死にたくないから生きてるだけで 作:猿も電柱に登る
アンケートを置いてますので気軽に入れてくださいな
『入ってくれ』
唐突に呼び出された先は執務室。
今年の生徒会長である『シンボリルドルフ』が半ば住んでいるというこの場所。
始めて聞いた時は寮にも帰れないなんて不憫だなと思っていたのだが、自分がこうして呼び出されてみるとその同情も消え去る。
何が悲しくて胃がキリキリと痛むような緊張の中に放り込まれるような場所で、あの生徒会長の話を聞かなくてはならないのか、もっと生徒指導室のような暖かい場所でやっていいんじゃないかと不満を吐き出す。
もっとも解雇の通達なら彼女から直接話をする必要もないのだから仕事を失う心配はないのだろうが、この場を設ける必要があるような問題となるとあの時のことしか考えられない。
「失礼します」
「ああ、そこに掛けてくれ」
始めて近くで見たシンボリルドルフは、ああ、確かに三冠馬の貫禄を認めることができる。
ただ、その威圧感も少し窶れた目元と明らかな疲労感を持ったその雰囲気で多少薄れているようだ。
「今回呼び出した件なんだが……」
休憩もそこそこに本題が始まった。
「昼の模擬レースで君に接触したウマ娘がいるだろうが……、彼女が君を逆スカウトしたという話は本当だろうか?」
「はい……」
やはり察していた通りのあれだ。
ぐだぐだと前置きをしてから話を切り出さないところを見ると、やはり疲労、そして単純に時間がないのだろう。
「彼女のスカウトを受けてはくれないだろうか」
スカウトの強制は、相手の自由を阻害するということもあってお偉いさんに囲まれて半ば強制的に行われるものだと思っていたのだが、裂ける人材も少ない……、もしくは臨時トレーナー一人なんてどうとでもなると思っているのか。
とはいえ、ここで働かせてもらえないとまともに飯を食べるための金もない。
なら
「一つだけいいですか?」
一つだけ聴くとしよう。
「何だ?、余程のことでない限り叶えてやれると思うが」
「大したことじゃないですよ」
あの全てを抜き去らんとする豪脚
それに魅せられた
あの中途半端に被った猫の皮
それに腹が立った
あの全てを諦めたように灰色の瞳
それに見せてやりたくなった
「ああ、言ってくれ」
なら
あれだけの感情をくれた相手なら
「クラシックの一部が終わったら海外に行かせてもらえませんか?」
外の世界ってやつを見せてやりたいんだ。
「つまり……」
「ええ、彼女が日本で最も活躍できるレースを放棄します」
目の前の皇帝が彼女のことをどれだけ理解しているのかはわからない。
「本人の意識は確認してくれ……、私から言えるのはそれだけだ……」
「その辺は本人から確認済みです」
怪我によってそれを諦めた彼女にこの言葉をかけるのは残酷なことかもしれない。
それでも
「取りますよ」
「おそらく君の願いというものは不可能だ……」
「なら勝手にやりますよ」
「海外が強いというわけでも、私たちが遅いというわけでもない」
「知ってますよ」
「あまりにもレース場の質が違う……」
「そうですね」
「君の目指すであろう金色の冠は、あの門は…‥、並大抵の覚悟では越えられない、潜ることも許されない」
知っているが故にその壁の高さを理解できるのだろう。
「わかってい
「だがな『全てのウマ娘を幸せに』これが私の願いであり信条だ。
まだ実績も見せていない者が口にしたとは思えない大言壮語であろう通してやる。
捕らぬ狸の皮算用にならなければいいな?
もっとも、その皮になる程度の覚悟は決めてもらわないと困るぞ?」
あはは、重々身に沁みて……」
今日の練習風景を見せてもらったが、あいつの走りを全て理解したつもりはないが、それでも、夢を見るには十分な走りだった。
故にこの啖呵を切ったつもりだったが何とかなったようである。
疲労で倒れかけの皇帝を獅子のごとき圧倒的な覇気を放つやる気の状態にしたのは誤算だったが……。
「ふむ……」
ほら、なんかカレンダーを確認し始めたし……、あっ、予定書き込んでるんだけど……。
「こりゃあ、ほどほどじゃ無理だな……」
ちょいと大変な三年間になりそうだ。
窓から見えた模擬レースにいる怪物たちが夢を阻んだとしても
たとえ逃げたと嗤われようと
「成し遂げないと終わりだな」
勝手に決めて勝手に作ったこの夢
随分と楽しいことになりそうだ。
私、ラ·ジャポーネが逆スカウトをしたレースから三日後のことだったかな?、いや正式にトレーナー契約を貰ったのは五日後。
例のトレーナーらしき人は、当たり前だけど、やっぱりトレーナーだったらしい。
いや、らしいじゃなくて本当にそうだけったけど。
まあ、そのトレーナーさんと真剣なお話をした。
そんなこと言われても良くわからないだろうから、少しだけ過去に戻ろっか。
それじゃ
ぽんっと
「疲れたなー」
思い立ったが吉日と始めた模擬レースの後、わりと初めてかもしれない真面目なトレーニングをやってる。
この前はレースで気が強くなってたから『私に抜かれた娘は酷い』みたいなことを考えてたし、なんか良くわからないくらいスカウトを貰って舞い上がってたけど、冷静になれば普通に負けてるし、三馬身の差での大敗だったから全然良くなかった。
もし1000mとかいうハンデがあったとしても、あの程度の相手なら圧倒的に勝たないとG1は絶対に勝てない。
そんな考えと共にやはり思い立つは吉日。
個人で調べながら練習の予定を立ててみたんだけども、これは結構楽しい。
予定を立てるのは嫌いだったし、誰かから課せられるノルマなんて大嫌いだったけど食わず嫌いってのはやっぱり食べてみないとわからないと思う。
とはいってもトレーニングの予定を立てるなんて自分の客観視ができてないと成立しないんだから自分で作るのは間違いなわけだ。
結局、やっぱりトレーナーが欲しいなーに落ち着くんだよね。
あの保留トレーナーさんが逃げないことを祈っておくとしよう。
ぐぅー
まあ、何があろうと腹は減る。
今日は運動をしただけあっていつもよりずっと早い空腹時間。
こうなると私は秋ごろの熊より気性が荒くなる。
日替わり定食のメニューがお米にぴったりなものになった時は空腹のシャチより攻撃力が上がる。
まあ、今日の定食はニラ玉がメインだったからスルーしたんだけど。
乙女に口臭の原因になるものを食べさせようとはなんてことだ!、って感じ。
いや、ニンニクがたくさん入った八宝菜が好きな私がそんなことを言っても説得力ないけどね。
ん、今日は食レポとか食堂ドラマとかないよ。
一人寂しく夕食をもぐもぐしてたからね。
「ただいまですー!」
とりあえずの帰宅。
今日は皆さん忙しいようで、部屋には誰もいなかったんだけど、最近毎日のように言うようになった『ただいま』に返ってくる言葉がないとなると、少し寂しかったり。
まあ、すぐに自主練行くと伝えているし、今日は遅くまで誰もいないんだろうけどね。
トコトコと歩く先。
深夜にも関わらずトレーナーとウマ娘の群れ。
貸し切りになるかも思ってたけど、そんなに甘くはないみたい。
それでも一部のコースはガラガラで、別に距離が欲しいわけでも、砂でも、芝でもどっちでも良かったから自主練に支障があるわけでもない。
んじゃ始めよっか……。
「やっぱりお嬢様は頭がおかしいな…」
世の中のお嬢様を敵に回すような言葉を口にしたのは、この前のシンデレラがトレーニングをしている姿を目的したからだ。
いろいろと聞きたいことがあったからありがたいこっだが、運命とかいう恐ろしいものに引き寄せられているような、自分の意志を操作されているような感覚に襲われる。
さて、件の灰色のお姫様は、そのドレスを脱ぎ捨てて野暮ったいジャージに身を包んでいる。
もともと、庶民的なお嬢様だったというわけだろうが。
そんな彼女はインターバル走を繰り返している。
ざっと二時間ほど……。
多くのウマ娘が食堂に走ってから、食べて終えるまでの時間、全くの休憩をせずに走り続けている。
不思議な加速をしているとは思ったが、スタミナもイカれてるとなると本格的に長距離の身体をしている。
おもしろい身体をしている。
そんなおもしろいお姫様は少し息を整えた後、静かにこちらを向いた。
「んー!、なんですかー!」
間違いなくこちらを認識した彼女は、嬉しそうに手を振ってきた。
とりあえず手を振り返しながら、ゆっくりと歩き始める。
美しい姿をしたお嬢様は、汗水を垂らして働いた灰被りのように疲れた表情をしている。
「もしかしてスカウトのお答えを貰えるのでしょうか?」
その疲れた表情を顔から消して、幸せに天真爛漫なお嬢様を演じる。
こうもひっくり返るように雰囲気を変えるとなると、まるでカメレオンのようだ。
「いや、お前さんが俺をスカウトした理由を聞きたくて探してたんだよ」
「うふふ、ガラスの靴が収まるかどうかを知りたいんですね?」
この様子からすると、こちらが興味を持っていることを理解しているようだ。
いや、こんな時間にこの場所を探している時点でバレバレか……、まあ、この前のせいで俺が詩的な表現が好きな人間だと思っているのかもしれないし、ちょうど満月のこの夜を自分で選んだと睨んでいる可能性もある。
そんな彼女が自分を選んだ理由。
何となく察してはいるそれを聞きたくてここにいる。
「私がトレーナーさんをスカウトした理由は単純ですよ?」
「もしかして……」
「はい、私のことを海外に挑戦させてくれるんですよね?」
やっぱり……。
どうやら凄まじく耳が良いようだ。
大海へ旅立つことに憧れがあるのか、何かしらの勝算があるのか。
いや、わかりきってはいるが。
「一応、聞いておくが何か理由はあるのか?、お前さんの足なら天皇賞レベルの長距離なら取れるだろ」
「本気で言ってるんですか?」
まずいな……、ギャルゲーでいうバッドコミュニケーションってやつだ。
とはいえ、それを聞かないといろいろと始められない。
「一応と言っただろうが……、ただ理由だけは教えてくれ」
「理由ですか……?」
「ああ、理由だ」
理由かー?
正直に言えばそんなものはない。
一つあるとしたら現状の破壊だけど、そんなものは今の私にはあんまり関係ない。
友達もいるし、世代のライバルもいるこの生活。
何か気持ちの悪い奴らがいること以外は、順風満帆な学園生活を送れている。
わざわざ海外を目指す理由はない。
「トレーナーさん」
「なんだ?」
「ひとつおかしなことを言ってもいいですか?」
「いいぞ」
「実はですね」
「ああ」
「海外を目指す理由はですね」
「ああ」
「実はですね」
「ああ」
「ないんですよ」
たぶん幻滅される。
見たところ熱血トレーナーには見えないけど選択肢に海外がある辺り、上を目指すウマ娘を応援するタイプのトレーナーだよね。
なら
「そうか」
「ふぇ?」
おかしい
この人おかし……。
「それでだな、仮担当」
「はい」
「俺もひとつ良いか?」
「はい」
「少し考えさせるような内容だがな」
「はい」
「それでいて普遍的な内容だがな」
「はい」
「ひとつだけだからな」
「引っ張り過ぎです」
「ああ、いくぞ」
「お前の夢は何だ?」
それによってお前の未来を考える。
その言葉は少し前に聞き慣れたはずなのに、自然と耳に残った。