アリーゼたちに必要とされたことで、自身のクズさを肯定してしまったガルフくん……救われねぇなぁ。
「そっか、ガルフは別行動なのね。心配しかないわ」
「大怪我をする未来しか見えん。一人で『シャドウ』と戦わせるなど、【勇者】は何を考えている」
「フィンの言うことに違いはねぇ、って言いてぇところだけど、今回は輝夜に賛成だな」
「ガルフは息を吐くように傷を増やす変態ですからね」
「……大丈夫だって。ほら、この日の為に魔剣もいっぱい作ったし、体調もすこぶる快調だし」
「「「「だまれ自傷癖」」」」
「望んで傷ついてるわけじゃないよ……!?」
上からアリーゼ、輝夜、ライラ、リューの四連続罵倒が僕を襲う。
言葉にこそしないが、他の【アストレア・ファミリア】のみんなも今回ばかりはアリーゼ達に共感の意を示している。
唯一の希望であるアストレアに目線を向けると、かの女神は気まずそうに目を逸らしてきた。
決戦前の最後の一幕。
数分後には【ガネーシャ・ファミリア】と合流して、アリーゼ達は定められた拠点に向かうことになる。
これまでとは比べ物にならない激闘が予想されるが、それでも【アストレア・ファミリア】の少女たちはいつも通りだった。
「『シャドウ』を最低でもニ騎相手取らないといけないんでしょ? やっぱり今からでも配置を変えてもらった方が……」
「『シャドウ』を仕留めるのに必要なのは圧倒的火力、技術だけならオッタルでさえ勝てないんだから仕方ないよ」
他に『シャドウ』と戦える人材をあげろと言われれば、リヴェリアさんぐらいだろう。
成り損ないとはいえ、人理に刻まれた英雄と真正面から剣を構えられる人間は今のオラリオにいない。
卑怯だが不意打ちかつ広範囲の迅速な一撃。
それを為せるのは【
当然、【ロキ・ファミリア】の幹部を別行動させるわけにはいかないので、必然的に僕にお鉢が回るってくるのだ。
まだ不服そうなアリーゼをアストレアが宥める。
「これ以上言っても仕方ないわ。みんなで無事に帰って来れることを祈りましょう」
「そんなら、帰ってきたらしたい事でも決めとくか? 後のご褒美にしようぜ」
ライラの案にみんなが嬉々として自身の望みを言っていく。
輝夜は
ライラは美味しいご飯を食べること。そこにフィンさんが居れば最高だね、と言い添えると脛を蹴られる。
リューは生真面目に要望を言わなかったが、アリーゼを見てそわそわしているので、ショッピングにでも付き合ってもらいたいのだろうか。
アリーゼはみんなで
ネーゼが鼻血を吹き、輝夜がアリーゼの頭を叩いたが、てへぺろと舌を出すだけで反省はしていない。むしろ、その仕草がさらに苛立ちを助長している。
「ガルフは? 戦いが終わったら何したい?」
「僕は……」
――きっとその時には居ないよ。
そう言えれば、どれだけ楽になれるんだろう。
言葉を飲み込んで、アリーゼの疑問に対して真剣に考える。
平時の状態でしたかったことと言えば……
「……し」
「え?」
「握り飯が食べたい」
セイバーがよく作ってくれた、暖かいおにぎり。
言動や見た目は粗野なくせに、むかつくくらい美味しかった握り飯を、もう一度だけ食べたい。
叶わないことだと分かっていても、したい事と問われて真っ先浮かんだのはそれだった。
「握り飯か。極東ではよく食べていたな、多様な種類があったが、塩が一番美味い」
「そっか、極東はお米があるのか」
「あぁ、出来立ての暖かさは何ともたまらん。それよりも、私はお前が極東育ちだったことに驚くがな」
輝夜以外はみんな首を傾げている。
オラリオに来てから米らしきものを見たことがないから、この世界には無いものだと思ったけど極東にはあるらしい。
独自の文化で輝夜と話していると、頬を膨らませてアリーゼが突入してくる。
「極東トークで盛り上がらないで、私たちにも説明しなさーい!」
「はぁ、握り飯というのは極東の特産品だ。三角状に包んだ米に好きな具材を入れて握る。あれは絶品だぞ」
「食べてみたくなってきたわ……」
ジュルリと涎を垂らすアリーゼに単純だなぁと思っていると、アストレアが手を叩いて言った。
「なら、この抗争が終われば、みんなで極東に慰安旅行に行きましょう」
「名案ですアストレア様!」
「……私はあまりおススメできないがな」
ライラいわく、極東でめんどくさい人生を歩んできた輝夜は難色を示していたが、時すでに遅し。
主神の意向であれば逆らう事はできない。
……ネーゼだけは「アストレア様の水着〜」と嘆いていたので、リューにチョップされていた。
決戦前とは思えない雰囲気に肩透かしを食らっていると、呼び鈴が鳴る。
「シャクティたちが来たみたいだな」
「よし、まだ見ぬ極東旅行のためにも、生き残るわよ!」
かけがえのない
たぶん、彼女たちは境界線なんか気にしないと思うけど、明確に僕と彼女たちじゃ違う。
――あぁ、本当に眩しいなぁ。
邪魔をしないよう端に避けている僕を、アストレアだけがじっと見つめていた。
「ふざけるなよ……っ!」
簡単な仕事だった。
胡散臭い呪術師の手下である歪な『影』を、拠点から運び出す仕事。
第一級冒険者に匹敵する力で、気に入らないオラリオをぶち壊す。
何十年もレベル2に留まり続けてれば、才能の限界に気づく。本当の英雄は、【戦姫】のように僅かな歳月で自分の苦労を飛び越えてしまう。
自覚してしまえば、あとは楽だった。
行き場のないやるせなさを、英雄と呼ばれる者にぶつける。
そして、自分を嘲笑うオラリオを破滅に導いてやろうと、そう思って
願いがようやく叶う、この
なのに、
「なんでっ」
どうして、
「なんでお前がやられるんだよぉ!?」
眼前に映る光景は、自分の年齢の半分も達していないであろう仮面の少年が、『影』を切り裂いていた。
「【
「gaaaaaaaa!!!!!」
目を奪われるくらい綺麗で、危険を伴った炎。
それを、たかが少年が放っているだと?
そこで、便宜上の上司であった【顔なし】の言葉を思い出す。
『【
いつもの気色悪い笑みとは打って変わった、苦虫を噛み潰したような表情。
あの【
心底忌々しそうに、【顔なし】は口を開く。
『あれは、人間ではありません』
じゃあモンスターとでも言うのか。
仲間の白装束も一緒になって【顔なし】を嘲笑う。
全くもって信じないこちらの様子に、彼はため息をついた。
『まぁ、会えば分かるでしょう。あれは勇者でも、はたまた英雄なんてものでもない』
奇しくも、【顔なし】が放った言葉と眼前の少年を前にして抱いた感情は同じだった。
「化け物がぁ!」
長年の冒険者人生を注ぎ込んだ、決死の一撃。
支給された火炎石を両手に持ち、魔力をふんだんに込めて少年に特攻する。
自分も死ぬだろうが、この忌々しい怪物をあの世に連れていけるなら、それは拍手喝采の『偉業』だろう。
「死にやがれぇぇぇ!!!」
両手の火炎石が爆発する瞬間、
眼前に飛び散るのは、真っ赤な液体と長年慣れ親しんだ両腕。
生暖かい血が頬についたとき、ようやく男は状況を理解できた。
――自分は、少年に両腕を斬られたのだと。
「ギャァァァァ!!!!」
「黙れ」
「がふっ!」
自覚してしまえば、後は痛みが襲ってくるだけ。
冒険者時代にも味わなかった苦痛に喘ぐなか、少年は冷たい目で鳩尾に蹴りを入れる。
肺の空気が強制的に出され、呼吸困難に陥る。
押し倒され、首に暗黒の大剣を添えられた男は、固唾を飲んで少年を凝視した。
「なんで、被害者みたいに振る舞ってるの?」
「……うるせぇ! てめぇらみたいに、俺は恵まれなかったんだよ!! 最初から全部持ってる、人生の勝ち組がよ!!」
そうだ、お前たちみたいなやつがいるから、
お前たちさえ居なければ、俺は絶望することなんてなかったんだ。
憎しみの視線を向ける男に、少年は未だに冷酷な目を止めなかった。
「だから、弱者を痛ぶり、拷問していいの?」
少年が拠点に乗りこんで目にしたのは、執拗に嬲られ、人の尊厳を汚された住民たちの死体。
恩恵がなかった故に、抵抗しても無残に散っていた尊い命。
無数の切り傷をつけ、身体を抉られている幼児たちを見た時、少年はどんな感情を抱いたのか。
それは男には分からない。
「俺は散々この世界にこけにされてきた!! なら、俺が仕返したところで何の問題もねぇだろ!」
「……」
「オラリオは弱肉強食!! 恨むんなら弱かった
男は、自分の考えを疑わない。
何も力をつけようと努力しなかった無垢の住民どもなど、自分に痛ぶられて当然だと考える。
少年は、ただ静かに目を伏せ、大剣を真上に上げる。その様子はトドメをやめたようにも見え、男はようやく生きた心地を取り戻す。
「おお、分かってくれんのか。なら、俺をここから、」
「確かに、弱肉強食は世の常だよ。弱い者は奪われる事しかできない」
少年は身をもって、残酷な事実に何度も打ちのめされた。
静かに大剣の黒焔を纏わせる。
男は気づかない、まだ自分の首は断頭台のギロチンを掠めていることを。
「おい、なにをしてっ」
「――だから、僕に殺されても文句ないよね?」
「っ、待て、やめろっ!」
少年は生き恥を晒してまで生き延びたいとは思わず、死は泰然と受け入れる。
命を奪われる覚悟を持たないこの男とは、一生相容れない。
価値観の違いでも何でもいい。
ただ、この男だけは許せなかった。
「じゃあね」
抑揚のない声で、死んだ住民を思いながら《閻魔焔劫》を振り下ろす。
「誇りなき人間」
また一人、オラリオに鮮血が散ったのであった。
「ンンンン、短期間で実力をあげましたねぇ」
拠点に式神が隠されていたことに、少年は気づかない。
「これで一騎目か」
フィンさんがくれた地図のモヤにばつ印をつける。
残るは一騎だけ。
もう一箇所も此処と同じようであれば、すぐに制圧できるだろう。
【強化】の魔術を解くことで大剣を短刀へと戻し、刀身についていた血を払う。
来た道を戻ると、序盤に斬り殺した白装束たちとボロ雑巾のように扱われた住民の死体があった。
「この世界には神が多くて、祈祷なんて意味のない事かもしれないけど、どうか安らかに」
手を合わせて彼らの輪廻を祈る。
こんなクズの祈りなんて願い下げかもしれないけど、形だけでも取り繕わせてほしい。
「僕もすぐに
だから、あの世では宜しくね。
そんな嘆きが虚空に消えた。
死臭漂う拠点を後にし、次の『シャドウ』を倒しに行く。
もう、こんな被害者を出さないためにも、何かに駆られるように僕は足を早めた。
「【
「殺せ!」
「焦がせ――《招雷靂光》」
「「「がぁぁぁ!!」」」
新たな刀型の魔剣――――《招雷靂光》を振りかざす。
大気を斬り裂く霹靂が、先ほどの男のように決死の特攻をしかける
目の前で爆散した同士たちに、白装束たちはその身を震わせた。
一箇所目とさほど変わらない二箇所目の拠点で、僕は『シャドウ』を探しながら白装束を斬っていた。
「やっぱり『火炎石』を持ってるんだね」
本来ならば《招雷靂光》は恩恵持ちが気絶するくらいの威力の電撃を持つ雷系の魔剣だ。
《炎天爛媧》、《冷華儚凛》に次ぐ三つ目の魔剣、なるべく相手を殺さずに気絶させる意図を含んで作ったのだが、今回の戦いでは全ての白装束が『火炎石』を持っている。
少しではなく、人一人を余裕で爆散できるほどの量を。
「てめぇに人の心はないのか!?」
「君たちと同じだよ。敵を殺すためには如何なる手段を問わない、君たちと同じクズだ」
「ちくしょぉぉぉ!!!」
「【
『火炎石』を捨てて特攻してくる白装束に、長剣を投影し勢いのままに胴を斬り裂いた。
捨て身の特攻ならば、魔剣など使うまでもない。それほどまでに僕と彼らの力は天と地ほどの差がついている。
恐怖で涙目になっている白装束に、選択の余地を与える。
「選べ、何も為せぬまま僕に殺されるか、それとも投降してお縄につくか」
彼らの解答は二つに一つだった。
億が一にも僕に傷を与えることもできず、文字通りのただの犬死にを選ぶほど、白装束たちの頭は腐っていなかった。
支給された『火炎石』を取り、武器も捨てて投降しようとして――
「いけませんねぇ」
――首から鮮血を飛ばした。
意識外である後ろから、仲間からの斬撃によって胴体と首が泣き別れる。
驚愕に目を見開く白装束は、下手人に是非を問いかける。
「な、何故ですか、ヴィトー様! 我々はっ、ギャァァァ!!!」
「おやめくださいっ、敵はあの仮面で、ぁぁぁぁぁ!!!」
「捨て駒にもなれないなら、せめてその鮮血で私の心を躍らせなさい」
美しい王子に出会った生娘のように、血に酔いしれる【顔なし】は次々と仲間を殺していく。
首を断たれ、心臓を貫かれ、臓器を抉られ、見るに耐えない白装束を見て、【顔なし】は悦に浸る。
頬についた血を舐めながら、何も動かなかった僕を見て疑問を投げてくる。
「意外ですね。【アストレア・ファミリア】であれば助けに入るかと思ったのですが、貴方は彼女たちと違うようだ」
「僕はあの人たちほど清くはなれないからね。同士討ちなら喜んで推奨するよ」
「……なるほど、【
口調、表情、声のトーンからキャスターに敬意を払っていることが分かる。
前世でもキャスターに魅せられた人々は沢山いた。偽りの甘言に騙されて、僕とセイバーに敵対した人たち。そして、その人々は例外なくマトモな最後を迎えられなかった。
憐憫の視線を向けていると、【顔なし】は狂ったように頭を掻きむしり始める。
「一ヶ月前のことを覚えていますかね? 私と貴方のファーストコンタクトにして、【
「お前がアストレアを襲おうとして、僕が止めた」
「ええ、その通りでございます。そして、その日から私の中で獣が燻った」
歯軋りをし、犬歯を見せて【顔なし】は僕を睨む。
一ヶ月前以来、【顔なし】と戦闘になったことはなかった。こんなに恨まれる所以はないと思うが、それほどあの一件が彼にダメージを与えたのを如実に表している。
「完璧な作戦かつ最高のタイミングでした。オラリオの柱である正義の女神を殺す、そうすれば沢山の絶望が見れると思った」
「……」
「それを、ぽっと出の小僧に奪われた気持ちが分かりますか?」
雰囲気が変わった。
殺害を快楽と見做す凶悪殺人鬼から、目の前の僕を殺すことに全てを注ぐ野生の獣へと。
《炎天爛媧》と《招雷靂光》を両手に携え、腰を低くする。
「だからこそ、貴方を殺すことを待ち望んでおりました。――使わせていただきますぞ、【
「っ、この感じ、まさか……っ!」
「さぁ、その力を貸しなさい、《シャドウ・サーヴァント》!」
目を塞ぎたくなる泥が、【顔なし】に纏わりつく。
両足、腰、胴、両腕の順に侵食していく泥は、やがて【顔なし】の顔をも埋め尽くした。
次に行われるのは再構築、人間なんて生ぬるい種族ではなく、もっと精巧で強力な『影』へと。
「上級冒険者を糧に『シャドウ』は生まれます。しかし、糧となる者が『シャドウ』を完全に制御したら?」
「……なるほどね。お前は自ら素材となる覚悟で『シャドウ』に身を置いた。その結果がそれか」
「ええ。溢れる憎悪を焚べ、その強大な力を手中に納めることに成功した」
形取られたのは、大きな槍を持った鎧の黒騎士。
言うまでもなく、ランサーのサーヴァントの力を手にしたんだろう。
【
「槍を使ったことはありませんが、行きますよ」
「《炎天爛媧》!」
かろうじて目に追える速度で、ヴィトーが接近してくる。
今までに培ってきた勘で深紅の魔剣を振るう、夥しい炎熱は地を焦がし、大気の酸素を喰らい尽くしながらヴィトーに迫る。
レベル4程度なら致命傷になりかねない炎撃にヴィトーは突っ込み――
「……くそっ!」
――晴れた煙からは無傷の影が迫ってきた。
焦がした大地にヒビを入れながら疾走するヴィトーを見て、避けきれないと悟り、体勢を捻ることで槍の突きの勢いを減衰させる……筈だった。
「え……?」
背丈を優に越す槍を流そうとした瞬間、脇腹に槍を捩じ込まれた。
漆黒の長槍が脇腹を抉り、直下の大地を赤黒く染める。
力の方向を無理やり捻じ曲げ分散させることで、勢いの流しを防いだ。
そんな技をヴィトーができるはずがない。
口からも血液が流れてくるのを感じながら、カウンターとしてガラ空きの胴体に魔剣を放つ。
「《招雷靂光》……!」
黎明の光がヴィトーの胴を襲う直前、槍を逆手に持つことで電撃を防ぎ、勢いのままに
達人という言葉だけでは片付けられない、神域の技能。
一目見ただけで分かる、人智を越えた英雄の力。
痛む身体を無理やり動かして、弾かれた電撃ともう片方の魔剣の炎撃を相殺させる。
二つの属性の一撃が組み合わさり、大きな爆発を生んだ。
再び煙が晴れた時には、光悦した表情で顔を歪めるヴィトーの姿があった。
「何ということでしょうっ! これが英霊の力、これが英雄と後世に語り継がれた者の技能!」
実際、僅か二秒にも満たない攻防にヴィトーの意思は介在していなかった。ただ身体が勝手に動いただけ。
『シャドウ』に染みついた記録が、その場の最高な攻撃を編み出す。
後は出された最適解をこなすだけだ。
気づいてみればどうだろう、
一ヶ月前、攻撃が掠りもしなかった化け物を、自分が追い詰めている!!
「悲しいものですねぇ! 英雄の力によって、正義を為そうとするあなたは駆逐される!」
「……」
「経験も技能も実力も全てにおいて優っている貴方が、幸運にも英雄の力を手に入れた私に殺される! あぁ、何と素晴らしいことでしょう!」
ヴィトーは歓喜の涙を流す。
全能の味を知り、未知に体を震わせ、理不尽な力という悦に浸る。
「是非ともご感想をお聞かせ下さい。圧倒的な力によって奪われる苦しみを!」
これでもかと口を歪めるヴィトーに、冷徹を持って相対する。
脇腹の損傷は軽微、魔力を重点的に流せばすぐに回復するだろう。
二つの魔剣も耐久力は抜群のため、《
――まだ、反撃の時じゃない。
「けっ、ダンマリですか。つまらないですねぇ」
なかなか声を上げない僕に痺れを切らしたのか、地面に唾を吐いた――否、正確には吐こうとした。
そして、瞠目する。
自身の吐いた唾が、虚空に止まっているのだ。
「これは……?」
「――透明化解除、全武器装填終了。僕の
「なっ!」
ヴィトーは自身を囲む無数の武器に目を剥く。
両手剣、刀、斧、槌、弓、矢、片手剣、槍……種類も大きさもバラバラな武器の共通点は、全て矛先がヴィトーに向いていること。
逃げ場のない全方位状態に、ヴィトーは思考を停止してしまった。
「受け切ってみてよ、偽物の英雄」
生意気な僕の声がヴィトーを現実に引き戻し、槍を構える。
だけど、もう遅い。
手を振り下げ全ての武器に号令を下す。
「くたばれ」
「クソがァぁぁぁ!!!」
数十個の武器たちが、魂を宿したかのようにヴィトーを襲う。
槍が右肩を抉り、槌が抵抗しようとした左腕を潰す。
両手剣が太腿に突き刺さり、三本の矢は両手と胸を正確に撃ち抜いた。
数にして87。一つとして同じもののない総数87の武器がヴィトーを襲う。
巻き上がった砂塵が晴れ、その場に居たのは、
「ひぃっ、どう、して」
かろうじて、人としての原型を保っているヴィトーだった。
周りには血の代わりに漆黒のモヤが墨のように暴れている。
状況を理解していないヴィトーを見て、憐憫の視線を向ける。やったことは単純だ。ただあいつが酔いしれてる間に、透明化させた武器でバレないようヴィトーを囲む。
後は数、角度、威力が整った瞬間に一斉に射出。
さすがのランサーも、素材がヴィトーでは防ぎきれない必殺の散撃。
あまりの魔術行使に眼球の毛細血管から血がダムが決壊したように流れるが、今は気合で押し込んだ。
もはや、下半身さえも留めていないのに、まだ足掻こうとするヴィトーに近づく。
「今、終わらせてあげるよ」
《炎天爛媧》を振り上げて、首元に添える。
ヴィトーの首を断つ寸前――地獄の業火でも照らせない目の奥で、何かが蠢動した。
「っ!」
直感に従ってヴィトーの側から離れる。
切り離したモヤが蟲のようにゾロゾロと蠢き、ヴィトーの身体へと戻っていく。
抉られた右肩に、潰された左腕にモヤが纏わり付き、元の姿へ変貌する。
「ふふふ、なーんちゃって」
数秒経った頃には、ヴィトーの体は完全に元通りになった。
「……どういうこと?」
「私にも分かりません。今のは終わったかと思いましたが、英霊とは不死身の象徴なのですね」
そんなことがあってたまるか、と内心舌打ちをする。
十中八九、『シャドウ』のスキルだろうが、厄介なことこの上ない。
死に至る寸前だったのが全回復、悪夢と呼ばれた方がまだ生温いだろう。
――だけど、何かしらの『代償』を支払ってる筈だ。
あれほどの回復力なら、それこそ致命的な何かを失ってなくては説明がつかない。
観察をやめない僕とは対照的に、ヴィトーは未だ歓喜に身を震わせる。
「さぁ、第二ラウンドは趣向を変えましょうか」
何が来るかと身構えていると、ヴィトーは黒槍を五時方向、僕の右後ろに投げた。
動かずとも避けられる投槍、攻撃の意図が分からず、槍の進行方向に目を向ける。
そして、瞠目した。
「きゃっ!」
「《炎天爛媧》!」
どこから入ってきたのか、激闘を繰り広げる部屋の隅には齢七ほどの幼女がいたのだ。
魔剣を振り払い、槍を弾く。
威力があまりになかったのが幸をなしたのか、槍は僕にも幼女にもダメージを与えることなくヴィトーの元へ戻った。
目尻に涙を浮かべる幼女は、僕に近寄ってくる。
「僕の後ろに、絶対に前に出ちゃダメだからね」
今のヴィトーから目を離すのは危険。
そう判断して幼女を見ることなかった。
何か来ると身構えていると、ヴィトーが愉悦の視線を僕の後ろに向けているのに気づく。
「ふふふふ……」
あの視線には、見覚えがある。
他者を見下し、最高の宝石を踏み躙るような、ゲラゲラとした生理的嫌悪。
他ならないキャスターのような視線。
頭の中に浮かんだ最悪の想定を否定して、幼女の方へ振り向く。
小さな両手に、数十個の『火炎石』を持っている。
幼女は透明の涙を流しながら、ただ一言。
「お母さんに、会わせて……!」
「っ、待って!」
瞬間、幼女の身体が爆ぜる。
目を焼き尽くすほどの閃光と熱線が僕を襲い、身体に無数の火傷を負う。
仮面が圧倒的な熱量によって溶かされ、頬と大気が二日ぶりの再会を果たす。
けれど、そんな事はどうでもよかった。
煙が晴れて、重たい足で幼女がいた場所へ向かう。
「……………………………………」
「ふははははははは!!!!」
そこには、小規模のクレーターが出来ていた。
中央には黒い大型の灰が、蹲るようにあった。
それが幼女だったものと理解したときは、ヴィトーの嘲笑い声が耳を刺激したときだった。
「『火炎石』をまだ一桁の子供に持たせる人間爆弾! あなた達のような善人にこれほど効く攻撃はないでしょう!」
白装束たちがなぜ、あんなにも『火炎石』を持っていのかが、ようやく理解できた。
全ては、人の命を殺しの『部品』にするため。
尊厳をパーツに、想いを燃料に、全てを踏み躙る、卑劣で最悪な行為。
「流石は【
頭が、血が、身体が、全身が冷え切るのを感じる。
震える唇で、言葉を紡ぐ。
「これは、ヴァレッタが考えたんだ」
「えぇ! 彼女は【アストレア・ファミリア】と戦っているはず。今頃、あの少女達も毒牙にかかってい、」
「――口を開くな」
グシュッ
雑草を無理やり引き抜いたような、鈍い音が鳴った。
ヴィトーは信じられないように、大穴を開ける自身の腹を凝視する。
しかし、魔力を込めることでまたモヤが蠢き、元の状態に戻る。
「やはり、何度やっても結果は、」
「――口を開くな、そう言ったはずだけど?」
僕は、投影した弓と矢で、ヴィトーの腹を抉る。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
「なぜ、ごふっ、弓を」
「知らなかったんだ。僕は弓矢も使えるんだよ」
まぁ、ただ、経験を借りてるだけだけどね。
エミヤさん、許して欲しい。貴方の経験をこんな形で汚すことを。
余裕が出てきたので、腹と同時に左目も抉っていく。
眼からは血がどんどん溢れるけど、不思議と気にならなかった。
「人智を超えた治癒にはそれ相応の『代償』を支払う」
「あっ、がぁっ、」
「お前は、治すごとに何を支払ってるんだろうね?」
昏くて、何かを煮詰めたような濁った眼。
あの目をした人間が【アストレア・ファミリア】などと、誰が信じられるのか。
埒があかないと判断したヴィトーは、やぶれかぶれの特攻を仕掛ける。
全身が抉られながらも、瞬時に治して距離を詰めていく。
十回以上蘇って、ようやく少年の懐についた。
「もらったぁぁぁ!!」
ボロボロになった黒槍を振り上げて、僕を叩き潰そうとする。
冷酷な眼で観察しながら、僕は真上に飛び上がった。
「え?」
「【
《招雷靂光》に魔力を廻す。
雷を招くよりも、もっと絶望を。
霹靂が光を割くよりも、もっと残酷に。
金色の光を放つ魔剣を、矢として弓に番える。
照準を固定して、魔剣の銘を口にした。
「《電霆禍来殺・正宗》」
その日、悲鳴飛び交うオラリオで、雷が轟いた。
天空を裂き、大地を唸らせる雷電が、たった一人を殺すために、顕現する。
原初の幽冥でさえ目を見張る怒りが、ヴィトーを襲ったのであった。
「なぜぇ、こんな、はずでは……」
「往生際が悪いね」
文字通り雷に打たれたヴィトーは、下半身を焼き切られていた。
端正な顔つきをぐちゃぐちゃにして、想定していなかった現状を嘆く。
ヴィトーは良くやった方だろう。
なり損ないの英雄を制御し、少年を誘き寄せるために『シャドウ』の情報もばらまいた。
ただ、この一戦のために。
しかし、相手が悪かった、否、見誤っていたのだろう。
「再生能力が底をついたみたいだね。『代償』はなにかと思ってたけど、その様子だと『五感』か」
「はっ! なぜ、何も見えない、何も感じない、何も臭いがしない、何も味がしないっ!」
「かろうじて聴覚だけは残ってる、好都合だ」
僕の言葉聞くのには片耳だけで充分なので、比較的綺麗だった左耳を切り落とした。
「ぎやぁぁ!!!」
「大事なことだからしっかり聞いてね。君はもうじき死ぬ、僕からトドメをさすことはない。喋り終わった後に右耳も切ってあげるから安心して」
「ひっ!」
「何の情報も読み取れない中、お前が今まで摘み取った命を、汚してきた尊厳を悔い改めながらながら死ね」
「待ちなさい! まだ、私には存在価値が、
必死に自分の価値をアピールするヴィトーに、思わず薄ら笑いが出てしまった。
「僕もお前も覆しようのないクズだ。そんなクズどもに価値なんてあると思う?」
「いやだ、やめて、やめてくれぇ!!」
「せめて、爆弾として扱ったあの子だけには、謝罪しながら逝ってね」
「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」
残りの右耳を切り落とす。
痛いほどの悲鳴が耳に入ってくるが、雑音として処理する。
自分のクズさを改めて自覚しながら、足を進める。
あんな人間爆弾が、あっていいはずがない。
「待っててね。ヴァレッタ・グレーデ」
精々、その首を洗っておけ。
「何も分からない、誰か、誰か私を助けなさい!」
「ンンンン、予想はしていましたが、ヴィトー殿ではダメでしたか」
「そこに誰かいるのですか? そこの貴方、私を救いなさい! 私は
「これはいけません! 『悪』が弱者に助けを求めるなど、拙僧は涙が止まりませんぞ」
「聞いているのですか! 早くしなさい!」
「これは、五感が壊れてらっしゃる。さすれば、最後までその命を使って差し上げましょう!」
「っ! 何ですか、あっ、やめろ、私の何かが、変わって……!」
「ええ、作り替えて差し上げましょう! 最後まで華々しく『悪』であるために!」