死にたくないから生きてるだけで 作:猿も電柱に登る
コスモス賞 函館 (現 札幌) 1700m
「やっぱヤバイかもな……」
『どれが強いの?』
聞こえていないと思ったのだろうか、先程の元気付けるような明るい口調はどこへ消えたのか、私の上にいるジョッキーはずいぶんと弱気である。
どうやら共に走る馬に矢鱈と強いのがいるようだが、生憎仕上がっている私は、相手がなんであろうと負ける気がしない。
ならさっきまでの心配はなんであったのかと笑われてしまうだろうが。
自信は過剰な程度で良い。
ここ最近に学んだことであり、レースに勝つために必要なことである。
弱腰になると周りを見てしまい自然と足を止めてしまうものなのだ。
折角の持ち味が潰れてしまう。
そんなことを危惧した結果生まれたひとつの解であった。
まだ幼少のことなのだから、大した根拠のないことを盲目的に信じてみるのも、悪くない。
どこかで聞いた言葉を参考にした結果である。
だがそれも
『 ザー…… 』
この雨がなければという前提の言葉ではあるが。
いや、雨というには語弊があるだろう。
本当の敵というものは大したことのない雨ではなく、どろどろの芝と呼ぶのすら憚られるこのコースであるだろう。
日本の芝というものは質が良いものだと聞いていたし、その事に違いはないのだろうが、そもそも土というものが雨にはすこぶる弱いのだと思い知らされた。
似たような土を走ったことはあるが、それも一人でのこと。
いざ走るとなれば他の馬に集中を切らされて敗北する可能性がある。
となると信じるのは馬上だけ。
『何も見るな』
今日の方針は決まった。
となれば後は……。
『勝つだけだよ』
「無理……、とは言わねえがちょいと厳しいか?」
別定戦
馬の性別や年齢、レースの実績などで積量を増減させるレース。
三歳馬(現二歳)との新馬戦では調子が上がらない中での勝利ということもあり、その実力は確かなものであると証明できた。
ならば、ひとつ年上の馬が出馬する可能性のあるこのレースで腕試しと考えたんだがそこまで都合の良く望みの馬は現れず、皆揃って三歳馬。
それだけなら良かった。
いや、これからの経験という点では良くないがここで勝利してクラシック戦線へ向けて弾みをつけるのも良いだろう。
しかし
「トウショウボーイの娘ね……」
それでいて新馬戦を七馬身差で圧勝したと聞く。
現実がどうだったのかわからない。
その結果に至るまでの間に何か事件があったのかもしれないし、他の馬の調子が悪かったのかもしれない。
それでも七馬身差だ。
2500m以下は本気じゃないと確信を持って言える自信はあるが、新馬戦の2000mでは他の馬はバテていた可能性が高い。
言ってしまえばそこそこの距離があった。
それで六馬身差だ。
1200mで七馬身差。
それが雨の中の重馬場。
距離としても、実績としても敗北している。
今日が不良までいくのなら運の勝負、まだ勝機はあったかもしれないが……。
それを示すようにスコアボードの人気は二番手、面白い走りをするという点からの前回付いたファンを含めても一番人気には届かない。
ただ
「俺が弱い気でどうすんだ!」
頬を叩く。
相棒からは勝つという意志だけを感じる。
気持ちで負けてたらどうすんだってやつだ。
行くぞ
シトシトと雨音が響く函館
瞬きひとつ許さぬレースで瞳を瞑るは灰色の馬。
曇天の空は誰に微笑むか……。
トン
合図はした。
この雨音に掻き消されないことを祈りながらゲートが開くのを待つ。
『 バン 』
とん
少し鈍い音で開いたゲートと同時に、二度目の合図にしっかりと反応した相棒は、新馬戦とは比べ物にならない力強さで大地を踏み締める。
ぬかるんで滑りそうになるなら上から踏み固めてやるという力業。
『さあ、綺麗なスタートで始まりました、やはり大外を走る二番人気、五番ジャポーネは今日も遅れてのスタート、対して一番人気クララトウショウは素晴らしい走りです』
『いえ、スタートこそ綺麗でしたがペースの遅いレースですね、昨日からの雨によって不良とまではいかずとも重となっていたのでそこも注目したいです。
先頭は三番、次点は六番ですが馬群の中にいるのでアドバンテージはないと言っていいでしょう』
実況の言葉の通り、ペースの遅いレース。
相棒は瞳を閉じて完全に俺に委ねるとかいう馬鹿みたいなことを提案しているから影響を受けちゃいないが、他が辛そうだ。
「それも……」
『ペースを作っているのはクララトウショウです、やはり意識しなければならないのでしょうか?』
『先頭を走る馬も、下手にペースを速めると喰われかねませんからね、後方から詰めてくるジャポーネも相まって他の馬は走りにくいでしょうね』
モヤモヤと漂う湿気が絡み付く、どれだけ加速しようとも爽快感のないレースに息が詰まりそうだ。
「大丈夫かあいぼ……、聞いちゃいないか」
泥を撥ね飛ばすような走りではないが、確実に踏み固める走りは乗り手に安心感を与える。
身体も温まっているようだし、こちらとしてはかなり安心できる。
『現在は順位は動いていないようですが……、おっと!』
『おっ、ジャポーネが上がってきましたよ』
『それと同時にクララトウショウも馬群から抜け出したー!』
『そして乱れた馬群によって他の馬は詰めるに詰められない状況になりましたよ』
前との差はざっと三馬身、前回に走ったであろう1200mはとっくに通り過ぎた。
となれば
「こっからは俺たちが主役だぞ」
追い越しには十分な加速。
それに対して有り余った体力で速度を速める背中。
差し掛かったコーナーで一瞬だけ距離を詰めたものの、その背中は遠い
『後方の馬が詰めることができないのは何故でしょうか?』
『ここであの二頭を追うと入着すら不可能なほど体力を使いますからね、安定を取ったということでしょう』
実況の声が聞こえる。
ならば
「見るのは前だけだ!」
奮起するように速まる足を頼りに、全てのリソースを割く。
「いくぞ!」
『最終コーナーを回って先頭にいるのはクララトウショウ、しかし、ジャポーネの足は十分に温まっている!』
『直線を走る二頭、両者凄まじい速さでゴールへ向かっていきます!』
こんにゃろ!
『後方から迫ってくる、ジャポーネ!、しかしまだ届かない!』
『どちらも譲らないですよ』
辛うじて並べる距離。
『ジャポーネが抜いたか!?、いやまだか!、クララトウショウが粘り……、いやジャポーネが前に出た、いやすぐに抜き返す!』
いけ!
『そして今!、両者ほぼ並んでのゴール!』
『パッと見だとどちらが体勢有利なのかもわからないですよ』
『そして六番、四番と順番にゴールです』
『見応えのあるレースでしたね……』
結果は……。
『今、結果が出ました』
『一着は……』
『五番、ジャポーネです!』
「っ!」
最後まで縺れ合ったレース
秋桜の主に選ばれたのは……
その鮮やかな色とは正反対の
灰色の馬であった。
正直怒られそう。
爽快感がないですし、レース描写は勉強が必要だなと思い知らされました。
あと、昔の資料がないので脚質がわからないのが意外と大変だったり。