死にたくないから生きてるだけで 作:猿も電柱に登る
シリアスと三回唱えましょう。
『「お前の夢は何だ?」』
言い回しは違っても腐るほど聞いてきた言葉。
そんなものがないと生きちゃいけないのかと思いながら適当な言葉を口にしてきた。
嫌に耳の中に残るその言葉。
『野球選手です』 は?
『アイドルです』 は?
『プロゲーマーです』 は?
大人は子供の夢を応援しているけれど、同時に現実の厳しさというものを痛いほど知っている。
『中学の先生です』 うん!
『銀行員です』 うん!
『プログラマーです』 うん?
もしそれが望まぬ結果であったとしても、幸せな未来を進んで欲しいと願っている。
「『君の夢はなんだい?』」
『……………』
小さな頃の夢は『素敵』なお嫁さんだった。
お母さんには会ったことはなかったけど、友達の家で見たそれは、優しくて、でもちょっと厳しくて、とにかくそれが欲しかった。
それが手に入らないことは何となくわかってたから、自分がそれになろうと思ってた。
ただ1つの『おかえり』が欲しかった。
今となってはただの想い出だけど。
その次の夢は何だったっけ……。
ああ、バスガイドさんだった。
お父さんはいつも遊んでくれたけど、私を遠くまで連れていってくれるだけの余裕はなかったみたい。
だから、他の家の子が旅行に行く話を聞いたり時に、いろいろな場所を歩んで見たかった。
その次の夢はなんだっただろうか……。
いや
その時からだっけ?
『夢』なんてものを羨ましいと思ったのは……。
『「ありません」』
『これから見つけてしまえばいい』
ほとんどの答えはそれだった。
真剣に悩んでる問題を先送り、先送り、先送り
もちろんそれは正解だと思う。
誰かに決められた道を『夢』だと思って歩くのは疲れるし、やる気も続かない。
それでも、私には『道』が欲しかった。
一人で歩く足はあると。
もちろん他の人より不自由で不器用な身体だけど、決して立ち止まるだけじゃないと。
そう言って叫びたかった。
でも
一緒に探してくれる人はいなくて、歩くだけで邪魔だと思われるような道を辿ってきて……。
だから私は決めたんだ。
『G1に勝ちたいです!』
綺麗なお面を被って
『委員長やります!』
綺麗な正解を纏って
『大丈夫ですか!?』
綺麗な『私』を作って
自分を失くせば
被っていたはずのこれが顔に貼り付いて取れなくなってしまえば
『私』と一緒に探してくれる人も、『私』の道に踏み込んでくれる人も見つかるはずだと……。
でも『自分』は強くて
『あの娘、調子乗ってない?』
少しの悪意も
『なんであんたみたいな奴が……』
少しの嫉妬も
『余計なお世話なんだよ』
少しの理不尽も
許してあげられなかった。
『レースが始まったら、そこはアタシたちの世界、でしょ?』
本格的にトレセン学園を目指すようになった。
始めの道は想像よりも優しかった。
この『私』を捨てようと思った。
やっとスタートラインに立てたと思ってた。
一緒に遊んで
一緒に切磋琢磨して
一緒に泣いて
一緒にお腹いっぱいになって
一緒に『ただいま』を言える。
そんな友達が手に入ると思ってた。
でも
解き放たれた『自分』は邪魔で
相変わらず『私』が必要で
『自分』も『私』も邪魔で
別の『私』が必要で
欲しいものが手に入っても消えなくて
だから
消えてなくなれば良いのにって
消えたいのに『夢』なんて……。
「『夢なんてものはありませんよ」』
いつもみたいに当たり障りのないことを言えばいいのに口は止まってくれない。
「『会長のような大義もなく、その場の勢いだけで大言壮語を口にして、才能もないのに無駄にプライドが高くて、欲しいもの全てがあるはずなのにこの場所にいることが嫌で、何を望んでいるわけでもないのに歩きたいと願っているんです……』」
「幻滅しましたか?、トレーナーさん」
私は何がしたいんだろうか……。
今度こそ終わりかな。
少しだけ閉じた瞳によって世界を黒く染める。
これで何も見えないし、何も聞こえない。
どれだけ怖くても大丈夫。
『「いや、全然」』
え………。
なんで………?
「むしろ海外行くって言ってたにしては普通の思考回路で安心したよ」
「なんで……?」
「ん?、ただ質問を変えるぞ」
なんで……。
全てを失ったはずの世界で
私の吐き出す息の音以外を失くした世界で
ポツンと1つ響く音。
「お前は何が好きなんだ?」
「なんで……」
「質問の意図か?」
貴方の音は消えてくれない。
瞑った瞳には何も映らないのに、貴方の音は耳から離れない。
「何もできないなら、できることからって言うだろ?、トレセン学園はレースをするウマ娘にとっても最高の場所だが、それ以外でも三番目くらいの場所だからな」
でも
貴方に、道を探せと言って欲しくない。
「わかんないです、夢の形も、好きなものも、だから大嫌いです」
だから突き放す。
貴方は目を伏せる。
そして
「少しだけ昔話をするか……」
そのまま語り始めた。
昔、太平洋をヨットで渡った人間がいた。
昔って言ってもその時には大型のフェリーや飛行機が既にあった。
だけど人間はたった一艘のヨットで大海原を渡ったんだよ。
確かにそれは偉業だ。
でも、冷静になれば非効率的で、満足感以外に何もない行いだった。
昔、世界で一番高い山に登った人間がいた。
それまで複数の調査隊を前提とするような危険な山を一人で登りきったんだよ。
それは確かな偉業だ。
でもさっき言ったように登るだけなら複数の調査隊がいれば良いっていうオチもある。
たった一人で成し遂げたはずの偉業は冷静になればただ命を危険に晒しただけの無意味な行いだった。
なんだったら嗤われてもおかしくないかもな……。
その偉業は教科書には乗らないし、彼らの伝記を手に取る人間はたくさんいても後に続こうと願う奴なんてほんの一握りだろうな……。
でもよ
『かっけえ……!』
憧れたガキがいた。
そのガキは本気でなろうとしたのさ
『冒険家』って職業に
「羨ましい……」
純粋な、故に狂気的な言葉を呟く。
「重症だな、流石に止めてくれ……」
まあ、そのガキは冒険家になるために何が必要かを考えて、英語を覚えるとか、身体を鍛えるとかじゃなくて、とにかくいろいろな場所を歩くことだった。
あはは、一人で隣町まで歩いたり、県を跨いだりして叱られたっけな。
まあそんなことはどうでも良くてな。
とりあえず、ガキは冒険家を目指したってことだけ理解してくれればいいよ。
本気で冒険家になろうとしてた。
中学に進学した。
結果、ガキは少年になって諦めを覚えた。
『本気で言ってるのか?』ってな。
バカにされるとか嗤われるとかじゃなくて心配されたのさ。
本気でそれになれると思ってるのかってな。
少年がそれで奮起できるなら本当に冒険家になれたかもしれないが、少年は諦めた。
それからは普通に
死なない程度に生きればいいと思ったのさ
ほどほどに頑張らないってな。
そっからはそうだな。
『何だかんだで、そこまでやれたんでしょうが! 、ならあんたはすごい子だよ。なんでも良いから上を目指してみんしゃい』
やる気がない俺の気分は山の天気のようにコロコロと変わったんだよ。
それからはとりあえず何でもやった。
目の前にいる男がエベレストを登頂したって言ったら信じるか?
線路とバスで世界一周したって言ったら信じるか?
「トレーナーになったって言ったら信じるか?」
「わかんない、でも最後だけ規模が小さい」
「そこは嘘でも信じとけ、あとトレーナーになるのは意外と大変なんだよ」
だからな
「とりあえずやってみろ」
「何を……」
「んー、海外だろ?、じゃあ凱旋門とかどうだ?」
「ん!」
「響いたか?」
「いや、少し前に思ってたの、凱旋門が取れたらみんな私たちを認めてくれるかなって」
「おうよ、いけるぜ」
「じゃあね、凱旋門が欲しい」
「ちょっと重たいがな」
「物理的にじゃないよ?」
「わーってるよ」
「そしてね」
「何だ?」
「トレーナーが欲しい、夢も欲しい、この無駄な誇りに見合う強さが欲しい、大言壮語を事実にできる覚悟が欲しい、欲しいものが欲しい」
「努力次第……、とは言わねえよ、全部叶える道は整えてやる」
だから
「走れよ?」
「わかった」
それじゃ、契約成立だ。
「よろしく頼むぞ担当ウマ娘、見せてやるから、魅せてくれ」
「よろしく、担当トレーナー、辿っていくから、見せてあげる」
少し仲良くなりたい相手には猫を被ります。
仲良くなった相手には素が出ます。
興味のない相手には狂犬となります。