仮面転生者ΑGITΩ 〜人類審査のオーヴァーロード〜 作:ただのファンだよ。
───主よ、この方と私を巡り合わせてくれた天命を授けてくださり感謝致します。
『あの……これは、なんでしょう?』
「『それは消臭スプレー。臭いを消すのに使うんだ』」
『……これは…?』
「『トイレに置いたりする芳香剤』」
『わぁ……! これ、いい匂いがします!』
「『ん、んン…、トイレ用よりは部屋置き用のこっちの方が良いと思うよ』」
『は、はい! わかりました! ……えへへ』
ショースケさん。
この町に来たばかりの私に親切にしてくれる心優しい方。日本の方々と言葉が通じずに困っていた私に英語で話し掛けてきてくれた方。
「『よし、こんなものかな。いきなり色々買い過ぎてもアレだしね。今度はアルジェントさんが自分の意思で欲しいものを求めた時に買いに来たらいいよ』」
『あ、……はい。ありがとうございます』
「………」
手に取った売り物をカゴの中に入れるとショースケさんが買い物を終えようと言葉を掛けてこられました。……そうですよね、今回は世間知らずの私に色々教える為に付き合ってくれただけ、なんですよね。次からは私一人で、来る……ん、…です、よね………。
「『そうだ、最後にもう一つ。いや、もう二つ買う物があったんだ』」
『え?』
「『ほら、着いてきてくれ』」
『わわっ! まま、待ってくださぁい!』
買い物の入ったカゴの乗ったカートを押しながら歩き出したショースケさんを慌てて追います。急に踵を返したショースケさんに少しだけ苦言を申し上げれば、ショースケさんはニコニコと微笑んでいます。
むぅ…、ショースケさんはイジワルです。
「『お、あったあった。良いのみっけ』」
『ショースケさん?』
ショースケさんが向かわれた場所。そこには彩り豊かな箱が幾つも、何種類もある所でした。小さなお子様の方も幾人か居られるそこはお菓子コーナーでした。
「『はいこれ』」
『……ショースケさん、これは?』
「『おまけ付きのビスケットだよ』」
『…! ビスケット』
「『そう。』ビスケットの量と、こんなおまけが付いただけで明らかに高過ぎるお菓子」
『ショースケさん?』
「『気にしないで』」
ショースケさんから手渡されたビスケットが入った箱をショースケさん自身も持って今度こそレジに向かいます。
商品にお金を払い*1店から出た後、近くの公園にあるベンチに座るとショースケさんは買い物袋から先程買ったビスケットの箱を二つとも取り出し、一つを私に渡してくれました。ショースケ様の真似をしながら恐る恐る箱を開けて中のビスケットをいただきます。仄かな甘みとサクサクという歯応え、初めての体験に笑みが溢れてしまいます。
ビスケットを食べながらなんて事のない、ありきたりな話をしました。好きな食べ物の話、逆に苦手な食べ物の話。どんな日常を過ごし、どんな珍しい出来事を体験したのか。何処にでも居る様な、そう、『友達』みたいな普通の話。
ショースケさんは自分の事ばかり話して私の事は何一つ尋ねてこられませんでした。私からは全部、ショースケさんの言葉に応えた事ばかり。それが、ショースケさんの優しさだという事は最初からわかっていました。『友達』と呼べる方が居なかった私に、“ 友達の接し方 ”を教えてくださっていたんです。『
やがて、ビスケットを食べ終えると箱の底に何かがある事に気付きました。私は不思議に思いながらそれを取り出します。
「『それが、このお菓子のおまけ。
小さな、可愛らしい、ネズミが元のキャラクター『ラッチューくん』。私も知っている人気キャラクターの人形に糸が繋がったキーホルダー。
『わぁ……!』
「『……ほら、こっちも』」
ショースケさんのビスケットの箱にも私と同じ様にラッチューくんのキーホルダーが入っていました。
「『これ、おまけのキーホルダーは幾つか種類があって……あ、同じだ、ラッキー』」
ショースケさんの
ショースケさんは自身の
「『お揃いだな』」
『──』
この時のショースケさんの言葉を、ショースケさんの笑顔を私は一生忘れません。私がずっと、ずっとずっと欲しかったものをショースケさんはなんでもない様に、極々当たり前のものの様に私に与えてくださいました。それも形という証も含めて。
「『あとこれ、俺の連絡先。なんかあったら電話してくれて良いよ』」
『ーーーっ! はい! 絶対に! 絶対に電話します!!』
「『はは、喜んで貰えた様ならよかったよ』」
私はこの時に貰った
『ありがとうございます。私、今までで一番幸せです』
「『……そっか』」
『はい!』
嗚呼、主よ。感謝します。
きっと、この人なら、私の───
『あ、あのショースケさん!』
「…ん?『何?』」
『あ、あの、わ、私の……と、友達にな』
───アーシア。
その時でした。私を呼ぶ声が聞こえたのは。
『あ……れ、レイナーレ様』
「帰りが遅いから何かあったのかと疑っちゃったじゃない。あまり私に心配させないで」
『す、すみません』
アーシアを呼び掛ける黒い長髪の女。彼女こそ教会から追放されたアーシアを拾った人物。いや、人ではない。より上位の存在だと自称するヒトならざる者。教会から追放されたアーシア・アルジェントの様に、天界から追放されて黒く染めた翼を隠す堕天使だ。
レイナーレは先までとは打って変わって表情を暗くして俯いているアーシアに向けていた視線を隣の男、津上 翔介へと向ける。
「貴方」
「……」
レイナーレと翔介。二人の視線と視線は交わって動かない。半ば睨み合い、に近い状況で先に動いたのはレイナーレの方であった。彼女は心底うんざりといった様子で嘆息した後、侮蔑の彩を隠す事なく翔介を見下して言う。
「貴方がしている事、迷惑だって気付いてる? アーシアはたった今日、この町に着いた所なのよ。それをこんな時間まで連れ回して。常識って言葉知らないの?」
『れ、レイナーレ様!』
「貴女は黙っていなさい」
『……ッ』
あんまりな物言いにアーシアが異議を唱えようとしてレイナーレの眼力により黙らされる。アーシアの態度により更に増したイラつきを隠す事なく視線に込めて翔介へと向ける。
「だったら迎えの人物を準備しておくのが普通でしょう。それを土地勘もなく言葉も通じない彼女に地図だけ渡して放っておいた貴女に常識を問われる筋合いはありませんね」
「……ッ。へぇ、言うじゃない貴方。こちらにはこちらの事情があるのよ、何も知らない癖して……図々しいじゃない」
「その事情をどうにかして彼女を迎えにいくのが『常識』なのではないんですか? それって只の言い訳ですよね」
「ッ!! キサマぁ……!」
翔介の言葉に怒りを明確に表した彼女の気配が険悪なものへ変わった。すっ、と彼女が右手を上げようとした瞬間、
「まぁ、遅くまでアルジェントさんを連れていた事は事実です。そこは謝罪します」
そう言って翔介は立ち上がるとレイナーレに背を向けてアーシアへ向き直る。
「『今日はごめんなアルジェントさん』」
『え?…あ、い、いえ。その、私も楽しかったですので、謝らないでください』
「『そう言ってもらえるとありがたいよ。それじゃあ、俺は帰るよ』」
『……。はい、さようならですショースケさん』
アーシアは明確に寂しそうな表情に変わるが、すぐに笑顔を向けてショースケに応えた。
翔介の持っていたビニール袋をアーシアが受け取ると翔介が数歩下がり自身の学生鞄を持って少し腕を上へ伸ばして身体をほぐすとアーシアに背を向けて歩き出した。
途中、一切視界に入れない様に徹底した動きにレイナーレは怒りを募らせるが、下等な人間の事など一々気にしても仕様がないと割り切る。
「ほら、アーシア。帰るわよ」
『…はい、レイナーレ様』
レイナーレに呼び掛けられアーシアはトボトボと後を付いて歩き出す───寸前。
「『
『!! ショースケさん?』
名を呼ばれ、呼ばれた方向へ振り向く。すると、背を向けて歩き出していた翔介が大きく腕を振っていた。
アーシアが振り向いた事を把握すると翔介は大きな声で言う。
「『さっきの続き! 今度会った時に聞かせてくれ!
『〜〜〜っ』
「はぁ? 何を言って」
『はい! 約束します! 今度会った時に私から! もう一度お願いしますので!! その時は友達に成ってくださぁーい!!』
アーシアの叫びの様な宣言に翔介は言葉ではなく笑顔で応え、今度こそ去っていく。
『………ショースケさん。絶対、絶対に約束です』
「………………チッ。ほら、さっさといくわよアーシア」
『はい、レイナーレ様』
返事はする。後も付いてくる。だが、何処か彼女の事を認識出来ていない感じがした。先の翔介の言葉に浮かれて本当に嬉しそうに微笑むアーシアの姿に、なんとも言えない疎外感を感じレイナーレは再び舌打ちを溢す。
───気に入らない。
(……決めたわ。計画を、儀式のタイミングを早めましょう。ふふ、楽しみね、
レイナーレは妖しい笑みが浮かべる。整った顔付きを禍々しく歪めて笑う彼女の顔は元は天使であった事が信じられない、魔性そのものだった。
『───翔一』
「わかっています。あの女は討つべきバケモノ、人間の敵です」
『それもですが、あの心優しき少女。アーシア・アルジェントは』
「それも大丈夫です。何も問題はありません。なんだって俺は、アナタが選んだ人間なんですから」
『……フフ、確かにその通りですね』
「………アーシア。約束、絶対に守るよ」
取り敢えず後5話、原作一巻分までは毎日投稿です。