魔理沙に付き添われながら、巨大な両開きの扉を全体重をかけてパチュリーが押し開けてきた。
「……大丈夫?」
開けきった後、そこから立ち尽くして動かない。腕で背中を軽く押されてようやく歩き出した。なんだか鶏舎のような臭いがする。
「とりあえずソファに寝かせよっか、話せそうにないし。魔理沙には遊びに来てねとは言った(地霊殿参照のこと)けど……」
「あのときに地上から手伝ってもらってたのがこのぐったりさんでね、虚弱で引きこもりで、喘息持ちなくせにカビにまみれて生活してんだ。しばらくすれば落ち着くよ」
「私待つわ」
この紫色のもやしについて少し話して魔理沙は部屋を出て、扉の裏で待機することになった。そう時間も開かずもやしが目を開け、ぼそぼそと話し出す。
「家が嫌になったの」
「引きこもりとなると深刻ね」
「勝手に本棚を荒らす自称魔法使い、生意気ざかりの吸血鬼に要領を得ない使用人たち……あいつらから離れて自分の部屋に何日もこもってて」
「その口調から察するに、嫌になっただけじゃないわ。今日はよくここまで来ようと思えたね」
「今日こそはって、あの魔理沙に部屋から引きずり出されたのよ」
「部屋では何をしていたの」
「ベッドの上に寝っ転がって本を読んでたわ。眠くなったらそのまま頭を下げるだけで寝られるんだもの」
「本読んで、寝るだけ?」
「ええ。よくやるんだけど、今回はいつもと違うって、魔理沙が」
「……たぶん、本の内容が気になって他のことがままならないってわけじゃないと思うの」
「……、活動時間という暇そのものをどう潰すか意識して考えてるわけじゃないけど、しなきゃいけないことがないからなんとなく読んでいる感じはある。下手すると百年も」
「そういうときって何もかもめんどくさくなっちゃって、つい同じ行動を一日中続けちゃうのよね。これってすごく危ないことなんだけど」
頷きもせずじっと一点を見つめ聞いている。
「危ないっていうより、危ない状態を示すサインかな。食事、掃除、お風呂みたいなルーティンを維持できなくなっているときは、体か心が極端に疲れているわ。これで生活のリズムが崩れると余計に心身を弱らせてしまう。悪循環ね……知ってはいると思うけど、だからって一度崩れたら自力じゃなかなか戻せないものだし」
「食事も掃除も入浴もしてなかったわ。するだけの気力なのか体力なのか、……あるいはその両方が足りないの」
「生理的欲求を満たす気力がないか、その欲求そのものが薄れてきてるなら、廃人まであと一歩よ。残念ながら私にはそこから引き上げてやる術を持ってないけど」
続けて、
「家にいる人が嫌になったって言ったわね。それは部屋にこもった原因だけど、それにもまた原因があると思うの。あなた、部屋にこもるのに加えて、外には出ないで、滅多に人とも話さないんじゃない?」
「関わりのある人間も妖怪も少ないわね。人が何をされたときどう思うかとか、コミュニケーションについての知識をほとんど本から得ているくらいだもの」
「……一世紀経っても得られなかった素晴らしい知識をあげる。本と現実って、コミュニケーションの組み立て方が違いすぎるのよ。創作物は、結論が先にあって、そこにうまく着地するように作られるの。作者があえてそれを避けた場合を除いてね」
こいしはぼんやりと、にとりとの会話を思い出していた。あの時は外界と幻想郷について、物でなく事柄まで幻想入りするようなことはないとも考えられる、といったことを話したが、実際ははじめのにとりのように、そうは思っていない。物が幻想入りするならば、ひらめきや偶然のような形で事柄まで外の世界から入ってくるだろうと考えている。だとしたら、今しているこの会話も、外の世界で誰かが何らかの形ですでに生み出したものなのだろうか、と思った。
「人とのコミュニケーションを忘れたままでいれば、いずれコミュニティに戻れないくらいにまでなってしまう。孤立していると自分のバイアスを修正してくれる存在に触れられず、悪い方向にばかり考えが行き着いてしまって、末路として勝手に鬱病になっていることもよくあるようね。……そうなったとき、迎え入れてくれるコミュニティがなかったら、死ぬしかないのよ」
「鬱……あー、言われてみれば、読んだことのある特徴に合致するわね。……心の健康を維持するのにコミュニティへの参加が不可欠で、元気になったら参加しろってことかしら」
「だいたいそういうこと。どうしてもコミュニティに入りづらいとか、入りたくないとかであっても、少なくとも私はいつもここにいて、なんだっておしゃべりできるわ。たださっきも言ったように、今の状態をすっかり良くすることは私にはできない。そういえば地上に素晴らしい医師がいるそうね」
「……まあ。薬を売って得たお小遣いで医者にかかるのはなんかあれだけど、この後に連れてってもらおうかな。……死ぬしかないっていうのは?」
「自分の生活を支えきれなくなって部屋の隅で腐り果てるのよ」