている。

今も尚、このホルファート王国が抱えている問題は山ほどあるのだ。仮想敵国のファンオース公国を含めた各国との関係。未だ改善の目処が立たない貴族間で広がっている歪な思想。

何処かの仕事をしない国王に代わってこれらの諸問題に対処していくためにも、ずっと影として国を支え続けている彼等と足並みを揃えて行きたい。

 

それと、この心安らげる時間がもう少し長く続くようにと。働き者の王妃様は切に思うのだった。

 

「······ところでミレーヌ様。ここに幾つか新型の草案が御座いまして、是非とも認可を頂きたいのですが 」

 

「今は休みなさい」

 

あとは、同じく働き者で自分に素直すぎるこのワーカーホリックをどうやって大人しくさせようかなと。温くなり始めた紅茶を飲みながら考えるのだった。

 

 




次でなんとかオリ主周りを書ききりたい。
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