非反則カウンセラーこいし   作:雷之電

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1 河城にとり

「おおお、記念すべき一人目のクライアント様ね!」

「……その対応やめたほうがいいよ」

 地霊殿の玄関先を始め、旧焦熱地獄に繋がる洞穴の入り口や間欠泉のそばなんかに立てられた「こいしちゃんがおはなしきくよ」との看板につられて一人、その辺の亡者を軽く超える濃厚な影を背負いながら河童が地霊殿の応接室までやってきた。

「まあまあ座って。こんな暑い所までよく来てくれたね」

「あんまり乾くもんだから帰りのきゅうりがなくなっちゃったよ。やっぱ水は水筒からがよかったかな」

「硬水でよければいくらでもあるわ。今日はどうしたの」

 肘をついて、手の上に額を乗せたまま黙り込む。長い間ののち、

「アイデンティティが崩れそうなんだ。いや崩れたのかもしれない」

 幻想郷の妖怪は、己の活動によって人間に影響を与えることこそが、その種自身の力の大きさを左右する。

「自信なくなっちゃったの?」

「……うん。日課として、作ってるいろんな機械の制御アルゴリズムとか筐体の設計とか考えながら散歩してて、その途中で外の情報誌を拾ったんだ。その中に『懐かしの家電特集』ってコーナーがあったんだけど……」

 こいしはなんとなくそこに書かれているものがどんなものか想像できた。あえては言わない。

「私が作ったものとか構想してたものがほとんどそのままそこに載ってて……幻想郷の中と外の関係から、嫌な推測をしちゃったんだ」

「それをお話しに来たのね」

 机に落とした視線をこいしに投げ直し続ける。

「河童のひらめきだと思っていたことは、外で忘れられる機械が幻想入りするための手段で、ひらめきでもなんでもなくて、ただ外の世界の機械についての知識が私達の頭の中に幻想入りしてきただけなんじゃないかって」

 話すにつれこいしの顔も曇っていった。

「……なるほど、それは……仲間にも話せないわけね」

「この最悪の気づきが広まったら、それこそ伝染病みたいに、あっという間に河童という種全体を弱らせる。……でもこんな大きくて嫌なものを私一人の中にしまって一生背負うなんてできやしない」

 本人の前に選択肢を並べるのは簡単だ。自己犠牲としてこの話題を墓場まで持っていかせる、すべて仲間に話させて今の荷を下ろす……

 しかしこんなことは当事者が既に何度も考えたことであり、ジレンマを解消できなかったから今ここにいるのだ。

「……単に話すだけじゃなくて、答え、あるいは思い切りが欲しいとみた」

「自分の頭一つじゃ何もできないからね。もう疲れちゃった」

 初めから問題とここへ来た目的を明確にして話を進められることは多くないだろう。

「あなたは、自分の生活のどんなところに、例えば生きがいを感じる?」

「件のひらめきのために散歩する時間から、とりあえずごちゃごちゃ手を動かして仮組みと修正を繰り返しながら回路を作って図にするところ、試作機をこき使うところまで、全部好きだったな。でも、それがオリジナルのアイデアじゃないことが確信に変わってから……」

「途端にそれが意味のないものだと思えてきた、とか」

 小さく頷いた。

「ここでいう意味とは何か、考えたことある?」

「……こういう場合、感情そのものだと思う。すべてのものはただそこにあるだけで、そこに生き物がなにか、ストーリーを見出して自分の心を動かす。心を動かしたということを『意味がある』って呼ぶ」

「つまり、日常の生産活動に心を動かされなくなったのね。絶望、興ざめ、白けた、いろんな言い方があるわ」

「単なる生き物と違って、妖怪は生まれて意味を見出されるんじゃなくて、意味から生まれるというか、意味そのものというか。それを失ったのだからきっと絶望だし、つまらないから興ざめだし、白けちゃった」

「今まで自分のオリジナルのアイデアだと思っていたものが誰かの二番煎じだったということに気づいて全ての興がさめたなら、あなたにとって生産の楽しみは、全て作品のオリジナリティに起因するということね?」

「ああ、うん。そういうことだと思う」

「ところでさっき、意味について話したよね。そこでひとつ引っかかるところがあるの。人間が河童を生むに至った考え―意味―と、あなたが考える自分自身の生きがい―意味―を比べてみて。さっきはこの二つが同一のものとして語られていたわ」

 考えながら、つらつらと言語化していく。

「人が川に引き込まれるようにして溺死する……人間を捕食するために何かが引き込んでいるに違いない……でも水死体には損傷が見られない……きっと未知の器官―尻子玉―を取って食ってる……あれっ」

「そう。河童が河童であることの条件はそれであって、便利な道具を作っては溜め込むことじゃないのよ」

「でっでも、それじゃなおさら、今まで生きがいとしてやってきたことが何だったのかわかんないよ」

「イデアって知ってる?」

 知らない。

「物事の真なる姿、それがイデア。例えば、誰がどんな道具を使っても円を円として正確には描けないけど、定義によって定められる円そのものは、永遠に不変なの」

「それが今の話とどう関わるんだい、現実に活かしきれない空想は嫌いなんだ」

「活かせるはず。で、そのイデアがある世界をイデア界と呼ぶ。何かを思い浮かべる行為は、イデア界へのアクセスと捉えられるわ。とすると、新しいアイデアやひらめきを求めて空想する行為は、イデア界を散歩することを表す」

「散歩か、じゃ私は一度に現実とそのイデア界の二か所を同時に散歩しているわけだ」

「その通り。あなたがたまたま、外の世界の人が歩んできたのと同じ道を通りかかっただけ、と考えられない?初めにその道を開拓した瞬間―オリジン―は他の人が味わっていたとしても、互いを知らずにそれぞれがその道を発見したのなら、どちらもオリジナルだと思うわ」

「微積分でのニュートンとライプニッツがいい例だね」

「そうね、ニュートンになればいい」

「自分を納得させるための理屈は揃ったよ。しばらくまたやってみようと思う」

「またいつでも来てね、もしまただめだったら、興がさめきる前に」

 

 鉱水の入ったひょうたんを受け取り帰っていった。




 誰かが何かに困っているときは、すぐに思いつくような解決策を提示するのはやめましょう。たった今困りごとを聞かされたあなたよりもずっと長い時間、真剣にそれについて考えた結果、あなたに打ち明けてきたのです。そしてよほど水平思考の上手い人でない限り、それ以上の策を思いつくことは基本的にありません。ではどうするか?
 当人が解決策を選びかねているということは、策を選ぶ上で葛藤が生まれているということです。その葛藤のパワーバランスを崩す、あるいは悩みそのものを軽くすることを考えます。こいしちゃんは「思い切り」と表現していました。
 こいしちゃんはにとりちゃんが取りうる陳腐な策として「河童という種を守るためにこの話を死ぬまで誰かに話さない」「仲間に打ち明けてすっきりする」を思いつきました。前者は「種を守れるけど自身が辛い」後者は「種を守れないけどあらゆる責任を打ち捨てることができる」というものです。
 結局こいしちゃんは、あれこれ話して、解決に動かなければいけないほどのものではないな、と思わせることに成功しました。
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