死にたくないから生きてるだけで 作:猿も電柱に登る
一週間以上空いた状態が続くと罪悪感があるので投稿。
「ご機嫌だな……」
意味があると理解しながらやる練習は楽しい。
そんなことを口にしていた眼前のウマ娘は、気持ち良さそうに加速を続けている。
はっきりいって身体が壊れるんじゃないかと思うような速さで走り続けているのは異常なんだが、それ以上におかしいのはバランス感覚だな。
速度が増すのだから足が回りすぎて転ける可能性もあるし、綺麗にコーナーを曲がることなんて不可能なはずだ。
それを可能にしているのは、頑丈な身体と倒れることを恐れない度胸だろう。
失速さえさせなければ最強に至ることも難しくないと思える程度には魅力的な走りだ。
『お前にインターバル走は正解とはいえないな、短所を減らそうとしても、そこまで極端に才能がないと磨くだけ無駄だ、G1にゃ届かねえよ』
『なら何をすればいい?』
『お前の得意分野はなんだ?、スタートか?、加速か?、スタミナか?、短所は大きいが長所もまた極端に大きいんだからよ、そいつを伸ばしちまえ、磨がれるだけ尖っといた方が確実に強い』
『了解』
そんなやり取り一つで練習メニューに階段ダッシュを入れたわけだが、これが気持ち良いほどにハマっていた。
階段という走るだけでも躊躇するような環境で、速度を緩めずに、レースのコーナーよりも短い距離で曲がることを求められるこのトレーニングは、控えめに言って普通のウマ娘には勧められないタイプのものだ。
そもそも、俺がこの寺の住職の友人であり、近所の人への許可を取っているから許されているのであって、こんな場所で早朝からトレーニングさせていることが困難なんだが。
だが、それを踏まえてもこいつは良い。
ただでさえ尽きないスタミナを更に強化できるのに加え、最大効率のコーナリング、平地から傾斜への対応、瞬時に坂道に切り替える力、一つの石で鳥の群れを全滅できるんじゃないだろうかと思えるほどのメリットが詰まっている。
「休憩いれるぞー!」
「わかった」
「急に止まるなよ!」
ウマ娘が本気で減速するとブレーキ跡のような形が残るからな。
コンクリートだからといって油断していると大変なことになる。
新馬戦に向けて最高レベルのコンディションなわけだからここで怪我でもしようものなら良いことは何一つない。
「ぷはぁ!」
美味しそうに水を飲む、担当。
初めて出会った時のお嬢様な演技は鳴りを潜め、次に出したダウナーなキャラクターも薄まって、最後に出てきたのはゲームで良く見るクーデレタイプの少女だった。
まあ、クーデレ状態は本人も自覚していないように思えるが、それは仕方のないことだ。
強引な成長を促される環境にいたのだから、今くらいは少女らしく大人に甘えて欲しいという思いがある。
「次は何をすればいい?」
「朝言ったことを忘れてないだろうな……」
「新馬戦前だからある程度セーブしろだっけ……、自分の限界くらいわかってるけど
「限界を知ってる奴はトレーニングが終わった途端に眠ったりしないんだよ!」
かといって、トレーニングの後にすぐ眠るのは勘弁して欲しい。
シャワーを浴びろだとか、飯を食えだとか、その辺は大事なことだが迷惑はかからないだろう。
でもな、ベンチや眠れる場所があったらどこでも眠るってのは正直面倒だから止めて欲しいんだが!
こいつの背丈が大したことないから何とかなっているが、人間とは筋密度が違うウマ娘はそもそも重いんだよ。
それを毎日抱えて寮まで運ぶ俺の身にもなってくれ、頼むから。
そんな担当の新馬戦は二日後。
本来なら似たようなコースで一日中慣らし運転と行きたいところだが、そんな権限を持ってるトレーナーは極一部、俺みたいな新米がコースを借りるのは難しいってのもある。
だからこそのこの寺なわけだ。
かなりの角度がある階段、いつでも座禅していけとふざけたことを口にする住職、近くにいる全ての存在にお菓子と麦茶を配る奥さんとスポーツマンにはありがたいものが揃ってる。
座禅に関しては集中力を鍛えるためにってやつだな、某野球ゲームで選択枝にあるだけはある。
特にうちの担当は集中力を切らしたらその時点で敗北が決まっているような極端な奴だから余計に。
「ん?」
くりくりとした瞳がこちらを覗く。
ほんのり濡れた口元を向ける姿は無邪気な子どものようだ。
いや、子どもであることには違いないが、実年齢よりもずっと幼いように見える。
「よし!、座禅して終わらせんぞ」
「わかったけど、あれって意味あるの?」
「毎度、棒でしばかれてる奴が言っても説得力がないんだよ」
意味がないと思ったことには、我慢弱いところもまだまだガキンチョだな。
そわそわと動く耳に所在なく動く足と尻尾。
聞けば、普段の学生生活では威風堂々、喧嘩上等らしいじゃないか……。
悪意のない面の皮が厚い、とはまた違うんだろうが随分と擬態が上手いんだなと思わされる。
『いつかそのままの自分でいられるといいな』
心の中の呟きが叶うようにそっと神様にでも祈っておく。
いや、仏さんが正解かな。
ちょいとばかり急ぎすぎた蝉が鳴いている。
ミンミン、ミンミンと 眠眠……
案の定、石段に寄りかかってい眠っている担当を起こしながら、小さく拳骨をいれるのであった。
「んじゃ、明日は軽い練習で解散だからな、今日の疲れはしっかり取り除いておけよ」
「わかった」
今日のトレーニングは終了っと。
二週間前に、トレーナーから外部の施設に行くって言われたから、ジャージで行くのもなあと思っていたけど、たどり着いたのは郊外の山。
ウマ娘の先輩方が必勝祈願をするという神社の近くにあるお寺だった。
どうにも理解ができなくて、いろいろと訪ねることになったけど、お寺の境内を使ってトレーニングをしろと言われたから、初めは、罰当たりかもとビクビクしてた。
まあ、トレーナー曰く、ここに奉られているのはウマ娘と人間の平和を願った菩薩様らしいから大丈夫らしいけど。
一番驚いたのは凄く若い住職さんから繰り出される異次元の棒捌きなんだけどさ。
すごいよね、全力で回避に思考を裂いたウマ娘に攻撃を当てるなんて普通なら無理だよ?
そんなトレーニングの果てに目指すは新馬戦。
所謂メイクデビューなんだけど、長距離がないから、少し短い2400m。
正直、本番を一度も経験してないウマ娘に走らせるには、長すぎると思うんだけど、それを理解した奴らが揃うのなら楽しい戦いになりそう。
楽に勝てるのも好きだし、どうでも良いも言うのも本音だけど、何だかんだ闘争本能は人並みにはあると思っていたい。
『そこそこ楽しめるかな?』
帰り道、蝉たちの子守唄に耳を傾けながら歩く。
喧しいと嫌う人がいることが信じられないほど優しいその音は、寮の玄関にたどり着いた私を容赦なく寝かしつけるのでした。
アプリでダウナーが最終段階なのは、マイルドになっているからです。