荒野が広がっていた。
森林はおろか、草や葉さえもない、枯れ果てた大地。
生物に必要な水分もなく、人間は三日も持たないであろう、荒野が眼前に映り込んでいた。
何事かと声を発しようとしても、声帯を通るのは声にならない病人のような掠った音。
まるで、お前はこの世界で存在してはならない、と言われてるようだった。
世界から除け者にされる感覚を受け、何もない荒野を歩いていく。
「良いのかい? それを抜いたらもう戻れない」
ひどく胡散臭い、場違いの優男風の声が、荒野にこだました。
何かに急かされるように声の方角に向かうと、そこには白いフード被った人ならざる者、そして、まだ十五歳にも満たない幼さを残している少女。
しかし、何より目を惹くのは台座に刺さっている剣だ。
「それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ?」
フードの男が、人智では理解のしようがない剣を指差して、少女に問いかけた。
たしかに、男の言うことは本当だろう。
あの剣は神器……いや、神造兵装、手にしたら最後、ろくな死に方はできない。
脅しとも取れる文言に、少女は笑った。
「いいえ、多くの人が笑っていました。それにこんな私を信じてくれた人達がいた」
それが、なによりも幸福だと、少女は笑顔で物語る。
たとえ、破滅の道が待っていようとも。
「だから、私が例え人間でなくなっても、決して間違えではないのです」
迷いもなく断言して、少女は選定の剣――カリバーンに手をかける。
まるで、少女を待っていたというように、カリバーンはゆっくりと引き抜かれる。
これこそ、アルトリア・ペンドラゴンの偉大なる伝説の始まりにして、唾棄たる破滅への一ページ。
「……さて、今見せた物語の主人公はアルトリアだ」
(〜〜〜〜っ! 見られてる……!?)
フードの男がそう言った瞬間、世界が花景色にへと変貌する。
少女であったものは何輪もの積み重なった薔薇に、カリバーンは百合の花に。
一面の荒野は天国のような花畑に。
(幻術……?)
「しかし、アルトリアでさえ、最後に待っていたのは破滅と絶望だった」
場面が移り変わる。
血を噴き出しながら、横たわる兵士たち。
目視できる範囲で千に及ぶその数は見ていて気持ちの良い者ではない。
そして、数多の屍の上で決戦を繰り広げる二人の騎士。
終末は、騎士王が聖槍で叛逆者を突き刺し、叛逆者が騎士王を宝剣で殺した。
「アルトリアは蛮族に攻め込まれのでも、病気に侵されたわけでもない。信頼していた騎士たちによる内乱で栄華に幕を閉じた」
嫌というほど知っている。
前世の聖杯戦争で鎬を削ったバーサーカーは、偉大なる
そして、バーサーカーも『アーサー王伝説』の物語で狂い、高潔な精神を汚されていた。
死んでもなお精算しきれなかった憎悪でも、濁らせることの出来なかった剣技と聖剣に何度殺されかけたか分からない。
難しい顔をする白衣の男は、怪訝な表情をケロッと変えて言い放つ。
「アルトリアはダメだった。なら、君はどんな結末を見せてくれるんだろうね」
微かに期待の込められた言葉が放たれた瞬間、頭に強い鈍痛が走る。
あまりの痛みに膝をつくと、白衣の男は興味を失ったように身を翻し、僕の元を去っていく。
「そろそろ時間か、また機会があれば会おうね」
薄れる意識の中で最後に見たのは、手を振りながら無表情でこちらを見つめる、男の姿だった。
「っ!」
身にかけられていた毛布を投げ飛ばして、ベットから跳ね起きる。
白衣の男の姿を探そうとして、あたりの光景が荒野でも、花畑でもなく、ただの病室であることに気づいた。
右の視覚が完全にないことを確認して、窓から覗く太陽から、時刻はだいたい朝の八時頃だろうと推察する。
そこは、『シャドウ』との戦い以降、頻繁に訪れている場所であり、見覚えがあった。
「ここは【ミアハ・ファミリア】の……」
「目が覚めたようだな、ガルフ」
「……ミアハ」
「アスフィが血だらけのお主を飛びながら運んできた時は肝が冷えたぞ」
ミアハから『大抗争』の顛末について聞いた。
まず、アーチャーの神器を投影した僕は僅か二射のみで身体の細胞が限界を迎え、高台から落ちた。
間一髪のところでアスフィが助けてくれて、そのまま白装束からの攻撃を守りつつ【ミアハ・ファミリア】の病院まで連れて行ってくれた。
「やっぱり、アーチャーの神器を制御下におくのは無理だったか……」
「……そこに関しては山ほど聞きたいことがあるが、今は先に進むとしよう」
疑似的な
焚きつけた冒険者たちは多くの犠牲者を払いつつ、果敢に
数多の冒険者の犠牲があってか、避難所へと逃げることができた民衆たちは生存しており、か細い命を繋いでいる。
しかし、多数の被害に加え、目に見える
肝心の冒険者陣営だが……
「【猛者】は新たに現れたゼウスの眷属に敗北し、ロキのところはついに【戦姫】の投入を決意したようだ」
「オッタルを倒した両手剣の男か……」
「ヘルメスの団長は先の戦いで死亡。アスフィが団長を継ぎ、アストレア、ガネーシャは目立った被害はなかった」
「アスフィが、団長……」
オッタルを倒した両手剣の男に興味は堪えないが、アスフィが副団長から団長になったという情報を聞いて、頭の奥が殴られたような気分になる。
彼女の精神状態はかなり危ない状態にあり、その上で団長という重責を負えば壊れてしまう。
それに、【アストレア・ファミリア】だって犠牲こそ出ていないが、精神の面では危ないに違いない。
「寝ている暇じゃ、ない」
「なっ、よせ、お主の怪我はまだ治りきっていない」
「でも、動けるのなら行かなきゃいけない。それが『英雄』だから」
強引にベットから離れようとする僕を抑えるミアハは『英雄』という言葉を聞いて、その抵抗をやめた。
目が飛び出るんじゃないかというほど目を見開き、驚きをあらわにしている。
「はっ、そうか、『英雄』か」
「……なんで笑うの」
「いやいや、すまない。嬉しいのか悲しいのか分からなくなってしまってな」
お気に入りの子供が神々、いや、世界が望む『英雄』となることを志しているのに、歓喜に震えるべきか、それとも破滅の道のりを歩むことに嘆くべきか。
ミアハには、友として悲しむか、神として称賛するか迷った結果、とった行動は『傍観』だった。
「ならば、止める理由はないな」
「なら――」
「しかし、医者としてお主の状態だけは喋らせてもらうぞ」
すぐに病室を出ていこうとする少年に、医神は言い放つ。
残酷な真実を、医者として向き合わせる時間がきた。
「右眼の失明に両腕の火傷と複雑骨折、注意したいことは山ほどあるが、本命からいこう」
「……」
「――寿命についての話だ」
「気をつけて行ってきなさい」
「うん、
「足りなくなったらいつでも補給しに来てくれ」
五本ほど
なかなかにキツイ内容の話であったが、予想通りと言えば予想通りだった。
魔剣の昇華で寿命を縮めたのであれば、神器の投影など自殺行為に等しい。
昨日の時点でよく死ななかったなと思いながら、ボロボロのオラリオを走り抜ける。
「【
「ぎゃぁぁ!!」
「くそぉぉぉぉ!!」
道中で暴れていた白装束の関節を弓で撃ち抜き、戦っていた【ガネーシャ・ファミリア】に後始末を任せる。
手足が不自由であれば自爆用のスイッチも押せない。
頭を撃ち抜いてもいいが、『英雄』となることを選んだからか、はたまた血の匂いに嫌悪感を覚えたのか、気づけば関節を撃ち抜いていた。
道中にすれ違った白装束たちを無力化しながら、ミアハに教えてもらった場所まで駆けていく。
謝らなきゃいけない、彼女たちのパトロール場所まで。
「嘘つき! なんで守ってくれなかったの!?」
「あの子を、爆発に巻き込まれて死んだあの子を返してよ!!」
「……ごめんなさい」
また、石を投げつけられた。
視界が赤く染まり、鉄臭い液体が地面にポタポタと滴り落ちている。
家出してしまったリオンを探す矢先、不満の溜まった民衆たちと遭遇してしまった。
こんな時代であれば、不満の矛先は敵ではなく守れなかった味方に向く。
あたかも自分達が正しい行いをしているのだ、といった表情を浮かべる民衆たちに、輝夜は斬りかかろうとするが、目線で制する。
これは、私が受けるべき罰だ。
「本当に、ごめんなさい」
「……謝っても、あの子は、リアは帰ってこないのよ!!」
今度は、一回り大きい石が向かってきた。
リアちゃんも【
眼前で泣きながら怒りをあらわにする母親の前で、首を落とされたらしい。
聞きたくもないのに、リアちゃんの母親が存分に聞かせてくれた。
「なんで、私の娘が殺されなきゃいけなかったのよ!?」
私たちだって、必死だった。
そんな言葉が、喉まで出かかって、咄嗟に押し戻した。
疲労の果てに【ミアハ・ファミリア】の病院に運ばれた少年の見舞いにも行けず、昨日から走り回っている。
もう、心も身体もボロボロだ。
「なんとか言いなさいよ!!!」
「っ、団長!」
リアちゃんの母親は石では気が済まないのか、直接殴りかかろうとしてくる。
恩恵によりスローモーションのそれに見える母親の拳から、逃げる気はなかった。
石により顔面の皮膚が一部破けているので、殴られたら痛いだろうが今は避ける気力もない。
他人事のように迫る拳を見つめて、きたる衝撃に目を瞑る。
しかし、衝撃は来ず、代わりに輝夜たちの息を呑む音が聞こえた。
「……リアちゃんのお母さん、気を鎮めて」
「っ、あなたは……ッ!」
目を開けると、右眼に眼帯をつけた赤髪の少年が、弱々しい腕の拳を受け止めていた。
なんで、怪我は大丈夫なの、色んな言葉をかけたくて、何故か声帯は声を通さない。
リアちゃんのお母さんは、本命が来たというように顔を歪めた。
「リアはあなたのせいで殺された! あなたの宿敵を名乗る男に、供物にするために首を切られた! あの子は何もできずに無駄死にさせられた!!」
「……」
「ねぇ、黙ってないでなんか言ってよ! 何とかしてあの子を返してよ、【炎閃】さま!!」
昨日の一件でついたガルフの新しい二つ名を皮肉げに使いながら、リアちゃんのお母さんはここぞとばかりに責め立てる。
その言い様に、どうしようもなく腹が立った。
悪いのは、ガルフじゃなくて【
責められるべきは彼じゃない。
言い返してやろうと思って、彼がとても悲しげな顔をしているのに気づく。
「――【
「なっ、なによっ! そのナイフで私もリアと同じようにする気なの!?」
彼の右腕に小型のナイフが生成された。
謎が多い彼の魔法によって生み出したナイフを空高く掲げて、隣に左腕をかざす。
リアちゃんのお母さんのみならず、周りの民衆が侮蔑の視線でガルフを見つめる中、彼は悲しそうに一瞥し――
「「「「「っ!」」」」」
――ナイフを自分の左手に突き刺した。
理解の埒外である自傷行為に、民衆たちだけでなく私や輝夜、ライラも目を見張った。
彼は痛そうに顔を歪めながら、手のひらから下にナイフをすすめていき、ついに左肩まで到達したところで、ようやく私は動くことができた。
「ちょ、ガルフっ! 落ち着いて……!」
「……やっぱり痛いね」
「そんなの当たり前でっ」
「だけど、リアちゃんこんなものよりもっと痛かった」
初めて、リアちゃんのお母さんが侮蔑以外の表情を宿した。
目に涙を溜めながら驚愕に目を見開くリアちゃんのお母さんに、ガルフは血を振り払いながら近づく。
リアちゃんの憎悪と責任の追求を、真っ向から受けつつ、彼は優しげな口調で言い放つ。
「今、あなたを納得させられる理由も、リアちゃんへの償いもできない」
「っ、だから、何だっていうの……!」
「だから、見ていて欲しい。リアちゃんの死は決して無駄なんかじゃないことを、証明する」
「っ!」
救済の証明や少女への贖罪は今後の行動に見て決めて欲しい。
そう、彼は自覚なき悪意に対して懇願したのだ。
予想などできるはずもない一言に、リアちゃんのお母さんは涙腺を決壊させ、膝から崩れ落ちる。
近くで一部始終を見ていた男性がリアちゃんの母親に近寄る。
おそらくだが、彼は彼女の夫であり、殺されたリアちゃんの父親だろう。
ガルフに目礼をして妻に近寄る姿は、被害者のようだった。
実際、被害者なのだが、今の状況を鑑みれば、まるですべての責任がガルフに集結しているようだ。
興味を失ったのか、周りの民衆たちはたちまち解散していった。
散らばる直前に、ガルフに憎悪の睨みを忘れずに。
「っ、あなたたち……!」
「どうどう、アリーゼ。それよりも、顔の血を拭くから大人しくして」
「え、いや、この程度はだいじょ、」
「良いから」
「あっ、はい」
戦闘以外で初めて見る彼の鬼気迫る表情と勢いに逆らえず、彼が持っていたハンカチで額や頬をポンポンと優しく拭われる。
ポーションがハンカチには染み込んでいるようで、拭われたところからぽかぽかと心地よい暖かいのが広がっていき……
「……ん?」
いや、おかしい。
下級の回復薬であればここまでの即効性はないし、こんな心地よさに包まれることもないだろう。
そう、この感覚はライラがけちん坊で高いポーションの購入を渋ったやつではなく、深層で死にかけたときにかけてもらったやつで……
気がついたところで、顔が青白くなった。
少年へのではなく、後ろのパルゥムの同僚への恐怖だ。
「なぁ、ガルフ」
「ん、どうしたの?」
「あたしの見間違いじゃなきゃ、それは
「うん、ミアハが退院した時にくれて、」
「五十万ヴァリスを擦り傷に使ってんじゃねぇぇぇぇ!!!」
ファミリアの財政を担うライラの嘆きは少し遅かった。
ポーションを使うほど怪我をしないガルフは加減が分からず、
狂ったライラは空になったポーションの容器を涙目で抱きしめている。
だいぶ引いた視線で彼女を見つめていると、ライラの小柄な身体から般若が出ていると思えてしまうほどのオーラを纏って、彼女はガルフに近寄る。
「アホなのか!? ミアハ印のポーションなら品質も良くて、上級ともなれば手もくっつけられんだぞ!!」
「……でも、ミアハが大事なときに使えって」
「擦り傷は下級でいいだろぉ」
ライラが真っ当に怒れないのは、少年への責はなく、むしろ善意で私に上級のものを使ってくれたからだ。
ガクッと項垂れているライラを横目に、私は恐ろしい視線でポーションの袋を見つめるガルフに話しかける。
「あの、ガルフ、その右眼は……」
「あぁ、完全に失明しちゃった。ちょっとやりすぎたみたい」
「ちょっとやりすぎたって、そんな軽く……!」
「重症だバカ者!!」
叱ろうとしたら、それ以上の気迫で輝夜はガルフに怒鳴った。
五感という大事な器官の一つを半分失ったという事実を軽く受け止めている少年に、行き場のない怒りを表す。
しかし、そんな反応も嬉しいと言った表情を彼は浮かべるのだから、どうしようもないだろう。
「笑い事ではないぞ!」
「ふふ、ごめんごめん。それよりも、三人とも一旦ホームで休みなよ。昨日から夜通しで働き詰めなんでしょ?」
「っ! なぜ、それを……」
「そのクマを見たらいやでも分かっちゃうよ」
輝夜を宥めて、ガルフは私たちに休息を勧める。
たしかに、心身共にボロボロだし、できる事ならベットに飛び込みたい。
だけど、今の状況で私たちが立ち止まることは許されない。
そんな正義のファミリアとしての宿命など露も知らずに、彼は取りたいものがあるから一緒にホームに帰ろうと提案してきた。
「ガルフ、あたしたちはな……」
「どーん」
「――ぐふっ、なにしやがるっ!」
「この程度で倒れちゃうくらいに疲弊してる。そんな状態のアリーゼたちをこのままにしておける思う?」
本気の一割も出していない彼の押し出しに、ライラは脆弱な小石のように崩れ落ちた。
レベルの差があるとはいえ、ここまで簡単にやられてしまうのは、やはり彼の言うように疲弊によるものだろう。
「じゃあ、一緒にホームまで行こ」
「……はぁ、分かった分かった。一時間だけ休む」
「もっと休んだらいいのに」
「流石にそれは無理だ」
少年の言うことに納得はしないが理解はしたライラは、観念したように少年と共にホームへと足を向ける。
あっさりと陥落してしまったライラを輝夜は睨みながら、少年の目線を向かせた。
少年は抗議しようとしてやめた。
輝夜の表情が、迷子の子供のような、辛い疑惑に囚われているようであったからだ。
そして、その表情から輝夜は私と同じ気持ちだと確信できた。
「……なぜっ、なぜお前は平常心で居られるんだ!」
「「っ!」」
「……」
「あれだけの怪我を負い、かつてない絶望を私たちは味わった! 先程の民衆たちだって不正当な怒りをぶつけてきた! お前が腕に傷を入れなくとも良かったんだ!」
輝夜の叫びに、私もライラも目を伏せた。
心の中で、頭の片隅で少年の異常なまでの平常さに疑問が尽きなかった。
無意識に蓋をしていたそれを、輝夜は無理やりこじ開けて少年に問うた。
なぜ、あれほどの絶望を、邪神の計略に溺れながらも立ち上がり、そんなにも煌めく星のように在れるのか。
耳が痛いほどの悲痛さに、少年は優しげに微笑みながら輝夜の頬を撫でる。
「その痛み、大切なものを奪われて絶望にくれるのは正当なものだよ。今、輝夜たちの心は崩壊寸前なんだ」
「……」
「僕はね、もう何回も心が壊れてるんだ。だから、耐性みたいなのがついてるんだと思う」
「っ!」
本当に何てことでもないように言い放つガルフの姿は、胸が締めつけられるほど痛々しい。
辛い出来事を乗り越えたのではなく、辛い出来事に接しすぎて一種の慣れを覚えてしまった。
そんな哀しいことを笑いながら言える点から、彼は今も壊れているのかもしれないと思ってしまう。
「ほら、『星屑の庭』に戻ろ」
何も言えなくなってしまった輝夜の腕を引っ張って、ガルフは私たちのホームへと向かう。
気まずい空気が支配する中、彼はポツリと無意識のうちに小さな声でつぶやいた。
――後は
「もう、行っちゃうの?」
「うん。アリーゼ達が頑張ってる時に僕は寝てたから、体力は有り余ってるよ」
三人でホームに帰った瞬間、ライラと輝夜は気が抜けたのか、ソファに泥のように眠ってしまった。
ガルフは自分の判断が間違っていなかったことを痛感し、そっと毛布を二人にかけたのであった。
そして、ガルフは工房から武器を持ち出し、大きな風呂敷にくるんで持っている。
曰く、このたくさんの武器が必要な人たちがいるとのこと。
家出したリューのことを簡単に教えられ、風呂敷を背負ってオラリオの中央に向かおうとするガルフは、ふと振り返ってアリーゼの方に近づく。
「あっ、そうだ。アリーゼ」
「どうしたのっ……!」
「――生きててくれて、ありがとう」
彼の小さな身体が、すっぽりとアリーゼの胴体を包み込む。
かまどのような暖かさに気が緩む。
しかし、今の状況を思い出して、急速に頬に熱が宿った。
早い話、アリーゼはガルフに抱きしめられていた。
彼らしからぬ大胆な行動に、どうしていいかわからず固まってしまう。
数十秒にも感じられた抱擁が解かれた時、ガルフはアリーゼの顔を覗き込んで笑う。
「ふふ、いつものお返しだよ」
「〜〜〜〜〜っ!」
「じゃ、行ってくるね」
ニヤリと笑みを浮かべるガルフに負けた気分になってアリーゼは目を逸らした。
しかし、ここで少女が目を逸らしてしまったのは失敗だっただろう。
自分以上に顔を赤くしている少年を見逃してしまったのだから。
「恥ずかしい」
今更になってさっきの行動に照れているバカはどこですか?
――僕です。
『星屑の庭』から数百メートル離れたところでなお、僕は顔を真っ赤にしていた。
「でも、魔除けの魔術はかけられたし」
無論、ただアリーゼが生きてくれていたことで抱きついたわけではない。
リアちゃんの次にキャスターが狙ってくるとしたら、【アストレア・ファミリア】の誰かの可能性が高い。
家出しちゃったリューとホームにいなかったアストレア以外は全員に魔除けの魔術を施したので、何かあればすぐわかるだろう。
だから、気づかれないよう魔術をかけるのに抱擁は仕方のないことだったのだ。
「誰に言い訳してるんだろ……」
多くの武器が入った風呂敷をジャガジャガと背負いながら、必死に言い訳を並べる。
……なお、別に魔術をかけるのは手を触れるだけでも出来るのだが、あの時は勢いに身を任せてしまった。
「はぁ、アリーゼ引いたかなぁ」
いつものスキンシップの要領なら大丈夫なのだが、アリーゼも固まっていたので何とも言えない。
軽い自己嫌悪に陥りながら、彼は剣戟と魔法が飛び交う戦場に辿り着く。
「はぁぁぁぁぁ! こんなもんかぁ、オッタル!!」
「アレンっ!!!」
「あー、やっぱり予想通りだ。いや、人数が多いか……」
あたりが更地と化した現場では、【フレイヤ・ファミリア】幹部の殺し合いが行われていた。
オッタルが負けたという情報からこんな感じになってるとは思ってたけど、まさか幹部全員が参加しているとはさすがに予想できなかった。
――だけど、かえって好都合。
「はい、一旦ストップ」
「「っ!」」
中央で殺し合っていた二人を止める。
高速で動くアレンさんの脚を左手で掴んで、重厚なオッタルの大剣を右手で止める。
両手からビリビリと衝撃が伝わってくるが、気合いで押し込んで驚く二人を横目に風呂敷を開ける。
他の幹部達からも疑惑と敵意の視線を向けられるが、今は厳重に縛った風呂敷を開けるのが先だ。
「てめぇ、闘いを止めておいて何のようだ……?」
「ちょっと待って、今から説明する」
「知るか、死ね!」
なかなか開けられずに困っていると、痺れを切らしたアレンさんが、闘いを止められた怒りを持って蹴りを放ってくる。
乱暴だなぁ、と思いながら、風呂敷から目を離すことなく、アレンさんの脚撃を掴んだ。
「なっ! 俺の攻撃を見ずに、だとっ!」
「そんな遅い脚なら見る必要もないよ」
「っ、てめぇぇ!!」
「うるさい」
僅かな手加減も消えた本気の脚撃が向かってきたので、寸前で躱してアレンさんの鳩尾を殴る。
対応できず、モロにくらったアレンさんは膝を突きお腹を押さえた。
見下す形となった僕は、一握りの侮蔑を込めて言い放つ。
「
「「「「「っ!」」」」」
「……ごめん、言いすぎた。それよりも、僕は争いに来たわけじゃないんだ」
「それは……!」
オッタル以外の幹部たちが顔を悔しそうに歪めるのを見て、さすがに罪悪感を覚えた。
しかし、僕がしにきたことは闘いに乱入することでも、喧嘩を売ることでもない。
風呂敷から解放された多数の武器を見て、オッタルが感嘆の息を漏らした。
「これは、
「ううん。僕がこれまでに作ってきた武器の失敗作」
「なっ! 全て、失敗作だと言うのか……!?」
オッタルは瞠目した。
【ヘファイストス・ファミリア】の名だたる鍛治師が作った代物と言われても納得できるほどのものだったからだ。
数は数えきれないほど、種類は剣や槍から槌や斧、鎖なんかもあって豊富なラインナップになっている。
周りの幹部たちも驚愕に目を見開き、武器を眺めている。
「これを【フレイヤ・ファミリア】にあげるよ。武器の質が悪ければ、自ずと闘いの質も悪くなる。オッタルにはゼウスの方を担当してもらわないといけないんだから」
「……いいのか?」
「
このオラリオで、【ゼウス・ファミリア】の男を倒せるとしたらオッタルしかいない。
オッタルが担当してくれれば、僕はもう一人の最強に対峙することができる。
オッタルは最終確認を僕にするが、こんなのは廃棄する予定だったので願ったりだ。
「その代わり、必ず強くなってね」
「……あぁ、奴は俺が倒す」
オッタルとその人の間にどんな因縁があるかは分からない。
けれど、
既にボロボロで、得物も傷んでいる【フレイヤ・ファミリア】を見て、この判断は合っていたと断言できた。
そんな時だ。
視界の端で燻っていた猫人が、風呂敷から槍をとりオッタルに殴りかかったのは。
オッタルは超常的な勘でその槍の一撃を防ぐ。
「ぐっ!」
「話は早ぇ、物資も潤った。さぁ、殺し合いの再開だ!」
こうして【フレイヤ・ファミリア】幹部たちは、決戦の日まで殺し合ったのであった。
必死に言い訳をしている少年「あっ、謝るの忘れてた」