…‥定番すぎるとか言わないでっ!
「アストレア、酷いと思わない?」
「それはガルフが悪いっすよ」
「この暗黒期に居眠りとか、本当に度胸があるわね」
大量の武器を背負ったガルフは【ロキ・ファミリア】のホームで二人の少年、少女と談笑していた。
どこをとっても平凡で、後に
「アリーゼさんたちがダンジョンに行ってから、三時間くらい経って帰ったんすよね? それは心配されるっす」
「レベル5なのに……」
「そういう問題じゃないでしょ」
ラウルたちは呆れた視線をこちらに向ける。
廃教会から急いで『星屑の庭』に戻ったが、案の定アストレアは青筋を立てていた。
時間にしては一刻を回るぐらいだろうが、体感では永遠にも感じられる説教は、痺れによる足の感覚は
怒鳴るのではなく、笑みを貼り付けながらチェスのようにどんどん逃げ道を潰される怒られ方だ。
「アストレア、怖い」
「三時間も無断で帰って来なかったのなら当然よ」
「アキもラウルもひどい」
最初は何か事情があったのか、と二人とも心配してくれたが、帰らなかった理由が居眠りと言った時には心配は呆然に変わっていた。
アキからの視線がかなり痛い。
居た堪れなくなって目線を逸らしていると、不意にラウルが困ったような笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
「いや、まさか僕とアキがこんな形であの【
「あー、それは分かるわ。正直、最初は化け物か何かだと思ってものね」
「化け、物……」
「い、今は思ってないわよ!」
あからさまに落ち込んでみせると、アキは面白いくらいに慌てて訂正してきた。
元からイレギュラーの存在である僕のことは世間では隠されている。
表向きは【アストレア・ファミリア】の新たな団員ということになっていて、常人であれば知る由もないのだ。
元々【
「初めて会った時のガルフはおもしろかったすからね」
「そう? 私はグイグイ来すぎて少し怖かったわ」
「……あの時は忘れて」
一ヶ月前、アリーゼに拾われてから【アストレア・ファミリア】に居候させてもらってるが、住人が異性のみというのは無意識に緊張してしまう節がある。
フィンさんと武器に関しての会談で、よく【ロキ・ファミリア】に訪れた時期があった。
そこで見つけたのがラウル・ノールドだった。
同年代かつ男性という、全ての条件を満たしたラウルを見た時の心境は『友達になりたい!』が支配していた。
「ファーストコンタクトが『友達になろう!』だったすよねぇ」
「あの時の団長のポカーンとした顔は今でも思い出せるわよ」
そこからどんどん話すようになり、必然的にラウルと行動を良く共にするアキとも仲良くなったといういきさつだ。
そろそろ恥ずかしくなってきたので、とりあえずラウルを殴ろうと拳を握ると、上から美少年の声が聞こえた。
「あっ、フィンさん」
「「団長!」」
「おっと、すまないね。談笑中だったかな」
フフッと頬を緩めるだけで絵になる金髪の
少年のような見た目とは裏腹に、中身はおっさんという外見詐欺の男でもある。
「別に大した話じゃない」
「照れないでくださいっすよぉ、ォッ!」
「あっ、手が滑った」
「絶対嘘っすぅぅぅ!」
「ラウル!」
大体レベル2くらいの力でラウルを吹き飛ばした。怪我は負わないだろうが、それなりの痛みは伴うだろう。
アキは吹き飛ばされたラウルの元へ駆け寄っていった。
一連の作業を終えたので、何事もなかったようにフィンさんに話しかける。
「じゃあ、武器の納品を始めるね」
「なかなかに切り替えが早いね」
苦笑い混じりに指摘された気がしたが、正当な拳なのでセーフだろう。
背中に背負っていた風呂敷を解き、中から大量の武器を取り出す。同じように作られた武器は、良く見れば槍と両手剣しかなかった。
「槍が30、両手剣が50。注文通りに作った」
「助かるよ。この暗黒期において、痛手になるのは武器の数量だからね」
今日ここに来たのは、前々から頼まれていた武器の納品をするためだ。
「報酬の件だけど、それは【アストレア・ファミリア】に渡せばいいのかな?」
「うん、それでお願い」
ちなみに居候の住居代を兼ねている。
アストレアやアリーゼはそんなものいらない、部屋がいっぱいあるのだから自由に使ってほしいと言われたが、何も対価を払わずにしてもらうのは気が引けた。
それから、ライラに相談して武器製作の報酬をそのまま充ててもらうことにしたのだ……ライラも複雑な顔をしていたが。
「欲がないね。今でも本当は
「生粋のヒューマンだよ。フィンさんにみたいに年齢詐欺じゃない」
「僕は年齢を公開してないだけで詐欺をしているわけじゃないさ」
「うわ」
その甘いマスクで今までいったい何人の女性を落としてきたのだろうか。
前に聞いたら両手では表せないとだけ言われた。
悪意の欠けらも自覚もないフィンさんの言動に引いていると、今度はまた上の部屋から人が降りてきた。
「あっ、ガレスさん」
「おお、お主はアストレアのとこの小僧か。相変わらず小さいものよ」
「……これから伸びる、はず」
大斧を担いで装備を着ている、戦闘体勢がばっちりのガレスさんは気にした様子もなくガハハ、と大きな笑い声を上げる。
「ガレス、これから警備に向かうのかい?」
「おうよ。たしか、アストレアの小娘たちもくると聞いたぞ」
「あー、アリーゼたち言ってた気がする」
朝に炊き出しのパトロールをするから一緒に行こうと言われた記憶が蘇る。
もちろん納品の依頼があったため断ったが、その時のリューたちの安心した顔が心にきた。
一人勝手に傷ついていると、フィンさんは少し目をつぶって指を擦りながら目線を向けてくる。
「ガルフ、この後の予定は?」
「えーと、今日はこのまま『星屑の庭』で武器を作るつもりだけど……」
「なら、ガレスと一緒に炊き出しの警備についてくれ」
「えっ」
突拍子もないことを言うフィンさんは、その言動とは裏腹に確信を持って告げる。
「フィン、いつものか」
「ああ、親指が疼いた。今日の炊き出しで何かが起こる」
こうして、僕の炊き出し警護が決まったのであった。
思えば、もうこの時から、地獄へと片足を踏み込んでいたのかもしれない。
「あっ、ガレスのおじさまに……ガルフ!」
「なっ、どうしてここに……!」
「リュー、流石に傷つく」
嬉しそうな顔をしてくれたアリーゼに反してリューは露骨に顔を歪めている。あまりよく思われていないと分かっていても、やはり悲しい。
あれから地面に転がってたラウルを放置してガレスさんと一緒に炊き出しの現場へと足を運んだ。
暗黒期であろうと、炊き出しとなれば幼児も、はたまた老人もみな笑顔を浮かべている。
無言で説明を求めてくるリューに対し、決まりが悪いのでガレスさんに目線を送って説明を頼む。
「小僧はフィンの指令で来てもらった。なんでも、今日の炊き出しで何か一悶着が起こる可能性が高いようじゃ」
「【
「それの応援としてガルフが呼ばれたってことね!」
「まだ可能性の段階じゃがな」
口で否定しつつも、ガレスは半ば確信していた。
零細ファミリアを今の巨大ファミリアへと変貌させた自身の団長の勘はもはや異次元であるからだ。その名声が知れ渡っているからこそ、リューはガルフがいる経緯を難なく受け止められた。
複雑な表情を浮かべるリューを横目に、後ろ側から聞こえた子供の声に耳を傾ける。目線を向けてみれば、そこにはたくさんの子どもが炊き出しを今やと待ち構えている。
「僕は子供が多いあっち側の警備に向かうね。被害だけを目的としたなら、子供を狙うことは充分に考えられるから」
「そうじゃな。外道たちに倫理観を求めるのも無理な話じゃ」
「ガルフ! 危なくなったら『天才完璧美少女アリーゼお姉ちゃん助けて!』って叫ぶのよ!」
「それを言うくらいなら自害する」
どんなピンチが起きてもアリーゼのことを姉とは慕わない気がする。
何か反論の声が聞こえたけど、無視して足をすすめた。リューのこともあるし、これ以上は
……その輝きは、すこし眩しすぎる。
「あっ。ちょっと、ガルフ待って」
「加勢はいらない。これでもレベル5だから僕だけで対処できる」
アリーゼの引き止める声を拒み、足の運ぶスピードを速くする。
「あなただって子供でしょ……!」
早く立ち去ってしまったからか、アリーゼの声は聞こえなかった。
「武器見せてー」
「仮面とって!」
「ヒーローごっこしよ! お兄ちゃんはお姫様を攫う悪役ね!」
「……元気すぎる」
若さって素晴らしいと思いながら、僕は子供たちのおもちゃにされていた。
少し離れたところに保護者と思われる女性たちが見えるが、そちらはそちらで話をしていて助けてくれる気配がない。むしろ子供の相手をしてくれてありがとうと思われている気がしてきた。
「ねぇねぇ! 私、魔法の杖欲しい! リヴェリア様みたいなすっごい魔法を打つんだぁ」
「魔法なんて弱いよ、一番強いのはフィン・ディムナのように知恵と槍術を存分に活用しながら戦い方さ」
「バカやろう! 冒険者ってのは大剣だけで充分だろ! 【
今度はそれぞれの好きな冒険者を話し始める。
それぞれ巨大派閥の団長であるフィンさんとオッタル、そして以前【ロキ・ファミリア】のホームで見かけた事のあるリヴェリアさん、三人とも英雄と呼ばれるに恥じない実力を持っている。それほどであれば、このように子供たちの憧れの存在になることは容易かったのである。
やはりすごいなぁ、と思っていると獣人の少女がモジモジしながら近づいてきた。
「あ、あの、私、双剣が欲しいです! あなたみたいなかっこいい双剣が!」
「えー、ガルフお兄ちゃんはダサいよ」
「なんか地味だしねー」
「本人の前で言うのはやめようね」
オッタルとリヴェリアさんに憧れている子供たちが口々に批判してきた。
普段、魔剣を使っているが、魔法を出す用途としての魔剣はそれなりの緊急事態でしか使わないのだ。殺傷能力が高いのもあるし、単純に今まで捕縛してきた信者は無恩恵の者が多く、ただの二振りの短刀として使う場合が多い。
ゆえに、僕はただの短刀しか使わないため、リヴェリアさんたちのように派手ではないのだ。
「わ、私、ガルフさんに助けられたことがあるんです。だから、それで、その……」
「そっか、じゃあ本来の魔剣も見たことがあるんだね」
「は、はい! すごい炎で白い人たちを倒してました!」
《炎天爛媧》のことだ。基本、救助の際には魔剣を使うようにしてるから見られたのだろう。
たしかに《炎天爛媧》なら派手と言えるかもしれない。
「私、その、冒険者になるのが夢で、あの、えっと……」
「大丈夫だよ。ゆっくり言ってみて」
数巡言葉を交わしたことで、この子が口下手であることを理解するのに難くなかった。
手を必要以上に動かして呼吸を整える少女は、目線をオドオドさせながらも最後にはしっかり僕と合わせて口を開いた。
「こんな私でも……あなたみたいな、冒険者になれますか?」
鈍器で頭を殴られた気がした。
その言葉は憧れられていることへの嬉しさと辛さが、徒党を組んで襲ってくる。
吐き気を我慢しながら、膝をついて少女と目線を合わせる。
「なれるよ。君はすごい冒険者になれる」
「じ、じゃあ」
「でもね、これだけは確実に言える」
……あぁ、本当にやめてほしい。
「僕のようには、絶対になるな」
そんな英雄を見るような目で、僕を見ないでくれ。
「それって、っキャァ!」
少女が言の真意を問おうとするが、それは爆発音によって遮られた。
「炊き出しなんていいことするじゃねぇか、ギルドの糞ども。あたし達も手伝ってやるよ」
その女は嘲笑の笑みを貼り付け、平和を潰しにくる。
「――そこら中に赤い花をぶちまけてやる。さぁ、お前ら! 『前夜祭』の始まりだ!」
【
「死にやがれ、冒険者ァ!」
「ふはははは、そら逃げろ逃げろ! そっちの方が楽しいからな!」
「口を開くな、外道」
「っ、は?」
「なにがおきた?」
《冷華儚凛》で隙だらけの胴体に斬撃をたたき込む。斬られた箇所からは氷が咲き乱れ、白装束の男たちは斬られた事にも気づかず、その身を氷のなかに閉じ込めた。
あたりの低体温を肌で感じながら、白い息を吐く。
『子供達は親と一緒に避難させた。今ここにいるのは冒険者、
「邪魔しないでよ! 【
「死に晒せぇ!」
「遅い。《炎天爛媧》」
白装束を殺さない程度に魔力を込め、刀身に薄い炎の膜が覆わせる。芸もなく正面から襲ってきた白装束を肩から腹にかけて深紅の斬撃を与える。
襲ってくる奴らは大抵レベル2,3のため、油断しなければ容易に倒すことができた。
既に襲ってきた半数を片付けた時には、残りものたちは焦りを覚え、子供達が避難した方角を睨む。
「くそっ! こうなったら狙いを変えて、」
「――させると思う?」
「なっ! いつのまにそこに……!」
人質を取らせる筈がない。
二つの魔剣を駆使しながら、斬撃の雨を降らせる。手加減をしなければ、それは血飛沫に打って変わるだろう。
三十人近くいた白装束は、瞬く間にやられ、今では最後の一人になっていた。
「降参して、お縄につけ」
「っ、こんなところで終われるか! 【
初めて聞く【
「ンンンン、想像はしていましたが、ここまでもたないとは」
「うるせぇ! さっさと例のやつをやれ!」
「了解いたしました! さすれば、お覚悟くださいませ!」
「覚悟ってなんのことっ! がぁぁぁぁぁ!!!」
男は急に苦しみ始める。
血管が浮き出て、喉をかきむし、髪を掻き散らす。
終いにはその体は膨張し、肌は真っ黒に変色していく。
氷が砕かれる音が聞こえれば、捕縛した白装束たちも氷から力づくで脱出し、同じく人ならざるものへとなる。
「いやぁぁぁ!! なにこれ!!」
「誰か助けて、冒険者様ァ! お助けください!!」
逃げ遅れた民衆も健康的な肌は赤黒くなり、救いを求める眼は次第に狂気に満ちていく。
何の罪を犯していない、ただ
だけど、そんな光景は、
「今の声、でも、そんな、まさかっ!」
「「「「「「「グゥァァァァァァァ!!!」」」」」」」
品位の欠片もない、尊厳も何もかも踏み躙られた姿を目に入れながら、自分のなかで心が荒れていくのを感じる。
「嘘、でしょ。嘘って、言ってよ……! なんで、また、こんなことを……!」
信じたくなくて、
けれど無常に現実は襲いかかってきて、
震える手を押さえながら、短刀を握る。
あの時の記憶が蘇る。
『■■くん。君は、生きてくれ。生きて、願わくば、その血筋を、その体を、守ってやってくれ』
何もかも失った記憶が、むせかえる。
「あぁ、あぁ……」
仮面の下から、涙が無意識に出てくる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
《炎天爛媧》と《冷華儚凛》を両手に携え、獣たちの首を刎ねに一歩を踏み出した。
「これって、【
「捕縛した
「あたしは何もしてねぇよ。わたしは、な! キャハハハハハハ!!!」
モンスター……黒き獣たちは、次々に冒険者を襲う。
冒険者たちは目の前で人間が変異したという事実に混乱し、うまく対応することができなかった。
吐き気をこらえるリオンが隣にいなければ、自分も固まってしまっていたかもしれない。
「こいつら、足を切っても喰らいついてきやがる!!」
「いやぁ! 食べないでぇ!」
獣たちは人のみならず、共食いさえも行い、その異常な光景は冒険者たちの心身を大きく削るものであった。
そんな中でも背丈以上の斧を無理やり握り、不動の精神を保ち続けているおじさまだけは毅然としていた。
「やむをえん! モンスターと化した
「っ! でも、おじさま! 彼らの元は人間よっ、それに民間人だって!」
「今はただの化け物じゃ! 第一級冒険者、【
宣言されても、実行に移すことができない。状況が呑み込めないのに加えて、元が人間であるという事実が、人殺しという罪を明確に告げている気がした。
死神の鎌が首にかけられてるように、誰も動くことができなかった。
歴戦のドワーフは足踏みしている若輩たちに思わず舌を噛む。
「やはり、フィンのようにはいかぬか。しかし、こんなモンスターはダンジョンでも見たことがないぞ」
民衆を守りながら、ヴァレッタにも警戒を向けていると、顔を愉しそうに歪めるながら彼女は言い放った。
「そうだなぁ、お前のところの【
「ガルフが知ってるですって? どういうことよそれ!」
「どういうことも何もそのまんまだよ!」
嘘か真かも分からない情報に混濁するなか、思考の沼にハマりかけるが、とりあえずは目の前のことに集中する。こちらを喰らおうとしてくる獣たちに、混乱する冒険者。そして、自分たちの後ろには変異を逃れ、避難している民衆。
ならば、今すべきことは民衆を守ること、誰かの笑顔を守ることだ。
たとえ人を殺すことになろうとも、己の正義を示そうと深く息を吐く。
恐怖ですくみ、震える体に鞭を打ちながら、司令通り獣を殺そうとする瞬間――獣の首が刎ねた。
刎ねた首の隣には、見覚えのある赤髪と奇妙な仮面がブレていた。
「アリーゼは、綺麗なままでいてくれ……!」
すれ違いで聞こえた、迷子の子供のような、泣きそうな声に、伸ばしかけた手を止めてしまった。
気を確かにした時には、変異した獣たちは全てその命に終わりを告げていた。
刹那の時に終わってしまった惨劇に、ヴァレッタは不満げな声を漏らす。
「あーあー、つまんねぇの。やっぱ手慣れてんよなぁ。【
「…………」
「キャハハハ、無視とはひでぇじゃねぇか! 私も【殺帝】なんて呼ばれてんから見習わなきゃなぁ!」
「…………こだ」
「あん?」
風が吹けば飛んでしまいそうな小さな声は、普段の少年を感じさせないものだった。
「キャスターはどこだ……?」
そして、その溢れ出る殺気も、日常とかけ離れていた。普段との乖離に、思わず身を引いてしまう。
ヴァレッタはほんの少し冷や汗を流しながら、質問に答えた。
「キャスター……、【
「あくまで惚けるつもりなんだ……、【
「あ?」
何かを呟いて、彼はヴァレッタに手を向けた。仮面から垣間見えるその瞳は、果てしない憎悪を孕んでいて、だからこそ、
「死ね」
一斉に大量の剣がヴァレッタに当たる直前、隣から声が聞こえる。
「ンンンン、やはり、まだ扱いきれていらっしゃらないご様子ですなぁ」
――瞬間、世界が死んだ。
その無限の邪悪を孕んだ声に、動けなくなる。
「それにしても、いくばくか平和ボケしてらっしゃいます」
そのとてつもない巨躯に、呼吸が出来なくなる。
「こんなにも近くにいるのにヴァレッタ殿に夢中とは、拙僧悲しいですぞ」
その貼り付けたような表情に、濃密な『死』を感じる。
「ひとまず、ご友人を殺せば気づきますかね」
呪術師の手のひらが首に迫る。
逃げたくても、逃げれない。
ファミリアの仲間との思い出が、走馬灯に流れる。
隣では、リオンがこれでもかと目を見開いて、助けようとしてくれる。
だけど、それは絶対に間に合わなくて。
訪れる『死』がだんだんと清涼になって。
底知れぬ恐怖に目を瞑る。
だけど、いつになっても痛みは訪れなかった。
代わりに、何か暖かいものに触れている感覚が宿る。
目を開けると、そこには奇怪な仮面が眼前に映った。
自身を抱き寄せる少年は憎悪、憤怒、殺意を込めて言の葉を紡ぐ。
「汚い手で、アリーゼに触れるな」
恐怖から解放された安堵と、少年の変わりようからくる悲しみに、頬に一筋の雫が伝った。
今回は日付けが変わらないのでオラリオ日記はないです。