「――――――アーディ!!!!!」
妖精の嬌声が、暗雲漂う
数分前に少年を苦しめた『人間爆弾』、それは少女の献身に満ちた行動を愚行へと変えた。
「ヒャハハハハハハ!! 見てるかァ、タナトスの糞野郎! てめぇがたぶらかしたガキが、【
「……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」
現実を受け止めきれない妖精は、うわ言のように繰り返す。
少女の姉は、かけがえのない妹の喪失と、ファミリアの長としての責任に板挟みにされる。
覚悟していたはずのパルゥムと極東の姫は、目尻の涙を振り切って次なる爆発に備える。
こんな凶行が、一人で済むと楽観視できるほど、彼女たちは都合の良い人生を歩んでいない。
「捕縛した奴らから離れろ! 吹き飛ぶぞ!」
「ボサッとするなっ! 青二才!」
「もう遅せぇよ!さぁ、『戦力』にもなれないゴミのお前ら、『花火』を撒き散らせ!!」
ライラは勇者にも評価された頭脳で
白装束の懐で光る、数多の『火炎石』
一人、二人、三人、自決用の『火炎石』に魔力を回し、命を焼べて『花火』を咲かせる。
その爆発は、誰にも止められない。
正義の少女にも、憲兵の長でも、無力な妖精にも、止められるはずがない。
入念に作られた撃鉄装置の機構。
では、もしそんな者がいたとしたら?
その者は、英雄とも勇者とも違う、神の
元よりいないはずであった――『イレギュラー』しかあり得ないだろう。
「射抜け――――――《招雷靂光》」
洞窟の中を照らす灯火のように、光が暗闇を切り裂いた。
場の誰も反応できない、神速の弓撃。
冷徹な声とは対照的な眩い光が、白装束の首を撃ち抜く。
『花火』がいつになっても訪れない事に痺れを切らしたヴァレッタは、下手人の顔を見た。
「っっっ!!!」
そして、瞠目した。
なんだ、あの眼は。
冥府の濁りを全て凝縮したようなドロドロの眼。
冷酷な深紅の瞳は、今まで殺してきた者の血が反映されている、そう思ってしまうほど鮮やかで恐怖を扇情した。
こちらの心情など知らずに、少年は背負っていた弓矢の魔力を解き、消した。
己が恐怖しているなど、認められるはずがない。
虚栄を持って、ヴァレッタは少年に話しかける。
躊躇いもなく白装束を殺すことで、『花火』を阻止した怪物に。
「おいおい、何てことしてくれんだよクソガキ。せっかくの劇場が白けちまったじゃねぇか」
「…………」
「このガキぃ! 私を無視する気、」
「そんなに吠えなくても、ちゃんと殺してあげるよ」
被せるように言った少年に、悪寒が止まらない。
声色から少年の正体を察する。
仮面をつけていないため分からなかったが、あの怪物は【
『シャドウ』を呑み込んだヴィトーが対峙したはずなのに、
第一級冒険者相当の力を得たヴィトーを殺すだけでは飽き足らずに、自分の命をも求めにきた殺戮者。
「――だから、今は黙ってろ」
殺意を滲ませる少年に、ヴァレッタは押し黙るしかなかった。
その冷酷な姿に団員は萎縮してしまうが、アリーゼのみは違った。
脇腹と眼球から血を流し、所々火傷を負っている少年に近寄る。
「が、ガルフ、その傷……大丈夫なの!? それに、『シャドウ』は……」
「怪我なら問題ないし、『シャドウ』も二騎倒したよ。それより、怪我人は?」
少年の行動原理は、大切な人を守ること。
いかに『人間爆弾』という機構を創り出した人間を殺したくても、その『想い』が少年を理性の鎖で留めていた。
ライラに支えられていたリューが、少年に訴える。
「ガルフ、アーディが……、アーディがァァ!!」
少年は見渡し、見つけた。
泣くのを必死に我慢しているシャクティと、その隣で真っ黒に焦げている焼死体。
傍にはアーディの愛用していた銀剣が転がっている。
そして、焼死体が抱いているのは、先の拠点でも見た小さい真っ黒な
全てを察した少年は、絶望に暮れるリューの手を引っ張って、
「今は触れることを許してね」
「あっ……」
強烈な殺気をたぎらせる少年に、生き残った白装束たちは動けない。
呆然と立ち尽くすシャクティの手も引き、二人の手を物言わぬ骸の心臓部分に沿わせる。
「ガルフ……」
「何を、する気だ……?」
「リュー、シャクティ。何も考えずに、ただアーディの事を想ってあげて」
無意識に敬称を省いたところから、少年の焦り具合が疑える。
少年は間に合わなかった自分の愚かさに歯噛みし、そして、灰色の魔剣を取り出した。
それは、前世で大嫌いで、大好きだった自分と母の髪色と同じ。
リューとシャクティの『想い』を糧に、魔剣は灰のように光る。
それを見て、ヴァレッタは悟った。
あれは、自分とは一生分かり合うことのできない代物だと。
「殺せ!! あの怪物を止めろ!」
ヴァレッタは呆然としている
あれはダメだ。
あれは許容できない。
あれだけは、実現させてはならない。
我に帰った白装束たちが少年たちに殺到し――
「居合の太刀――――『双葉』」
「【
――少年の理解者たちによって遮られた。
アリーゼが『火炎石』に引火しないよう牽制し、それに気取られた白装束を二刀の小太刀で気絶させていく。
気色悪いほど息の整った連携にヴァレッタは冷や汗を流す。
『人間爆弾』用の信者たちでは埋める事のできない、圧倒的な経験の差がある。
少女たちが時間を稼ぐ間に、少年は魔剣を発動させる。
過剰使用に、眼球だけでなく、口、鼻、耳からも血が吹き出す。
隣でリューとシャクティが目を向いたが、一切気にならない。
今、この身は、あの献身的な少女のために――――!
「『想い』を貸して、次郎さん――――《■■■■■》」
眩い光が、アーディの亡骸を包む。
未完成の魔剣。
医神と万能者の手を借りて、及第点と言えるまで形になったもの。
まだ銘は付けない。真に完成した、その時までは。
「これは……!」
「アー、ディ……?」
灰色に煌めく星光が、焦げた焼死体を優しく包んでいく。
黒焦げの皮膚が、生気に満ちた血色の良い肌に。
焼け落ちた髪が、
灰色の光が頭から爪先までを埋め尽くしたとき、そこには眼前で爆発に巻き込まれる前の、アーディ・ヴァルマがいた。
規則的に心臓の鼓動を刻み、潤う唇は確かに呼吸をしている。
眠たげに目を擦りながら、アーディは上半身を起こす。
「ぅん、ここは……」
「アーディっ!」
「わっ、痛いよ、リオン……って、何で裸なの!?」
思わずといった様子でリューが抱きつく。
戸惑いながらも友からの抱擁にアーディは嬉しそうな笑みを浮かべるが、身体が妙にスースーする事に気づいた。
無理もない、今のアーディは何も着用していないのだから。
豊満な肉体が惜しむ事なく晒されており、こんな状況でなければ男は鼻の下を伸ばすだろう。
とりあえず身体を隠したいが、リューに抱きつかれているため、身動きが取れない。
近くにいたシャクティに縋る視線を向ける。
「ちょ、お姉ちゃん、リオンをなんとか、」
「……」
「お姉ちゃん……?」
目尻を抑えて近寄ってくる姉に、この表情は怒っているな、と悟る。
シャクティの左手が振り上げられ、頭を叩かれると確信し、アーディは目を瞑る。
「……あれ?」
しかし、衝撃はいつまで経っても来ない。
恐る恐る目を開くと、プルプルと震えながら涙を流す姉の姿があった。
いつもの毅然さとは違う、弱々しい姉の様子にオロオロしていると、頭に柔らかい感触があたった。
「バカめ、愚か者め、お前はっ、いつも、私に迷惑ばかりをかけて……」
「え……?」
「ありがとう。帰ってきてくれて、ありがとう……!」
宝物を触るように、優しい手つきでシャクティはアーディを撫でる。
何度も、何度も謝礼の言葉を口ずさみ、涙を流す。
そんな不器用な姉妹の一幕を横目に、アーディに着ていた外套を手渡す。
「あっ、ガルフ」
「血がついちゃってるけど、しばらくは
「え、ちょ、その、、説明を……」
困惑しているアーディから助けを求める視線をよこされたが、これはどうしようもないので甘んじて受け入れてほしい。
家族との再会なんて、誰にも邪魔できるはずなんてないんだから。
そして、僕が自重する必要も、なくなった。
閉じ込めていた理性の鎖を、憎悪の鎌によって引き裂く。
「これで心置きなくお前を殺せるよ――ヴァレッタ」
「〜〜〜〜〜〜っ! なんで、その小娘は即死だったろうが! 死者蘇生なんか、
「……あともう少し遅かったら、手遅れになるところだった。アーディの今までの『想い』が、お前のしょうもない装置を上回っただけ」
「意味が分かんねぇことばっか並べやがって……!」
お前のようなクズに、理解できるはずがないだろう。
ギャーギャーと喚き散らかし、
ヴァレッタの知覚を易々と超えた、神速の弓矢。
頬からピリッと熱と電気を感じるヴァレッタは、恐怖に息を呑む。
アストレア、ガネーシャの数十人は、あまりの殺気に身動きが取れない。
「そう焦らずとも、ちゃんと殺してあげるから安心して」
「っ、本当にてめぇはレベル5なのかよっ!」
「あー、今は6くらいなんじゃない?」
更新をする必要なんてないんだから、知らないに決まってる。
ヴァレッタは理解不能な表情をしているが、教える義理はないので、矢として番えた《招雷靂光》を限界まで引き絞る。
この一撃で、確実にヴァレッタを屠るために。
雷光に眩く鏃が、ヴァレッタを射抜こうと発射する寸前――
「じゃあね」
――世界が爆発した。
「なっ……!」
「……ヒヒヒヒ、間に合ったみてぇだな!」
拠点の壁から光が漏れ出し、視界を埋め尽くす。
閉じ込められていた灼熱が、外の世界へ向かおうと暴れ狂う。
後ろで撤退のタイミングを見計らっていたライラは、最悪の予想が的中したことに舌を噛む。
「逃げるぞ! この拠点には『火炎石』が埋め込まれてやがる!!」
「キャハハハハハ!! 早く逃げねぇと全員生き埋めだぞ?」
「その前にお前を殺せば――っ!」
「てめぇら、『花火』を咲かせるのは今だぜ!!」
弓矢では確実に殺しきれないと判断したため、新たに魔剣を投影しヴァレッタに特攻するが、生き残っていた白装束が一斉に爆発した。
最初に数人首を刎ねたとはいえ、まだ二十人以上残っていた白装束の一斉起爆。
連鎖的な大爆発に拠点は耐えられず、どんどんと倒壊していく。
壁が焼け落ちる中、ヴァレッタは僕たちと反対側である奥の方に去り、振り向きざまに言った。
「この屈辱は忘れねぇからなぁ、【
「っ、待て!」
「ガルフ、だめ!」
それでも特攻しようとする僕の左腕を、アリーゼが止める。
レベル3の力を惜しみなく使った静止を振り払おうとして、もう片方の右腕を誰かに掴まれる。
振り向けば、青筋を立てた着物の美女が僕の腕をがっしりと固定していた。
「逃げるぞ、問題児」
「輝夜っ、離して! あいつだけは、殺さなくちゃいけないんだ……!」
「一時の感情に囚われるな! 今追っても犬死するだけだ!」
意地でも撤退しようとしない僕を、輝夜とアリーゼが無理やり出口へと引きずっていく。
満身創痍で身体にうまく力が入らない僕が、レベル3の二人に逆らえるわけもなく、かすかに見えるヴァレッタの背中が、どんどん遠ざかっていく。
自分の無力さに打ちひしがれながら、ヴァレッタを取り逃してしまったのであった。
「この馬鹿者が!」
パチンっと、乾いた音が甲高く鳴った。
オラリオそのものを狙った爆発が響く最中、不釣り合いなほど軽い音が耳の近くで響く。
頬を叩かれたと認識したのは、頬に急速な熱が発生したからだった。
拠点から間一髪脱出し、誰も欠けることなくアストレア、ガネーシャ連合隊は生還していた。
誰よりも傷を負っていた僕に、ライラが
叩いた本人である輝夜を睨むと、それ以上の眼力をもって輝夜は睨み返してきた。
「連携という言葉を知らんのか? さっきのお前の行いは死傷者を増やし、無駄な犠牲を払うことに繋がりかねん!」
「仲間は誰も死んでないし、輝夜が邪魔しなかったら、ヴァレッタを殺せてた」
「全身に火傷を負いながら、よくもそんな減らず口をたたけるものだ。私たちが『
「でも、あいつをあそこで殺さなきゃ、また子供たちが犠牲に、」
「あーあー! こんな時に喧嘩すんじゃねぇよ!」
殴りかかろうとする輝夜を、ライラが必死に止める。
ライラの静止を振り切って刀までに手をかけようとする輝夜に、一同は目を剥いた。
彼女がここまで感情的になることはないからだ。
「百歩譲って、独断行動をしたことは良いとする。だが、お前のその態度が気に食わん!」
「態度……?」
本気で理解できない僕に、輝夜は吐き捨てるように言った。
色々な感情の蓋が取れたように、そして、何かを慮るように言い放つ。
「お前は最初から心配していた、血だらけになるお前に心を痛める団長の顔を一度も見ていない!」
「……っ!」
「団長だけではない、真正面から怒っている私も、常に状況を伺っていたライラにも目を向けていないだろう!」
頭が鈍器で殴られたみたいに、グワングワンと揺れる。
そして、震える瞳でしっかりと目の前の輝夜を凝視する。
僕のせいで軽く爆発を受けた輝夜は美しい着物を煤で汚している。
表情は、何かを堪えて、憤怒と慈愛が混ざったような、ひどく不細工なものだった。
「ようやくこちらを見たな。ならば、次はあっちだ」
「えっ……?」
顔を掴まれ、強制的に別の方に向かされる。
視線の先には、いつも元気なはずの少女が、塩らしい姿で立っていた。表情は今にも泣き出しそうで、目尻に涙を溜めている。
悲嘆に暮れるアリーゼは、ゆっくりと、確実に、一歩ずつ僕に近づいてきた。
声をかけることも、逃げることもできずに下を向いていると、身体を暖かな感触が支配する。
驚いて顔を上げると、目と鼻の先にアリーゼの顔があった。
早い話、僕はアリーゼに抱きしめられていた。
「ガルフ……そんなに辛そうな顔をしないで」
「……辛くなんか、ない」
「いいえ。貴方の心は泣いてるわ。今も涙を流して、助けを求めてる」
確信を持ってアリーゼは告げた。
何もかも見透かされてる気分になり、気持ちが悪くなってくる。
胃から酸っぱいものが込み上げてきそうで、途端にアリーゼから離れようとしたけど、何故か離れられない。
実力差は激しいはずなのに、何故か指の末端までピクリとも動かせない。
魔法でもかけられたかと思ってアリーゼを見ると、彼女はニヒルとした笑みを浮かべた。
「ほら、こんなにも甘えたがってるんだから、身体は正直ね」
「っ、ち、違う!」
「ねぇ、ガルフ。あなたの武器は誰かを殺すんじゃなくて、誰かを生かすもの」
「誰かを、生かす……?」
意味が分からない。
武器は殺す道具に過ぎず、間違っても薬のように人を救う存在ではない。
呆然とした僕に、アリーゼはあやすように口を開く。
「ガルフが魔剣で『シャドウ』から私を救ってくれたり、アストレア様を【顔なし】から守ってくれた」
「でも、それはただの結果論で、」
「違うわ。ガルフは『シャドウ』と戦った時、私のことを過保護なくらい最優先に考えてくれた。その時に、『シャドウ』への殺意なんてなかったでしょ?」
「……」
言葉に詰まる。
確かに、あの時はアリーゼと一緒に生きて帰ることしか頭になかった。
でも、まずまず僕がキャスターを
「はい、どーん」
「ふぐっ」
――思考を打ち切るように、アリーゼの両手が頬を挟む。
強制的に意識が先程以上に近くなったアリーゼに向き、顔が真っ赤にならないよう気を引き締める。
意地でも目を逸らさないアリーゼと、無表情に努めている僕の無言の時間が訪れた。
数秒見つめ合って、アリーゼは根負けしたように話し始める。
「あなたの武器が誰かを助けているの。だから、殺すためだけに武器を振るっちゃだめよ」
「……善処する」
「そこは分かったって言った方が可愛いわ!」
いつものモードに戻ったアリーゼの空気に伝染して、【アストレア・ファミリア】も肩の力を解いた。
暴れ狂う輝夜を止めていたライラは、にやにやとした顔でこちらに近寄ってくる。
揶揄われることは確実なので、今のうちにアリーゼの抱擁から脱出する。
「見せつけてくれんじゃねぇかよぉ。いや〜、お熱いね〜」
「……そういうのじゃない」
「私と団長であれほど対応が違うとは……あぁ、なるほどな」
「絶対に誤解してるよ。今すぐその認識は消して」
少年は極東の姫とまた取っ組み合いを始め、折を見たパルゥムがそれを止める。
そんないつもの一幕に、妖精はアーディを担ぎながらクスリと笑い、正義の少女の頬を緩ませた。
だからだろうか?
この後、すぐに切り替えて、本格化してきた爆撃を止めるよう団長として、ファミリアに指示を出せば良かった。
妹をリューに託して、既に動き始めているシャクティのように、的確に状況を判断して、対応しなければならなかった。
緩んだ空気が、よりにもよって、少年にとって
「ふふ、やっぱり、ガルフは【アストレア・ファミリア】の一員ね!」
胸を張って言葉を放った瞬間、背中に衝撃が走る。
肺の空気が全て押し出され、強大な力で背中に触れた地面にヒビが入る。
理解が追いつかない頭で必死に思考を回す。
目に映る景色は、爆弾の煙によって燻んでいる暗雲。
そして、自分を突き飛ばした手とは別の手で顔を押さえ、泣きそうな顔をしている少年。
少女は悟った。
――また、傷つけてしまった。
輝夜は突飛な行動に出たガルフを問い詰める。
「お前、何をして……!」
「違う違う違う違う違う違う! 僕は、【アストレア・ファミリア】になっちゃいけないっ!」
「っ! おい、落ち着けっ」
「だって、そんなことになったら、貴方たちの煌めきを汚しちゃう!」
過呼吸となり、燃えるような赤髪を掻きむしる少年を見て、輝夜は打って変わって寄り添おうとする。
近寄ってくる輝夜を、少年はひどく怖がる様子で見て、魔剣を自分の足元で打つことで拒絶した。
雷の魔剣が大地を裂き、立ち込めた砂埃が【アストレア・ファミリア】と少年を大きく隔てる。
まるで、決定的に違うと決めつけるように、残酷に隔てていた。
この後の未来を予見したアリーゼが、声を張り上げた。
「ガルフ、待って! 」
「……ごめん。別行動する。お願いだから、着いてこいないで……」
砂埃の先から、悲鳴にも似た懇願と、走り去る足音が聞こえた。
アリーゼ以外は見たことのない、ガルフの弱い姿に、一同は立ち止まってしまう。
唐突な豹変と、本来は強いはずの少年が見せた弱さに足を縫い付けられた。
「っ、ガルフ!」
我に返ったアリーゼが追いかけようとするが、砂埃が晴れた時には、誰もいなかった。
アリーゼは地面にへたり込み、拳を何度も何度も打ちつける。
ひとえに、少年への謝罪を思いながら、自分を裁くように何度も拳を打ちつけた。
皮膚が破れ、固まっていた輝夜が奇行を止めた頃には、涙は溢れ出していた。
「ごめんなさい、ガルフ……」
頭が痛い。
気持ちが悪い。
視覚が鈍い。
息が苦しい。
呼吸ができない。
『ガルフは【アストレア・ファミリア】の一員ね!』
ダメだ。
そんなことはあってはいけない。
穢れているクズが、さらに明星たちを汚すつもりか?
彼女たちの輝きを曇らせて、何をしたいんだ?
しっかりと、明確な境界線を引いていたはずなのに、彼女に一員と言われた時、何と思った?
――嬉しい
やめろ。
僕はクズだ。
何万人も殺した殺人鬼だ。
人の心を失った、
……ずっと、奥深くに蓋をしていた。
願望を囁く悪魔から、何度も逃げていた。
彼女のおかげで、クズな自分を肯定できた。
なぜ、これ以上求めようとする?
「分かんない、分かんない、分かんない!」
爆発があちこちで起こる、戦地と化したオラリオを駆けていく。
逃げるように、振り切るように、走った。
どのくらいか走ったかも分からないところで、白装束が民間人を殺そうとしている場面に遭遇する。
丁度いい。
僕の
弓矢を投影し、狙いを白装束の首に定める。
あとはただ、射抜くだけ。
弱い者を殺し愉悦に浸るクズどもの首を落とすだけだ。
思いのままに、矢を撃とうして、
『あなたの武器は誰かを殺すんじゃなくて、誰かを生かすもの』
不自然に逸れた矢が、白装束の左足に命中した。
仲間の負傷に気づいた別の白装束たちが、武器を構えて向かってくる。
今度こそ、あいつらの首を刎ねる。
だけど、何の因果か、
「なんで、当たらない……!」
矢は腕、膝、手を射抜くのみで、白装束たちを絶命に至らせることはできない。
痛みに悶える白装束は、四肢の一部が欠陥という苦痛に耐えられず気絶する。
周囲の安全が確認できた民間人が近寄ってくる。
「ありがとうございました! 冒険者さま!」
「お兄ちゃんかっこいい!」
「さすがは冒険者さまです!」
やめてくれ。
感謝なんか、しないでくれ。
急に頭を押さえた僕を、民間人の人たちは訝しげに見るが、話を打ち切るように、僕は後ろを指差した。
「バベルで最後の防衛線を張ってる。生き残りたいなら、あそこまで自力で行って」
軽薄ととられそうな、存外な言い方。
助けたのに最後まで責任を取らない。
民間人の見る目が変わる。
それでいい、それで、僕を化け物のように、人ならざる者を見る目で見ろ!
「分かりました! 冒険者さまも頑張ってください!」
「絶対生きてね! お兄ちゃん!」
両手を合わせて鼓舞してくる民間人たちに、言葉に詰まる。
他の場所に救援に行くと勘違いされたようだ。
胃酸が込み上げてきそうで、すぐにその場から立ち去る。
再び、火花が飛び交うオラリオを駆ける。
「なんで、殺せなかった……?」
しっかりと首か心臓に狙いを定めて矢を放った。
なのに、軌道は逸れて、殺そうとした白装束は生きている。
中には、致命傷にさえなっていない奴もいた。
「助けて、お母さん」
みっともない祈りを、どこかに避難してるであろう灰髪の女性に捧げる。
お母さんなら、僕を救ってくれる。
お母さんなら、この悩みも解決してくれる。
吐き気を必死に堪えながら、足を進めていく。
考え事をしていたからだろうか、立ち止まっていた人にぶつかってしまった。
「ごめん……っ、ラウル?」
「ガルフ……?」
ぶつかって転んでしまった少年には、見覚えがあった。
オラリオに来て、数少ない友達。
今はこんな恥ずべき姿を見せたくないと思い、早々に立ち去ろうとするが、ラウルが僕以上に顔色を悪くしており、そんな考えは吹っ飛んだ。
「大丈夫? 何があったの?」
「もう、終わりっす。オラリオは終わりっすよ!!」
「一旦、落ち着いて。状況を教えてほしい」
涙を流すラウルを必死に宥める。
僕も吐き気を必死に堪えているが、自分よりも状態の悪い人を見ると、幾分か正気に戻れた。
震えるラウルは、絶望を滲ませながら言の葉を紡いだ。
「ガレスさんと、リヴェリアさんが、やられたっす……」
「えっ?」
耳を疑う情報に、思わず聞き返した。
「ガレスさんと、リヴェリアさんが、たった一人の魔道士にやられたっす!」
景色が加速する。
『二人を倒したのは灰髪の女っす』
違うよね……?
『目は緑色と灰色のオッドアイで、』
姿が似ているだけだよね……?
『服装は魅惑的な黒いドレス、』
だって、そんなのおかしい。
『気をつけてくれっす』
お母さんは、
『あれは……化け物っすよ』
切望を抱いて、ラウルに教えてもらった戦場に向かう。
近づいていくほどに、空気が弾ける音がする。
「っ!」
そして、リヴェリアさんとガレスさんに失望を隠さない、女性の声がした。
「うそって、言ってよ……!」
その声は、昨日まで毎日話していた声で。
泣き叫びたい心に封をして、開けた戦場に飛び込む。
ボロボロになって倒れているガレスさんたちの前に立ち、魔道士と対峙する。
美しい女性と目が合った。
綺麗なオッドアイをこれでもかと開いて、僕の大好きな灰髪を揺らす。
僕は、震える唇で、掠れた言葉を放った。
「なに、してるの。お母さん……?」
確かな絶望を宿して、僕とお母さんは再会した。