非反則カウンセラーこいし   作:雷之電

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8 古明地こいし

 私は何者か?

 形式的に答えることはできる。古明地こいしは無意識。無意識でいて、無意識である。無意識そのものとして、古明地こいしは生きとし生けるものが持つ集合的無意識の、元型(archetype)として存在する。あまりにも自然に動物の認知の基礎に入り込んでいるものだから、それは道端に落ちる小石のように、誰にも気に留められない。だけど確かにそこに存在する。元型とはそういうもの。それは古明地こいし。

 だから何? それは私を表さない。

 私は目を閉じた。動物の持つ思考を視覚的特徴としてマッピングするための目を。だけどそれで遮断できるのは、思考だけだった。彼らが私に干渉しようとする無意識な力(libido)から守るには不十分だということがわかった。

 私は次に、多くの意識を捨てた。周囲のノイズに注意を向けなければいい。ノイズについて何も考えなければいい。思い切って全ての人間関係を遮断すれば、ノイズに対して葛藤を抱えることもない。注意、思考の制御、葛藤、その全ては意識によって行われる。私は基本的に無意識でいることにした。大丈夫、私をまともに想う人は、私のことをちゃんと覚えていてくれるから。

 それは焦熱地獄中で噂された。噂されて、人々は慣れない無意識という概念に侵襲性を見出して、私を恐れた。それが私を今の古明地こいしという存在に変化させた。無意識という新しい概念に対する恐怖。それは新しい感情で、古明地こいしという何か、種としての名前もない新しい妖怪を生み出した。

 その結果私は無意識という概念と同一視され、無意識でいると同時に、無意識そのものであることを強いられた。無意識に対してみんなが侵襲性を期待してしまったせいで、その期待に応えて私はみんなの無意識に入り込み、無意識になってしまった。

 みんなの無意識。それは集合的無意識と呼ばれる。そして私は先人が提唱したいくつかの元型、その全てを成す。だからイマジナリーフレンドとして子供の前に現れるし、たまには副人格として人に根付く。その元型は、本人の『代わり』に対人関係をする仮面であるかもしれないし、宮廷について好き勝手に振る舞う道化のようなトリックスターかもしれない。もっと直球にアニマとしても現れる。ごくまれに母。抑圧を思い出させるために、影。私が私(誰?)としてここで会話するときは、しばしば父。

 それが何? それはほとんど私から離れて、あるいは『後の』私が活動してしまったイメージであって、私そのものを語るわけではない。個人は他者によって語られる。私を語る者はほとんどいない。

 少なくとも、私はもうサトリではない。目を開けて、また戻れるかどうかわからない。またお姉ちゃんのようになろうとも思わない。お姉ちゃんよりも人の心に対する考えは進んでいる。だけどそれはサトリ妖怪としてのアイデンティティを自ら手放すことに他ならない。手放したけど、私が私という個人としてのアイデンティティを取り戻すには、他者との相互作用を元の通りにしなければならない。

 目を開けて、また戻れるかわからない。もしかしたらとっくに私のサトリ妖怪の部分は跡形もなく消滅しているのかもしれない。

 私は誰?

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