死にたくないから生きてるだけで 作:猿も電柱に登る
キリを良くすると短くなりますね……。
しばらくは短めのお話が続きますがご容赦していただけると嬉しいです……。
『うおおおおおお!!!!!!』
大歓声と共に迎えられるのは勝者
例え自らの賭けた馬でなかったとしても、彼らは伝説の誕生を見たのだ。
それだけでもなんとも言えない雨模様の空を無視して、ここまで来た甲斐があったというもの。
六馬身以上の差を覆すどころか、それを全てを引き離しての勝利、誰でも夢を載せたくなるものだ。
それ故に熱は増して行く
最高潮の興奮に浴びせられるは歓喜の叫び
これこそ勝者の特権だ。
祝福するかのように射し込む光りがその灰色の姿を照らす。
「ああ! 、勝ったのかってことか、ああそうだぜお前の圧勝だよ、六馬身差だぜ、新馬戦だとしても2000mに勝ったのは控えめに行って奇跡だぞ!」
突然の喧騒に驚いたのだろうか、誰が勝ってるのかわからないというような思念を飛ばす相棒に俺たちの勝利を伝える。
一緒になって喜ぶと思った相棒が冷めた姿をしているのは少し気になるが、それでもこの喜びは何物にも変えがたい。
喜びを共有するためにポンポンと相棒を叩いていると
『 』
爆音の嘶きが響いた。
その姿は周囲には勝利を誇る嘶き
スポットライトの当たるかのような太陽の光
英雄の勝鬨に見える………
だが
「何がそんなに悲しいだよ相棒……」
消え入りそうなその感情は
ただ一人、帰る場所を失くして
雨に濡れる子供のように思えてならなかった。
「きついな……、こんなの慣れっこなはずなのによ……」
新馬戦まで馬の体調を気にして延期にしてもらっていたトレーニングセンターへの輸送が三日後に定まった。
そんなわけで厩務員一同は皆、何ともいえない虚無感に襲われていたのだ。
昔、問題児を育てていた時、彼が旅立っていった時の感覚にも似ているそれは、彼らの心に穴が空いたような感覚をもたらした。
とはいえ彼らもプロである。
すぐに持ち直して、仕事に取り組むわけだが、そのうちの一人、始めにジャポーネを連れてきた彼は人一倍失意に沈んでいた。
彼にとってその馬との語らいは日常の一部となっている。
本馬にその意識はないだろうが、彼女に振られた日も、友人関係の相談も、その語らいによって救われてきたことは多い。
故に
「ずっとここに居てくれねえのか……」
そんな女々しい言葉をジャポーネに吐き出していた。
いや、それが難しいこと、というか不可能なことは誰よりも理解しているし、似たようなことは腐るほど経験してきた。
それでも、この別れは寂しいものである。
そして涙を流す彼にいつものように……、いやどこか期待していた通りに
『バフッ』
身体を近付ける。
いつもなら嬉しいはずのそれは、明らかに高い声色でどうもバカにしているような口調なのが腹立たしい。
少しイラっとして背中をいつもより強くポンポンと叩くが、それも堪えていないようで、少しだけ早く叩くと流石に気になったようで頭をゴツンとぶつけてくる。
そしてその顔を、悲しみで直視できなかったその瞳を見ると……
「泣いてるのか、お前……」
その瞳は濡れていた。
宝石のような輝きを持つその瞳は、普段よりずっと濡れていて、妖しい輝きを秘めている。
「そういえば今日、榛原さんが……
『悲しみ咆哮が聞こえたよ……、もしかしたらあいつもわかってんのかもな
『お別れの日が近いことを』って言ってたっけな……」
そう思うとこの明るい声は痩せ我慢のようにも見える。
「お前もわかってんのか……?」
『ふーー』
肯定するように首を振る……
その姿はうちに来た時と同じ様に堂々と、しかし気高くあったが、それでも、別れに涙を堪えきれてない様子である。
「そうだよな……、一番悲しいのも、一番辛いのもお前だよな……」
立ち上がり自分の頬を叩く
「それじゃあ、あんまり長くはいられないが、最後まで仲良くやろうぜ」
ゆっくりと背を向けて歩きだす。
今生の別れでははずなのに、この足は動こうとしない。
そんな女々しい自分に嫌気が差す。
覚悟を決めたはずじゃないか……
再度頬を叩こうとした瞬間
『 』
世界が割れるような轟音と共に嘶く馬があった。
激励
大したことでもないのにくよくよと悩む俺への激励だ。
今までどれだけ女々しい相談をしても聞くことはできなかったその嘶きが、別れを惜しむだけで立ち止まっている男に向けられている。
ならば
「いつでも帰ってこいよ!」
こちらもバカみたいに、今すぐの別れでなくとも言ってやるのだ。
またいつか会える日を
共に語り合う日のことを
「いつか」
いつかお前が帰ってきた時に
「また語り明かそうぜ」
そんな一方的な約束と共に
夕日に向かって歩み始めた
季節を逆行中
最終決戦兵器KOTATU
「やっぱりお鍋はこの季節やな」
「シンプルなお鍋も悪くないね」
ここはトレセン学園の東栗寮
いつも愉快な葦毛三銃士の住むこの場所は、今日も今日とて美味しい匂いが漂います。
さまざまなウマ娘が集まり、騒ぎ、怒られる。
そんな日常が繰り広げられるこの場所、さて今日のお客さんは……?
「今日の鍋奉行は私がさせてもらおうか」
「なんだかんだ今年は初かな……、それじゃあ、できたら言ってください」
「流石に任せっきりはダメやで」
なんと!、あの多忙な『シンボリルドルフ』が鍋奉行を勤めてくれるようです。
どうやら数多のウマ娘が参加するこの食事会は、生徒会長の癒しの場にもなっているようです。
そして今日の夕食はお鍋
冬場、それも炬燵に入っている時には、最上の料理であるといえるでしょう。
「オグリも来れば良かったのに」
「年末の休みくらい家に帰りとうもなるやろ、うちもそろそろ実家に帰らんとあかんしな」
どうやらこんなに最高のタイミングでオグリキャップは実家に帰ってしまったようです……が、彼女にとって食材の心配をせずに食事ができる環境は、みんなでつつく鍋よりも安心できるのかもしれません。
カチチチチチチチ
さあ、コンロに火がつきました。
あらかじめ作っておいた特製だしを入れた鍋が、ことことと音を立てて火にくべられています。
「はじめは……、白菜が良いだろうか?」
「はい……、まあ、好きなので大丈夫ですよ」
「鱈……、なんてものはあらへんから、せやな、つみれとか鶏肉とかも入れたらええかもしれん」
何だかんだ鍋奉行はいますが、横に二人料理の上手な人がいるので、結果的にみんなで作るお鍋となっていますね。
ですが、これこそお鍋の醍醐味、焼き肉にはない何かがそこにはあります。
ちゃぽん
様々な具材が投入されていくのを見ると年末の訪れを感じざる終えません。
実際、炬燵に籠る三人は、幸せそうな表情でお鍋の完成を待っています。
ことこと煮込まれるお鍋のからは、何ともいえない幸せな香りが漂います。
なんだか心地よくて眠たく……
「ん、そろそろかも」
はっ!、いけません。
意識を失いそうな心地よさにやられないように、しっかり目を覚ましてから、一度火を弱めて、蓋を開けます。
すると、モクモクした湯気の中から、白菜、鶏肉、つみれに豆腐、お鍋の定番オールスターたちが勢揃いの素晴らしい光景が広がっているのです。
「もらい!」
バシッ!
反射的に伸びた箸は、それよりも長い菜箸に止められてしまいます。
「私が鍋奉行なのだから、均等に分けさせてもらうぞ」
トレセン学園早食い競争があれば、最高のスタートダッシュを決められたであろうその箸は、平等を愛する会長の技に止められてしまいました。
「行儀悪いからやめーな」
バチバチに火花を散らす二人を尻目に、のんびりと白菜を取り分けていくタマモクロス。
ある意味、いつも通りの光景が広がる中、それぞれの皿に盛られた食材を見て、二人は一時休戦を決めるのでした。
はふ
「あっふー!」
「ちゃんと、ふーふーして食べんのやから熱いに決まっとるやろ……」
まずは白菜
主役になることの少ないこの野菜ですが、キムチと鍋においては、最強の主役といっても過言ではない働きを見せてくれます。
瑞々しく、柔らかい中にも食感の残る姿に、良くだしを吸っているが故にこれ単体でも美味しい一品です。
ですが
ツンツン
ポン酢につんと浸けると、そのだしの旨味とポン酢のほどよい酸味が、鼻の中を抜けていきます。
これぞ絶品と言えるでしょう!
「早う食べんと豚が入らへんで」
はっ!
こんな調子では豚肉を食べることができません。
しっかりとだしの入った豆腐に、自分自身がだしを出しながらも、しっかりと味の残っている鶏肉、独特の食感に、ショウガを少し加えた特製つみれを紹介できないのは残念ですが、これも全ては豚肉のため
え?
さっき白菜が主役とか言ってなかったかって?
うるせえな!
お鍋に脇役なんていねえんだよ!!!
そんなわけで投入されるのは豚肉!
ただでさえ大量のだしを使ったこのお鍋は、今までの戦いの中で進化している!
そんな主人公系だし汁は、みんな味覚を刺激します。
昔オグリが『このだし汁だけで炊飯器を空にできる』と豪語しただけのことはあるようです!
そしてその力を借りた豚肉は、某カードゲームプレイヤーが、思わず『サティスファクション』と叫ぶほどには美味しいのです。
「ほい、順番やでー」
はっ!
何かに意識を乗っ取られましたが、なんとか持ち直せました。
さて、出来上がった豚肉は、タマのオカンから皆へ配られていきます。
途端に早まる補食スピードに焦るタマモクロスを置いて、あっという間にお鍋の具材は消え去ります。
「ちょっ!、うちの分も残しといてな」
さあ慈悲はないと言わんばかりに減っていく中身に、熾烈なデッドヒートが繰り広げられる。
まあ結局はオカンの鉄槌によって正気に戻されるのですが。
「今日はありがとう」
「いえ、こっちも牡蠣なんて食べる機会はないんで」
「せやな、うちらには豚バラが限界や」
宴も終わり、帰ろうとするルドルフ
しかし
「外は寒いだろうか……」
「まあ、寒いですよね」
「せやな、でもこれ以上遅なると帰れんくなるで」
「もう少しここにいていいか?」
「いいんじゃないですか」
「せやな、オグリもおらへんし」
凍てつく冬の夜
対して温かい炬燵
「執務室で凍えるくらいならこっちで寝てもらって大丈夫ですよ」
「うむ、お言葉に甘えさせてもらおう」
zzz zzz zzz
こうして三人は、炬燵という牢獄から抜け出すことができずそのまま寝てしまいましたとさ。