魔剣鍛治師と正義の使徒   作:川さん

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第十四話 絶望

 

 

 

 

 

「――――――アーディ!!!!!」

 

 妖精の嬌声が、暗雲漂う闇派閥(イヴィルス)の拠点に響いた。

 数分前に少年を苦しめた『人間爆弾』、それは少女の献身に満ちた行動を愚行へと変えた。

 

「ヒャハハハハハハ!! 見てるかァ、タナトスの糞野郎! てめぇがたぶらかしたガキが、【象神の詩(ヴィヤーサ)】を道連れにしたぞォ!!!」

「……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」

 

 現実を受け止めきれない妖精は、うわ言のように繰り返す。

 少女の姉は、かけがえのない妹の喪失と、ファミリアの長としての責任に板挟みにされる。

 覚悟していたはずのパルゥムと極東の姫は、目尻の涙を振り切って次なる爆発に備える。

 こんな凶行が、一人で済むと楽観視できるほど、彼女たちは都合の良い人生を歩んでいない。

 

「捕縛した奴らから離れろ! 吹き飛ぶぞ!」

「ボサッとするなっ! 青二才!」

「もう遅せぇよ!さぁ、『戦力』にもなれないゴミのお前ら、『花火』を撒き散らせ!!」

 

 ライラは勇者にも評価された頭脳で闇派閥(イヴィルス)の思惑を見抜き、輝夜は未だに現実に戻れない妖精を庇う。

 白装束の懐で光る、数多の『火炎石』

 一人、二人、三人、自決用の『火炎石』に魔力を回し、命を焼べて『花火』を咲かせる。

 その爆発は、誰にも止められない。

 正義の少女にも、憲兵の長でも、無力な妖精にも、止められるはずがない。

 入念に作られた撃鉄装置の機構。

 闇派閥(イヴィルス)の努力の結晶とも言えるであろう、『人間爆弾』を止める者は現れない。

 

 では、もしそんな者がいたとしたら?

 

 その者は、英雄とも勇者とも違う、神の筋書き(プロット)に抗う存在。

 元よりいないはずであった――『イレギュラー』しかあり得ないだろう。

 

「射抜け――――――《招雷靂光》」

 

 洞窟の中を照らす灯火のように、光が暗闇を切り裂いた。

 場の誰も反応できない、神速の弓撃。

 冷徹な声とは対照的な眩い光が、白装束の首を撃ち抜く。

『花火』がいつになっても訪れない事に痺れを切らしたヴァレッタは、下手人の顔を見た。

 

「っっっ!!!」

 

 そして、瞠目した。

 なんだ、あの眼は。

 冥府の濁りを全て凝縮したようなドロドロの眼。

 冷酷な深紅の瞳は、今まで殺してきた者の血が反映されている、そう思ってしまうほど鮮やかで恐怖を扇情した。

 こちらの心情など知らずに、少年は背負っていた弓矢の魔力を解き、消した。

 己が恐怖しているなど、認められるはずがない。

 虚栄を持って、ヴァレッタは少年に話しかける。

 躊躇いもなく白装束を殺すことで、『花火』を阻止した怪物に。

 

「おいおい、何てことしてくれんだよクソガキ。せっかくの劇場が白けちまったじゃねぇか」

「…………」

「このガキぃ! 私を無視する気、」

「そんなに吠えなくても、ちゃんと殺してあげるよ」

 

 被せるように言った少年に、悪寒が止まらない。

 声色から少年の正体を察する。

 仮面をつけていないため分からなかったが、あの怪物は【異端分子(イレギュラー)】だ。

『シャドウ』を呑み込んだヴィトーが対峙したはずなのに、

 第一級冒険者相当の力を得たヴィトーを殺すだけでは飽き足らずに、自分の命をも求めにきた殺戮者。

 

「――だから、今は黙ってろ」

 

 殺意を滲ませる少年に、ヴァレッタは押し黙るしかなかった。

 闇派閥(イヴィルス)よりも昏い雰囲気を纏う少年は、ヴァレッタを一瞥し、すぐに大切な人たち……【アストレア・ファミリア】へと戻した。

 その冷酷な姿に団員は萎縮してしまうが、アリーゼのみは違った。

 脇腹と眼球から血を流し、所々火傷を負っている少年に近寄る。

 

「が、ガルフ、その傷……大丈夫なの!? それに、『シャドウ』は……」

「怪我なら問題ないし、『シャドウ』も二騎倒したよ。それより、怪我人は?」

 

 少年の行動原理は、大切な人を守ること。

 いかに『人間爆弾』という機構を創り出した人間を殺したくても、その『想い』が少年を理性の鎖で留めていた。

 ライラに支えられていたリューが、少年に訴える。

 

「ガルフ、アーディが……、アーディがァァ!!」

 

 少年は見渡し、見つけた。

 泣くのを必死に我慢しているシャクティと、その隣で真っ黒に焦げている焼死体。

 傍にはアーディの愛用していた銀剣が転がっている。

 そして、焼死体が抱いているのは、先の拠点でも見た小さい真っ黒な()()

 全てを察した少年は、絶望に暮れるリューの手を引っ張って、亡骸(アーディ)の元へ辿り着く。

 

「今は触れることを許してね」

「あっ……」

 

 強烈な殺気をたぎらせる少年に、生き残った白装束たちは動けない。

 ヴァレッタ(リーダー)が、固まっているのだから、無理もないだろう。

 呆然と立ち尽くすシャクティの手も引き、二人の手を物言わぬ骸の心臓部分に沿わせる。

 

「ガルフ……」

「何を、する気だ……?」

「リュー、シャクティ。何も考えずに、ただアーディの事を想ってあげて」

 

 無意識に敬称を省いたところから、少年の焦り具合が疑える。

 少年は間に合わなかった自分の愚かさに歯噛みし、そして、灰色の魔剣を取り出した。

 それは、前世で大嫌いで、大好きだった自分と母の髪色と同じ。

 リューとシャクティの『想い』を糧に、魔剣は灰のように光る。

 それを見て、ヴァレッタは悟った。

 あれは、自分とは一生分かり合うことのできない代物だと。

 

「殺せ!! あの怪物を止めろ!」

 

 ヴァレッタは呆然としている白装束(部下)たちに号令を下す。

 あれはダメだ。

 あれは許容できない。

 あれだけは、実現させてはならない。

 我に帰った白装束たちが少年たちに殺到し――

 

「居合の太刀――――『双葉』」

「【炎華(アルヴェリラ)】!」

 

 ――少年の理解者たちによって遮られた。

 アリーゼが『火炎石』に引火しないよう牽制し、それに気取られた白装束を二刀の小太刀で気絶させていく。

 気色悪いほど息の整った連携にヴァレッタは冷や汗を流す。

『人間爆弾』用の信者たちでは埋める事のできない、圧倒的な経験の差がある。

 少女たちが時間を稼ぐ間に、少年は魔剣を発動させる。

 過剰使用に、眼球だけでなく、口、鼻、耳からも血が吹き出す。

 隣でリューとシャクティが目を向いたが、一切気にならない。

 今、この身は、あの献身的な少女のために――――!

 

「『想い』を貸して、次郎さん――――《■■■■■》」

 

 眩い光が、アーディの亡骸を包む。

 未完成の魔剣。

 医神と万能者の手を借りて、及第点と言えるまで形になったもの。

 まだ銘は付けない。真に完成した、その時までは。

 

「これは……!」

「アー、ディ……?」

 

 灰色に煌めく星光が、焦げた焼死体を優しく包んでいく。

 黒焦げの皮膚が、生気に満ちた血色の良い肌に。

 焼け落ちた髪が、シャクティ()よりも少し薄い、青みがかった色に。

 灰色の光が頭から爪先までを埋め尽くしたとき、そこには眼前で爆発に巻き込まれる前の、アーディ・ヴァルマがいた。

 規則的に心臓の鼓動を刻み、潤う唇は確かに呼吸をしている。

 眠たげに目を擦りながら、アーディは上半身を起こす。

 

「ぅん、ここは……」

「アーディっ!」

「わっ、痛いよ、リオン……って、何で裸なの!?」

 

 思わずといった様子でリューが抱きつく。

 戸惑いながらも友からの抱擁にアーディは嬉しそうな笑みを浮かべるが、身体が妙にスースーする事に気づいた。

 無理もない、今のアーディは何も着用していないのだから。

 豊満な肉体が惜しむ事なく晒されており、こんな状況でなければ男は鼻の下を伸ばすだろう。

 とりあえず身体を隠したいが、リューに抱きつかれているため、身動きが取れない。

 近くにいたシャクティに縋る視線を向ける。

 

「ちょ、お姉ちゃん、リオンをなんとか、」

「……」

「お姉ちゃん……?」

 

 目尻を抑えて近寄ってくる姉に、この表情は怒っているな、と悟る。

 シャクティの左手が振り上げられ、頭を叩かれると確信し、アーディは目を瞑る。

 

「……あれ?」

 

 しかし、衝撃はいつまで経っても来ない。

 恐る恐る目を開くと、プルプルと震えながら涙を流す姉の姿があった。

 いつもの毅然さとは違う、弱々しい姉の様子にオロオロしていると、頭に柔らかい感触があたった。

 

「バカめ、愚か者め、お前はっ、いつも、私に迷惑ばかりをかけて……」

「え……?」

「ありがとう。帰ってきてくれて、ありがとう……!」

 

 宝物を触るように、優しい手つきでシャクティはアーディを撫でる。

 何度も、何度も謝礼の言葉を口ずさみ、涙を流す。

 そんな不器用な姉妹の一幕を横目に、アーディに着ていた外套を手渡す。

 

「あっ、ガルフ」

「血がついちゃってるけど、しばらくは外套(これ)で我慢して」

「え、ちょ、その、、説明を……」

 

 困惑しているアーディから助けを求める視線をよこされたが、これはどうしようもないので甘んじて受け入れてほしい。

 家族との再会なんて、誰にも邪魔できるはずなんてないんだから。

 そして、僕が自重する必要も、なくなった。

 閉じ込めていた理性の鎖を、憎悪の鎌によって引き裂く。

 

「これで心置きなくお前を殺せるよ――ヴァレッタ」

「〜〜〜〜〜〜っ! なんで、その小娘は即死だったろうが! 死者蘇生なんか、死神(タナトス)でさえ出来ねぇぞ!?」

「……あともう少し遅かったら、手遅れになるところだった。アーディの今までの『想い』が、お前のしょうもない装置を上回っただけ」

「意味が分かんねぇことばっか並べやがって……!」

 

 お前のようなクズに、理解できるはずがないだろう。

 ギャーギャーと喚き散らかし、()()()()()ヴァレッタの頬を、雷矢が掠めた。

 ヴァレッタの知覚を易々と超えた、神速の弓矢。

 頬からピリッと熱と電気を感じるヴァレッタは、恐怖に息を呑む。

 アストレア、ガネーシャの数十人は、あまりの殺気に身動きが取れない。

 

「そう焦らずとも、ちゃんと殺してあげるから安心して」

「っ、本当にてめぇはレベル5なのかよっ!」

「あー、今は6くらいなんじゃない?」

 

 更新をする必要なんてないんだから、知らないに決まってる。

 ヴァレッタは理解不能な表情をしているが、教える義理はないので、矢として番えた《招雷靂光》を限界まで引き絞る。

 この一撃で、確実にヴァレッタを屠るために。

 雷光に眩く鏃が、ヴァレッタを射抜こうと発射する寸前――

 

「じゃあね」

 

 ――世界が爆発した。

 

「なっ……!」

「……ヒヒヒヒ、間に合ったみてぇだな!」

 

 拠点の壁から光が漏れ出し、視界を埋め尽くす。

 閉じ込められていた灼熱が、外の世界へ向かおうと暴れ狂う。

 後ろで撤退のタイミングを見計らっていたライラは、最悪の予想が的中したことに舌を噛む。

 

「逃げるぞ! この拠点には『火炎石』が埋め込まれてやがる!!」

「キャハハハハハ!! 早く逃げねぇと全員生き埋めだぞ?」

「その前にお前を殺せば――っ!」

「てめぇら、『花火』を咲かせるのは今だぜ!!」

 

 弓矢では確実に殺しきれないと判断したため、新たに魔剣を投影しヴァレッタに特攻するが、生き残っていた白装束が一斉に爆発した。

 最初に数人首を刎ねたとはいえ、まだ二十人以上残っていた白装束の一斉起爆。

 連鎖的な大爆発に拠点は耐えられず、どんどんと倒壊していく。

 壁が焼け落ちる中、ヴァレッタは僕たちと反対側である奥の方に去り、振り向きざまに言った。

 

「この屈辱は忘れねぇからなぁ、【異端分子(イレギュラー)】! これから始まる合唱(コーラス)に絶望しやがれ!」

「っ、待て!」

「ガルフ、だめ!」

 

 それでも特攻しようとする僕の左腕を、アリーゼが止める。

 レベル3の力を惜しみなく使った静止を振り払おうとして、もう片方の右腕を誰かに掴まれる。

 振り向けば、青筋を立てた着物の美女が僕の腕をがっしりと固定していた。

 

「逃げるぞ、問題児」

「輝夜っ、離して! あいつだけは、殺さなくちゃいけないんだ……!」

「一時の感情に囚われるな! 今追っても犬死するだけだ!」

 

 意地でも撤退しようとしない僕を、輝夜とアリーゼが無理やり出口へと引きずっていく。

 満身創痍で身体にうまく力が入らない僕が、レベル3の二人に逆らえるわけもなく、かすかに見えるヴァレッタの背中が、どんどん遠ざかっていく。

 自分の無力さに打ちひしがれながら、ヴァレッタを取り逃してしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この馬鹿者が!」

 

 パチンっと、乾いた音が甲高く鳴った。

 オラリオそのものを狙った爆発が響く最中、不釣り合いなほど軽い音が耳の近くで響く。

 頬を叩かれたと認識したのは、頬に急速な熱が発生したからだった。

 拠点から間一髪脱出し、誰も欠けることなくアストレア、ガネーシャ連合隊は生還していた。

 誰よりも傷を負っていた僕に、ライラが上級回復薬(ハイ・ポーション)をかけてくれた時に、頬を叩かれたのだ。

 叩いた本人である輝夜を睨むと、それ以上の眼力をもって輝夜は睨み返してきた。

 

「連携という言葉を知らんのか? さっきのお前の行いは死傷者を増やし、無駄な犠牲を払うことに繋がりかねん!」

「仲間は誰も死んでないし、輝夜が邪魔しなかったら、ヴァレッタを殺せてた」

「全身に火傷を負いながら、よくもそんな減らず口をたたけるものだ。私たちが『星屑の庭(ホーム)』で願ったことを忘れたのか? 全員生還にはお前も含まれているに決まってるだろう!」

「でも、あいつをあそこで殺さなきゃ、また子供たちが犠牲に、」

「あーあー! こんな時に喧嘩すんじゃねぇよ!」

 

 殴りかかろうとする輝夜を、ライラが必死に止める。

 ライラの静止を振り切って刀までに手をかけようとする輝夜に、一同は目を剥いた。

 彼女がここまで感情的になることはないからだ。

 

「百歩譲って、独断行動をしたことは良いとする。だが、お前のその態度が気に食わん!」

「態度……?」

 

 本気で理解できない僕に、輝夜は吐き捨てるように言った。

 色々な感情の蓋が取れたように、そして、何かを慮るように言い放つ。

 

「お前は最初から心配していた、血だらけになるお前に心を痛める団長の顔を一度も見ていない!」

「……っ!」

「団長だけではない、真正面から怒っている私も、常に状況を伺っていたライラにも目を向けていないだろう!」

 

 頭が鈍器で殴られたみたいに、グワングワンと揺れる。

 そして、震える瞳でしっかりと目の前の輝夜を凝視する。

 僕のせいで軽く爆発を受けた輝夜は美しい着物を煤で汚している。

 表情は、何かを堪えて、憤怒と慈愛が混ざったような、ひどく不細工なものだった。

 

「ようやくこちらを見たな。ならば、次はあっちだ」

「えっ……?」

 

 顔を掴まれ、強制的に別の方に向かされる。

 視線の先には、いつも元気なはずの少女が、塩らしい姿で立っていた。表情は今にも泣き出しそうで、目尻に涙を溜めている。

 悲嘆に暮れるアリーゼは、ゆっくりと、確実に、一歩ずつ僕に近づいてきた。

 声をかけることも、逃げることもできずに下を向いていると、身体を暖かな感触が支配する。

 驚いて顔を上げると、目と鼻の先にアリーゼの顔があった。

 早い話、僕はアリーゼに抱きしめられていた。

 

「ガルフ……そんなに辛そうな顔をしないで」

「……辛くなんか、ない」

「いいえ。貴方の心は泣いてるわ。今も涙を流して、助けを求めてる」

 

 確信を持ってアリーゼは告げた。

 何もかも見透かされてる気分になり、気持ちが悪くなってくる。

 胃から酸っぱいものが込み上げてきそうで、途端にアリーゼから離れようとしたけど、何故か離れられない。

 実力差は激しいはずなのに、何故か指の末端までピクリとも動かせない。

 魔法でもかけられたかと思ってアリーゼを見ると、彼女はニヒルとした笑みを浮かべた。

 

「ほら、こんなにも甘えたがってるんだから、身体は正直ね」

「っ、ち、違う!」

「ねぇ、ガルフ。あなたの武器は誰かを殺すんじゃなくて、誰かを生かすもの」

「誰かを、生かす……?」

 

 意味が分からない。

 武器は殺す道具に過ぎず、間違っても薬のように人を救う存在ではない。

 呆然とした僕に、アリーゼはあやすように口を開く。

 

「ガルフが魔剣で『シャドウ』から私を救ってくれたり、アストレア様を【顔なし】から守ってくれた」

「でも、それはただの結果論で、」

「違うわ。ガルフは『シャドウ』と戦った時、私のことを過保護なくらい最優先に考えてくれた。その時に、『シャドウ』への殺意なんてなかったでしょ?」

「……」

 

 言葉に詰まる。

 確かに、あの時はアリーゼと一緒に生きて帰ることしか頭になかった。

 でも、まずまず僕がキャスターを王国(ラキア)で殺せていれば――

 

「はい、どーん」

「ふぐっ」

 

 ――思考を打ち切るように、アリーゼの両手が頬を挟む。

 強制的に意識が先程以上に近くなったアリーゼに向き、顔が真っ赤にならないよう気を引き締める。

 意地でも目を逸らさないアリーゼと、無表情に努めている僕の無言の時間が訪れた。

 数秒見つめ合って、アリーゼは根負けしたように話し始める。

 

「あなたの武器が誰かを助けているの。だから、殺すためだけに武器を振るっちゃだめよ」

「……善処する」

「そこは分かったって言った方が可愛いわ!」

 

 いつものモードに戻ったアリーゼの空気に伝染して、【アストレア・ファミリア】も肩の力を解いた。

 暴れ狂う輝夜を止めていたライラは、にやにやとした顔でこちらに近寄ってくる。

 揶揄われることは確実なので、今のうちにアリーゼの抱擁から脱出する。

 

「見せつけてくれんじゃねぇかよぉ。いや〜、お熱いね〜」

「……そういうのじゃない」

「私と団長であれほど対応が違うとは……あぁ、なるほどな」

「絶対に誤解してるよ。今すぐその認識は消して」

 

 少年は極東の姫とまた取っ組み合いを始め、折を見たパルゥムがそれを止める。

 そんないつもの一幕に、妖精はアーディを担ぎながらクスリと笑い、正義の少女の頬を緩ませた。

 

 だからだろうか?

 この後、すぐに切り替えて、本格化してきた爆撃を止めるよう団長として、ファミリアに指示を出せば良かった。

 妹をリューに託して、既に動き始めているシャクティのように、的確に状況を判断して、対応しなければならなかった。

 緩んだ空気が、よりにもよって、少年にとって()()()()()を踏んでしまうとは、誰にも予想できなかった。

 

「ふふ、やっぱり、ガルフは【アストレア・ファミリア】の一員ね!」

 

 胸を張って言葉を放った瞬間、背中に衝撃が走る。

 肺の空気が全て押し出され、強大な力で背中に触れた地面にヒビが入る。

 理解が追いつかない頭で必死に思考を回す。

 目に映る景色は、爆弾の煙によって燻んでいる暗雲。

 ()()()()()()()自分を驚きの目で見る、ライラと輝夜。

 そして、自分を突き飛ばした手とは別の手で顔を押さえ、泣きそうな顔をしている少年。

 少女は悟った。

 ――また、傷つけてしまった。

 輝夜は突飛な行動に出たガルフを問い詰める。

 

「お前、何をして……!」

「違う違う違う違う違う違う! 僕は、【アストレア・ファミリア】になっちゃいけないっ!」

「っ! おい、落ち着けっ」

「だって、そんなことになったら、貴方たちの煌めきを汚しちゃう!」

 

 過呼吸となり、燃えるような赤髪を掻きむしる少年を見て、輝夜は打って変わって寄り添おうとする。

 近寄ってくる輝夜を、少年はひどく怖がる様子で見て、魔剣を自分の足元で打つことで拒絶した。

 雷の魔剣が大地を裂き、立ち込めた砂埃が【アストレア・ファミリア】と少年を大きく隔てる。

 まるで、決定的に違うと決めつけるように、残酷に隔てていた。

 この後の未来を予見したアリーゼが、声を張り上げた。

 

「ガルフ、待って! 」

「……ごめん。別行動する。お願いだから、着いてこいないで……」

 

 砂埃の先から、悲鳴にも似た懇願と、走り去る足音が聞こえた。

 アリーゼ以外は見たことのない、ガルフの弱い姿に、一同は立ち止まってしまう。

 唐突な豹変と、本来は強いはずの少年が見せた弱さに足を縫い付けられた。

 

「っ、ガルフ!」

 

 我に返ったアリーゼが追いかけようとするが、砂埃が晴れた時には、誰もいなかった。

 アリーゼは地面にへたり込み、拳を何度も何度も打ちつける。

 ひとえに、少年への謝罪を思いながら、自分を裁くように何度も拳を打ちつけた。

 皮膚が破れ、固まっていた輝夜が奇行を止めた頃には、涙は溢れ出していた。

 

「ごめんなさい、ガルフ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が痛い。

 気持ちが悪い。

 視覚が鈍い。

 息が苦しい。

 呼吸ができない。

 

『ガルフは【アストレア・ファミリア】の一員ね!』

 

 ダメだ。

 そんなことはあってはいけない。

 穢れているクズが、さらに明星たちを汚すつもりか?

 彼女たちの輝きを曇らせて、何をしたいんだ?

 しっかりと、明確な境界線を引いていたはずなのに、彼女に一員と言われた時、何と思った?

 

 ――嬉しい

 

 やめろ。

 僕はクズだ。

 何万人も殺した殺人鬼だ。

 人の心を失った、闇派閥(イヴィルス)紛いの者が、彼女たちの仲間になれて嬉しいなどと感情を抱いてはいけない!

 

 ……ずっと、奥深くに蓋をしていた。

 願望を囁く悪魔から、何度も逃げていた。

 彼女のおかげで、クズな自分を肯定できた。

 なぜ、これ以上求めようとする?

 

「分かんない、分かんない、分かんない!」

 

 爆発があちこちで起こる、戦地と化したオラリオを駆けていく。

 逃げるように、振り切るように、走った。

 どのくらいか走ったかも分からないところで、白装束が民間人を殺そうとしている場面に遭遇する。

 丁度いい。

 僕の同類(クズ)にこの激情をぶつけてやろう。

 弓矢を投影し、狙いを白装束の首に定める。

 あとはただ、射抜くだけ。

 弱い者を殺し愉悦に浸るクズどもの首を落とすだけだ。

 思いのままに、矢を撃とうして、

 

『あなたの武器は誰かを殺すんじゃなくて、誰かを生かすもの』

 

 不自然に逸れた矢が、白装束の左足に命中した。

 仲間の負傷に気づいた別の白装束たちが、武器を構えて向かってくる。

 今度こそ、あいつらの首を刎ねる。

 だけど、何の因果か、

 

「なんで、当たらない……!」

 

 矢は腕、膝、手を射抜くのみで、白装束たちを絶命に至らせることはできない。

 痛みに悶える白装束は、四肢の一部が欠陥という苦痛に耐えられず気絶する。

 周囲の安全が確認できた民間人が近寄ってくる。

 

「ありがとうございました! 冒険者さま!」

「お兄ちゃんかっこいい!」

「さすがは冒険者さまです!」

 

 やめてくれ。

 感謝なんか、しないでくれ。

 急に頭を押さえた僕を、民間人の人たちは訝しげに見るが、話を打ち切るように、僕は後ろを指差した。

 

「バベルで最後の防衛線を張ってる。生き残りたいなら、あそこまで自力で行って」

 

 軽薄ととられそうな、存外な言い方。

 助けたのに最後まで責任を取らない。

 民間人の見る目が変わる。

 それでいい、それで、僕を化け物のように、人ならざる者を見る目で見ろ!

 

「分かりました! 冒険者さまも頑張ってください!」

「絶対生きてね! お兄ちゃん!」

 

 両手を合わせて鼓舞してくる民間人たちに、言葉に詰まる。

 他の場所に救援に行くと勘違いされたようだ。

 胃酸が込み上げてきそうで、すぐにその場から立ち去る。

 再び、火花が飛び交うオラリオを駆ける。

 

「なんで、殺せなかった……?」

 

 しっかりと首か心臓に狙いを定めて矢を放った。

 なのに、軌道は逸れて、殺そうとした白装束は生きている。

 中には、致命傷にさえなっていない奴もいた。

 

「助けて、お母さん」

 

 みっともない祈りを、どこかに避難してるであろう灰髪の女性に捧げる。

 お母さんなら、僕を救ってくれる。

 お母さんなら、この悩みも解決してくれる。

 吐き気を必死に堪えながら、足を進めていく。

 考え事をしていたからだろうか、立ち止まっていた人にぶつかってしまった。

 

「ごめん……っ、ラウル?」

「ガルフ……?」

 

 ぶつかって転んでしまった少年には、見覚えがあった。

 オラリオに来て、数少ない友達。

 今はこんな恥ずべき姿を見せたくないと思い、早々に立ち去ろうとするが、ラウルが僕以上に顔色を悪くしており、そんな考えは吹っ飛んだ。

 

「大丈夫? 何があったの?」

「もう、終わりっす。オラリオは終わりっすよ!!」

「一旦、落ち着いて。状況を教えてほしい」

 

 涙を流すラウルを必死に宥める。

 僕も吐き気を必死に堪えているが、自分よりも状態の悪い人を見ると、幾分か正気に戻れた。

 震えるラウルは、絶望を滲ませながら言の葉を紡いだ。

 

「ガレスさんと、リヴェリアさんが、やられたっす……」

「えっ?」

 

 耳を疑う情報に、思わず聞き返した。

 

「ガレスさんと、リヴェリアさんが、たった一人の魔道士にやられたっす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景色が加速する。

 回復薬(ポーション)で癒した体をフルに使って、地面を疾駆する。

 

『二人を倒したのは灰髪の女っす』

 

 違うよね……?

 

『目は緑色と灰色のオッドアイで、』

 

 姿が似ているだけだよね……?

 

『服装は魅惑的な黒いドレス、』

 

 だって、そんなのおかしい。

 

『気をつけてくれっす』

 

 お母さんは、こっち側(怪物)じゃないんだから。

 

『あれは……化け物っすよ』

 

 切望を抱いて、ラウルに教えてもらった戦場に向かう。

 近づいていくほどに、空気が弾ける音がする。

 

「っ!」

 

 そして、リヴェリアさんとガレスさんに失望を隠さない、女性の声がした。

 

「うそって、言ってよ……!」

 

 その声は、昨日まで毎日話していた声で。

 泣き叫びたい心に封をして、開けた戦場に飛び込む。

 ボロボロになって倒れているガレスさんたちの前に立ち、魔道士と対峙する。

 

 美しい女性と目が合った。

 綺麗なオッドアイをこれでもかと開いて、僕の大好きな灰髪を揺らす。

 僕は、震える唇で、掠れた言葉を放った。

 

「なに、してるの。お母さん……?」

 

 確かな絶望を宿して、僕とお母さんは再会した。

 

 

 

 

 

 

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