厳しい夏の暑さが抜け、少しずつ秋の足音が聞こえ始める晩夏。
メジロドーベルは勇気を出してトレーナーを夏祭りに誘う。
pixivに投稿されている同タイトルものと同じになります。
◇
「マックイーン、皆でなに盛り上がってるの?」
夕食を終えてから湯舟にゆっくり浸かり、浴場を出ると談話室から笑い声が聞こえた。惹かれるように扉を開けると、トレセン学園に在籍するメジロ家がそろい踏みして何やら盛り上がっていた。
「あら、ドーベル。何処にいましたの?探しましたわよ」
「?」
「今、皆で花火大会の話をしていましたの」
「花火大会?」
「そうです!ささ、ドーベルこちらへ。皆さん、ドーベルが来ましたわよ!」
「え?ちょっと」
メジロマックイーンはメジロドーベルの手を取り半ば強引に連れていく。メジロパーマーが「待ってました!」と声をあげ、他の面々も歓声を以て迎え入れた。メジロドーベルはあっという間に団欒の中心に据えられた。
「ドーベルお姉さま~、さ、お紅茶をどうぞ~」
「お菓子もありますよ」
「あ、ありがとう」
メジロブライトとメジロアルダンがカップと小皿を差し出してくる。皆の異様な視線を受けつつも、紅茶の良い香りに取り敢えず紅茶に口を付ける。ダージリンをベースにベルガモットの香りがふくよかに漂う、アールグレイインペリアルとマルコポーロの組み合わせだ。
「それで、一体何なの?」
「ふふ~ん、ドーベルはさ、花火大会って行ったことある?あ、昔お屋敷でやったのじゃなくてね?」
メジロパーマーがずいっと顔を近づけてくる。
「な、ないけど。それがどうかしたの?」
「じゃあさじゃあさ、今年は初めての花火大会、行ってみない?」
すぐさまメジロライアンが割って入ってくる。
「ええ?いいけど、メジロ家皆でってこと?」
メジロドーベルを除いた五人のメジロ家ウマ娘が顔を合わせる。
「「「「「 まっさか~ 」」」」」
お嬢様ご冗談を、と言わんばかりの笑いが起きる。
「え?どういうこと?」
「ドーベルはさぁ~、確かトレーナーと良い感じだったよねっ?」
「!べ、別にそんなんじゃ……!」
「ドーベル、嘘をついたって無駄ですのよ」
メジロパーマーが肩に手を回してくる。メジロマックイーンも極上のスイーツを前にしたかのような笑みを浮かべている。
「ドーベルお姉さま~、証拠は挙がっているんですのよ~」
メジロブライトは懐から数枚の写真を出して見せた。それはメジロドーベルと彼女のトレーナーが休日にお出かけしているときのものである。
「ちょっと!それ盗撮じゃない!!」
「あら?ポケットにこんなものが……?」
メジロアルダンが更に数枚の写真を取り出す。
「アルダンさんまでっ!?」
「私たち、最近カメラが趣味ですのよ~。偶然ドーベルお姉さまをお見掛けしてとても素敵な笑顔でしたので、思わず取ってしまいました~」
「ね~」とメジロアルダンと顔を見わせる。
「ドーベル、これは先日あなたのトレーナーと話したときの録音なのですが……」
「もうやめて!!……分かったから……恥ずかしすぎて死にたい……」
メジロマックイーンがレコーダーを取り出したところでメジロドーベルはすかさず腕を抑えるが、もうどうにもならないようだった。あまりの恥ずかしさに顔を両手で覆うが顔の赤さを隠しきれない。
「それで……ドーベルは今年トレーナーさんと夏祭りに行くの?」
メジロライアンが優しい声で語り掛けてくる。飴と鞭さながらだ。
「行きたい……けど誘ってない……」
その言葉を聞いた瞬間、大盛り上がりである。キタサン祭りならぬメジロ祭りだ。
「じゃあさ、ドーベル。あたしたちにその手伝いをさせてくれない?」
「え……?手伝い?」
「はい。私たち皆、ドーベルには幸せになって欲しいのです」
メジロアルダンの言葉に顔を上げて辺りを見回すと、安心すら覚える優しい笑顔たちが目に入ってくる。
「どう誘えばあのトレーナーさんを口説き落せるか、メジロ家の叡智を以てサポートいたしますわ!」
メジロマックイーンが高らかに宣言した。
◇
「お疲れ、ドーベル」
「お、お疲れ様。トレーナー」
決戦の日。メジロドーベルは震える身体を何とか抑え、放課後のトレーナー室の扉を叩いた。早まる鼓動を必死に抑えながら平静を装う。今日は練習はなく軽いミーティングのみだ。メジロドーベルにとってはこれ以上ない好機である。トレーナーはキーボードを叩いていた手を止め、立ち上がってこちらに向かってくる。メジロドーベルは先に古ぼけたソファに腰掛けた。
「そういえばこの前おすすめしてくれたアロマ、凄く良い感じだったよ。寝付きも寝起きもスッキリだ」
「そ、そう。それなら良かった。ま、また何かあったらおススメ教えるから、声かけてよね」
トレーナーは小さな机を挟んだ向かいのソファに腰掛ける。
「ありがとう」
「!」
トレーナーの真っ直ぐな瞳に見つめられ、思わず目を逸らしてしまう。ことトレーナー相手ならば生来の癖は出ないようになってきていたが、それとはまた別の症状が現れていた。心臓の音がうるさい。心臓がぎゅっと絞られているかのような感覚を覚える。
「さて、今後の練習についてだが。宝塚記念も無事に終わったし……」
トレーナーの顔を見れない。話も全く入ってこない。
トレーナーから微かに香ってくる自身も愛用しているアロマの香りが鼻孔をくすぐり、全身の毛が逆立つ。
「うん……うん……練習の頻度は落としたくない……うん……それでいい……」
まるで自分のものではないような声が響く。魂が身体を抜けて、空っぽの身体がただ反射的に返事をしているようだ。自分自身を硝子一枚挟んで眺めているような気さえする。
「うん……よし!じゃあその方向で行こう。練習の密度は落としつつ、エリザベス女王杯を視野に入れて調整していこう。ミーティングはこんなところだが、何かドーベルからあるか?」
「っぁ……えっと……」
物凄い勢いで魂を引き戻され、視点が一人称に戻ってくる。突然のことで上手く対応出来ない。 トレーナーは開いていたノートパソコンを閉じ、メジロドーベルの言葉を待つように瞳を見つめている。また動悸が激しくなる。
「ぁ…………特に、ない」
「ん!そうか!じゃあ今日はこれで終わりにしよう。ゆっくり休んでおいで」
「あっ……」
トレーナーは立ち上がって自分のデスクに戻り、荷物を軽くまとめてデスクトップを閉じた。
メジロドーベルも座り続けて不自然にならないよう慌てて立ち上がり、鞄を両手に持つ。トレーナーは扉の方へ向かっていき、このまま何もしなければ今日はお開きになってしまうだろう。
このままじゃ、駄目だ。
「トレーナーっ!」
今こそ、メジロ家の叡智、メジロ家から受け継いだ伝家の宝刀を抜くとき。
「ん?どうしたドーベル」
メジロドーベルの鬼気迫る様子にトレーナーは只事ではないと察し、真正面から向き合う。
「トレーナーは……あ、あたしがどんなになっても、側にいて支えてくれる?」
「……!あぁ、いるよ」
「その……あたしと、一心同体のような、関係になる覚悟がある?メジロ家の責任を負っているあたしと」
「何言ってるんだ。当たり前だろ、俺は君と出会ったあの日も今も、そしてこれからも一心同体だ」
「あたしも……命がある限り、トレーナーの未来、を、刻む。だから、あたしにトレーナーの未来をちょうだい」
「……ドーベル。ははっ、全くいつからそんなに欲張りさんになったんだ?」
「で、でもそんなウマ娘を選んだのはトレーナーなんだからね」
「そうだな、それは間違いない。そこに後悔を抱いたことなんて一度もないよ」
メジロドーベルの心臓はもはや爆発寸前だった。メジロ家一同によって夜を徹して考案された今回の口説き文句は、自分ならば絶対に言わないような台詞ばかりで、後に思い出して死にたくなること請け合いだ。しかし、もう一押し。花火大会に誘わなければ意味がない。花火大会に誘うだけなのにこんなこと言う必要ある?と一瞬正常な思考がよぎったが、すぐにかき消された。
「だから……えっと、その……」
「うん、何?」
トレーナーはメジロドーベルを見つめ、次の言葉を待つ。
「だから、あたしと……花火大会に行ってっ!!」
「……え?花火大会?いいよ、行こうか。俺も丁度行きたいと思ってたんだ」
メジロドーベルは手を差し出したまま下げていた頭をはっと上げ、微かに緊張に震えながらもトレーナーを見つめる。当のトレーナーは一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、今は呑気な表情を浮かべている。軽く咳払いをして、改めてメジロドーベルに向き合い差し出された手を取った。
「……!うん……っ」
かくしてメジロドーベルはトレーナーを花火大会に誘うことに成功した。
トレーナー室に仕掛けられた盗聴器で盗み聞きしており、その瞬間歓喜に打ち震えていたメジロ家5人の存在を彼女らは知る由もない。
◇
「絶対、こんなの似合ってない……」
夏の厳しい暑さが抜け、風鈴の音と共に少しずつ涼しさが吹き込む晩夏の夕暮れ時。駅前は溢れる人で賑わっていた。浴衣に甚兵衛、からんころんと音を立てる下駄が目に入り、一層気分が落ち着かない。人の多さにも少し尻込みしてしまう。
メジロドーベルは翡翠の幾何学模様の浴衣を身に纏い、腕に下げた巾着を手持ち無沙汰に遊ばせる。
トレーナーと花火大会に行くとなってから、メジロ家ウマ娘達の熱の入り用はそれはもう凄まじかった。メジロマックイーンは最高級の特注浴衣をと桁が二つほど違う発注書を出しかけたし、メジロライアンは浴衣をそのまま勝負服として使えるように改良しようと言い出した。それに感銘を受けたメジロパーマーは下駄も蹄鉄付きのものにしようと訴え、メジロアルダンとメジロブライトはそれぞれ一流の職人をリストアップする始末だ。メジロドーベルは普通の浴衣でいいからと何とか食い下がり、浴衣は既製品の中でも最上級のもの、下駄も機能性に優れたものを買うとして何とか妥協させた。
そうして一息ついたと思いきや、メジロ家のおばあさまから青色の沈丁花をあしらった美しいかんざしを渡されて、現在メジロドーベルの長い髪を纏めている。なぜ青色なのだろうと考えたがすぐに合点がいった。青色の沈丁花は恐らく存在しない筈なので、おばあさまの特注品なのだろうとメジロドーベルは考える。
時計を確認すると約束した時間まではまだ20分ほどある。我ながら早く着きすぎたと思うメジロドーベルだが、行き交う人々の装いと遠くから漂う夏の香りに浸るのも悪くない、と思った。何処からか微かに聞こえるお囃子の音も妙に心地良い。
まるで夏の香りというアロマみたいだと思っていると、聴き慣れた足音が近付いてくることに気付き耳がぴょこんと反応する。トレーナーだ。
メジロドーベルはさっと立ち直り、音の方向に振り向く。
紺色をベースに薄く水色のラインが入った甚兵衛を着て、慣れない下駄に四苦八苦しているトレーナーがそこにいた。
「ふっ、何それ?メジロ家カラーのつもり?」
「え?ドーベルじゃないか!随分と早い……な……」
トレーナーはメジロドーベルの姿を見て言葉を失う。無声映画のように口をぱくぱくさせている。
「な、何……?この浴衣、やっぱり似合ってないよね……」
メジロドーベルはむすっと背を向けてしまうが、トレーナーがそれを制す。
「いや!そんなことないよ。世界で一番似合ってる。凄く綺麗。髪飾りも可愛いね」
「……誉めても何も出ないからっ。でも、ありがと……」
トレーナーはメジロドーベルの様子を見てくしゃっと笑った。
その時ピロン、とトレーナーのスマホの通知音が鳴り響く。
「ん、ちょっと一瞬ごめんな」
メジロドーベルは大丈夫、と首を縦に振る。
トレーナーはメッセージを一読した後、手早く返信をしてスマホを閉じた。
「よし!それじゃあ少し早い集合になったけど行こうか。露店も沢山出てるし見て回ろう」
「う、うん」
メジロドーベルが人混みを見つめている。
トレーナーは腕を出した。
「人多いし危ないから、俺から離れるなよ」
「……!……あ、ありがと……」
メジロドーベルは差し出された腕に顔を赤くしながら、探るように手を触れ、確かめるようにゆっくり腕を組んだ。お囃子の音が耳元で鳴っている気がした。
「じゃあ行こうか」
良い匂いするからお腹空いちゃったな、と笑いながら歩き出すトレーナーを他所に、メジロドーベルは緊張と興奮と恥ずかしさが綯交ぜになっていた。
◇
「腕を組みましたわ!腕組みましたわよ!!」
「わぁーー!ドーベルめちゃくちゃ赤くなってるよ!!」
「ちょっとマックイーン!私にも双眼鏡貸してってば!!」
「ふふふ、何だか私たちも熱に当てられてしまいますね〜」
「これはシャッターチャンスです……!」
◇
「そういえば、ドーベルは花火大会初めてなんだっけ?」
「昔メジロのお屋敷で花火をしたことはあるけど、こういうのは初めて」
「じゃあ、打ち上げ花火も?」
「ううん、お屋敷で花火したときに打ち上げ花火もやってもらったの。だから打ち上げ花火自体は見たことある」
流石メジロ家、と改めて規模の大きさを感じつつ、じゃあ露店とかは初めてかなとトレーナーは推察した。
というのも、メジロドーベルは先程から焼きそばやチョコバナナ、金魚すくいやヨーヨーすくいと言った露店を初めて見たかのように目を輝かせているからだ。決して顔には出さないけれど、目は嘘をつけない。
「なぁドーベル、金魚すくいやらないか?」
「えっ?いいけど、あたしやったことないよ」
「なら丁度いいな」
近くに見つけた金魚掬いの屋台に近づき、二人分の料金を支払ってポイと受け皿を受け取る。比較的金魚が密集している角の方にしゃがみ込んだ。
「さあ〜俺も金魚すくいをやるのは小学生以来だ」
トレーナーは甚兵衛の袖を肩まで上げてやる気満々だ。
「これ、こんな薄い紙で本当に取れるの?」
「コツがあるんだ。まあ見てろって」
トレーナーはそういう言うと、ふっと真剣な顔付きになり水槽をじっと見つめた後、流れるような動作で水面をさらい見事に金魚を一匹取って見せた。
「よっしゃあ!な?」
「すごい……トレーナー今の動き達人みたいだったよ」
メジロドーベルは目を丸くしつつ、笑顔を浮かべて小さく拍手した。
トレーナーに促されて、メジロドーベルもポイを構えて水槽を見つめる。こちらに近付いてきた一匹を見据えて、一息に水面を掬う。
しかし張り付けられた薄紙は水分を多分に含み、小さな金魚の重みに耐えられず風穴を開けてしまった。
「あちゃあ〜、残念!」
「えっ、全然取れないじゃん」
「意外と難しいだろ?」
「もう一回」
「え?」
「もう一回やる!」
メジロドーベルはすっと立ち上がり新しいポイを持って帰ってきた。
「見ててよ、トレーナー」
メジロドーベルはレースのように闘志を燃やす。
しかしやれどもやれども金魚を取ることは出来ず、打ち棄てられたポイの数が二桁を越えたところでトレーナーに窘められて泣く泣く撤退することになった。店主にさえ慰められつつ屋台を後にしたのだった。
「ほら、元気出せよ」
トレーナーは人混みから少し離れた道端に腰掛けて拗ねているメジロドーベルに、キャンディサイズの林檎飴を差し出した。
「ありがとう。ところで何?これ」
「林檎飴だよ。初めてか?」
「うん……あ、美味しい」
「良かった」
「ありがと」
トレーナーも林檎飴を一つ口に入れる。とても懐かしい味だ。
メジロドーベルは浮足立って変なことしちゃった、と先刻からしおらしくなっていたが、林檎飴を食べて笑顔が戻ってきた。
「ドーベル、もし迷惑にならないようだったらこの金魚プレゼントしようか?」
「え?でもそれはトレーナーが……」
「いいんだよ。まぁ、意外とお世話大変だから、もし難しそうだったら俺が責任持って面倒見るけど」
「じゃあ、貰う。あたしがちゃんとお世話するよ」
「そうか、じゃあコレ」
「ありがと」
メジロドーベルは金魚の入った袋を丁寧に受け取る。
「……ていうか、折角ならトレーナー室で一緒にお世話すればいいんじゃない?」
「あぁ、それもそうか。そうするか」
メジロドーベルは少し思案する。
「ねぇ、まだ花火までは時間あるよね?」
「そうだな」
「あたし、他のお店も見てみたい」
「お、じゃあ行くか!まだまだ回る店は沢山あるぞ~」
立ち上がったメジロドーベルは、少し躊躇いがちにトレーナーの腕に抱きついた。
「……!」
トレーナーはメジロドーベルの思わぬ行動に驚き、彼女の表情を窺う。
顔は林檎飴のように真っ赤になりながらも、微かな期待に打ち震えているようにも見える。
そっと目を逸らし、見て見ぬ振りをすることにした。
「よぅし、それじゃあ花火が始まる前に腹いっぱい食べるぞ!」
メジロドーベルはぎゅっと力を込めた。
◇
空気を震わす爆発音とともに、夜空に大きな錦冠が咲いた。メジロドーベルはその音ではっと我に返った。
人々で色めく河川敷に歓声が響いている。矢継ぎ早に色とりどりの宝石のような花火が打ちあがり、人々はいつしか歓声を上げることすら忘れ夜空の絶景に見とれていた。河川敷のあちこちに軒を連ねる露店も、夜空を彩る電飾のようだ。
光に照らされた林檎飴は蛍のように眩い。
その昔メジロ家のお屋敷で見た打ち上げ花火も凄かったけれど、今見ている花火はこの世のなによりも美しいのではないかとメジロドーベルは思った。初めは少し大きい音にびっくりしていたけれど、トレーナーが手を取り側にいてくれる。メジロドーベルが大きな音に反応する度、トレーナーは優しく力を込めてくれた。
止めどなく打ち上がる花火。この世界にもし永遠というものがあって形を伴うなら、これがいいとメジロドーベルは強く願う。花火が永遠なら良かったのに、と。
花火の随に、走馬灯のように過去の映像が浮かび上がると同時に、メジロドーベルは過去の轍を顧みる。思い返してみると今日までの旅路は本当に美しいものだった。
ずっとこんな綺麗な景色を見ていたいと、そう思った。
同時にもう少しで夏が終わると、ふっと切なくなる。
メジロドーベルは夢中で花火を見ているトレーナーの顔を、そっと盗み見た。
決してその横顔を忘れないように。
◇
二人は駅を目指し、街灯の灯を縫うように歩いていく。
駅へ向かう大勢の人に紛れながら河川敷を下り、駅へと続く路地に入る。鈴虫の鳴き声と下駄がからんころんと夜道に鳴り響いている。何処からともなく蚊取り線香の香りがした。
「綺麗だったね、花火」
巾着袋を揺らしながらメジロドーベルは言う。
「本当にすごかったな。特にナイアガラなんか最高だったよ」
「花火ってあんな風に出来るなんて知らなかった、どうやってるんだろ」
「ドーベルがもっと有名になればメジロドーベル花火なんてのも出来るかもな」
「ちょっと、なにそれ……」
トレーナーは肩をすくめて笑った。
薄暗い夜道の隅には煌々と輝くコンビニが見える。レジにいる店員は花火の帰りに押し寄せる客足にせっせと忙しそうだ。
少し賑やかな夜の帰路は、花火大会が終わってもなおお祭り気分にさせてくれる。
子どもたちがきゃっきゃと下駄で走り回っているのをメジロドーベルは何となく見ていた。子どもたちは下駄だろうとお構いなしに逞しく走り回っている。
「そういえばさ。あんなに良い場所、どうやって確保したの?先に場所取りしている人も沢山いたのに、後から来たあたし達があんなにすんなり座れるもの?」
「え?あ~、あぁそう!実は河川敷の座席は予約制の指定席なんだ!」
「……河川敷の原っぱが?」
「あ、あぁそうだよ?これだからお嬢様は…。はは…はははっ……」
メジロドーベルはむすっと頬を膨らませる。
冷や汗を流すトレーナーの脳裏にメジロ家の黒服さんたちの姿が思い浮かんだことなど知る由もない。まさかメジロ家直々にお声がかかるとはトレーナーも思っていなかったが、それだけメジロドーベルが大切にされているんだと分かり嬉しくなった。しかしこのことを言ったらメジロドーベルは気にしそうなので黙っておくことにした。
「少し、疲れたね。下駄も浴衣も慣れてないし」
メジロドーベルがポツリと呟く。
民家の風鈴が風に吹かれてその音色を響かせる。
「そうだな。少しだけ」
二人は車の通らない赤信号の前で立ち止まった。
遠くから遠雷のように花火の音が聴こえる。別の花火大会だろうか。祭り太鼓のようなそれは、空気を揺らし鼓膜を震わせる。二人の距離を埋めるように花火は鳴り続けている。
「花火がずーっと続いてくれたらいいんだけどな」
メジロドーベルが少し寂しそうに、哀しそうに呟く。
トレーナーはそんなメジロドーベルを見て物思いに耽った後、地面に片膝を付いた。
「トレーナー?何してるの?」
「おんぶだ、ドーベル」
「いやっ……えっ、どういうこと?」
赤信号の前でそんなことをするものだから、周囲にいた人たちが好奇心の目を向けている。更にそれがメジロドーベルとそのトレーナーだと気付くと黄色い声色に変わり始めた。
「疲れたって言ってただろ?俺がおんぶしてやるから」
「確かに言ったけど何でそうなるのよ!」
「……ドーベル、君はまだレースを控えている。トレーナーとして君の足に負担をかけることは……」
「も、最もらしいこと言わないでっ……もう」
視線に耐えかねたのか、浮かれていたのか、はたまた青信号になったからか。メジロドーベルはぶつくさ言いつつもトレーナーの背中に身体を預けた。
周囲が静かに沸き立つのを感じる。
「よし。しっかり掴まっておけよ」
「ん」
「……いやしかし、ドーベルは本当に良い脚をしてい」
「変態!!」
メジロドーベルパンチを食らいよろめきつつも、何とか二本の足で歩き始める。
宙に浮かぶ彼女の尻尾はゆらゆらと横に揺れていた。
◇
「今夜は……お赤飯を焚かねばなりませんわね……」
「ドーベル、楽しそうで良かったよね。見てよあの尻尾」
「あははっ、あのまま二人で駆け落ちしちゃったりして」
「まぁ!それは何ともロマンチックですわね~」
「ふふっ、写真はばっちり取れたので後で沢山お話聞かせて頂きましょう」
◇
「ねぇ、トレーナー」
「何だ?」
「花火が永遠なら良かったのにね」
「ずっとは無理だけど、そうだったらいいな。そう思うよ」
「……ありがとね、今日は」
「それはこっちの台詞だよ。ありがとな」
「お礼にお礼で返さないでよ」
「確かに。すまん」
「謝るのも禁止」
「んん……あー、そうだなぁ、ドーベル」
「何?」
「来年も花火、見に行こうな」
「うんっ……!」
メジロドーベルはぎゅっと力を込めた。