魔剣鍛治師と正義の使徒   作:川さん

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暗黒期のキャスターの強さはだいたいレベル6上位を予定しています。


第十六話 融解

 

 

 

 

 

 それは、嵐だった。

 数にして百の剣軍に、醜悪な呪術と小癪な式神がぶつかり合う、死闘という名の嵐であった。

 平安の世を恐怖に陥れた呪術師を前にして、いささかも衰えない戦意――否、殺意を糧に少年は進み続ける。

 彼の脳裏に焼き付いているのは、大事な少女(アリーゼ)でも、眼前の母親(アルフィア)でもない、惨たらしく殺された幼女の死体と溢れる憎悪のみだ。

 

「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 雄叫びと共に目も眩む灼熱と雷霆が呪術師を襲うが、陰陽術式によって相殺される。

 隙をついた所で数十体の式神が少年を呪い殺そうとするが、投影した剣の神秘を暴発させ、式神もろとも吹き飛ばす。

 周りの被害など一切合切気にしない、殺意と憎悪のぶつかり合い。

 もはや教会での面影をなくした少年に、アルフィアは何度目か分からない瞠目した。

 

「これほどまでに強かったのか、ガルフ……!」

 

 ポテンシャルはレベル6、アルフィアも本気を出さずに戦えば倒されてしまうだろう。

 特筆すべきは上級魔法に匹敵する魔剣の複製であった。

 レベル7に至るまでの経験を凌駕する魔剣の錬成、それが少年には存在した。

 

「何なのだ、あの化け物たちは!」

「魔導士ではない儂には分からんが、それを差し引いても目の前の光景が異常というのは分かるぞ」

「異常だと……? その程度の言葉では片付けられん!」

 

 オラリオ最高峰の魔導士であるリヴェリアは、眼前の異質さを受け止めきれない。

 お互いの魔剣と呪術はリヴェリアの【レア・ラーヴァテイン】や【ウィン・フィンブルヴェトル】に勝らずとも劣らない威力、それの連発など異質以外の何者でもなかった。

 

「私があれほどの威力を伴う魔法を放つには、何節にも及ぶ詠唱、深い魔力の練り上げ、そして、何者にも侵されない冷静さが必要だ」

「……儂の目は腐ったか? その要素の全てをあの二人は省いているように見えるのだじゃが」

 

 無詠唱かつ瞬時の顕現。

 冷静さを欠いているのは、少年の表情を見れば一目瞭然だろう。

 一流の魔導士でも、一つでも欠けてしまえば上級魔法を放つことは不可能だ。

 それを完璧に手中に置くまでは、気の遠くなるほどの修練と経験が必要であり、乗り越えた者こそが英雄と呼ばれるにふさわしい。

 

「それだけではない……! 超常的な威力の顕現だけではなく、あいつらは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「どういうことじゃ?」

 

 生粋の戦士であるガレスは理解できない。いや、明らかな異常の前に理解を拒んだのかもしれない。

 同じく二人の異常に気づいたアルフィアは目を見開いている。

 

「あの二人は、数十個の魔法を同時展開できるというわけだ……!」

「ばかなっ!」

 

 左手と右手で別のことをして、脳内で更に幾千にも分かれた道を踏破している。

 おおよそ常人の思考ではなく、それこそ魔導士の壁と呼ばれる『並行詠唱』など片手間に済ませられるだろう。

 もしそんなことが出来るとすれば、運命に愛された天才か、全てを食い滅ぼす怪物しかあるまい。

 

「【辺獄(リンボ)】はまだ分かる。だが、ガルフは一体どんな人生を歩んできたんだ……!?」

 

 十歳という年齢で、そこまでの技能を習得しているのはおかしい。

 生まれた時から冥府に廃棄されても、ここまでの実力をつけることは不可能だろう。

 そこで、ある可能性に至る。

 オラリオ外から仕入れた、フィンから共有された王国(ラキア)の情報に、心当たりがあったからだ。

 

「……習得したのではない。まさか、経験を丸ごと埋め込まれた……?」

「――お取り込みの中、申し訳ありませんが動けますか?」

「その声っ。お主は、【ヘルメス・ファミリア】の……」

 

 虚空から声が聞こえる。

 ガレスは若干回復した身体に鞭を打って振り向くが、そこには誰もいなかった。

 

「今は魔道具で透明化しています。【静寂】も動く様子はなく、ガルフが呪術師を抑えてくれている間に逃げましょう」

「儂らに、みすみす尻尾を巻いて逃げろと言いたいのか?」

「ええ。この戦いは、何かがおかしい」

 

 アスフィは、死闘を繰り広げる呪術師に醜悪な何かを感じ取っていた。

 いつも胡散臭い男神と行動を共にするからか、呪術師からはそのような匂いがする。

 生粋の戦士ではなく、全てを嘲笑い、裏で盤上の駒を優雅に転がす、支配者の顔つき。

 

「一瞬で場が変わってしまう何かが起きる、そんな気がしてならないのです」

 

 アスフィは、静かに懐の漆黒の短刀を握りしめたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁっ」

「随分と息が上がっているご様子、本番はこれからですぞ?」

 

 身体の節々から軋む音が聞こえる。

 シャドウヴィトーとの戦闘と慣れない魔剣によるアーディの治癒、連続してキャスターとの死闘は優に限界を超えていた。

 損傷は回復薬(ポーション)で治せたとはいえ、精神力や気力、失った血液までは治せていない。

 なんとか意識を保ち、キャスターの一挙一動に目を離さないようにする。

 呼吸を整えていると、キャスターの嘲笑う視線が僕の真っ黒になった右腕を射抜く。

 

「ふふふ。その右腕、早く解呪しないと手遅れになってしまいますねぇ」

 

 防ぎきれなかった呪いが右腕に収束している。

 食らった箇所は腹や足など、右腕のみではなかったが、まるで働き蟻のように右腕へと蠢いて行った。

 

「……なるほど。低威力の呪いをあえて受けさせて後に重要な部位に収束させたのか」

「さすがは正宗殿! あなたの危機察知能力は優れており、致命傷は必ず回避いたします。ならば、微弱な一撃をチマチマ当てることで、のちに積もらせるという形を取らせていただきました」

「お前みたいな姑息なやつにはぴったりの戦い方だね」

 

 あらかじめ一箇所に収束するように命令しておいた低威力の呪詛を点々とぶつけることで、警戒をさせなかった。

 いかにもキャスターらしいやり方に、思わず薄ら笑いが出てしまった。

 こんなにも予想が的中するとは思わなかったからだ。

 

「僕が対策していないとでも思った?」

 

 呪術をくらってしまい、黒化した右腕に純白の魔剣をかざす。

 ゲラゲラと気色の悪い漆黒を、真っ白な光が照らし、数秒も経てば完治していた。

 

「――《癒白清穢》、予想通りの攻撃ばかりで助かるよ」

「……ふふ、どこまで拙僧を虚仮にすれば気がすむのでしょうかねぇ……!」

「お前を殺すまでに決まってるだろ――【投影開始(トレース・オン)】」

 

 《癒白清穢》を懐にしまって左手に《招雷靂光》を投影する。

 大きく息を吐いて、すかさず《招雷靂光》に魔力を廻す。

 大気を斬り裂く雷撃が、残酷に終焉を告げる雷霆へと変貌していく。

 

「【強化開始(トレース・オン)】」

「ぬっ!」

 

 スキル【業の目】を発動させ、呪いが発生する場所を先読みする。

 嫌らしいポイントに発動する呪術を避け、魔剣に持ちうる最大限の魔力を溜めて、キャスターに接敵する。

 ゼロ距離で放たれた式神を身を捻ることで回避し、キャスターの懐へ潜り込んだ。

 すかさず呪いを施そうとするが、もう遅い。

 

「《電霆禍来殺・正宗》!」

 

 偽りの英雄をも撃ち抜いた雷撃が、キャスターを襲う。

 雷の顕現に空気は焼き切れ、担い手である僕さえも焦がしていく。

 圧倒的な光熱量に、戦場から一歩退いている四人は目をつぶった。

 

「やったか……?」

 

 キャスターの元から数メートル離れた場所に離脱し、段々と晴れていく煙に目を凝らす。

 ヴィトーやヴァレッタであれば確実に殺すことができる雷殺の一撃。

 それを間近で受けたキャスターは――

 

「……そう、うまくはいかないよね」

「ンンンン。これは身体がむず痒いですぞ!」

 

 ――無傷で立っていた。

 

 所々煤で汚れており、服も穴が空いている。

 しかし、本命であるキャスターにはダメージを負っている様子はなく、変わらず気色の悪い笑みを浮かべている。

 ある意味、予想通りと言えるだろう。

 この程度で葬れたら、あんなにも僕が失うことは無かったんだから。

 

「ヴィトー殿であれば殺されてしまったのも仕方ないでしょうね。彼は良いところまで行ってくれたのですが……」

「よく言うよ。最初から捨て駒だったくせに」

 

 オヨオヨと泣き顔を作っていたキャスターは、一瞬で口を歪めた。

 

王国(ラキア)の実験の成果は出なかったみたいだね」

「……えぇ、あなたとクロッゾ一族が研究資料の全てをぶち壊してくださいましたから」

 

 表情を抜け落としたキャスターは、怒りに揺るがない殺意を持って僕を見つめる。

 計画をボコボコにされたキャスターは憤怒に燃えるが、多数の犠牲を払った一ヶ月前のことを非難される謂れはない。

 すぐにニヤけ顔に戻したキャスターは、僕の攻撃など意味がないと言うように、両手を広げる。

 

「ガルフ殿の切り札も拙僧には効きませぬ。降参なさいますか?」

「お前に膝をつくくらいだったら死を選ぶ」

「負け犬の遠吠えとはこのことですなぁ!」

 

 自身の勝ちを疑っていないキャスターは、顔を抑えて大笑を上げる。

 確かに、現状ではキャスターに決定打を与えられる手札はない。

 【壊れた幻想(ブロークンファンタズム)】だって、至近距離で爆発させても大したダメージにならないだろう。

 キャスターがあれほどの接近を再び許すとも考えにくい。

 現実を受け止めて、ようやく覚悟が決まった。

 思い浮かべるのは黒肌のアーチャーと、前世の母親。

 

「力を貸して――アーチャー、お母さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『弓の使い方を教えてほしい、ですか』

 

 嘆息する()()()()()のアーチャーに、懇願の眼差しを向ける。

 悩んでいるのか、アーチャーの漆黒の眼差しが動揺で揺れていた。

 意外にも押しに弱いことに気付いたので、そのまま距離を詰めて逃げ場をなくす。

 

『お願い。今は仲間だから、ね?』

『いえ、しかし……』

『そこを何とか、セイバーを圧倒した弓術を……ふぐっ!』

『あん? 圧倒されてねぇ、ありゃ機を伺ってただけだよ』

『図星だったからって殴らないでよ!』

 

 あと一歩というところで、後頭部に衝撃が走った。

 下手人に目を向けると若造クソジジイが立っていたので、脛に蹴りを入れる。

 魔術師とはいえ半人前の僕がサーヴァントの脛を蹴ればどうなるか。

 

『痛いっ』

『耐久Aを舐めんな。お前のチャチな蹴りなんて効かねーよ』

『……魔力Eの脳筋め』

『鍛治師に魔法なんざいらねぇだろ』

『――はは』

 

 いつも通り啀み合っていると、目の前からクツクツと笑い声が聞こえる。

 口を抑えて笑うアーチャーに目を点にしていると、アーチャーは頬を染めてそっぽを向く。

 

『不快だったならすいません。生前ではこんな平和な会話はなかったもので』

『あー、その弓を見りゃ神代のサーヴァントみてぇだし、その顔じゃめんどくさい人生を送ってきたな』

『ええ、私は鍛冶師として名を挙げたことでサーヴァントとなった貴方が、心底羨ましい』

 

 アーチャーにとって、英雄とは人殺しの代名詞であり、だからこそ鍛冶師として人理に刻まれたセイバーに羨望にも似た想いを抱いているようだ。

 蒼炎を激らせ身長を優に越すアーチャーの弓は、彼にとって罪禍の証明なのかもしれない。

 そんなものの教えを乞うてしまい、今更になって顔を青くする。

 もしかしたら、セイバーのその事が分かって止めようとしてくれた……?

 アタフタとしていると、アーチャーは優しい顔つきで僕に言った。

 

『私でよければ、弓の使い方を教えましょう』

『なっ!』

『いいの……?』

『ええ、貴方ならばきっと正しいことに使ってくれる』

 

 セイバーは驚きに目を開く。

 なぜっ!? と言うよりはマジかよ……と信じられないように驚いており、こんなセイバーは珍しいなぁと思いながら、アーチャーからの厚意をありがたく受け取る。

 

『じゃあ早速修練場に……』

『ちょっと待て。そんなに易々と教えちまっていいのか? 弓はお前さんの生涯とも言える代物だろ』

『鍛治を教えてくれてるセイバーが言う?』

『お前は黙ってろ』

 

 鍛治師としての技能を全て教えてくれるセイバーが言えたことではないと思うが、ピシャリと黙るよう言われたので口を閉じる。

 だけど、アーチャーの心配をしているというよりは、どこか子供が駄々をこねているような、そんな印象を受ける。

 

『いえ、一子相伝のものでもなければ、隠しているというわけでもないので大丈夫ですよ』

『いや、だがな……』

 

 やんわりとアーチャーは否定するが、それでもセイバーはしつこい程に否定した。

 とうとう僕の悪口まで言い始めたので、いい加減止めようとすると、アーチャーは納得したように手を叩く。

 微かに僕を見て、僕に聞こえない音量でセイバーに囁く。

 

『心配しなくとも、師匠の座を奪ったりしませんよ』

『〜〜〜〜〜っ! もういいっ! ()は飯を作ってくる!』

『あ、セイバー行っちゃった』

 

 頬どころか耳まで真っ赤に染めたセイバーは、勢いよくキッチンの方へ去ってしまった。

 あのセイバーが顔を赤くするなんて初めてなので、アーチャーに何を言ったか聞くと、

 

『ふふ、聞かないであげてください。彼にも可愛いところがあるということですよ』

『えぇー、ジジイの可愛いところなんて要らないよ』

 

 何度聞いても誤魔化され、結局答えは最後まで言ってくれなかった。

 不満だったけど、弓矢を教えてもらえるならいいやと思い、やる気充分なアーチャーと共に修練場に向かった。

 愛弓を携えて僕と相対するアーチャーは、一つ一つ順序立てて説明する。

 

『まず、あなたは攻撃の手段の一つとして弓術を獲得したいのであり、私のような弓兵になる気はないという認識で違いないですか?』

『うん。主武装は決めずに色んな闘い方をしたいと思ってる』

『ならば、あなたのやることはただ一つ――――矢の爆発的な威力向上ですね』

 

 そう言われて、頭の中で疑問符が溢れた。

 てっきり、無難な的当てから始まるのかと思ったけど、いきなり矢を改変するとは予想していなかった。

 首を捻る僕にアーチャーは苦笑しながら説明する。

 

『弓の当たる精度を上げるのは一朝一夕では無理ですし、あなたがこれから戦う相手はその程度であれば攻撃にもならない』

『……でも、矢が当たらなきゃ意味がないんじゃ』

『逆転の発想です。当てる対象が素早ければ、矢自体を大きくすればいいんですよ』

『えっ……?』

 

 一流の弓兵とは思えぬ発言に目を見張る。

 セイバーのように真髄を深めるのでなく、その言い方はまるで――

 

『――現代では【ゴリ押し】と言うのでしょうか』

 

 おそらく昼間のスーパーで学んでであろう言葉を、アーチャーは得意げに言った。

 フフンと胸を張っているところから、僕は悟った。

 

 ――この人、天然だ。

 

 吹き出さないように我慢しつつ、【ゴリ押し】について思考を回す。

 僕が一流の弓兵ほどの技能を習得するには時間が足りず、攻撃の手段として求めるなら至高の一射ではなく、高火力の乱射を極めた方が良いということだ。

 

『肝心の威力の高め方ですが、魔力放出によって火力を上げる者、私のように神器を介することで神代の射撃にするなど方法はたくさんあります』

『神器かぁ……』

『ですが、あなたは既にその手段を手にしていますよ』

『え、本当?』

 

 一切心当たりが浮かばず、揶揄われているのかと思ったけど、アーチャーの表情は真剣そのものであった。

 彼は無言で、僕の左腕を指差す。

 ()()()()()()()()()()()()()()()が刻印されているのを思い出して、ある可能性に至る。

 

『魔術で高威力の矢を作るってこと?』

『チョベリグです』

『ぶほっ!』

『どうかしましたか?』

 

 またスーパーの若者が使っていたワードを出してきた。

 微妙に古いワードをぶち込んできたアーチャーに耐えきれず吹き出してしまうが、そのつぶらな瞳に何も言えなかった。

 無理やり話を逸らすために、弓についての話を続ける。

 

『瞬時に矢を投影して、その矢を神代には至れずともそれなりの威力に強化する……確かに強そう』

『それだけではありませんよ』

『えっ?』

 

 僕がセイバーから受け継いだ魔術は【投影】と【強化】の二つだけ。

 ここでも天然を発揮したのかと思ったけど、彼の視線は依然として真面目だった。

 

『セイバーからではなく、『千子正宗』オリジナルの魔術のことです』

『っ、あれは……!』

 

 アーチャーと共闘した際、一度だけ使った僕の……いや、お母さんから継いだ魔術。

 無意識に頭の内から除外していたそれに、僕は吐き気を覚えた。

 急に顔色を悪くした僕に、アーチャーは駆け寄ってくる。

 

『すいません。それはあなたにとって良くないものでしたか』

『いや、大丈夫。まだ、ちょっと使うのが怖くて……』

 

 あの魔術を使うたびに、キャスターにお母さんが殺されてる姿が鮮明に蘇るのだ。

 そして、それと同時に腹の底から湧いてくる。

 

 ――キャスターを抹殺しろ、と。

 

 憎悪、殺意、自戒、後悔、罪悪感、慟哭、、惜別、哀愁、全てが身体の中で暴れ回る。

 

『その感情とはしっかり向き合うべきですね。私もある男によく分からない感情を抱いているのですから、上から目線では言えませんが』

『アーチャー……』

 

 憧憬のようで、親愛のようで、憎悪のようにも見える瞳で、アーチャーはため息をついた。

 詳細を聞けるほど、僕は図太くはなれなかった。

 気を取り直したアーチャーは、微かに笑みを浮かべて断言する。

 

『一つ言えることは、あなたの魔術と弓矢が交わった時、それは必ずや何物をも射抜く光となるでしょう』

 

 その日から、アーチャーとの修行が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【投影開始(トレース・オン)】」

 

 二振りの魔剣……《炎天爛媧》と《招雷靂光》に加えて、ヴィトー戦でも使った弓を投影する。

 未だに油断しているキャスターは構えさえもとらない。

 むしろ、そんな武器で何が出来ると嘲笑っている。

 

「【強化開始(トレース・オン)】」

 

 魔力を練り込み、二つの傑作を昇華させる。

 右手には地獄を呑み込む大太刀……《閻魔焔劫・正宗》

 左手には眩い雷が迸る長巻……《電霆禍来殺・正宗》

『シャドウ』やヴィトーを圧倒した昇華魔剣、これでも足りない。

 身体の奥底に封印していた、開けられぬよう閉ざしていた鎖を引き千切る。

 前世でも、今世でも、僕にしか使えない魔術。

 その名は――

 

「――【融解開始(マージ・オン)】」

 

 二つの昇華魔剣を一つに、溶かし、混ざり、加える。

 アーチャーが絶賛した、足し算ではなく掛け算の魔剣融解。

 無意識に後ずさるほどの魔力に、ようやくキャスターは動き始めた。

 僕を……いや、一つとなりかけている矢を止めようと。

 炎と雷が、相反するはずの属性が無理やり一つとなる。

 独立しているはずの、個体のみで完結するはずの魔剣が、更なる進化を求めている。

 

「――できた」

 

 顕現するは、二メートルにも及ぶ、漆黒の矢。

 至近距離まで迫っているキャスターに向けて、矢を弓に番える。

 咄嗟に回避しようとするが、もう遅い。

 

「――くたばれ」

 

 必殺の一撃が、キャスターの胴体に直撃する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそ、やったんですか……?」

 

 アスフィは目の前で起きた人智を越える戦いに目を奪われていた。

 近くにいるリヴェリアとガレスも一緒で、遠くで静観しているアルフィアも今は目を見開いている。

 あれから逃げようと試みたが、示し合わせたように式神が邪魔をし、脱出することは出来なかった。

 

「あの威力……深層のモンスターなど相手ではないな」

「まったく、自信を失うわい」

 

 自前の回復薬を使い、立てる程度には回復した二人のレベル5は、自分達の先を少年にいかれていることに隠を落とし、すぐさま持ち直す。

 

「あの外道を倒せれば、あとはアルフィアのみだ。実力差は分かっているが、小僧とアルフィアを戦わせるわけにはいかん」

「……あぁ、一度母親になってしまえば、もう戻れないからな」

 

 ロキに預けている金髪の少女を思い浮かべながら、リヴェリアは杖を握った。

 今度は、我々があの少年の助けになる番だと、やる気に満ち溢れて。

 二人の戦意にアスフィは息を呑む。

 

「はっ、煙が晴れて……」

 

 隕石でも墜ちたのかと疑われるほどのクレーターの真ん中に、呪術師はいた。

 生き残っているという事実に、アスフィたちは戦闘体制をとろうとするが、ガルフが余裕でいることに違和感を覚える。

 朧げだった煙が完全に晴れ、呪術師の全貌が明らかになる。

 

「やってくれましたね、今のはアーチャー殿の入れ知恵でしょうか」

「半身を失って、よく減らず口が叩けるね」

 

 呪術師は左半身が焼け焦げ、臓物が地面に落ちている。

 余裕の表情を消し去り、殺意と憤怒を持ってガルフを睨む呪術師は満身創痍であった。

 素人が見ても致命傷と断言できる有様だったが、それはすぐに変わることとなる。

 

「ーー急急如律令」

「なっ、馬鹿な!」

 

 リヴェリアは見たこともない回復魔法に声を上げて、ガレスはその治癒力に目を向く。

 失われていた半身が元通りとなり、不健康な色白の肌が出てきた。

 少年の必殺が幻想のようになった事に、アスフィは絶望にくれるが、ガルフだけは違った。

 

「無理しないでよ。半身を癒すほどの力、もう立ってるのも辛いんじゃない?」

「ふははは! それは貴方もでしょう、先ほどからずっとふらついております。片目も見えていないようですし」

 

 呪術師の言葉に少年を凝視すると、彼は滝のように汗を流して、唇を青くしている。

 不自然に右側も庇っており、魔術行使によって致命傷を負ったのは呪術師だけではないということを如実に表している。

 毅然に笑みを浮かべる二人を突き動かすのは一つの『想い』――――ボロボロになっても衰えない殺意のみだ。

 

「正宗殿。なぜ、私が生首を最初に見せたと思いますか?」

「……何を言ってるの?」

「あなたにもっと絶望してもらうなら、戦いの最中で見せるべきでしょう。そっちの方が技の精度も冷静さも奪うことが可能です」

 

 言われて、少年は納得する。

 目の前の外道はこの世の悪を煮詰めたゴミクズであり、確かにそっちの方が自分は絶望しただろうという確信があった。

 では、なぜ戦う前に絶望を見せたのか。

 少年は嫌な予感が、ガンガンと警鐘を鳴らすのを無視して話を続ける。

 

「……だから何だって言うの?」

「もうお分かりでしょう。拙僧が生首を出した理由は、正宗殿に絶望を与えるだけではありませぬ」

「まさか……!」

「あなたが完全に意識を途切れさせる一瞬が必要だったのでございます」

 

 瞬間、アスフィたちは瞠目した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 極東で言えば、陰陽術式。

 

 ――陽と陰。

 

 ――生と死。

 

 ――希望と絶望。

 

 対局の性質を兼ね備えたそれらを内包した、キャスター・蘆屋道満の十八番にして、平安時代を地獄にした陰陽術。

 理解が追いつかないアスフィたちは、瞬時に対応できない。

 それが、恐るべき威力を伴った爆発術式であることなど、分からない。

 もし、分かるとすれば、

 

「くそっ!」

 

 前世で散々同じ手を使われた宿敵ぐらいだろう。

 

「【鬼神招来】――さぁ、ガルフ殿、どうなさいますか?」

 

 問いかける前に少年は動いていた。

 その陰陽術で、無辜の人々をたくさん殺されたからか。

 それとも、何度も魔剣談義を交わしたアスフィを守りたかったからか。

 本当のことは、少年にもわからない。

 

「まずいっ、【九魔姫(ナイン・ヘル)】防御魔法を今すぐ!」

 

 アスフィが異常に気づいたが、もう遅い。

 彼女たちを襲う凶刃は、既に首までかかっている。

 ただ、一つだけ言えることは。

 

 ――少年は、知り合いを見殺しに出来るほど、強い者ではないということだ。

 

「「「「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」」」」

 

 大爆発に、呪術師と魔道士以外は声にならない悲鳴を上げる。

 最初から仕掛けられていた罠が邪悪の旋律を奏で、殺戮を持って鎮魂歌(レクイエム)を綴る。

 無慈悲な指揮者は指揮棒(タクト)を振るって、冒険者たちに死を届ける。

 

 冥府への誘いに三人が応えるところで、何かが遮った。

 小柄で、ボロボロな何かが、大きな盾を投影し、その身を犠牲にして彼女たちを守る。

 

「なっ!」

 

 闇が晴れ、自分の身体が爆散していない事に驚いたアスフィが、何かを見つける。

 それは、ずっと追いかけていた、ずっと焦がれていた背中。

 常識に囚われない、『絶対』を侵せる、何かを求めてしまった一人の少年。

 目尻に涙を溜めながら、その者の名を紡ぐ。

 

「しっかり、して下さい! ガルフ!」

 

 全ては、呪術師の筋書き(プロット)通り。

 

 

 

 

 

 

 




【融解魔術】
あらゆる法則を一時的に捻じ曲げて対象を融合させる、千子正宗のみ許された魔術。なお、長時間の融合は不可能であり、三秒を過ぎると法則により大爆発を起こす。そのため、剣や槍など持続的に戦闘で使う物には向かない。
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