死にたくないから生きてるだけで 作:猿も電柱に登る
評価が黄色とオレンジで行ったり来たり
誰にも見られないでしょ、くらいの気持ちで始まったこの二次創作、たくさんの方々に評価していただいているのにこのようなことでモチベーションと投稿ペースを下げてしまって本当に申し訳ないです……。
まあ、筆者は多重人格なので馬視点を書いているメンヘラ人格がダメージを受けていますが、人間視点の人格は健在なので、しばらくはウマ娘の投稿が増えるかもしれませんが、これからも楽しんでいただけると幸いです。
思えばおかしな馬だった。
「まあ、お前に任せるよ」
おとなしくて、言うことをしっかり聞いて、人間のバカみたいな話にも頷いてくれるのも
「流石に先輩にお願いしますよー」
始めて会った日を思い出させるような堂々とした歩く姿勢も
「なんだかんだお前が適任だろ、しっかり届けてやるんだぞ」
レースの時に見せた圧倒的な走りも
「ほれ、泣くんじゃないよ男だろう?」
今、こうやって手綱を引いていても思うのだ。
やはりおかしな馬であったと
とある厩務員は、実際に馬に乗る騎手でもないのに、馬との出会いを運命だと直感したらしい。
自分とこの馬の出会いはきっとそれと同じようなものだったと思う。
ただ日々の世話をするだけの仕事
馬からは舐められることもあるような自分たちが感じた運命。
その運命を
たった一頭の運命を乗せて
いつものようにトラックは行く
永遠と続いて欲しいこの時間は
一息と共に流れていった。
「よし、頑張れよ」
何と言うか……、こいつからもくどいと思われていそうなほど別れを繰り返したが、最後の別れは笑って見送ってやれそうだ。
大手なんてものではない、関西の馬を一手に引き受けると言っても過言ではないこの場所の人に口が酸っぱくなるほどの注意の言葉を重ねたことは、改めて考えても野暮なんてものではないことだったと思う。
それでも、昔、といっても半年程度だが、ジャポーネの産まれ故郷である牧場の彼らも同じように口を酸っぱくしていたのを思い出すと、やはりこの馬には我々人間を魅了する何かがあるのだろう。
手綱を向こうの厩務員に渡す。
少しも拒む様子を見せないのは癪だなと頭を撫でる。
最後は日常のように
おそらく別れを理解していたにも関わらずこの冷たい別れ。
改めて人間臭い奴だと思う。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「はい、しっかり預からせていただきます」
大袈裟に振った腕と同じように振り返された尻尾に少し吹き出した。
やっぱり笑って見送れそうだ。
おかしな馬ですね……。
始めての人間に懐くというのは特別なことではありませんし、ここに始めて来たのならば他の馬の大きさに驚いて、こちらに助けを求めてくる馬も出会ったことはあります。
おまけに彼の隣には気性の荒い馬が一頭。
耳が聞こえないのであれば、人間に助けを求めることは自然なことですし、気にかけてくれているボス馬であったとしても恐れることは当然だと思います。
ですが……。
「懐く相手が違うじゃないの?」
彼がその身を寄せたのはなんと隣のヤクザのような馬でした。
いえ、人間より遥かに善良な心を持っている動物たちに対して、そのような表現はどうかと思われますが、その馬は、同族であろうと人間であろうと噛みついてくる猛獣のような馬です。
友とするのにも、ボスと仰ぐにも適した存在であるとは言い難いです。
況してや、馬というものそのものを恐れるような馬が信頼を寄せるというのはおかしなことです。
このようなことになった経緯ですが……。
「とても人懐っこいですが、馬との関係は基本的に無視してばかりなので苛められないように……、いや、賢い子なので正当だと思えば反撃する可能性も……、できるだけ他の馬とは……
「あはは、大丈夫ですよ」
あっ!、すいません話し込んでしまって……」
「ふふ、賢い子なんですね」
「はい!、耳が聞こえないはずなのに人の……、
多くの厩務員さんは意外と馬への思い入れがないことが多いのですが、この方はとても可愛がっていた様子。
特別可愛がられた馬はその人に懐きやすいので、彼の言う『人懐っこい』というのは当てになりにくいですが、のんびりと待っている姿を見るとおとなしいというのは確かなようです。
あ……」
「どうかされましたか?」
「いえ、さっき自制したはずなのにまた長々と……」
「いえいえ、可愛い子を預けるのですから心配になるのも当然ですよ」
そんなお節介焼きの彼の手綱を預かって、ゆっくりと部屋へと歩き始めます。
大袈裟に手を振る姿に、合わせるようなリズムで尻尾を振っているのは非常に愉快な子だなあと感じさせますし、一切の抵抗のない姿に驚きながらも、新入りに視線を送る先輩たちから隠れるように私の影に入った時は本当に愛嬌があるなと思わされます。
この性格なら、群れのボスに気に入られないとろくに周りに馴染めないかもしれませんね。
ですが、私は失念していました。
馴染む、馴染めない以前に彼の部屋の隣には気性の荒い馬が一頭います。
『タマモクロス』
人間にも、同族にも牙を剥く獣のような、いえ、馬は獣ですが……、馬です。
案の定、彼に見つめられたこの子は私に助けを求めるように目を向けます。
完全に我々の調整ミスなので、早めに部屋割りを変えないといけません。
落ち着いてと頭を撫でますが必死で身体を寄せるのを見ると、やはり可哀想で、付きっきりで隣にいたくなります。
この仕事を続けると、男であったとしても母性のようなものが芽生えるものです。
「大丈夫ですよ」
とりあえず落ち着いてくれれば良いと耳もとで声をかけながら頭を撫で続けます。
すると少し瞳を閉じて、落ち着いてくれたようです。
耳が聞こえないという割には、随分と音に信頼を置いているのかと驚きながらも、その日にまた顔を合わせることはありませんでした。
さあ、翌日
早朝の放牧のために厩舎を訪れたのですが、やはり怯えた様子で私の顔を見た途端に駆け寄ってきます。
隣の部屋を見るとふてぶてしく眠っている馬が一頭。
いけません
この子には何かお節介を焼きたくなるものがあるようです。
本来なら平等であるはずの厩務員が贔屓目で見てしまっているようです。
「あなたは人を魅了する魔女のようですね」
そんなことを口走りたくなる程度には、この馬の魔性にやられてしまったようです。
「それでは行きましょうか」
とりあえず別の場所に放牧する方針の通りに周りの馬からは見えない場所に放します。
すると水を得た魚のように跳ね回ったのです。
現金と言うべきなのでしょうか、周囲の馬の視線が消えた途端に幸せを全面に出しています。
群れることもできず、周囲の音を聞くこともできず、それでいて穏やかな気性をしたこの姿を見ると野生で生きることが絶対にできない馬であると思ってしまいます。
そして一瞬の加速で逃げることができないとなるとあっという間に食べられてしまいそうです。
派手に暴れた後、疲れましたというようにぐったりしている姿も母性を刺激してきます。
数日はこのようにこの場所に慣れるための放牧が続きました。
その時からその片鱗は見えていたんでしょうね。
その馬の背中を追いかけたり、目を見合わせることを見かけることも増えたり……。
いえ、かなり露骨でしたね。
理由は全くもって理解できないですが、引っ越しから数日で馴染んでいた様子ですし……。
葦毛という点に置いて、何か通じ合うものがあったのかもしれません。
そして集団放牧デビューの日
そこにいたのはタマモクロスの背中に着いて歩く彼でした。
職員一同で呆然唖然です。
始めて顔を合わせた時の怯えとは何だったのでしょうか!?
困惑と幸せそうなその背中に対する安心で心の中がごちゃごちゃになります。
とはいえ、こうもぴったり張り付いたように近づいていると職員たちが手を出せないほど……、いえ、出す必要がないほど仲の良い様子なのですが、の信頼関係を感じられます。
そんな不思議な二頭はのんびりと草を食み、時折駆けっこをするように走り始めます。
唐突に喧嘩を始めたりはしないかとハラハラしている我々の心配を置き去りにして、数年来の友人であるかのように振る舞うのを見ると、心配は霧散してゆくのでした。
さて
そんなおかしな馬でしたが、そのおかしさは調教の際にも発揮されます。
集中力がありすぎるのでしょうか?
眼前に馬がいたとしても、一切の加速を止めることなく突っ切ろうとするのです。
そして自分の限界を上手く理解していないのか、延々と走り続けてコースの中で寝てしまうのです。
どれだけ振動を与えても眠ったままの姿は、はっきり言って邪魔なので調教の時間をずらすことに決まりました。
ほとんどの調教で、すやすやと眠るものですから周囲からは眠り姫と呼ばれる始末です。
そんなおかしな彼の二回目のレース。
その名前は『コスモス賞』
中央のオープンレースの一つです。
当日は雨の予定
どんな時でも眠っていた彼に心配は無用でしょうが、少し不安になってしまいます。
可愛い弟分が旅立つのを兄貴も見ているようです。
激励をするように鼻を近づけた二頭。
そして、そのまま別れた二頭。
その日のタマモクロスは普段より少しおとなしかったのでした。