死にたくないから生きてるだけで   作:猿も電柱に登る

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 ハーメルンで感想もらったの始めて……。
 感想の返信を書くことが楽しくて、一時間もスマホの画面を眺めてました。
 あと、今回は人物像が上手に作れなかったので、かなり滅茶滅茶でございます……。
 というか、読み飛ばしてくれて大丈夫です。



幸福な馬

 1986年

 

 初の牝馬三冠である『メジロラモーヌ』に、マイル最強候補の一角である『ニッポーテイオー』、大波乱を巻き起こした有馬記念の『メジロデュレン』。

 

 記憶に残るレースも多かった年。

 

 

 とある小さな牧場のお話だ。

 

 新入りが来る。

 

 特段不思議なことでもないのに、繰り返し全体に周知させるような事態であるとは、新入りは余程荒々しい馬なのかと考えるが、どんな馬であろうと厳重注意の連絡を必要とすることはなかった。

 となると、先例のない何かを持っている馬であるのかと戦々恐々しているこの場所は、繰り返すが小さな育成牧場である。

 

 そして、その場所へ運ばれて来たのは………。

 

 「よし、行くぞ」

 

 平凡な馬であった。

 

 特別大きく、下手な真似をしたら踏み潰されるような圧倒的な力を持つわけではなく

 

 特別小さく、下手に触れたら壊れてしまうような貧弱な身体を持つわけでもなく

 

 少し灰色で、走らないと言われている葦毛ではあるが、それでも珍しいと全体周知をするほどのものではない。

 

 だが

 

 そこには気品があった。

 間違えなく貴い生まれの馬だと確信させるような気高い何かがあった。

 彼の皇帝『シンボリルドルフ』が暴君でライオンと例えられているならば、ここにいる灰色は儚くも気高い白鳥と言ったところだろうか。

 醜いアヒルの子供が、灰色の小鳥が美しく育ったように、この馬は何かを成し遂げてくれるとそう思わせる『何か』がある。

 

 悠然と歩むその姿を見た職員たちの心は1つになった。

 

 この馬を勝利へ導いて見せると………

 

 この辺りは後の世に作られた創作であり、実際は耳の悪い馬とやらの世話のための情報集めに没頭していたのだが。

 

 

 さて、手綱を引く厩務員さんは、あまりの抵抗のなさに、何か気分が悪いのではないかと思い始めている。

 けれども、この子の実家の牧場の職員さんから話を聞くに、大抵の指示に大人しく従ってくれるとのことなので、野生でいたら簡単に喰われるんだろうなと思う程度には、大人しいこの姿にもさほど違和感を覚えずに済んだのだが

 

 『人懐っこい子なんですよ』

 

 そんな言葉を聞いた後であるため、こちらへ何のアプローチもしてこない姿は、知らない相手には弱い部分を見せない野生の獣のようでもある。

 相反する二つの側面を持つその姿は、馬という生き物を育て導くことの難しさを改めて感じさせるのであった。

 

 

 「ほれ、ここがお前の部屋だぞ」

 

 さあ、目的地へたどり着いたが、部屋に入ってくれなかったら……、大人しく部屋に入った。

 

 ここまで来ると不気味である。

 

 もしかしてこの馬はアンドロイドか何かではないかと勘繰ってもみるが、筋肉の動きに違和感はないので、ロボットでもないようだった。

 

 っと、真剣にバカなことを考える程度には、この馬に魅了されていたようである。

 

 「とりあえず今日は、ゆっくり休んでくれ」

 

 ··· ··· ··· ··· ··· ···

 

 コミュニケーションに行き詰まっている中で思い出されるのは……。

 

 『この子は賢いので、馬ではなく人に話しかけるようにしていただけると嬉しいです。

 あとは、触れてあげると喜ぶので、頭を撫でてあげて欲しいですね……、って、すみません余計なことを』

 

 そんな言葉だ。

 

 まさか今までの塩対応がそんなことで変わるわけ、いやそもそも馬と人間的なコミュニケーションをしようとしていることがおかしいはずなのだが、秋の紅葉のように真っ赤に温まった頭は、正常な判断をしてくれない。

 

 「えーと!、なぁ兄弟、お前の好きな食べ物ってなんだ!?」

 

 錯乱して日本語翻訳した後のアメリカ人のような口調になっているが、頭を撫でながら、世間話を続ける。

 

 「最近彼女と喧嘩してさ、仲直りの方法を探してるんだが、なんか良い方法はねーかな……」

 

 その馬は不思議と聞き上手で、彼の言葉を聞いて頭を撫でられ続けても、気持ち良さそうに目を細めるだけで、落ち着いた様子だった。

 正気に戻った後も、この奇妙な会話は続き、今日はゆっくりと休んで欲しいと思っていた心は、彼にもっと話を聞いて欲しいという心に代わっていた。

 

 「うちの近くのうどん屋が美味くてな、今度一緒に……、は無理だな」

 

 どれ程の時間が経っただろうか、辺りはボンヤリとした月明かりに照らされている。

 まぶたが閉じそうになりながらも、会話を試みようとしている自分を哀れに思ったのだろう。

 

 『バフゥ』

 

 優しく鼻を鳴らした後、その馬は、いやサチは優しく身体を擦り付ける。

 そして彼が眠った後は、誰かを呼ぶように一度大きく嘶き、そのまま同じように眠りについたのであった。

 

 もちろん、仕事をすっぽかした彼は、職員全員から説教されたのだが、それでも充実した一日であったと胸を張れるような一日になっただろう。

 

 

 翌日

 

 不思議な魔力にやられた彼はしばらく出禁となり、低い声を聞き取りにくい彼の世話に適任である女性の一人に世話を任せることになった。

 

 「よーし!、新入り、ご飯だよ!」

 

 明るく甲高い声をした彼女の声ならば反応するだろうと思っていたのだが、そこにいるのは虚空を見つめる馬がいるだけだ。

 

 「食べて良いんだよー?」

 

 聞こえていないのだろうとポンポンと頭を叩いて、エサ箱にもポンポンと手を置く。

 すると気付いたのだろうか、エサに首を伸ばして、むしゃむしゃと草を食む。

 今までは本当に気付いていなかったのかと、間の抜けた様子は堂々とした昨日の態度とは違って愛らしく思えてくる。

 そんな愛らしい馬の頭を撫で回すと、嬉しそうに目を細めるのと同時に、どこか空を見上げるように虚しい表情を見せる。

 哀愁のある姿は、故郷の家族を思っているのか、はたまた、ただ食事が口に合わなかっただけなのか。

 

 おっと

 

 「これから放牧だけど、あんまり芝を食べちゃダメだからね」

 

 すると、悲しみを秘めた瞳は光が灯った気がした。

 

 「ん、放牧……、んにゃ、散歩が好きなのかな?」

 

 嬉しそうに鼻を鳴らす姿は、幸せそうでほとんど聞こえない耳で放牧という言葉を覚えたという事実が思われて、悲しいような、微笑ましいような複雑な心境をもたらす。

 

 「よし……、行くよ!」

 

 牧場にたどり着くいて、手綱を外すと、跳ねるように飛び出す。

 

 走って、止まって、跳ねて、叫んで

 

 幸福を冠する名前と同じように、ただ幸せを全身で表現する。

 

 その姿は灰色の肌と違ってとても目を惹いた。

 

 「綺麗だったよ」

 

 こちらに帰ってきた彼に思わずそう声をかけたのは、当然のことだったと思う。

 

 

 「休んだら、本格的な調教だからな」

 

 たくさん遊んで疲れたあとは、お昼寝、なんかで終わるほど競走馬の一日は甘くない。

 放牧のあとは、ウォーキングマシンなんかで、ウォーミングアップをしてから調教が始まる。

 

 とはいってもこの時期は騎乗をせずに、ハミから二本のレールを出して後ろから馬を動かすドライビングで、手綱を使った動きを覚えさせるのである。

 

 装具を着けて、前に歩かせる。

 

 少し方向を変えるように動かしてみると面白いほど思い通りに動いてくれる。

 こいつは凄いとジグザグに歩かせてみると、これまた上手に動く。

 

 馬術にでも向いているなと、思いつつも競走馬を熱望されている子であるため、そうもいかないと手綱を取り直す。

 

 すると

 

 『バフゥ』

 

 こちらを向いて、何かを語りかけるように鼻を鳴らす。

 

 まさか

 

 「走りたいのか?」

 

 『ブゥフ』

 

 縦に首を振る。

 偶然にしてはできすぎた反応、恐る恐る手綱を手放すが、走る様子はない。

 やはり杞憂だったのかと、再度手綱を取ろうとすると、少しだけ身体を傾ける。

 

 

 「はっ……?」

 

 冷や水を浴びせられた気分だ。

 

 この馬は今何をした……。

 

 自分に走ることを促し、そして

 

 「乗れってのかよ」

 

 その背に乗ることを、乗せることを望んでいる。

 

 馬術向き?

 

 冗談じゃない

 

 

 こいつの魂は競走馬だ。

 

 

 俺が乗って手綱を緩めると再度こちらを見る。

 

 彼なりの何かがあるのだろうか、良く見るとその視線は手綱を握る手に向いている。

 

 思い付くのは………

 

 『触れてあげて欲しいっす先輩』

 

 そんな後輩の言葉

 

 その後ろ足を叩く

 

 ゆっくりと前進が始まる。

 

 更に速く叩く

 

 加速が始まる。

 

 その加速は止まらない。

 

 今まで歩み続けたその道をジグザグに、だが加速は止まらない。

 

 カーブに差し掛かっても減速はしない。

 

 膨れることも、レーンの内をはみ出ることもない。

 

 永遠の加速。

 

 このままだと光を超えて地球を飛び越えて

 

 

 こえて

 

 超えて

 

 こえて

 

 

 圧倒的な浮遊感

 

 

 この世界から消えてしまうような感覚

 

 

 とんとんとん

 

 

 無意識に手綱を引いた。

 

 

 どうしてだろう

 

 

 このまま消えても良かったはずなのに

 

 

 怖い

 

 

 怖い

 

 

 怖い?

 

 

 そんな理由で手綱を引いていたのか……。

 

 

 無意識に身体を抱きしめる。

 

 

 それでも震えは止まらない。

 

 

 この馬は危険だ。

 

 

 あの浮遊感は消えたはずなのに。

 

 

 自分がここにいることを異常だと思っている。

 

 

 崩れ落ちるように鞍から降りる。

 

 

 心配しているのだろうか、身体を擦り付けるその愛らしいはずの姿は恐怖の象徴にしか思えない。

 

 

 この日、一人の厩務員がその仕事を辞めた。

 

 

 また、全力で数分間走り続けたとある馬には、一切の筋肉の疲労も見えなかったと聞くが、それは彼の今後の人生には関わりのないことである。

 




 はい、すっごく速いフレンズです。

 イメージとしては、エンジンが温まるまで遅い変わりに、延々と加速し続けるタイプ。
 下手に人間の思考力があるから、レースコースを選んで、最適解を導き出す。

 引き換えに乗ることができる人間が限られる、

 そんなラスボス系です。


 ちなみに、サチに延々と話しかけていた人は嘶きのあと自分で起きました。
 不憫なことに聞き上手だと思われていサチくんは彼の話を聞いていないどころか寝ていました。

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