「あら、地底にまで新聞を運んでくれるようになったのね」
「そのことです」
いつも変な冗談と一緒にその辺を節操もなく嗅ぎ回っている自称最速のブン屋がしおれている。
「もう記事書くのやめようかと思って」
やめるならやめればよい。なのにわざわざ相談に来たということは、なにか葛藤があるのだろう。
「あら、生きがいだったじゃないの。新聞」
「読んでもらえないんです。丹精込めて書き上げて配っても、少し後には道の隅で泥にまみれていたりして。窓を拭くのにちょうどいいわねなんて言ってくるのもいる。その時読んでもらうだけでなく事実の記録の積み重ねとして書き続けるんだって言い聞かせてきたんですが、やっぱり読まれないのはあまりにも寂しいです」
心血を注いで作ったものがかすりもしなかったときの悲しみは如何ともしがたい。しかしこれは、いわば真の狂人をあぶり出すための血も涙もないふるいのようなもので、これを乗り越えてこそ生業が生業たりうるのだということを、しょうもない想像を一日中書き連ねている姉を見て学んだ。人の下劣な想像を酷評しておきながら自分は自分でえげつないものを書いている。
「それは、やめたい理由ね。やめたくないとも思っているんじゃないかしら」
「もちろんです。取材して得た情報をどう書けば人の目を引くか、楽しんでもらえるか、考えて、書くのです。その瞬間が一番楽しくて、わくわくして。……でも、そうやって書いた文章は、大抵当たらない。一日の中で、誰かが記事の内容について感想を口にすることは滅多にありません。このギャップに疲れてしまいました」
「ずいぶん簡潔に答えたわね。本当はもっと感情の変化があったんじゃないかと思うけれど。たとえば、頑張って書いた記事を読まなかった〝誰か〟に腹が立ったり」
「……その通りですね。恥ずかしながらそう感じることがあって、そのたびに自分に失望します。読まないことに悪意などあろうはずもない。新聞を捨てることにも悪意などなく、ただ興味が無いのに渡されたからで、私の目の前で捨てて怒らせてやろうとか、絶対考えてないって、わかってるんです。わかってるのに、……読まなかったということを、私が勝手に悪意あっての行動だと直感で解釈してしまう」
「そうね。無関心そのものに悪意はない。でも、悪意も無関心も、同じくらい気味悪いものだと思う。同じ状況にいたら、私も腹が立ってくるでしょうね。あなたのその反応は、少なくともあなただけのものじゃないわ。そんなに落ち込まないで」
「励ましてくださっているんですよね。でも今の私の気分は、きっとこれから新聞をやめるかどうかの選択に影響しないと思います。誰も私の新聞に好意を持っていないということとは関係ありませんから」
「私は好きだわ。ずっと地底にいると、たとえ地上で戦争が起こったって気づきやしないもの。ごめんなさい、もっと早く好きって伝えればよかった。まさかこんなことになるなんて」
「……地底に届けられるなら、誰だっていいのでは」
「ええ、誰だっていい。でもだいたいの場合、アイデンティティってそんなものなのよ。んー、良い例えが思いつかないや。好きな人っている?その人のことを思い浮かべてみて」
「ふふ。います。とびっきりふわふわで、毛艶が良くて、頑固で、一途で、考えてることがすぐ顔に出るのが」
「あなたはその人の、とびっきりふわふわで、毛艶が良くて、頑固で、一途で、考えてることがすぐ顔に出るところが気に入っていて、だからその人が好きなのよね。とびっきりふわふわで、毛艶が良くて、頑固で、一途で、考えてることがすぐ顔に出れば誰でもいいんだけど、そんな人はあなたが知る限りその人だけなんでしょう?」
「とびっきりふわふわな人とか毛艶が良い人とか、確かにいますが、全てとなるとなかなか」
「そういうことよ。地底にまで持ってきてくれて、みんなが嫌うサトリ相手ですら怖気づきもせず仲良くお話してくれて、唯一無二の情報を伝えてくれる人なんてあなた以外に知らないわ。新聞を取ってお話するこれ以上の理由が他にあるかしら」
「口が上手い。そんな気がしてきましたよ」
「伊達に看板出してお話聞いてないでしょ。それと、新しい購読者の開拓よりも、まずは今読んでいる人のことを大事にね。その人達にとっちゃあ、自分たちを無視して『誰も読んでくれない』なんて泣かれるのは辛いと思わない?私は辛いわ。どれだけの人が読むかより、読んだ人がどう思うかを考えましょ。……お姉ちゃんにも言いたいなあ」
「……少し考えます。身近な人に心配かけたくなくてここまで来てみました。これで良かったと思います。良い方に迷いを断ち切れそうです」
「それはなにより。私にならいくらでも心配かけていいよ。選択は今決まっていても、実際に選択をするまではきっと少し時間がかかるわ。もしそれまでにまた迷うようなことがあったら、いつでも来てね」
自戒。書いてて死にたくなった。
そういえば臨床心理士の仕事って一件に数年かかることもあるそうです。もちろん勤務先にもよりますが。初めのアセスメントのために何度も面接を重ねるなど。参考までに、僕の入院中は週に一度、娑婆(言い方)の心療内科では月に一度臨床心理士と話をしていたので、アセスメントだけでクライアント的には途方もない期間を要するということです。この二次創作では数千字程度で書ききってしまっていますが、実際の面接を一回分だけでも文字に起こしたら、その十倍にはなることでしょう。たった一回分でです。
現実に比べれば内容もずいぶん希釈されています。この創作で書かれているような内容を実際に面接で話すとしたら、クライアントの大きな問題を構成する小さな問題の一つとして、面接中の与太話くらいに話す程度でしょう。たとえば一つ認知の歪みを抱えていて、それによって起きたたくさんのトラブルのうちの一つ、という感じ。