「……ここ?」
『ここ……なはず』
ひたすら南を目指して歩いていたレドは巨大な植物の塊を目にする。いや、塊というより植物で形成された都市と言った方が良いか……。ビルは完全に植物に包まれ、道路だった場所も緑一色に染まっている。文明の影すら無い、自然豊かな場所だ。
「セントルはここまでじゃなかったはず……」
『ここは元から植物が多い地域だったから、他の都市よりも植物の侵食が激しいのかも』
「そういう事……?」
『多分……』
レドは草をかき分けながら進む。レドの胸あたりまで伸びている草の中を進むのは困難を極めた。足元は悪く、動きにくい。それに加え、露出している腕を守るためにマントを前にもってきて歩かなければならないため、片手が塞がる。
「はぁ……ふぅ……」
『しんどいよね……』
「めちゃくちゃね……」
『どこかで休める場所があればいいんだけど……』
レドは近くのビルの中を覗いた。中は日陰になっており、そのせいか植物もあまり育っていない。
「あー……建物の中なら大丈夫そう」
『じゃあそこで少し休んだ方がいいね』
「そうする……」
植物を切ってビルの中に入り、地面に横になる。ただ歩いていただけなのに、脚が疲れて仕方ない。
「……疲れたぁ」
『こりゃ探索には時間がかかりそうだね』
「……先にコアの目星付けておこうか。ここで一番大きな建物って何?」
『うーんとね……あ、巨大な牧場があるみたい。大きなガラス張りのドーム型の建物で、様々な動物を飼育出来るように仕切りがしてあったんだって。その仕切りごとに、それぞれの動物が快適に過ごせる環境を作っていたみたいだから……多分そこだね』
「なるほど……ちょうどここビルだし、登って探してみるよ」
『階段の崩落には気を付けてね』
ビンの水を飲み、脚の疲れが良くなったのを確認すると、階段を使って上を目指した。
*
「……なんか甘い匂いがする」
『甘い匂い?』
「うん……お?」
レドはビルの中に咲く水色の花を見つけ、それに近付いた。
『それは……マドロミスズランだね』
「何それ」
『スズランによく似た形の植物で、甘い匂いを発するのが特徴なんだ。花弁から抽出されるエキスは睡眠薬の材料になるんだよ』
「へー……」
『せっかくだからいくらか摘んで来てよ。役に立つかもしれないよ?』
「睡眠薬が?」
『うん。精神的に過度に疲労した時とか、無理矢理眠れるよ』
「……それでいいのか?」
レドはマドロミスズランをいくらか摘み、ポーチに入れた。
「こんなもんかな。さて、もう少し……」
レドは再びビルの上を目指した。
少し登ると、最上階にたどり着いた。屋上もあったが、外が植物に包まれているせいか扉が開かず、出ることが出来なかった。
「あー……あれか」
窓を覆っている植物を切り、外を見てみると、一際目立つ緑色のドームがあるのが見えた。
『そこで間違いないね』
「よし、早く回収して帰るよ。ここは長居する意味が本当に無いから……」
レドは階段を駆け下り、ドーム型の建物を目指して歩いた。
*
「痛っ」
『あ、切った?』
「うん……」
既に空は橙に染まりつつある中、レドは少しでもドームに近付こうと歩いていた。疲れのせいか足取りが重くなり、歩くのに必死になったせいで腕を葉っぱで切ってしまう事も増えた。
『今日はここまでにしたら?』
「ん……そうする……」
レドは近くの建物の中に入り、ポーチから携帯型のビーコンを取り出し、地面に置いた。
『少し待っててね。座標が届き次第転送するから』
「わかった」
レドはその場に座り込み、転送を待った。廃墟を通り過ぎる風が、植物の匂いと、それとは違う何か甘い匂いを運ぶ
「……? また甘い匂いがする」
『ん? あー、マドロミスズランかな?』
「多分……」
(でもなんだろ……無性に匂いの方に行きたくなるのは)
そう思った時には、既にレドは匂いに吊られて歩き出していた。
『レド? ビーコンの近くに居ないと転送できないよ?』
「んー……」
(いい……においだ)
『……レド?』
フラフラとレドが向かった先には純白の花が絨毯のように咲いていた。レドはその花の前に膝をつく。
『レド、何してるの?』
「……」
(なにしてるんだろ……だめなのはわかるけど……)
花を一本手折り、顔に近付ける。
『!! レド、おい!! 何してんだ!!』
「…………」
(いいにおい……たべちゃいたいくらい……おいしそうなにおい……)
『レド!! レド!!!!』
ジェネの必死の叫びも届かず、レドはその純白の花弁を噛みちぎり、飲み込んだ。
*
「……やばいやばい! 早く行かないと!」
拠点の自室に居たジェネはすぐに出かける準備をした。端末を手に取り、長ズボンに履き替え、倉庫に向かう。倉庫につくと、転送装置に座標を入力し、準備が整うまでに箱の中を漁る。
「……あった!」
箱から取り出したのはガスマスクだ。それを身に付け、転送装置に入る。
『座標確認完了。転送マデ3……2……1……』
システム音のカウントの後に身体が浮遊感に襲われ、視界が歪む。そして着いた場所にはレドに持たせたビーコンがある。
「甘い匂いだ……」
マスク越しでもわかる匂い。その匂いと、さっきまで見ていたレドの足取りを頼りにレドを探す。
「……レド!!」
純白の花畑を前に、レドは倒れていた。駆け寄り、脈を取る。少しゆっくりだが、まだ脈はある。
「……生きてる。よし……」
ジェネはレドを担ぐと、ビーコンのそばに向かった。そして端末を使い遠隔で転送装置を起動し、拠点に戻った。
「……レド、もう少しの辛抱だから」
休むことなく、レドの部屋に向かいベッドに寝かせる。そして倉庫に向かいつつ、端末に声をかける。
「白い花、群生、有毒……検索」
検索が完了するまで、倉庫の中にある一室に保管されている薬品箱を手に取った。
「解毒剤、血清、漢方、消毒液……とりあえず有効そうなやつは持っていこう」
いくらかの薬品を抱え、レドの部屋に向かう。途中、ポケットから「検索完了」というシステム音が鳴った。
「……やっぱり。天国草だ」
天国草。花弁や葉に即効性の猛毒を持ち、摂取すれば大人なら15分で息絶える。子どもなら身体が小さいから、毒のまわりがはやくなり、タイムリミットは更に短い。また、花粉は違法な薬物のような効果があり、体内に入れば判断力の低下を招き、天国草の匂いを嗅ぐと無性に食べたくなる衝動に駆られるようになる。これらの効果から、危険な植物として駆除が推奨されていた。幸い、どうやら解毒剤で治療ができるようだ。
(吸っただけならこうはならないはず……切り傷から入ったか)
ジェネは解毒剤をレドの口に流し込む。効果は実感できないが。
(しかし、苦しんでる様子は無いな……それが天国草の名前の由良なんだけどね……)
もう一度脈を取ってみる。すると、明らかにさっきよりも正常に近い速さになっている。
「ふぅ……良かったぁ……」
安心したようにため息をつく。
「……いや、まだ不安だな」
ジェネの手にした端末にケーブルを繋ぎ、それをレドの左耳に付けてある端末に接続する。
「バイタルチェック……………………よし、全部正常だ」
映し出された数字は全て正常な値だった。今度こそ安心すると、切り傷に絆創膏を貼り、端末は接続したまま片付けを始めた。全て片付け終えると、再びレドの部屋に入り、ベッドの横に椅子を持ってきて座った。
「今日は近くで様子見ておくか……急に体調変化されても困るし」
ジェネはそのままレドの部屋で夜を過ごした。