機動戦士ガンダム U.C.0090~Fact or Fiction~ 作:折井昇人
藍色を基本カラーとした地球連邦軍の宇宙巡洋艦「サラミス改」の一隻であるレイケリー。そのブリッジから見える光景は、艦前方のモビルスーツ格納庫と、輸送艦「コロンブス級」のオアシスとの接続が果たされようとしているものだった。
ほんの少し、レイケリー艦内がゴンッと揺れると、ブリッジ要員が報告する。
「オアシス、本艦のドッキング完了」
「搬入を許可する」
レイケリーの艦長、コングロット・エディキナ中佐が許可を出す。
コングロットは艦長席の隣で立っている男を見ると、重く息を吐いた。
「しかし、よりにもよって情報局と共同でやるとはな」
「仕方ないですよ艦長。今回ばかりはガーナー小隊だけの戦力では無理です」
重苦しそうに、隣のウェルディ・ガーナー少佐は答えた。
ガーナー小隊とは、レイケリーに所属しているモビルスーツ小隊のことだ。隊長はこのウェルディ・ガーナー少佐。現在レイケリーにはガーナー小隊の三機のモビルスーツしか保有していないため、戦力も人員も少なく、やむを得ず情報局の部隊と動く、というものであった。
ふとコングロットがブリッジを見渡すと、ウェルディに問うた。
「そういえば、ルラン少尉とカイル中尉は?」
「ああ、カイル中尉はトイレで、ルラン少尉は……うん?」
「どうした少佐」
ウェルディには思い当たる節があるのか、はぁ、とため息を吐きながら天を仰いでいた。
「後で謝るとするか……艦長、先に作戦室に行きます」
そう言って、ウェルディはしんどそうにブリッジから去って行った。
その意味を、コングロットは知らないわけではない。と言うより、よく知っている。
コングロットは今後のことを考えるだけで胃が痛くなった。叫んだところでどうにかなるわけではないが、ストレス発散で叫びたくなった。
すると、コングロットを察したのか、ブリッジ要員の一人が話しかけてきた。
「艦長も苦労されますね。胃薬いります?」
「いらんわばかもん! ちゃんとチェック続けろ!」
ブリッジ要員は少しビビりつつも返事をした。
「り、了解……そんな怒鳴らくてもなぁ」
その小声での一言が余計なのだ。
「無駄口を叩くな!」
「は、はいぃ!」
「まったく……」
コングロットは、前方のオアシスを見つめながら、余計に気が重くなった。
「先が思いやられる……」
■
オアシスからやって来た一人の連邦軍の男が、腹を痛そうに抱えている。先ほど来た場所に行っては別の見覚えのある場所に移動して、また戻るということをしていた。
要するに、迷っている。この狭い艦内で。
「トイレどこだよトイレぇ。サラミスなんて久々なのに……」
そんな見知らぬ男を、ルシェート・ルラン少尉は偶々見つけた。
(見たこと無い奴だな。補給の追加要員か?)
そんなことをほけーっと考えていると、男と視線があった。男の必死な目を見て、
(ありゃトイレ探してるな?)
などと他人事のように思っていると、気付いたら男の方から近寄って来ていた。
「ちょ、ちょっと君! トイレどこ!?」
「ああ、そこの通路を右に曲がって左のところにあるよ」
と、ルシェートは指を差すと、
「あ、ありがとう! 恩に着るよ、誰かは知らないけど!」
男は嬉々とした、或いは助かったというような声を上げながら、去って行った。
「一言余計な奴だな」
だがルシェートは内心少々複雑だった。己の知っている悪癖を、またやってしまったからだ。
「ルシェート、何ボーっとしてんの?」
などと考えていると、背後から女性の声がした。アンナ・パルシェ少尉。ルシェートの同僚だ。
「ああ、いや、俺また嘘ついちまった」
「はい?」
アンナは意味が分からないという感じであったが、刹那。
「左じゃなくて右じゃないかあああああああ!!」
ルシェートはアンナを見て、少し申し訳なさそうに頷いた。
アンナはただため息を吐くだけだった。いつものことなので、今更文句を言っても仕方ない。
「……行くよ、会議に遅れちゃう」
アンナはそう言って、艦内のあちこちに設けられている移動用レバーに掴まって、作戦会議室へ向かった。ルシェートも同様にレバーに掴まって移動する。
その途中、ルシェートはボソッと言った。
「後が怖えなぁ」
「自業自得の分際で何言ってんだかねぇ」
■
「ルシェート・ルラン少尉、入ります」
「同じくアンナ・パルシェ少尉、入ります」
レイケリーの作戦会議室に入室するルシェートとアンナ。
室内には既に隊長のウェルディ、モビルスーツパイロットのエデル・カイル中尉、コングロット艦長、そして見知らぬ二人の男女がいた。階級章から男性が大尉で、女性が中尉だということが分かる。
「紹介しよう。地球連邦軍中央情報局所属の部隊『コネリー小隊』の」
「マーク・ミラー大尉だ」
「レイリー・ベクター中尉。よろしく」
「ルシェート・ルラン少尉です」
「アンナ・パルシェ少尉です」
「改めて、エデル・カイル中尉ですよっと」
「軽口を叩くなカイル中尉」
「いやいや、もうちょっとフレンドリーにいきましょうよ少佐、なんせ情報局の部隊なんですぜ?」
ウェルディはため息を吐くが、エデルのそういう軽い部分が何を言っても直らないというのは、長年行動を共にして分かっていることだった。それでも言ってしまうのは、ひとえにただの癖、なのかもしれないなとルシェートは思っていた。
ウェルディはマークに向き直ると、今度は頭を下げた。
「すまない大尉、あとでしっかり言っておく」
「そんな、頭を下げんでください。そちらは少佐、私は大尉です」
マークの言う通りで、偉いのはウェルディの方だ。マークからすれば、少佐に頭を下げられれば、大尉の身分として堪ったものではないのだろう。
程なくして、ウェルディは頭を戻した。
マークはホッと一息吐くと、今度はルシェートをジッと見た。
「……何か?」
ルシェートはそう答えるしかなかった。
「あ、いや、今来たのだから、腹を痛そうにしている男を見なかったかと思ってな」
「え?」
それには見覚えが、はっきりと、嫌というほどにある。脳裏にこびりついている。
瞬間、まさか、という嫌な予感がルシェートの体を電流の如く走った。
「いや、我がコネリー小隊の一人なのだが、何分情けない上に空気の読めん奴でな」
(あれで情報局の部隊の人間!? マジかよ!? やっべぇ……)
背中に冷や汗がダッと噴き出る感じがする。一気に背筋が冷たくなる。艦内が寒いのだろうか。いや、暖房は効いているはずなのに……。
そうして固まっていると、挨拶無く作戦会議室の扉が開いた。間違いなく、あの嘘のトイレを教えてしまった男だ。
「デール中尉、どこに行っていた。作戦会議開始時刻から二分は遅れているぞ」
「だ、だってトイレ……って、あー! お前!」
デール中尉と呼ばれた男が、ルシェートに指差す。もう駄目だ、逃げられない。覚悟するしかない。
「ディーマ、無礼なことをするな」
マークが注意する。
「こいつですよ、僕にトイレの嘘の順路教えたのって!」
その通り。嘘の吐きようもない。
マークは信じられないという顔で、ルシェートを見た。
「何? 君が?」
「……はぁ、まあ」
何とか答えたルシェートだが、気付けば制服の下は冷や汗で湿っていた。余計寒く感じる。
「はぁ、まあ、だとぉ!? 僕がどれだけやばかったと思ってるんだ、恩に着るなんて言ったけど、全っ然恩に着れないね!」
「ディーマ、ちょっと落ち着く」
「そうだぞディーマ、ベクター中尉の言う通りだ」
マークはルシェートを見たまま、ディーマを落ち着かせると、再び問うた。
「何故、そんなことを?」
「まぁ、その、何て言うか……」
言い淀んでいると、ウェルディが助け舟を出してくれた。但し、謝罪するトーンで。
「大尉、彼はどうにも嘘をつきやすいのだ」
「嘘を、つきやすい……?」
マークは、まるで意味が分からない、とでも言いたげであったが、どうやらコングロット艦長は痺れを切らしてきていたようだった。
「そろそろ作戦内容の会議に入りたいのだが、いいかね?」
■
作戦会議が始まって数十分が経過した頃。
コングロットは、作戦会議用パネルデスクのスイッチを切り、暗くしていた室内照明を明るくすると、軽く咳払いをした。
「最終確認をする。
本作戦の遂行内容は、サイド1ルーシーに潜伏している、ジオン出身で構成された反連邦集団『レッド』の制圧にある。そのために、まずガーナー小隊のモビルスーツ部隊が陽動で出撃、敵の目を引き付けている間にコネリー小隊がルーシーへ突入、情報収集の後、我々の全戦力を以ってレッドを制圧。以上だ、何か異論は?」
「俺たちは情報局の護衛だけですか」
「不満か、ルラン少尉」
コングロットは抑えようとしたが、情報局部隊コネリー小隊のマーク・ミラー大尉は逆に煽るようなことを口にした。
「我々情報局も嫌われたものだな。わざわざ危険を冒して情報を取ってくるというのに。大体そうは言うが、護衛だって大切な任務だということを、君は分かっていてかな?」
「大尉か何かは知らないですけどね、その口調、うざい上に嫌われるタイプですね、情報局にお似合いじゃないですか」
ルシェートも負けじと煽り言葉に嫌味で応戦した。
「ちょっと、ルシェート」
アンナが焦ったような小声で、ルシェートの袖の裾を引っ張った。
しかし、ルシェートの態度も、表情も変わらなかった。
だがそれを知ってか知らずかは分からないが、今度はディーマが上から目線で暴言を吐き飛ばした。
「何も知らないモビルスーツパイロットは、野生の動物みたいにモビルスーツで暴れてりゃいいんだよ」
「言ったな!」
ただのモビルスーツパイロット。野生のように。そんなことを言われては、ルシェートは少尉でディーマは中尉という立場ではあるが、そんなものなど無視して殴りたくなった。実際、動こうとしていた。
しかし、先にレイリーが無表情でディーマを殴っていた。口が切れたのか、少し血が浮かんでいる。
「一言二言多すぎる。黙ってて」
「けどベクター中尉! こいつはトイレの――」
「貴様が出発前に済ませないのも悪い、と言えるが?」
マークのシンプル且つ否定のしようのない正論に、ディーマは俯いた。
「……申し訳、ありません」
それでもディーマは、どこか不服そうであった。
マークはルシェートに振り向いた。その顔は笑顔に見えたが、目はどう見ても笑っていなかった。
「すまなかったな、ルラン少尉」
「でもあんたも注意すべき」
レイリーは至って無表情だった。普段からこういう性格なのだろう。
「……すみませんでした」
ルシェートは、ただ謝罪するしかなかった。
重い沈黙が、作戦会議室に漂う。
しばらくして、エデルが笑顔でぱんっと手を叩いた。
「ま、要は任務が成功すれば、おさらば出来るってことでしょ、隊長?」
「その通りだ」
「カイル中尉の言う通りですね」
そう言ったのはルシェートでもアンナでもなかった。マークであった。
「何?」
ウェルディは至って冷静を保とうとしているが、明らかにイラっとしているのは目に見えて分かった。
「我々情報局には、もっと多くの仕事があるってことですよ。あなた方のような一MS部隊とは違って」
「随分とまぁ失礼なこと言うじゃないですかぁ、大尉どの?」
「事実だよ、カイル中尉」
そこまで言って、コングロットが面倒くさそうに咳払いをする。
「そこまでにしておけ。作戦前に喧嘩などをしてどうするか、馬鹿者どもが」
「はっ、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません」
ウェルディは素直に謝罪する。だが、マークはと言えば、まだ己を正当化しようと言葉を続けようとしていた。
「とはいえ悪いのは――」
「くどいぞマーク・ミラー大尉! 情報局だか何だか知らんが、新参者がいきなりでかい態度を取るもんじゃない! そんなことは子供の頃から親に躾けられていて当然のことだが、貴官はそうではなかったと特別扱いを求めるのか!?」
遂にコングロットの堪忍袋の緒が切れた。
「なっ……」
あまりの人の変わりように、マークは動揺を隠せなかった。
「どうなのだ! はっきり答えないか!」
コングロットはマークに詰め寄った。その光景はまるで、完全に怒った父親と余計なことを言って退路を断たれた子供そのものであった。
マークも言い返す言葉が無いのか、ルシェートたちにまで聞こえるぐらいの歯ぎしりをすると。
「……モビルスーツの調整がありますので、失礼します」
悔しそうに作戦会議室を後にした。レイリーとディーマはコングロットに敬礼をして、マークの後を追うように作戦会議室を去った。
その去り際。
「情報局を舐めないでほしいもんだね!」
「だから一言多いの」
余計なことを言ったディーマは、レイリーに思いっきり頭を叩かれていた。痛がるディーマを無視して、レイリーは再度敬礼をし、去って行った。ディーマは慌ててレイリーの背を追いかけるように行った。
「艦長、醜態を晒してしまい、申し訳ありません」
ウェルディがコングロットに頭を下げる。
コングロットは電子タバコを取り出し、吸い始めた。息を吐くと同時に、多量の煙を口から出した。
「ガーナー少佐。貴官は先ほどの自らの行いを、醜態だと思えるのか?」
「……正直申せば、NO、と断言出来ます」
ウェルディの返答に、コングロットは納得したのか、電子タバコを消した。
「だったら自らを蔑むようなことを言うな。先の行動は、私からはそうは見えなかったぞ」
「艦長……」
「救われましたね、隊長」
エデルが嬉しそうな声を上げる。
「さぁ、私語はそこまでにして、さっさと格納庫に行ってこい。作戦開始まで、あまり時間は無いぞ」
■
ルシェートは、艦内の移動用レバーで格納庫へ行こうとしていた。その時。
「待って、ルシェート」
背後からアンナの声がした。
ルシェートはレバーから手を離し、反無重力の体の動きを慣れた体捌きで停止させた。
「何だよアンナ。機体の整備があんだけど?」
「そんなこと分かってるよ」
「じゃあ何で呼び止めた?」
「何でああいうこと、言っちゃうかなぁ」
ああいうこと、というのは間違いなくコネリー小隊に対しての嫌味だろう。
「そんなもん、俺の性格からなんだからどうしようもないだろ」
「そうじゃなくて。ちょっとは考えてからものを言った方がいいよって、私は言ってるの。分かる?」
「分かったよ。じゃあな」
アンナの言いたいことは分かる。だがルシェートにとって、今はそのことを考えているよりも、自分のモビルスーツの点検をさっさとしたかった。
ルシェートは床を蹴って、格納庫へ向かった。
一人残されたアンナは、
「もうあんたをこうやって心配してくれる人なんて、そういないのに」
アンナがそうボソッと言っているのはルシェートにも聞こえていた。アンナは控えめに見えて、意外と声が大きい。
だが、ルシェートは振り向かなかった。
■
ルシェートはレイケリーのモビルスーツ格納庫に到着するなり、
「何だこの派手なモビルスーツ。ジムの新型か? 見たこと無いぞ」
その派手なモビルスーツは、資料でも見たことのない機体であった。となれば、新型か試作機といったところだろうか。
すると、青い機体からマークの声がした。
「新型であることは違いない。が、そうとも言い切れないのが、このモビルスーツだ」
マークが青い機体のコックピットから出てきた。
ルシェートは、ウェルディたちのところへ動いた。
「隊長と中尉はこの機体知ってるんですか?」
「いや、全く知らん」
「俺だって初めて見たぜ。ぱっと見旧型だけどなぁ」
「そう、見た目が旧型な新型だ」
マークが自信満々に答える。どうやら新型であることに違いはないらしい。
「それはどういうことかな、大尉」
「まず前提として、連邦軍のRX-81という機体は知っているかね?」
ウェルディの問いに、マークは問いで返してきた。
しかし、そんな形式番号はガーナー小隊の誰も聞いたことはなかった。
「だろうな。私だって我が隊に配備されるまで知らなかったのだ」
「なんじゃそりゃ」
エデルが少し呆れたように言うが、マークは無視して続けた。
「この機体、RX-181ジーラインMk-Ⅱは、一年戦争後に特務部隊に配備されたRX-81ジーラインという、ガンダムの完全量産型機体の後継機、といったところだ」
「ジーラインなんて、聞いたことも無いですね」
ルシェートは素直に答えた。
だが、一年戦争で戦局を覆したあのガンダムタイプの完全量産型となれば、それなり以上の性能をしているのだろう。
「無理もない。あれは戦後に完成して、量産もあまりされていないからな」
「その話からすると、つまり、そのジーラインMk-ⅡはガンダムMk-Ⅱの完全量産型、ということか」
「そういうことです、ガーナー少佐。ややこしい機体ですみません」
「いや、戦力が増えるのはありがたいことだ。貴官がもう少し、言葉を選んでくれればもっと良いのだがな」
ウェルディの含みのある言い方に、マークは苦笑いで返した。
「それは難しいご注文ですね。生まれつき、こういうものですので。そちらの彼、ルラン少尉と同じ――」
カッとなったルシェートは、自分でも気付けばマークの胸倉を力いっぱい掴み上げていた。
「な、何を!?」
「生まれつき? あんたと一緒? 冗談じゃねえ! 俺の嘘を生まれつきなんて腐ったもんと一緒にすんじゃねえぞ!」
「ルシェート、落ち着け!」
ルシェートはエデルに引っ張られ、ようやくマークから手を離した。
「言った通りだ。以後、発言には気を付けていただく」
ウェルディはルシェートを怒ることなく、むしろマークに注意喚起を促すだけであった。
マークは咳き込み、喉と労わるように触りながら。どこか悔し気に答えた。
「……どうやら、そのようですね」
「それと、あんたらに俺のクズ親父は殺させねぇ」
「それは、レッドに資金提供をしているルーシーの市長、クワイル・バボデットのことになりますが、つまりクワイルが君の父親?」
マークが問う。
「そうだ。だからこそ、奴は血を継ぐこの俺の手で殺さなきゃならない」
「何故、そこまで拘りを?」
どうやらこの気持ちを、マークは理解出来ていないようだ。ならばこれ以上続ける必要はないとルシェートは判断した。
「あんたらには分からないことだよ」
「お喋りは終わりだ。そろそろ作戦開始時刻だ、各員ノーマルスーツを」
ウェルディが会話を終わらせると、全員がロッカールームへ行き、しばらくしてからノーマルスーツに着替えて格納庫の各々のモビルスーツに搭乗した。
ルシェートは、己の乗機であるジムⅢスナイパーカスタムに乗り込んだ。
ジムⅢスナイパーカスタム。ジムⅢをベースにあちこちをカスタマイズした機体である。四肢はジムⅢだが、胴体部は旧式のRGM-79SCジム・スナイパーカスタムと同一で、バックパックも同じだが右側にメインの改修型ビーム・サーベル、左側にはショルダー・キャノンが装備されている。また、頭部はジム・スナイパーⅡの物になっている。つまるところ、寄せ集め的モビルスーツである。
スーツとシートを固定した直後に、開けたハッチから整備兵が顔を覗かせた。
「ルラン少尉、前回の戦闘で疲弊した七番、九番の姿勢制御バーニアはパーツ不足で――」
「整備が完全じゃないってことだろ? 残ってる姿勢制御バーニアとAMBACでどうにかしてみる」
「うちにもっと予算が回れば、何とかなったんですが……すみません、よろしくお願いします」
報告が終わると、整備兵は安全地帯へ行った。
直後、アンナから通信が入る。
『ガーナー小隊は発進を』
その言葉を皮切りに、それぞれがコックピットのハッチを閉じた。
昇降エレベーターでカタパルトへ移動していくウェルディのリック・ディアス――クレイ・バズーカではなくガルバルディβが使用していたビーム・ライフルを装備している。
エデルのネモⅢもエレベーターで格納庫から外へ行く。
合成音声で機体がカタパルトで発進する音が聞こえる。次はルシェートの出番だ。
機体をエレベーターで移動させ、カタパルトに接続する。
『続いてルラン少尉、発進を。ルシェート、無茶しちゃ駄目だよ、今回は――』
「コネリー小隊の護衛。分かってる」
ルシェートはアンナの小言を途中で止めさせた。今は任務を遂行する。それだけだ。
カタパルトのカウントパネルが点灯し、数字がピッ、ピッ、ピッと減っていき、ゼロになった瞬間。
「ルシェート・ルラン、ジムⅢスナイパーカスタム、出ます!」
ルシェートは操縦桿を引き、ジムⅢスナイパーカスタムをカタパルトから発進させた。
■
サイド1ルーシーの第一ドックには、多数の旧式のモビルスーツが置かれていた。ほぼ全てがかつてのティターンズの機体であった。
そんな油臭い第一ドックで、元ジオン兵のブルード・ウェイス大尉は眠っていたところを、部下に静かに起こされた。普段ならこれで怒るところだが、部下がわざわざそんなことをしてほしいがためにするなどあり得ない。
ブルードは起き上がると、
「連邦が動いたか」
「如何にも。いかがなされますか?」
ブルードはノーマルスーツに着替えながら答えた。リーダーたるものが常に安全服であるノーマルスーツを着て待機するというのは、部下の士気が下がるというものだ。
「決まっている。このサイド1ルーシーは、我らレッドのおかげで生きている。連邦の魔の手を滅ぼすぞ」
「既にモビルスーツは準備が出来ています。ブルード大尉のマラサイには、先日入手致しました“アレ”を装備させていますので」
「手際の良いことだ」
ブルードはジオン製のノーマルスーツに着替え終えて、ヘルメットを着けると、床を蹴ってマラサイの方へ向かった。
「敵の数は?」
「現状三機しか確認していません。機種はリック・ディアス、ネモⅢがそれぞれ一機、あと一機は不明でした」
「まぁいい、大した相手ではないだろう」
途中、敵の数を聞きながら、ブルードはマラサイのコックピットへ体を固定させた。
「期待しています、大尉」
ブルードは「おう」と挙手の答礼をして、マラサイのハッチを閉めた。
「さて、行くか」
■
サイド1ルーシー周辺宙域を、ガーナー小隊は警戒しつつ前進していた。ルシェートのジムⅢスナイパーカスタムを先頭に、後方右にウェルディのリック・ディアス、左にエデルのネモⅢという展開状態であった。
後方からスラスターの光が見える。レイケリーのいる方角。コネリー小隊のジーラインMk-Ⅱが発進したということだ。
『各機、レーダーの範囲を最大にまで伸ばせ。コネリー小隊を見つけさせるわけにはいかない』
ウェルディの通信に、ルシェートは機体のレーダー表示範囲を最大にまで引き上げる。
と、一瞬何かが映ったように見えたが、反応はすぐに消えた。
「隊長、一瞬レーダーに何か映りませんでしたか?」
『いや、何も。エデルはどうだ?』
『気のせいじゃないってことは確かですね、自分のネモⅢには映ってました』
『ルシェート!』
「了解、ロングライフルで牽制します!」
ジムⅢスナイパーカスタムは、右腕に装備している専用の対艦ロングレンジ・ビーム・ライフルを構え、予測射撃を一発放った。ライフルの装弾数は全六発。これで残り五発。
コンピュータの合成音声で聞こえるメガ粒子の弾丸が宇宙を切り、一直線に目標へ向かう。
メガ粒子の弾丸は予測通り、移動していた大きなデブリに命中し、爆散した。
レーダーを妨害するデブリを破壊したことにより、見えないものがレーダーには映った。
「いた、敵です!」
『機種特定。マラサイが一機、残りの二機はハイザックです』
『全機、戦闘開始! 最新型ではないとはいえグリプス戦役を駆け抜けた機体だ、油断はするな! 全機散開!』
ルシェートはジムⅢスナイパーカスタムを、対艦ロングレンジ・ビーム・ライフルで狙いを付けやすい距離に移動した。狙撃戦しか出来ないわけではないが、使える武器は最大の効果を発揮する位置で使いたい。
敵機補足。RMS-108とモニターは表示している。色はかつてのジオンの主力機ザクⅡに近いが、間違いない、あれはマラサイだ。ルシェートは対艦ロングレンジ・ビーム・ライフルを発射。これで残り四発。
しかし。
「避けた? なら!」
緑のマラサイは、さもこちらの攻撃を読んでいたかのように、華麗に回避行動を取った。だったらこちらも戦法を変えるまで。
ルシェートはペダルを踏み込み、スラスターを吹かして高速機動を取りつつ、対艦ロングレンジ・ビーム・ライフルの全弾を使って、三発を牽制に、最後の一発を本命として放った。
しかし、その牽制も本命も、全て回避されてしまった。が、注意は引き付けることが出来ている。これでいい。
「それでも、一発も当たらないとはな……」
これまでの実戦で、対艦ロングレンジ・ビーム・ライフルを一発も当てられないことなど無かっただけに、ルシェートは相手が只者ではないと肌で感じ取っていた。
ほんの一瞬時間が生まれたため、ルシェートは二人がどうなっているか、全天周モニターで確認した。
ウェルディとエデルは、互角以上にハイザックと渡り合っていた。とはいえ、相手も相応の腕のようだ。最新機のアドバンテージが無いとはいえ、まだ落とされずに戦っている。このレッドというジオン残党集団、中々馬鹿には出来ないと思った。
ルシェートは右腕に装備している対艦ロングレンジ・ビーム・ライフルを放棄し、後腰にマウントしていたビーム・ライフルを装備した。百式等で採用されている物の改修型だ。
瞬間、マラサイが岩の陰からビーム・ライフルを発射してきた。
「ウッ!」
咄嗟の出来事だったが、ルシェートはギリギリで回避に成功した。
刹那、マラサイがビーム・ライフルを乱射しながら突っ込んでくる。
ルシェートは敢えて狙いを定めずビーム・ライフルで応戦した。狙いを定めなかったのは、ランダムに発射することで相手の迂闊な回避運動で被弾すればこちらが有利になるからだ。しかし、そうはいかなかった。
マラサイはジムⅢスナイパーカスタムの攻撃を全て回避し、シールド裏にマウントしていたビーム・サーベルを左腕で抜刀、更に速度を上げて切りかかってきた。
ルシェートはビーム・ライフルを後腰にマウントし、左腰部に備えていた予備のビーム・サーベルを抜刀し、応戦。二つのビーム・サーベルは干渉し合い、鍔迫り合い状態となった。
『ほう、不明機がいるとは聞いていたが、旧式の寄せ集めだったとは、これはこれは、面白いものだな』
(このマラサイのパイロットの声!?)
鍔迫り合いによって、一種の接触回線状態となったのだろう、マラサイのパイロットの声が聞こえた。
『私はブルード・ウェイス! レッドのリーダーである! 我らルーシーとレッドのためにも連邦の兵とモビルスーツよ、死んでもらう!』
「そうはならねぇよ!」
ビーム・サーベル同士の鍔迫り合いが弾かれ、互いに距離を取る。
瞬間、レイケリーのアンナから通信が入った。
『こちらアンナ。コネリー小隊は無事ルーシーに突入出来た、とのことです!』
『ひとまず成功だな』
そうホッとした安堵と共に、ウェルディたちの方角で二つの爆発が起きた。ハイザックを二機撃墜出来たようだった。
『隊長、敵機撃破! 次は?』
エデルが快調そうな声を上げる。
ルシェートの前方にいた、ブルード・ウェイスのマラサイが下がっていく。
「逃がすかぁ!」
『待てルシェート、危険だ!』
「やれます! マラサイ一機なんて、俺にだって!」
ルシェートはウェルディの制止を無視し、ペダルを踏み込んだ。スラスターで加速するジムⅢスナイパーカスタム。左腕に装備されたシールドを正面に構える。
ウェルディたちと距離が生まれたその瞬間であった。マラサイは近くの大型デブリを蹴って、反転してきた。敵ながら華麗だ、などと思っていると、ルシェートは対応がほんの僅かに遅れた。
マラサイの右腕に装備していたのはビーム・ライフルではなく、海ヘビだった。ワイヤーで高圧電流を流し込み、パイロット及び電子機器の破壊を目的とした武器である。
「しまっッ――」
もう遅い。マラサイから海ヘビが襲い掛かってくる。
ルシェートは何とかシールドで海ヘビを受け止めるも、強烈な電撃が機体全体に走り、ルシェートにも強烈な負荷がかかった。
「グゥッ!」
電流が体に流れ込み、意識を失うことこそなかったものの、ルシェートは体を動かせなくなった。一時的なものではあったが、この状況下では非常に致命的だ。
マラサイが海ヘビからビーム・ライフルに持ち替え、こちらに照準を合わせようとしている。それは、今起きていることなのに、ルシェートにはスローモーションのように見えた。
しかし、撃たれる寸前であった。後方から強力なメガ粒子砲の砲撃があった。レイケリーの二連装メガ粒子砲と、リック・ディアスとネモⅢの支援攻撃もあった。
『ルシェート、大丈夫か!?』
ウェルディに言われ、ルシェートは何とか体を起こし、手や足の動きをチェックした。
あまり動かなかった。それに電流が流れたショックで全身に痛みも感じるが、
「な、何とか……」
『俺のネモⅢで引っ張るから、急いでレイケリーに戻るぞ!』
『殿は私がやる!』
そうして、ウェルディのリック・ディアスが殿を務め、ルシェートのジムⅢスナイパーカスタムはエデルのネモⅢに掴まれ、レイケリーの方へスラスターを最大噴射した。
ウェルディのリック・ディアスは、背部に装備されているビームピストルを両手に持って乱射しつつ、少しずつ後退した。
マラサイはあっさりと後退していった。
エデルに引っ張られている間、ルシェートはまた嘘を吐いてしまったと、悔恨の念に苛まれていた。
何とか生きているのは事実だが、状況は決して良いとは言えなかった。
海ヘビの電流によって、全天周モニターの一部が破片となり、腕に傷を負ってコックピットには血が浮かんでいた。
それに、意識もそろそろ途切れそうなのもまた、事実であった。