魔剣鍛治師と正義の使徒   作:川さん

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常時の場合、ガルフは投影せずに武器を携帯してます。


第二話 母親

 

 

 

 

 

 昨日の襲撃から一夜明け、今はアリーゼとリューと一緒に三人でパトロールをしている。

 最初はアリーゼとリューのみだったのだが、ちょうど武器の製作のきりが良い時にアリーゼから誘われたので同行することにした。

 リューが難色を示していたので断ろうとしたが……

 

「まさかリオン、ガルフのことが怖いの?」

「そ、そんなことありません! 三人で行きましょう!」

 

 との会話を経て、三人でパトロールしている現状に至るというわけだ。

 

「なんか、みんな活気がないね」

「えぇ、ここが世界の中心と呼ばれるオラリオなどとは考えられません」

 

 道行く人はみんな暗い顔をしており、開いているお店にも万引き防止用の柵が張り巡らされている。

 治安の悪さと人々の不安が生活に如実に現れているのだ。

 

「誰もが常に怯えている。人々の笑顔が守れていないことが歯痒いです」

 

 リューの意見に無言で同意する。

 全てを守れるなんて全能感に浸っているわけではなく、どこかで犠牲が出るのは致し方ないことだ。

 

「だけど、それを当然として受け入れたくないよね」

「……」

 

 暗い空気がリューとの間に生まれるなか、アリーゼはそんな空気を吹き飛ばすように笑った。

 

「リオン、ガルフ。確かに私たちが取りこぼしてしまうものは多いわ。だけどね、しっかり届いてるものもあるの」

「あっ! 【アストレア・ファミリア】の人達だ!」

 

 アリーゼの言葉に首を捻っていると、まだ五歳くらいの幼女が走って近寄ってきた。

 

「あなたは前の事件で逃げ遅れちゃったリアちゃんね!」

「うん! あの時はありがとう!」

 

 大輪の笑みを咲かせて、幼女は感謝を伝える。

 胸の奥が少し暖かくなった気がした。

 

「あぁ【アストレア・ファミリア】の皆様。あの時はありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいか……」

 

 リアちゃんの母親と思われる人物がアリーゼたちに話しかける。

 このような時は仮面をしていて良かったと思う。はにかんだ笑顔を見せれば揶揄われてしまう気がしたからだ。

 リアちゃんはアリーゼをすり抜けて近づいてくる。

 

「はいこれ! 仮面のお兄ちゃんにプレゼント!」

「これは……」

 

 リアちゃんがくれたのは、近くの露店で売ってるナイフだった。

 おおよそ食材を調理するときに使うものであり、戦闘向きのものではない。

 

「貰っていいの?」

「うん! お兄ちゃんは小さいナイフで敵を倒してたから、これも使えると思って!」

「そっか……大事にするよ」

 

 リアちゃんの頭を撫でながら感謝を伝える。

 主武装である双剣と間違えたのだろう。確かにこのナイフと短刀は切れ味こそ違うが、大きさは酷似していた。

 実用的なものではないが、今はそんなナイフでも心が温まる。

 

「リア、【アストレア・ファミリア】の皆さまはこれからも仕事があるから」

「そっか、じゃあお姉ちゃんたち頑張ってね! バイバーイ!」

 

 最後まで笑顔を分けてくれたリアちゃんは母親と共に去っていった。

 貰ったナイフをポケットにしまい、リューの方を見れば彼女もどこか澄んだ顔をしていた。

 

「アリーゼ、あなたの言う通りでした。歯痒く思う暇なんてありませんね」

「ふふ、さぁ、心機一転! パトロールを再開しましょう!」

 

 先程まで蝕んでた足の重さは、いつのまにかなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、助かったよ。正義の冒険者はすごいなぁ」

「大丈夫? 四四四ヴァリスの神様」

「ぐふぅ、その言い方には語弊がある気がするよ」

 

 四四四ヴァリスという非常にショボい金額を掏った中年の浮浪者はアリーゼたちに任せて、黒と白がメッシュになっている神の元へ赴いた。

 喋り方といい、見た目といい、どこか胡散臭さが拭えない残念な神だった。

 

「残念な()だね」

「がはぁ、仮面の奥で絶対嘲笑ってそうだなぁ」

「あ、本音が漏れてた」

「もっと辛くなりそうだよ!」

 

 普段アリーゼやライラによくいじられるため、こうやって誰かをいじるのは案外楽しかった。

 

「待って、何かに目覚めたような顔をしないで」

「大丈夫、すぐ気持ち良くなるから」

「そこの女の子たち助けて! 一番捕まえなきゃいけないのはこの子だ!」

 

 やっぱり楽しい、と思っていると財布を取り返したアリーゼたちが戻ってくる。

 途中で合流したのか、そこには【ガネーシャ・ファミリア】のアーディ・ヴァルマもいた。

 

「大丈夫ですか? お怪我とかは……」

「平気だよ、財布を取り戻してくれてありがとね。それよりも、俺の名前はエレン。君たちの名前は?」

 

 四四四ヴァリスの神……エレンは財布を受け取りながら問いかけた。

 心なしか視線はリューの方へと向いている気がする。

 

「私はアリーゼ・ローヴェル! 【アストレア・ファミリア】の団長よ!」

「……リオンと名乗らせてもらってます。同じく【アストレア・ファミリア】です」

 

 【アストレア・ファミリア】……その言葉を聞いた瞬間、神エレンは微かに目を見開いて、そして小さく()()()

 無邪気な子供のようにも、残忍な為政者のようにもとれるその瞳は微笑は背筋を一瞬にして凍らせるほどのものであった。

 

「な〜るほど、まさに『正義の使者』だったわけだ。いいね、実にいいよ、この出会いは」

「……いったい何をおっしゃっているのですか?」

「なに、君たちに助けてもらってよかったって意味さ。単なる勧善懲悪じゃない落とし所、実に見事だった」

 

 何も面白くはないのに、笑みが深くなっていくエレンにリューは疑惑の視線と一握りの不快さを胸に抱いた。

 悪口を言われているわけでも、何か嫌がらせをされているわけでもない。

 いうならば、この神の在り方に不快感を抱いている。

 

『敵意もないのに、どうしてか癪に障る。この神はいったい……』

「特にリューちゃん。君は純粋そのものだ。だからこそ、君がこの暗黒期にどんな答えを出し、どんな色に染まるのか楽しみだ」

 

 一通り言い切って、エレンはヘラヘラ顔に戻った。

 先程までの剣呑さとは打って変わって胡散臭さ全開の神エレンに対し、僕たちは猛攻を始める。

 

「神エレン、それセクハラだよ」

「やめてぇ。俺はゼウスとかとは違うからァ、純愛一途な神様だからぁ」

「はっ、もしや『デュフフ』とか言い出す神かしら!」

「それもやめてぇ。俺はそんなモブ神じゃないからぁ、これでも神格は高い方だからぁ」

「神様はみんなそう言いますよね!」

「ぐふぅ!」

 

 アーディの天然コークスリュー・ブローがエレンを襲う。

 エレンを見てると、知り合いの魔道具製作者(マジックメーカー)がよく愚痴をこぼす神に似てるなと思った。

 いつのまにかうずくまっていたエレンは軽くダメージを貰いながらも、しっかりと大地を踏み締め立ち上がった。

 

「僕のライフはもうゼロさ。君たちも忙しいだろうし、ここらでお暇させてもらおう」

「……お一人で大丈夫ですか? せめて送迎を」

「そこまでしてもらったら悪いよ。じゃあ――またね」

 

 この暗黒期に神が一柱送還されれば大惨事だ。

 よって外に出るとしても眷属の誰かを連れるのが暗黙の了解だが、エレンのように自由な神はいる。

 リューの気遣いをひらりとかわしエレンは気楽に去っていった。

 しかし、途中で何かを言い忘れたようで、振り返って問いかけた。

 

「あっ、そうだ。仮面の君」

「ぼく?」

「そうそう、一つ言いたいことがあったんだけど」

 

 エレンは一拍置いて、再び口を開いた。

 

「なんで君は――()()()()にいるんだい?」

 

 その空虚は瞳は、何の感情も映していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ダンジョンで闇派閥(イヴィルス)の気配があるみてぇだ。アリーゼ、リオン、応援に向かうぞ』

『了解よ! ガルフは先にホームに戻ってて』

 

「僕もダンジョンに行ってみたいなぁ……」

 

 神エレンとの遭遇を経て、パトロールを再開しようとしたらライラが応援の要請を伝えにきた。

 いわく、闇派閥(イヴィルス)の幹部が出てる可能性が高いとのことだ。

 ちなみに僕はお留守番である。いくらレベル5でも十歳でダンジョンに入るのは流石にダメだとアストレア直々のストップがかかっているのだ。

 

「【ロキ・ファミリア】は九歳の子でもダンジョン潜ってるのに」

 

 フィンさんから頼まれた武器の納品のために【ロキ・ファミリア】を訪れた際、金髪の少女に詰め寄られたのを覚えてる……なぜか緑髪のエルフの人に拳骨を食らってたけど。

 だから、せめてもの抵抗でホームに真っ直ぐ帰らず、寄り道をして行くことにした。

 

「うん、やっぱここは落ち着く」

 

 訪れたのは廃れた教会だった。

 神を崇めるために築かれたその二階建ての建物はほぼ崩れかけている。ところどころ石材が剥がれ落ち、外観からは気の遠くなるような年月が予想される。

 だけどそんな静寂さが、どこか秘密基地のような雰囲気を醸し出していてお気に入りだった。

 本来ならばここは誰も住んでおらず、いつも一人のはずなのだが……

 

「こんな時期に教会に来る者がいるとは、迷える子羊か?」

 

 薄緑のローブに灰色の髪。ローブの下の黒いドレスは驚くほど似合っていて、男ならばあまりの美しさに鼻の下を伸ばしてしまうだろう。

 けれど、今はそんなことどうでもよくて、その女性を見た瞬間、心臓が止まった気がした。

 

 

「お母、さん…………?」

 

 

 心臓がうるさい。

 緊張で手に洪水が起こる。

 喉に何かがへばりついてうまく息を吸えない。

 

「あっ、あの、えっと、その」

「落ち着け小僧。わたしは……」

 

 息切れが激しくて、目の前がチカチカする。

 頭が鈍器で殴られたように痛んで、膝から崩れ落ちそうになる。

 

「おいっ、大丈夫か」

 

 焦ってる声が耳を通り抜けて、ついに意識が薄れる。

 微睡む意識のなかで最後に聞こえたのは、こちらを案ずる女性の声であった。

 

 

 

 

 

 

「なんなのだこいつは」

 

 愛する妹が好いていた教会を訪れていたら、突如少年が現れ、自身を見た瞬間倒れた。

 今や没落したファミリアに所属していたときに潰した対抗勢力だろうか……いや、さすがにあんな子供を巻き込むような抗争はしていないはずだ。

 それに加えて眼前の子が放った一言。

 

『お母、さん…………?』

 

 仮面を被っていたため、瞳しか分からなかったが渦巻いていた感情は驚愕、親愛、そして慟哭。

 少年の母親とはおおよそ普通の関係ではなかったのだろう。

 そう思考して、一気に考えを打ち切った。

 

「私が母親など、ありえないな」

 

 心優しい妹ならまだしも、これから大罪を犯す自分にとって母親など唾棄すべきことだ。

 それでも、それでも感じたことがあった。

 

「風貌も、喋り方も、性別さえ真反対だが……メーテリアに似ていた」

 

 体ではなく、魂の在り方。

 弱々しくも確固たる何かを胸に抱いてる生き様。

 交わした言葉は少なくとも、言語化しにくい何かを少年から汲み取った。

 それは奇しくもメーテリアに似て非なるものを感じさせたのだ。

 

「起きるまで待つか……」

 

 とりあえず、そこらにあった木の椅子に少年を座らせる。

 普段の自分ならば無視していただろう。

 それほどまでにあの短い、会話とも言えない邂逅で放っておけなくなってしまったというのは、言い訳のしようがないことだった。

 

「はぁ」

 

 らしくもない感情に浸りながら、後の歴史に大罪人として名を残す女……アルフィアは大きくため息をついたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 硬い木の感触に、全身の凝り。どうやら眠ってしまったようだ。

 教会のガラスに映る茜色の景色が今の時間帯を教えてくれる。

 

「確か教会に来て……」

「私を見た瞬間に倒れたのだ」

 

 声のする方へ目を向けると、そこにはローブを取った、端正な顔立ちの美女がいた。

 灰色の髪と漆黒のドレスがマッチしており、可愛いよりも綺麗という言葉が似合う。

 その声は混濁した脳にスッと入ってきた。

 まるで、幼い頃から育ててくれた母親ように。

 

「お母、さん」

「私はお前の母ではない。二度も間違えられるのは不快だ」

「あっ……ご、ごめん」

「はぁ」

 

 よく見れば全然違う。

 吹けば飛んでしまいそうな儚さがある灰色は一緒であるが、顔立ちなんかをしっかり観察すれば、それは他人のそれだった。

 平常ならば間違えるはずもないのに、一度のみならず二度も間違えたことに驚きさえ感じている。

 

「え、えーと」

「……アルフィア」

「えっ」

「アルフィアだ。お前の名は?」

 

 どう声をかければいいか迷っていると、女性の方から……アルフィアさんの方から話を振ってくれた。

 紺碧に輝く片目を開けて、こっちをまじまじと見つめている。

 

「僕はガルフ、今は鍛治師をしてる」

「ほぅ、その年で武器を鋳るのか。ならばその双剣も自作か?」

「うん、僕が作った魔剣――《冷華儚凛》と《炎天爛媧》。どっちも最高傑作だよ」

 

 二振りの短刀型魔剣……《冷華儚凛》と《炎天爛媧》。

 その名の通り、片方は氷属性、もう片方は炎属性の魔剣だ。

 壊れにくく作ったため、斬り合いの刀としても重宝している。

 

「よほど、鍛治師という仕事(もの)に愛着があるように思える」

「えっ」

「気づいていないのか。とても話している時、楽しそうな顔をしていたぞ」

「っ!」

 

『■■は本当に鍛治が好きだな』

 

「……あぁ、やっぱり似てる」

 

 向けてくれる表情はいつも仏頂面で興味がなさそうだったけど、僕が真剣に話す時はいつも優しく聞いてくれるんだ。

 そんな心の底から出る優しさは、大好きだったお母さんに似てる。

 ポツリと小さな声でつぶやいたはずなのに、アルフィアさんには聞こえてしまったようだった。

 

「お前の母にか……」

「うん。外見は似てないけど、仕草とか、喋り方とかがそっくり」

「……私のようなものが母など、よほどお前は苦労しただろうな」

 

 アルフィアさんは本心から言ったようだったけど、僕にはそう思えなかった。

 

「僕が起きるまで待ってくれたり、得体の知らない僕の話を聞いてくれたり、アルフィアさんは良いお母さんになると思う」

 

 自身の姿を見て気絶した仮面の男など怪しいに決まってる。今の時代からも闇派閥(イヴィルス)と間違えられても文句は言えなかった。

 けれど、そんな僕に接してくれる、少しの会話だけどアルフィアさんが良い人なことはなんとなく分かった。

 僕の意見にアルフィアさんは煩わしそうに眉を顰めた。

 

「妹ならまだしも、私に母親など務まらん。子供は泣き喚くから嫌いだ」

「そうかなぁ……。仕方がない、とか言って世話焼きそう」

「そんなわけがないだろう、大体これまで下の子の世話など……」

 

 アルフィアは考えた。

 所属していたファミリアでは病弱な妹の看病をしたり、下級団員の稽古をしたりしていた。

 自分は誰かの下につくことはなかったため、必然的に話す者も年下ばかりであった。

 その才能から敬遠されることも多かったが、慕ってくれる者も一定数いたのだ。

 

「……世話など焼いていない」

「心当たりがある顔してるよ」

「うるさいぞ」

 

 アルフィアさんはオッドアイをかすかに開いて、嘆息する。

 自分の気付きたくなかった一面に気付かされたようで、少し気の毒な気持ちになってきた。

 なんとかフォローしようと頭を回すが、一向に改善策が思いつかない。あたふたしていると前から笑い声が聞こえた。

 

「ふふっ。いや、すまない。私がお前の母に似てるなら、さながらお前は私の妹に似ている」

「……性別反転してる」

「在り方の話だ。外見は似つかん」

 

 女性に似てると言われ複雑な気持ちだったが、在り方ならまだ納得できた。

 

「アルフィアさんの妹はどんな人だったの?」

「聞きたいか、ならば教えてやろう」

「う、うん……」

 

 会って一番の乗り気な声でアルフィアさんは妹の事を語り始めた。

 いわく、誰よりも病弱だったのに、誰よりも強い芯を持っていた。

 いわく、間違って妹のお菓子を食べてしまったときは死を覚悟した。

 いわく、十代で子を孕んだ。

 いわく、誰よりも優しかった。

 どれもこれも奇抜なエピソードだったけど、語るアルフィアさんの嬉しそうな顔は妹への愛で満ち溢れている。

 

「病弱な人に十代で子供って、相手の男性はアホ?」

「正解だ。そこにろくでなしも追加しておけば満点だな」

 

 アルフィアさんのゴミを見るような眼差しにこの話は掘り返さないと誓った。

 喜色に満ち溢れた声が、一瞬にして侮蔑に変わった気がする。

 

「じゃあ、今は妹さんとオラリオにいるの?」

 

 アルフィアさんはいわゆるシスコンだ。

 おおよそ嫌いであるだろう男と大事な妹を住ませておけないと思ったのだが、この質問をしたことにあとで後悔をした。

 

「私の妹はすでに病気で死んでいる。バカ男も冒険者だったから行方知れずのままだ」

「っ」

 

 言葉に詰まった。

 病弱と聞いていたなら予想できるものだったのに、よく考えなかった数瞬前の自分を恨む。

 喉に飲み込めなかった唾が張りついて、うまく声帯が音を通さなかった。

 

「あ、その、ごめん」

「いや、いいんだ。私の中ではもう区切りがついている」

 

 アルフィアさんは一切変わらない口調で接してくれたが、明らかに沈んだ声色であった。

 重苦しい沈黙が支配するなか、先に口を開いたのは女だった。

 

「お前が来てから数刻経っているが、お前のファミリアは心配しないのか?」

「あっ」

 

 やばいやらかした。

 ステンドグラスから差しこむ茜色の景色から、アリーゼたちと別れてだいたい三時間は経ってる。

 ニコニコしながら正座を要求してくるアストレアが頭に浮かんだ。

 

「アルフィアさん、僕そろそろ行かなくちゃ」

「だろうな。この時代だ、帰り道には気をつけろよ」

 

 ぶっきらぼうでもこっちを心配してくれる態度、やっぱり、僕はこの人が自虐するほど悪い人には思えなかった。

 

「ねぇ、アルフィアさん」

「なんだ?」

「僕は休憩とかでよくこの教会を訪れるんだ」

 

 唐突に語り出した僕を、アルフィアさんは片目を開けて不思議そうに見つめている。

 

「また、会える?」

「っ」

 

 そう言うと、アルフィアさんは目を見開いて、少し重巡してため息をつく。

 それは何かを幻影を見たようで、哀愁と悲壮を孕んでいた。

 

「あっ、ダメなら別に……」

「良いだろう、私もここによく寄るつもりだ。()()()()()()()()()()()話し相手になってやる」

「本当!?」

 

 出口へと向かう足取りが軽くなった。

 それほどまでに、一時間にも満たない会話は少年の心を充足させていた。

 出口の扉を開けて、振り返って言った。

 

()()()!」

 

 返答は聞かず、教会周辺のボロボロの街並みを走っていく。

 仮面を被った少年の心はまさに有頂天であり、だからこそ、この後にくる運命を忘れてしまっていた。

 

 

『星屑の庭』では、青筋を立ててニコニコしたアストレアが待っていた。

 僕は無言で両膝を足につけたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『また、会える?』

 

 どうしようもなく、似ている。

 一抹の不安と儚げさを兼ね備えた問いは、日に日に弱っていく妹を連想させるのに難くなかった。

 

「こんな思いにならないために、私は甥に会わなかったのだがな」

 

 昔日の年月を思い出し、らしくもない感傷に浸る。

 

「恨むぞ。こんな運命を、メーテリアに似た少年を招いた神々を……!」

 

 強く噛んだ口端からは、微かな血液が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




【オラリオ日記・31日目】
今日は嬉しかったことが2つもあった。
1つ目はリアちゃんという少女のこと。僕は覚えてなかったけど、前に【アストレア・ファミリア】で救助した子みたい。僕は仮面を被ってるから、たいていの大人からは不審者扱いされる。だから、あんな風にキラキラとした目で見つめられるのは少し歯痒かった……けど、それと同時に申し訳なくなってしまった。だって、ぼくはアリーゼたちとは違って、偽りの正義なんだから。
2つ目はお母……アルフィアさんの事で、まぁ、僕の日記だからここではお母さんでいっか。不器用でちょっと怖いけど、誰かを包むような優しさに満ち溢れてる女性。それはあの時の、■■の時の母親によく似ている。
もし、願いが叶うのならば、もし、アルフィアさんがお母さんなら、一つ問いたいことがあるんだ。

――僕のことは、恨んでくれてる?
 
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