魔剣鍛治師と正義の使徒   作:川さん

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名前だけオリキャラが出ます。


第十一話 秘密

 

 

 

 

 

「やっほいアスフィ」

「ひぃっ! お、お、お久しぶりですねっ、ガルフ」

「怖がりすぎじゃない?」

 

 退院から一夜明け、僕と輝夜、ついでにアリーゼは【アストレア・ファミリア】の代表としてファミリア会議に出席していた。

 二代派閥の、ロキ、フレイヤはもちろん、治安維持を司る【ガネーシャ・ファミリア】、諜報面を担当する【ヘルメス・ファミリア】を加えた五つのファミリアによる会議だ。

 【ロキ・ファミリア】の三人がまだ来ていないので、各々知人との談笑に花を咲かせている。

 久しぶりに会ったアスフィに話しかけたら、いつも通り怖がられた。彼女とは会ったときから何故か恐れられ、仮面越しに目があったら必ず逸らしてくる。

 

「僕、アスフィになんかしたっけ?」

「いえ、あなたは何もしてないのですがっ。もぉう、あのヘルメス様(馬鹿)のせいでややこしいことに……大体なんで副団長の私が会議に出席するんですか……! こんな化け物しかいない所にいたら、命がいくつあっても足りません!」

「どんまい」

「あなたも化け物の一人ですからね!?」

 

 隠せぬ疲労を顔に浮かべつつ、アスフィは死んだ目をして責めてくる。

 さすがに僕は化け物の仲間入りなんてしてない。

 本当の化け物は槌で容赦なくぶっ叩いてきたり、鍛冶の修行と称してマグマに一分間触れるという拷問をさせる存在だ。頭の片隅でセイバーが青筋を立てた気がするがあれは正真正銘の化け物だった。

 セイバーの事を貶していたら、アスフィは思い出したように頭を上げて言った。

 

「そういえば、例の件の進捗は如何ですか?」

「……あぁ、魔剣と魔道具の合作のことね」

「はい。設計を聞かせてもらった限り、それが完成すれば秩序側(われわれ)闇派閥(イヴィルス)に対し優位をとることができる」

 

 【稀代の魔道具製作者(マジックメイカー)】の称号に恥じないアスフィの魔道具を初めて見た時、その繊細さや便利さを魔剣に活用できないかと思って合作を申し出たのだ。

 初めはシブられていたけど、僕が思い浮かべる魔剣の設計を聞き終わった時には、彼女の目は【ヘルメス・ファミリア】副団長ではなく一人の研究者として輝いていた。

 そこから会うことが多くなり、今では【アストレア・ファミリア】とラウルに次いで話す存在だ。

 興味を隠しきれずにウズウズしてるアスフィに、現在の制作具合を伝える。

 

「時間を見つけて作ってはいるんだけど、いまいち形にならない。魔剣は大規模な攻撃を目的とするものだから、どうしても魔道具のような繊細さを加えられないんだ」

「ではいっそ材質を変えてみるのはどうでしょう」

「あー、魔力が流れやすい迷宮産の鉱石とかか……」

「ええ。それなら緻密な作業も、」

「――邪魔するぞ」

 

 オタクじみた二人の論議に、水を差すものが現れた。

 あのアリーゼでさえ話に入ろうとして、その内容に思い止まったというのに、楽しい談義の邪魔をする者は誰だとアスフィは眼鏡越しに睨みつけようとして、その動きを止めた。

 巌のような巨躯に、鍛え抜かれた肉体。

 背中に背負う大剣は何百体の魔物を屠ったのだろうか。

 二人の会話を遮った仏頂面の男、それは都市最強の【猛者】オッタルであった。

 

「ひぃぃぃ!! どうして【猛者】が!」

「お前に用はない、【万能者(ペルセウス)】。俺はそいつに話が会って来た」

 

 オッタルさんが視線を向けた先は僕だった。

 突然のことに固まっていたけど、その喋り方と重責な声には聞き覚えがあった。

 

「もしかして、エッダ?」

「エッダは偽名だ。オラリオ(ここ)ではオッタルと名乗っている」

「え、都市最強の人の名前と一緒じゃん。エッダすごい」

「すごいも何も、俺が都市最強のオッタルその人だからな」

「……なるほど、だからあんなに強かったんだ。神フレイヤは元気?」

「あぁ、あのお方は王国(ラキア)の時のことを深く、」

「ちょぉぉっと待ったぁぁ!!」

 

 場の衝撃を置き去りに話し始める僕たちに、アリーゼが待ったをかけた。

 再び現れた乱入者に僕は眉を顰める。

 心なしかオッタルもアリーゼを睨んでいるように見えた。

 

「一ヶ月ぶりの再会だから邪魔しないでよ、アリーゼ」

「情報量が多すぎる! 【猛者】と楽しそうに喋る人なんて初めて見たわよ!? ほら、アスフィを見て、あまりの光景に口をパクパクしてるわ!」

「おお。なんか面白い」

 

 壊れた人形のように口を開閉を繰り返している。

 美人は何をしても絵になると聞くが、これはただのアホ面にしか見えない。

 

「というか、何で【猛者】と知り合いなの? 口ぶり的にフレイヤ様とも会ったことありそうだし!」

「レベル5で魔剣鍛冶師で【猛者】と友好的な関係、ふっ、普通に頭痛が痛い」

「輝夜もおかしくなっちゃったわ!?」

 

 部屋の隅でシャクティさんと話していた輝夜は、頭を押さえながらやってきた。

 少年の謎が更に深まり、さらにオラリオで随一のきな臭さを持つ【フレイヤ・ファミリア】ともパイプがある。

 輝夜はのちにこの事を聞いて発狂するであろう同僚のパルゥムに心の中で合掌をして、自分は遠い目で現実逃避をした。

 なかなかにカオスな状況になってきた所で、ギルド長であるロイマンがが怒鳴ろうとし、

 

「……とりあえず、会議を始めようか」

 

 いつのまにか到着していたフィンさんによって事態は収束したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に一悶着こそあれ、会議は滞りなく進んでいった。

 シャクティさん率いる【ガネーシャ・ファミリア】が制圧した『悪人供の違法市(ダーク・マーケット)』。

 そして、エッダ……じゃなくてオッタルたちが見つけた超硬金属(アダマンタイト)に大穴を空けたレベル6以上の戦士。

 各ファミリアは得た情報を共有する。

 ひと段落ついた所で、フィンさんの視線が僕を射抜いた。

 

「さて、次は一昨日に【アストレア・ファミリア】が襲撃した小拠点についてだ」

「「……っ」」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アリーゼと輝夜の顔が強張った。

 彼女たちの中では一番の年下()に重傷を負わせてしまったことをまだ引きずってるようだ。

 苛ついたので、似合わない暗い顔をするアリーゼと輝夜に向かってデコピンを放つ。

 

「いったいっ!」

「……何をふざけている、馬鹿者」

「二人とも気にしすぎ。僕はもう大丈夫なんだからそんなに自分を責めないで」

  

 痛がっていた二人は未だ複雑な面持ちを保ちつつも、ため息をついて平静に戻った。

 そんな二人を横目にフィンさんに話の続きを促す。

 

「あれから【ロキ・ファミリア】の方で調査したんだが、大方ガルフの予想で間違ってなかったよ」

「……やっぱりあの工房にあった骨は近隣住民のものだったんだね」

「あぁ、行方不明になった37名と人骨の数が一致した。あそこで人の命を使った実験が行われてたのは疑いようのない事実みたいだ」

 

 吐き気を催す所業に、あれだけ騒いでいたアレンさんさえも口を閉じる。

 アリーゼはあの光景を思い出しているのか、膝の上で拳を強く握っている。

 

「君の報告によれば、あれは炊き出しの襲撃に加わっていた呪術師……【辺獄(リンボ)】と深い関連性があると聞いた。そのことについて、情報を共有したい」

「……分かった」

 

 フィンさんに促されて、キャスターのことを掻い摘んで話した。

 もちろん、聖杯戦争(前世)は言えないが、人の命を意にも介さない外道であること、人を獣に変えてしまう呪術を扱うこと、キャスターとは深い因縁があること。

 そこで、おおよそ合ってるであろう工房についても話す。

 

「工房では民間人を殺して得た魔力を乱用して、新たな戦力を補充してたんだと思う」

「『シャドウ』の事だね」

「うん。基本的なステータスは強くないんだけど、技とか武器の扱い、身体に染みつくようなものは第一級冒険者にも匹敵する」

 

 しのぎを削りあったシャドウ・サーヴァントの事を思い浮かべる。

 背丈程ある物干し竿を手足のように使う技能、多対一でも間合いを維持し終始優位を崩さなかった駆け引き。

 《閻魔焔劫・正宗》の圧倒的火力が無ければ、アリーゼもろとも殺されていただろう。

 第一級冒険者に匹敵するという僕の言葉に、会議の空気は一段と重くなった。

 そんな空気を打ち切ったのは、フィンさんでもアリーゼでもなく、シャクティさんだった。

 

「まず、礼を言おう。ガルフ、アリーゼ」

「え?」

「ハシャーナを助けてくれて、ありがとう」

 

 突然頭を下げられ、困惑する。

 ハシャーナさんは一命は取り留めたようで、今は病院で安静にしているらしい。

 少し休めば冒険者としての復帰も難しくないそうだ。

 

「あいつから今度会ったら酒を奢ってやる、との伝言だ」

「僕もアリーゼも未成年なんだけど……」

「安心しろ。酒を飲む暇など与えないほどこき使うつもりだ」

 

 シャクティさんのブラック宣言に場の空気が少し緩むが、僕は表情を変えられなかった。

 そんな状態もお見通しだと言うように、シャクティさんは喋り始める。

 

「おそらくガルフは察しているのだろうが、行方不明になっていたのはハシャーナだけではない」

「っ!」

「ハシャーナとよく行動を供にしていたクラキ・次郎も消息を絶っていた」

 

 クラキ・次郎さん、その名前には聞き覚えがあった。

 僕を保護してくれた二人のうちの一人、ハシャーナさんと同様に気を遣ってくれた東方の侍だ。

 【ガネーシャ・ファミリア】のレベル3にして、()()使()()

 シャクティさんの思惑を察したフィンさんは目を見開く。

 

「シャクティ、まさかっ!」

「そして、あの現場から押収された長刀が次郎のものと一致した」

「……」

「えーと、どういうこと?」

 

 話についていけないアリーゼが思わず質問をする。

 実際、僕とシャクティさんとフィンさん以外は何の話かも分かっていない。

 アリーゼの疑問に、シャクティさんは寂しそうに笑って、応えた。

 

「お前たちが戦った『シャドウ』、その正体はおそらく次郎だ」

「っ!」

「……えっ?」

 

 殺害された37人の住民。

 工房で行われていた人体実験。

 何より、殺されずに監禁されていたハシャーナさん。

 散りばめられた点を結ぶ唯一の線、それは――

 

「――『シャドウ』の正体は、変質させられた上級冒険者だ」

 

 確信めいたシャクティさんの言葉に、僕は俯くことしかできない。

 だから、隣のアリーゼが無表情でこちらを見つめているのに気づけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これにて会議は終了だ。三日後の掃討作戦、必ず成功させよう」

 

 キャスターの事を話したのち、【ヘルメス・ファミリア】が見つけた闇派閥(イヴィルス)の三拠点、その同時襲撃についての詳細を話し合った。

 ロキ、フレイヤが一つずつ、残る一つはアストレアとガネーシャが共同して対処する。

 もちろん、僕は【アストレア・ファミリア】と共に動く。

 初めに会議室から席を立ったのは、オッタルとアレンさんだった。

 アレンさんは僕を見て軽く舌打ちをし、オッタルとは軽く話してその場を去っていった。

 右隣から視線を感じたので目を向けると、輝夜が呆れた様子で見ている。

 

「【猛者】と仲が良いなど、オラリオを探してもお前しかおるまい」 

「オッタル、意外と面白いよ?」

「お前とは一生分かり合えないだろうな」

 

 更に呆れられた気がする。

 何とかしてオッタルの良さを伝えようと躍起になると、アリーゼも話に入ってくる。

 

「二人はこれからどうする? 私は作戦を気取られないように、いつも通りパトロールに行くつもりだけど」

「うーん、僕も必須の用事はないし、アリーゼについていこうかなぁ」

「……ならば私も供しよう。団長はともかく、ガルフは目を離すと怖いからな」

「僕も望んで傷ついてるわけじゃないからね?」

 

 弁明してもまたため息をつかれるのみだった。

 アリーゼも苦笑を隠しておらず、僕の言い分には全くもって信憑性がないようだ。

 3人でまだギスギスしている会議室を出ようとすると、フィンさんが近寄ってくる。

 

「すまない、【大和竜胆】か【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】のどちらかは少し残って欲しい。話したいことがある」

「では、わたくしが残りましょう。団長は病み上がりゆえ、ここはお任せを」

 

 明らかに外行き用の喋り方に戻した輝夜は、一昨日に激戦を繰り広げたアリーゼを案じる。

 その気遣いにアリーゼは笑みを浮かべ、よろしく!、と手を挙げて頼んだ。

 苦笑混じりに輝夜は目線だけを寄越して、フィンさんの元へと向かっていく。

 空気の読める副団長に心の中で礼を言いながら、アリーゼと共に会議室を出て行った。

 

「フィンさん、何の話だろうね」

「はっ、もしかしたらライラの好みを聞きたいんじゃないかしら!? 今夜は恋バナね!」

「わざわざギルドの会議室で話すことじゃないでしょ……」

 

 フィンさんはパルゥムの希望となるために、一生を添い続ける人は勇気のある女性のパルゥムと決めているらしい。

 現在オラリオで名の知れたパルゥムと言えば、フィンさんはもちろん、同じく第一級冒険者の【炎金の四戦士(ブリンガル)】を除けばライラだけだ。

 必然的にフィンさんのお眼鏡にかなうのはライラという構図が出来上がる。

 以前、ライラに「フィンさんの事好き?」と聞いたら頬を真っ赤にしていたので、僕も二人の仲を応援している。

 例の様子だと遅かれ早かれあの二人は交際するんじゃないかと睨んでる……十中八九、今回の話の内容とは違うと思うけど。

 

「フィンさんとライラがそういう関係になったら、意外とフィンさんが尻に敷かれそう」

「そのくらいがいいんじゃない? 【勇者(ブレイバー)】は何でも出来ちゃうから、引っ張ってくれるような奥さんが一番よ」

 

 パトロールをしつつ、あり得るかもしれない妄想を膨らませる。

 その理想はいつになるだろうか。

 一年後?

 それとも十年後?

 はたまた、暗黒期が終わったら電撃交際なんて事もあるかもしれない。

 結婚式は魔剣を使ってド派手にしたい。

 式場はお気に入りの教会でして欲しい。

 そんな空想の意見をアリーゼと交わすたびに、胸が締めつけられる。

 

「結婚式のスピーチは私がやりたいわ! 号泣不可避の感動スピーチにしてあげる!」

「爆笑不可避の間違いでしょ」

「さすがの私でも結婚式はふざけないわよ!?」

 

 あぁ、みんなに祝福される結婚式。

 誰もが満面の笑みを咲かせる未来。

 ――そこに、僕はいないだろう。

 内心を悟られないよう、仮面の下で感情を抑える。

 

「ねぇ、ガルフ」

「ん?」

「何か、私たちに隠してるでしょ」

「っ!」

 

 こちらを覗きこむアリーゼの表情は、寂しそうだった。

 言葉に詰まる僕を追いつめるように、アリーゼは口を開く。

 

「『シャドウ』の正体が次郎さんだって事も本当は気づいてたよね」

「……」

 

 《閻魔焔劫・正宗》で霊核を貫いた時、泣きたくなるような懐かしさと『シャドウ』からの一片の感謝を感じた。

 そして、ハシャーナ(相棒)のことを頼むとも伝えられた気がした。

 『シャドウ』のバトルスタイル、身長、監禁されていたハシャーナさんという要素を繋げれば、推測は容易だった。

 

「それだけじゃない。【猛者】と知り合いなところもそうだし、オラリオの城門にボロボロの姿で倒れていたのだっておかしい」

「……」

「……私たちは、そんなに信用できない?」

「違う!」

 

 【アストレア・ファミリア】ほど仁義に厚く、頼りになる人たちはどこを探してもいないだろう。

 身寄りのない僕を保護してくれた時点で、お人好ししかいない事は分かってた。

 だから、決してアリーゼたちを信用していないわけではない。

 

「信用とか、そういうことじゃなくて……」

「次郎さんの事は話して欲しかった」

「っ」

「ガルフにだけ、罪の意識を背負わせたくなんてなかった……!」

 

 一緒に死線をくぐった仲間として、共に強敵を撃破った同士として、その話だけは聞いておきたかった。

 会議室で自責の念に駆られる少年を見て、アリーゼは自分の察しの悪さを憎んだ。

 彼の表情は、退院してからずっと曇っていた。怪我の影響かと思ったが、今考えれば容易に分かる。

 彼は、倒した『シャドウ』は、自分を救ってくれた恩人ではないかと、半ば確信に至っている推論に苦しんでいたんだ。

 

「お願いだから、一人で抱えないで……」

 

 怒るつもりだったのに、少女の口から紡がれたのは嘆願であった。

 少女は激情をぶつける。

 頼ってくれず傷を増やす少年に、そして、頼られるほどの力を持たない、不甲斐ない自分に。

 そんな姿を見て、なんと声をかけられるだろうか。

 

「「………………」」

 

 さっきまでの妄想話が嘘のように、僕たちは口を閉じていた。

 アリーゼは唇を震わせながら拳を強く握り、僕は何も言うことができない。

 そんな重苦しい沈黙を破ったのは、

 

「――お姉ちゃんもお兄ちゃんも喧嘩しない!」

 

 かつて、果物ナイフをくれた少女だった。

 

「リアちゃん?」

「お姉ちゃんたちの姿が見えたから走ってきたのに、二人とも全然楽しくなさそう」

 

 クマのぬいぐるみ大事に抱きしめるリアちゃんは、咎める視線で僕たちを射抜いていた。

 どうやら、話しかけようとしてくれて、僕たちの雰囲気に気後れしてしまったようだ。

 ぷんぷんと怒ってリアちゃんは続ける。

 

「お兄ちゃん、言いたいことがあるならはっきり言うの! 口にしなきゃ伝わらないよ!」

「あ、でも、今の話はそういうのじゃなくて……」

「言い訳する人は嫌い!」

「ぐふっ」

 

 慕ってくれていた年下の子に、面と向かって嫌いと言われれば、さすがのメンタルも折れそうになった。

 予想外の精神ダメージに膝から崩れ落ちる。

 小さな少女は、今度は先ほどから口を閉ざすアリーゼに指差す。

 

「お姉ちゃんも、悲しい顔はしちゃダメ! お母さん言ってたもん、笑顔が一番ってね!」

 

 アリーゼの息を呑む音が聞こえた。

 リアちゃんの言葉をゆっくり咀嚼して、アリーゼは笑い始めた。

 強引に笑みを貼り付けるのではなく、いつものように心からの笑顔を。

 

「ふふっ、ふふふふ。そうね、リアちゃんに教えられちゃった。笑顔が一番よね!」

「えへへ。リアすごい?」

「ええ。私たちなんかより、何倍も、何十倍もすごい」

 

 大切なものに触れるように、優しい手つきでアリーゼはリアちゃんを撫でる。

 暖かい手触りにリアちゃんは嬉しそうに目を細め、僕とアリーゼの手を引く。

 

「じゃあ、仲直りのダンスしよ! あっちでエルフのお姉ちゃんたちも踊ってるし!」

「あれは……リューとアーディ?」

「ふふ、楽しそうに踊ってる。この頃、リオン思い詰めちゃってたから、あんな嬉しそうな表情久しぶり」

 

 近くではアスフィも見守っていて、頬を染めて恥ずかしくしてるリューを見て、アーディが笑う。

 その笑いが伝染して、住民たちにも笑顔が灯る。

 その光景に高潔な妖精(エルフ)は目を細め、荒くれ者の冒険者は、酒を呑んでどんちゃん騒ぎを始める。

 顔だけは整ってる男神たちは、近くの美人にダンスを申し込み、リアちゃんのような子供たちは、それを指差して笑う。

 

「さぁ、踊ろう! ほら、二人とも手を繋いで」

「……よし、こうなったらとことん踊るわ! 行きましょう、ガルフ!」

「えっ、ちょっ!」

 

 こちらの純情など露も知らずに手を引っ張られる。

 頬に熱が集まるのを感じ、仮面をつけていて良かったと心から思った。

 【アストレア・ファミリア】団長という立場もあり、経験が豊富なのか、アリーゼは器用に踊っていた。

 経験のない僕がアリーゼの足を踏みそうになっても、優雅にステップを決め、にひひと笑いかけてくる。

 苛ついたので踊るスピードを速めると、見事に僕だけすっ転んでしまい、二人に笑われた。

 こちらに気づいたアスフィが何してるんですか、と言いたげな視線を投げてくる。

 察してくれ、と視線を返したら、同情するように目を逸らされた。

 有力ファミリア団長、仮面をつけた少年、純粋な幼女という奇怪な組み合わせの舞踊は、リアちゃんのお母さんが迎えに来るまで続いた。

 

「ばいばーい、また遊ぼぉうね!」

 

 リアちゃんは最後まで楽しそうに帰って行った。

 そんな姿に頬が思わず緩む。

 すっかり元気を取り戻したアリーゼに、さっきの事を伝える。

 

「あのね、アリーゼ。僕は世界で一番みんなを信用してるし、恩義を感じてる」

「……」

「けど、秘密についてはまだ言えない。これは、僕の覚悟がまだ出来てないからなんだ」

 

 秘密があると開き直った上で、言葉を紡ぐ。

 優柔不断で、リアちゃんから怒られちゃいそうな言葉でも、それは僕の心の声だった。

 アリーゼは予想通りといった寂しい笑みを浮かべる。

 

「そっか、じゃあ……」

「――でも、絶対に、いつか伝える」

「っ」

「それが、何日先になっちゃうか分からないけど、必ず言うよ。それが、僕のケジメだと思うから」

 

 本当に、自分の情けなさが嫌になる。

 真実を吐露するのでもなく、拒絶するわけでもない、ただ時間をくれと。

 中途半端で、かっこよさの欠片もない、女々しい答え。

 そんな回答に、アリーゼは無言でこちらを向き、仮面越し僕の頬を掴んだ。

 

「じゃあ、待ってるね。ガルフが乗り越えられた、その時まで」

 

 心の底から嬉しそうに笑みを咲かせる。

 女神さえ羨む、穢れのない純粋な笑顔。

 幼い少年なら一目惚れしてしまいそうな、ノリのいい男神なら求婚してしまいそうな微笑み。

 破壊力の強すぎるそれに、思わず目を逸らす。

 

「え、なんで目を逸らすの」

「いま、だめ、どっか、行って」

「ひどいわ!」

 

 カタコトになって必死に距離をとる。

 踊り終えたリューとアーディが近寄ってくるのを見て、安堵と寂寥が胸を支配する。

 

「聞いてよリオン! ガルフが冷たいの!」

「アリーゼ、また何かしたんですか?」

「何で私がやらかした前提なの!?」

「まぁ、アリーゼだもんねぇ」

 

 仲つつまじく話す三人のなかで、アリーゼのみ直視できない。

 心臓の音が、激戦を繰り広げた後みたいだ。

 顔を真っ赤にする少年は、高鳴る鼓動の正体を、まだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、話というのは何のことでございましょう」

 

 贅沢に作られた椅子に腰掛け、輝夜は【ロキ・ファミリア】の幹部に相対していた。

 様子が微かにおかしかった二人を一緒にすることは憚られたが、この話は自分が聞かなくてはならない。その確信があった。

 警戒していることを隠そうともしない少女に、勇者は苦笑を浮かべながら口を開く。

 

「肩の力を抜いてくれ。別に敵対するわけじゃないんだ」

「ほう? ガルフをわざわざ遠ざけて、何を話したいんでしょうか」

「……話が早くて助かるよ」

 

 団長であるアリーゼか副団長である輝夜に残って欲しいと聞けば、ファミリアに関する事柄についての話かと類推するだろう。

 しかし、輝夜にはこの場からガルフを遠ざけようとしている、そのような意志しか読み取れなかった。

 アリーゼを話に参加させなかったのは、病み上がりであることに加え、精神が脆くなっている今の少女にそんな話を聞かせたくない、という思いからもきている。

 フィンは輝夜の察しの良さに舌を巻き、さっそく話を始めた。

 

「ご想像の通り、ガルフについてのことだ。彼は不可解な点が多すぎる。一昨日はリヴェリア以上の魔法を放ったと聞いたしね」

「……それで? 手懐けられないので殺処分、なんてことを言いたいのですか?」

「落ち着け【大和竜胆】。私たち【ロキ・ファミリア】も彼に感謝をしている、ただこの暗黒期という状況では、疑わざるをえないんだ」

 

 輝夜は眼前の三人に聞こえないよう軽く舌打ちをする。

 その思考は、数日前までの自分と同じもの。

 なんらおかしい考えではなく、むしろ巨大派閥の幹部として誉められるべき思考だ。

 話の主導権を完全に握られないよう、形だけの謝罪をしてから輝夜は続きを促した。

 

「都市外の情報がようやく出回ってきてね。妖精(エルフ)の森の『大聖樹』、毒血の砂漠『デダイン』での暗躍。どれも重要案件だが、一番目を引くのはこれだ」

「……っ!」

 

 フィンはある新聞の記事を輝夜に見せる。

 民衆の関心を煽るように大きな文字で書かれた見出しは、輝夜の背筋を凍らせた。

 輝夜は声が震えるのを自覚しながら、その見出しを読む。

 

王国(ラキア)大虐殺事件……!」

「あぁ。正式発表によれば、国民の20%が殺害されている」

「なっ! ふざけるな、王国(ラキア)だぞ!?」

 

 【大和竜胆】の仮面を殴り捨てて、少年の身を案じるゴジョウノ・輝夜が現れる。

 闘神アレスによって治められる王国(ラキア)は、質より量という時代遅れの戦術を未だに活用しており、戦闘力はゼロに等しい。

 しかし、兵力差で言えば簡単にオラリオを凌駕する。

 オラリオのダンジョンのように、死と隣り合わせに生きていないため、強くはなれないが死ぬこともない。

 その人口は約10万にものぼると言われている。

 単純な計算なら、虐殺された国民の数は2万人。

 

「それだけじゃない、虐殺された国民の遺体は不明のままなんだ」

「人体実験にでも使われたのか?」

 

 それは、先の会議でも出た話題。

 少年の態度からして、王国(ラキア)の一件に呪術師が関与していることは間違いないだろう。

 吐き気を催す外道さに、輝夜も嫌悪感を隠さなかった。

 その先駆けとなったのが虐殺事件ではないか、そう当たりを付けたが、パルゥムの勇者は首を横に振る。

 

「たしかに一部は使われたかもしれない。だけども2万という膨大な量を跡形も残さず使い切る、なんて所業は無理に等しい」

「……では、どのように殺されたと?」

 

 既に予想はついているであろうパルゥムに問いかける。

 完全に掌の上で転がされていることを自覚しながら、それでも情報を掻き集めようとする。

 

「炊き出しの襲撃で僕たちは初めて【辺獄(リンボ)】と接敵した。その時の状況はそちらでも共有されているかな?」

「えぇ、ガルフの暴走に、住民の魔物化。一段と胸糞の悪い事件でした」

「ならば問おう、変異させられた住民はどこに消えた?」

 

 息が止まった。

 そう錯覚するほど、呼吸ができない。

 現場を目の当たりにしたガレスは、悲しそうに目線を下げる。

 

「儂が見た限り変異した魔物は、絶命すると自動的に体が崩壊して、最後には跡形もなくなっていた」

 

 この時だけは、自分の察しの良さを嘆く。

 青二才のような思考でいられたら、どれだけ楽になれるだろうか。

 絶句する少女を置き去りに、フィンは残酷な現実を伝える。 

 

 

 

「――虐殺された2万人、その全ては魔物化させられた。それが僕たちの出した結論だ」

 

 

 

 そんな事はないと、怒鳴ってやりたい。

 そんな可能性なんておかしいと、吐き捨てたい。

 だけど、何より今までの少年の態度が、全てを物語っていた。

 

「追い討ちをかけるようで悪いが、一ヶ月前に【フレイヤ・ファミリア】も王国(ラキア)にいたと情報が入っている」

「神フレイヤの放浪癖が出たようだ。オッタルとガルフの関係を見る限り、その情報も本当だろう」

 

 それならば、神フレイヤとの関連性も頷ける。

 衝撃を受け止めきれていない少女に、フィンは緩めた口調で言う。

 

「この事はファミリア内で共有しなくても構わないが、神アストレアだけには伝えてほしい。神なりの視点も入れた方が良いだろう……君の精神状態も加味した上でね」

「っ、了解、した。情報提供に感謝する」

 

 未だ絶望が飛び交う頭の片隅で思う。

 ――アリーゼを残さなくて良かった、と。

 

 

 

 

 

 

 




クラキ・次郎
Lv.3
《基本アビリティ》
力:I90 耐久:I64 器用:G233 敏捷:F379 魔力:H107
《発展アビリティ》
耐異常:H 狩人:I
《スキル》
【明鏡止水】 戦闘時における痛覚軽減と冷静な思考。
《二つ名》
【象神の刀】
《概要》
シャクティ、アーディと共に【ガネーシャ・ファミリア】の中枢を担う。退院したハシャーナは酒を持って彼の墓に赴き、人知れず涙を流した。
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