死にたくないから生きてるだけで 作:猿も電柱に登る
タイトルにその手の意図はありません。
あと今回は難産さんなので、いろいろとツッコミたくなるでしょうが、それは感想の方でよろしくお願いします……。
『大胆な告白は美少女の特権』
その輝きだけで全てを満たすような美少女ならば、ロマンチックな告白でなくとも成功するという意味合いの言葉なのだが、俺は今、それを激しく実感している。
「それで、王子様、返事はどうでしょうか?」
先のレースのシンデレラ
惜しくも敗北に沈みながらも圧倒的な存在感を示した彼女は、なるほど前述の言葉に十分に当てはまる美少女。
そしてここで断られるとは微塵も思っていないであろう輝きに満ちた瞳の奥……、面倒事の匂いがこれでもかというほどに漂ってくる。
というか目の前にいる冴えない男を迷いなく王子様と語るこいつと仲良くできる自信はないんだから、こいつを上手く導く手段も思い付かない。
だが、我々のような根底が陰の者たちは基本的に女の子の言葉を断れない。
それが目が覚めるような美少女ならば尚更断ることはできない。
それは、アメリカ横断の旅ではっきりしている。
だから俺は……
「少し考えさせてくれ……」
「良いお返事を期待していますね♪」
話を先延ばしにした。
ああ、笑ってくれ
きっと俺の同士たちは『美少女の願いを断るなんて!』と怒りの咆哮を響かせているだろうが、これでもトレーナーになったという自覚はある。
だからこそ、俺みたいな経験のない人間にこれを任せるべきかと言われたら違うだろ……、と思う。
いや、正確には先延ばしだからこれから何が起こるかはわからない、でも答えは見えているようなもんだな……。
半ば逃げられないことを悟りながら、貰った個室の鍵をもて余すのだった。
はい、ジャポーネです。
申請していたレースは、想像よりもずっとレベルが低かった。
いや、勝てなかったのだからそんなことを言う資格があるのかという話だけど、模擬レースは1000m。
1500mを超えてからじゃないと十分な加速ができない私に抜かれた子たちは正直今後が大変だと思うかな……。
おっと、そんなことどうでも良かった。
なんと
トレーナーらしき人と約束できたのですよ。
別に特別なことでもないし、確約でもないから大袈裟に喜ぶことのは何か違うんだけどさ。
でも、スッゴい嬉しい
遠くにある醤油ラーメン屋さんが地元に出店した時の喜びと同じくらい嬉しい。
あの人が良くて強いタマ先輩ですら苦戦したスカウト(逆だけど)を半分くらい成功したんだから嬉しいなんてものじゃないかも。
そんな喜びに震えながら、軽くトレーニングをしていると、何やら視線がピカリ。
不思議に思って振り向いた先にいたのは
「んー?、どうかしたのオグリちゃん?」
相部屋の大食漢……いや大食乙女のオグリちゃん。
同じく模擬レースを走っていたのか体操服を纏っている彼女は、ほんのりと蒸気が立ち上っていて、満足そうな表情をしてる……、いや違うかもなんかものすごい音が鳴ってるし普通に飢えてるかも。
目を合わせると恥ずかしそうにお腹を擦るポーズをするところを見ると、やっぱり空腹の様子。
夕焼け沈む黒い空
軽やかに行く食堂の道
いつもは重たい歩みでも
二人で行けば白い道
いつかの平和な未来のために
今は手を取りとことこと
「ん、着いたかな」
「ああ、それじゃあ」
「うん、頑張ってね!」
食堂は戦場
誰が言ったかもわからないその言葉は実に的を射ていと思されるよ、ほんと
初日は洗礼を喰らった私たちも、数日すれば立派な同士として認められたのかも……。
そんな希望的観測を抱きながらも、テキパキと食券を買って、今日の夕食を確保。
怯えるような、警戒するような視線は、もう何年も前に愉悦の感情へと変換されるようになって、心配するような友人の視線にダメージを受けている自分に心も屈折したんだなーとちょっとショック。
「ラジは何にしたんだ?」
「鯖かな~」
やっぱりそこまで心配していない雰囲気の友達と肩を並べて席に着く。
周りにいたはずの人は少しだけ消えて、都合がいいなと笑いながら窮屈なくらいに肩を寄せて隣のお茶碗を覗く。
「オグリちゃんは何で食べてるの?」
「?」
比喩抜きで山のように積まれたご飯をどうやって消費してるのかを尋ねながら、自分の定食をつつくことにする。
もしかして私の周囲のウマ娘って少食だったのかなと、ああご飯三杯で音をあげるようじゃ強くなれないのかなと、見てるだけでお腹が膨れるようなスピードでご飯を吸い込んでゆく姿は恐ろしいけど……、あのレベルじゃないとG1を取るのは無理なのかも。
よし
「おばちゃん、おかわり!」
走れば消えるよね……。
「ん、二人とも随分と速いなー」
「ん、タマか」
「その早いってもしかして……」
いつの間にか揃っていた同室組は、少しガランとした食堂に明るさを取り戻す。
それが全てを照らす太陽か、忌々しい紫外線かはそこにいる彼女たちにしかわからないだろうけど。
「ふー、なかなか美味しかったです」
「せやな、しょうが焼きがあんなに奥の深いもんやとは思わんかったわ」
「タマも作れるのか?」
「あのレベルは無理やな」
「私も無理だねー」
和やかに歩く帰り道
干した布団を取り込んで
川の字になり眠るのでした。
間が悪かった
言い訳をするつもりはないが、本当にこの言葉に尽きる。
生徒会長『シンボリルドルフ』は、今年入学してきた『ラ·ジャポーネ』というウマ娘が引き起こした事件に頭を抱えている。
かなり顔の知られたトレセン学園の出資者の子供さんでありながら、その存在を認知されなかった彼女はお嬢様と呼べるような御淑やかな姿を見せないマイペースの極みのような生徒だった。
そして割り込みをした生徒に暴力を振るう程度には好戦的なウマ娘だった……。
それだけなら良かった‥…。
ああ、良くはないがまだ良かった。
しかし
「よりにもよって今か……」
彼女が学園の上層部と協議していた
いや、集団での行為は一人一人の力が教師に相談できない程度に弱くとも積もり積もって心を蝕んでゆくものだから、即効性のある改善策と呼べるかは微妙だが、それでも可視化された法に抗ってまでその行いを続けるような恨みがその一部に集められることはない……。
はずだった
今年の推薦によってここに来た『オグリキャップ』、新馬戦を終えて新たな可能性を探っている『タマモクロス』、素晴らしい実力のウマ娘も揃っている以上、実力という点で侮られることも減ってゆく……。
はずだった
だが
彼女は葦毛だった。
そして
自分たちの押し付けた理不尽を棚上げにしてはいるのだが
悪意を向ける正当な理由を持つ相手だった。
そして先に挙げたウマ娘たちは見事に彼女の同室でいつも一緒にいる。
もう少し遅ければ……
キリキリと痛む胃に薬を流しながら、今後を憂いていると扉を叩く音
「入ってくれ」
彼に何とかできるだろうか……。
叩かれたドアの外にいる『彼』のことを思いながらため息を吐くのだった。
本人は暴力とか悪意とかが嫌いなんですけどね……、それに浸っているといつの間にかその熱さに慣れてしまうんですよ。
それが自然だと思い込んでしまったら終わりの始まりですが、辛うじて耐えているようですね。
ルドルフは胃痛で瀕死です。