死にたくないから生きてるだけで   作:猿も電柱に登る

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 今回は(も)短めになります……。
 登場させられるキャラクターが少ないので短くなる、短いからキャラクターの掘り下げがしにくいという悪循環ですね。

 他の馬転生ものを拝見するとたくさんのキャラクターを制御していて、見事だなと思わされます。



聴こえなくとも

 

 速く

 

 

 はやく

 

 

 

 ハヤク

 

 

 

 何も聞こえないのは、音を置き去りにしたと思い込め

 

 

 何も見えないのは、光を置き去りにしたと思い込め

 

 

 自分が天才だと叫べ

 

 

 自分が最強だと叫べ

 

 

 自分を集中させるために自己暗示を繰り返す。

 

 

 風を遮るものはない

 

 

 私を阻むものはない

 

 

 何度目かのコーナーを乗り越え……。

 

 

 これが最後のコーナーだと直感する。

 

 

 しかし、隣には風を遮る何か。

 

 

 ああ、ここまで着いてこれるか……。

 

 

 基本的にここまで来たのなら着いてこれる馬など今までは一頭もいなかった。

 

 

 自分の世界の狭さを知ると同時に負けられない意思が足を動かす。

 

 

 疲労はない

 

 

 加速は続く

 

 

 しかしその風を振り切れない。

 

 

 いけ

 

 

 いけ

 

 

 いけ

 

 

 どこか他人事のように身体を動かし続ける。

 

 

 そして

 

 

 振り切った風は消え

 

 

 生温い雨の降る現実とが帰ってきた。

 

 

 勝利したのかもわからない戦い

 

 

 ただあるのは何とも言えない不完全燃焼。

 

 

 それでも……

 

 

 開いた瞳が始めに映したのは……

 

 

 

 『          』

 

 

 

 万雷の拍手であった。

 

 

 確かに聴こえないのだ。

 

 

 怒声も、歓声も

 

 

 しかし

 

 

 それは確かにそこにあった。

 

 

 少し早くないだろうか……。

 

 

 報われるのはもっと先、G1の舞台が良いのではなかったのか……。

 

 

 ゆっくりと止まった身体を馬上から伸びる手がそっと撫で付ける。

 

 

 「あはは、勝ったな」

 

 

 クライマックスな空気感。

 

 

 これを通過点と見れる人間というのは、なんと強欲で、向上心の強い生き物なのか。

 二回目の戦いで負けそうになるとは、私という馬の世界はどれだけ狭かったのか。

 

 

 延々と降り続ける空は私の肌のように灰色。

 

 けれど

 

 確かに残された視界から見えるのは空色の青。

 

 

 見上げる空は美しい

 

 

 輝き続ける太陽の赤も、永遠を象徴する星々の輝きも、何物にも代えられない不変のものだ。

 

 

 でも

 

 

 『帰ったら特訓だね』

 

 

 「お、まだやる気だな、相棒!」

 

 

 『ちょっと頑張るだけじゃ足りなさそうだし』

 

 

 見下ろした先にある、例えば

 

 

 母のように包み込む海も、人が作り出した仮初の光も、きっと美しいはず。

 

 

 「それじゃ、帰るぞ相棒」

 

 『うん』

 

 

 

 

 

 『ただいまです、親分』

 

 『んー、やったらしいやないか鼻垂れ』

 

 『そうらしいっすよ』

 

 『なんや、自覚はないんか?、随分と強いのに辛勝やったらしいやって聞いたで、鍛え直しやな』

 

 『なんで知ってるんすか……』

 

 帰って早々、いや、隣にいるのだから1番に会話するのは当然であろうが、親分から歓迎を受けた。

 しかし、先日のレースで入着こそしたが、一着になれなかったことで嫌みでも言われると思っていたものだから、このさっぱりとした対応に驚かされる。

 いや、そんなことよりも私のレースの詳細を彼に語った厩務員の方がよっぽど驚きの存在であるだろうが。

 

 何て失礼なことを考えながら、生産性のない会話に応じる。

 

 全力で走った後、いつもなら眠気に襲われるはずの暗闇でも、二頭の夜は深まっていゆく。

 

 

 『ん…‥』

 

 翌朝、長く語り合っていたと思っていたが、朝日と共に目が覚める。

 馬に限らず草食動物は長く眠くことができないとも聞くが、生きている間にそんな経験はなかったはずであったもので、迷信でしかないと思っていた。

 しかし熱の冷めきっていない日、野生ならば日常茶飯事のことであろう、は、浅い眠りをするようだ。

 

 隣にいる親分がまだ眠っているようで、起こすのも憚られる時間ということあり身体を揺らしながら厩務員を待つ。

 待ったところで何があるのかと言われれば、トレーニング前の朝飯前の挨拶程度のご利益しかないのだが、食物というもの、正確に言えば食べるという行為は生きることそのものでもある。

 ならばそれを与えてくれる存在には何であれ敬意を払うものだろう。

 そんなこともあり、今生での『いただきます』は食べる命と作ってくれた厩務員への感謝を込めて二回唱えるようにしている。

 

 「飯だぞー、っと今日も礼儀正しいなお前は

 

 おっと、そんなことはどうでも良いのだ。

 まだ眠っている親分を起こすために少し足を鳴らしながら、現れた厩務員にお辞儀をする。

 この会釈が、彼にどう思われているのかはわからないのだが、これをすると頭を撫でてもらえるので好きな行為であったりする。

 むしゃむしゃと今日の飯を食みながら再度足を動かす。

 疲れは残っていないようで、今日からでも調教に参加できるだろう。

 もっとも、前回はしばらくの間、少し軽いメニューに変更されていたので、いつものような調教をする必要はないだろうが。

 

 「放牧にいくぞー

 

 ん、今日も今日とて散歩のようである。

 眠気眼の親分を置いて、散歩に出かけるとしようと思ったのだが……。

 

 

 

 『ぶふぅ』

 

 これが失敗であったようだ。

 親分の腰巾着として常に尻を追いかけてきた私は他の馬からの認知が薄かったのであろう。

 顔も知らぬ馬たちから囲まれてわちゃわちゃと揉みくちゃにされている。

 もっとも、敵意ではなく興味の感情による馬ボールであるため、特に不快感があるわけでもないのだが。

 

 わちゃわちゃ

 

 わちゃわちゃ

 

 わちゃわちゃ

 

 とはいえ暑苦しいのは事実。

 成長の結果、回りを囲む若い馬たちよりは立派な体格をしている自信はあるのだが、頼りがいのある馬というわけではないだろうに、どうしてここまで囲まれるのか。

 

 うむうむと頭を捻っていると、嗅ぎ慣れない匂いを感じる。

 視線を向けると同じく見慣れない人間。

 

 遠くにいるものだから恐れる必要はないのだろうが、若い彼らには不安なのだろう。

 いや、私より若い馬などここには一頭もいないように思われるのだが……。

 ならばもうしばらくこの馬ボールの中心にいるのも悪くない。

 そう思い周囲の馬たちに鼻を押し当てて不安を和らげるため奮闘するのだった。

 





 誤字修正民ありがとうございます。
 直接感謝をする機能があると嬉しいのですが、なかなかお礼も言えず‥……。  
 これからも、というと訂正の努力をしていないようでなんですが、報告していただけると感無量でございます。
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