清め給え、背負い給え、愛を。 作:Jacques Derrida
赤黒く、荒んだ景色が延々と広がる「禍野」を、複数色の狩衣姿の男たちが駆けてゆく。
「3班、2班は散開!残りは俺に着いてこい!」
「「応!」」
軽やかな動きで凹凸の激しい地面を移動しながら、彼らは遠方に構える「ケガレ」に視線を定める。回り込むように動くグループと、そのままケガレに直進するグループ。
ケガレも彼らに気付いたのか、「グォォォ」と唸り声をあげてその巨体を揺らし、彼らの方へと駆け出す。
「「二柱・禁!」」
すると、ケガレへと直進していたグループの先頭2人が胸ポケットから取り出した木製のつまようじのようなものを地面へと叩きつける。と同時に、光の柱が禍野の瘴気を晴らすように勢いよく現れた。
突進してきたケガレは、いきなり現れた「境目」に弾かれ、尻もちをつく。巨体が地面に叩きつけられたことで大地が揺れるが、男たちはそれを意に介さず、次の術を発動する。
「「「「四柱…」」」」
長方形をえがくように展開した4人の男が、やはり先程と同じように木製の棒を地面へと差し込めば、ケガレを囲うように光の柱が4本、彼らの居る位置に出現する。
「「「「
刹那、濁流と轟雷が「内側」に連続的に発生する。どこからか現れた長大な量の水がケガレの巨体をぐわんぐわんと回転させたかと思えば、激しい雷が幾度もケガレを焼き切らんと降ってくる。
しかし、ケガレの方もやられっぱなしでは無い。
再び唸り声をあげたケガレは、その剛腕で彼を囲っていた結界を砕く。あまりのパワーに衝撃波が巻き起こり、術師たちは大きく吹き飛ばされる。
ゴリラのドラミングの要領で、ケガレは自身の胸を力強く叩いて衝撃波を発生させ続ける。防ぐための結界を用意させる暇も与えない超振動攻撃に、術師が次々にノックダウンされてゆく。
「クソっ、油断したッ」
右肩を負傷した術師──藤堂が自身を戒めていると、彼に気付いたケガレがドラミングを止め、ニィーッと彼の方を見つめる。
(見つかった…これまでか)
そう、彼が諦めたその時。
「セイヤァァァァァア!」
禍野の空を切り裂いて、斬撃がケガレに降り注ぐ。受け止めさせる時間を与えず、確実に、一撃で。殺意の篭ったそれによって、男たち数十名でも苦戦したケガレは祓われた。
「大丈夫か、おっさん」
「おぉ…若様であられましたか」
ふわりと降り立った、斬撃の主の姿を見て藤堂は頭を下げる。若様と呼ばれたまだ小学六年生くらいであろう少年は、バツが悪そうに「よしてくれ」と答える。
「いやはや、助かりました。流石は
「だからよせって。ただケガレ一体祓っただけだろうが」
「我々のような大人ですら祓うのに苦労するこのクラスのケガレを祓われたのですから、もう少し驕ってもいいのですよ」
「……けっ」
ぱっくりと二等分されたケガレの死体を眺めながら、少年は毒づく。藤堂の右肩に治癒の呪を施し、彼は「じゃ帰るわ」とポケットからウォークマンを取り出した。
死の溢れる禍野を、まるで学校の帰り道のようにフラフラと帰ってゆく少年の後ろ姿を、見えなくなるまで藤堂は見守っていた。
─────和歌山県沖数十キロの場所には、「地図に載っていない諸島」が存在している。
名を、「
日本神話における海神であり、イザナギとイザナミの間に生まれた海の主宰神、転じて海そのものを指すワダツミの名を冠したこの島々には、およそ8000人の人間が暮らしている。
この諸島に暮らす人々はその多くが「柱幻師」と呼ばれる、古くは平安時代より続いてきた特殊な技能を持った存在である。もともとは熊野にて林業を営むものたちが、修験道を取り入れ発展させた妖術と体術の組み合わせこそが柱幻術であり、それを使い「ケガレ」を祓う彼らが住むからこそ、この島は「地図に載っていない島」であるのだ。
その中でも最大の人口を誇る、政治経済文化の中心地・綿津見島北部に位置する「
「…以上が報告になりまーす」
今どきの子供らしく、Bluetoothのイヤホンを”両耳に”付けた彼は、目の前の立派な執務机の向こうに座る、この島で1番偉い人間に傲岸不遜な態度を取っていた。
羽濡れ色の髪の三つ編みが可愛らしい、しかしその身に纏う「霊力」は紛れもなく捕食者のそれである彼女の名前は
それに向かい合うのは、”柱幻師始まって以来の才能”と評される若干16歳にして婆娑羅2体の討伐実績を持つ傲岸不遜の男・
「その舐め腐った態度はもう慣れたからうるさくは言わんが…報告書くらい真面目に書け」
ちゃんと書かないと任務に行かせんぞ、と彼女は少しばかり彼を脅してみる。しかし、新治はその脅しを鼻で笑った。
「はっ、別にやりたくてやってるわけじゃねぇからな。むしろそうなったら願ったり叶ったりだ。それに…」
──俺を任務から追いやるほどの余裕、ねぇだろ。
口にこそ出さなかったが、新治の視線がそう言っているように璃音は感じた。この男、任務中に音楽プレーヤーは使うわ報告書は真面目に出さないわ公務にも出席しないわと大が付く問題児ではあるものの、頭はキレる。だから、柱幻師とケガレの戦況も的確に分析しているし、それが分かっているから彼は真面目に職務をこなさないのだ。
毎日、どこかしらの部隊が壊滅するような戦況で、最大戦力である新治を駆り出さないというのは自ら敗北への道を突き進むようなものなのだ。 昔はこんな生意気なヤツが無かったのにな、と彼女は目の前の少年を見ながらふと思う。
───やはりまだ、
足元を見られていることに若干の怒りを覚えるも、そんなものをコイツ相手に抱くだけ無駄だと璃音は自分に言い聞かせる。
「…とりあえず、報告書は後で書き直して再提出しろ」
「とりあえず?何かあんのか?」
「ほんとに察しがいいな、お前は」
わずかな言い方の違いに反応した新治に感心しながら、彼女は話を続けた。
「そうだ、お前にはある極秘任務に就いてもらうことになった」
「極秘任務ゥ?」
「端的に言えば、本土に渡ってもらいたい」
「…そんなに熊野の方はやばいのか、戦況」
柱幻師は元々和歌山から中部地方までを守護していたが、とある理由から現在では和歌山と綿津見諸島の守護のみに落ち着いており、本土と言われればこの島の柱幻師は支部のある和歌山県・熊野を真っ先に思い浮かべる。
「いや、熊野の方はこの前の真蛇討伐作戦が成功してむしろ暇してるくらいだ」
「じゃあ、なんで…」
てっきり、「本土の戦況が厳しいから新治に応援に出向いて欲しい」だと思っていた彼は、若干拍子抜けと言った表情を浮かべる。
「お前に行ってもらうのは東京都西部の鳴神町という場所だ」
「東京?おい、そりゃ”協定違反”に…」
そこまで言って新治は彼に言い渡される任務が”極秘任務”であることに気付いた。
「だから、極秘任務って訳か」
「そうだ。お前には鳴神町に出向き、ある2人組の陰陽師の監視に当たってもらいたい。接触は厳禁、あくまで監視にとどめろ。いいな、任務は監視だ」
「随分と念を押すんだな…んで、そいつらの名前は?」
「焔魔堂ろくろと化野紅緒。またの名を──」
「双星の陰陽師」