「汚い手で、アリーゼに触れるな」
眼前の怪人……キャスターに向けて言い放った。
口を歪めるキャスターは大して気にした様子もなく、惚けるように頬をかく。
「はて? 拙僧は麗しい女性と歓談しようとした所以、それほど咎められる謂れはないのですが……」
「御託はいらない。お前、アリーゼを獣にしようとしたな」
「な……ッ!」
リューが声にならない悲鳴をあげる。
腕のなかにいるアリーゼは察していたようで、微かに震えていた。
そして、キャスターは返答をしなかったが、愉悦に溢れるその表情が全てを物語っている。
「まあ、それはさておき……お久しぶりでございますな。健康なご様子、神フォボスも喜んでいることでしょう」
「黙れ。お前に、フォボスを語る資格はない」
「それはあなたも同様ではございませんか?」
睨み合いながら、僕はアリーゼをリューに託した。
「あっ、ガルフ……」
「ごめんね。本当に、ごめん」
まだ顔色の悪いアリーゼに、罪悪感と後悔が胸を襲った。
そして、キャスターへの殺意が、いびり殺してやりたい思いが増幅して、体を埋め尽くす。
目の前のこいつが憎い、皮を剥ぎ取って、骨をぐちゃぐちゃにして、尊厳を全て奪ってやりたい。
「今度こそ、お前を殺す……!」
思いのまま、仮面を取ろうとしたその時――キャスターは嗤い始める。
「……何がおかしい?」
「その殺気、身の毛がよだつほど甘露ですが、今日は本番でないのです」
「おい、一旦退くぞ【
遠目に見えるのは道化のエンブレム、騒ぎに駆けつけた【ロキ・ファミリア】が加勢に来たようだ。いくら幹部がいたとしても、今の状況では捕まる、そう判断したヴァレッタはキャスターに撤退を促す。
「そういうわけでございます。再戦の刻はまだお早いようですね」
「逃すと思う?」
「
一通り言い切った後、キャスターは剣群から脱したヴァレッタの元へ向かう。
後ろから魔剣を放とうとしたが、それはあたりの悲鳴によってかき消された。
「いやぁぁぁぁ!!」
「なんで、体が、こんなに」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 化け物なんかになりたくない!」
「では、皆様方、ごきげんよう。あなた方は足止めを頼みますぞ」
裏路地、建物の窓、そして、避難所の近くに潜伏していた白装束たちが一斉に変貌した。二足歩行はやがて四足となり、悲鳴は獲物へのよだれに変わる。
特にろくな戦力がいない避難所は、数分もしないうちに壊滅状態になるだろう。偉大な冒険者に憧れていた子供達の悲鳴が耳を襲う。
「さぁ、早く行かないと小さき未来……子供達が死にますぞぉ!」
「クソ野郎……!」
苦し紛れの言葉にもキャスターは嗤い、そして、ヴァレッタと共に撤退していった。
仕留められなかった後悔と、民間人が襲われるという焦燥に駆られる。
『他の冒険者は黒獣を敵として見れない、それなら――』
「ガレスさん! あなたは指揮をお願い!」
「待て! お主、何をするつもりじゃ!」
アリーゼとリオンが息を呑む音が聞こえた。
「僕が、獣を皆殺しにする」
誰かの静止を促す声を真っ向から否定して、また、魔剣を強く握りしめる。
「ぐるぅぅぅ!!」
白装束の大男が変異した犬型の黒獣の首を刎ねる。
「がらぁぁぁだあぁぁ!」
「ぶろぉぉぉぅううう!!!」
次は老いた女が変異した猿型、そして牛型の黒獣の足を切り裂いて、勢いのまま心臓を貫く。
「ぴぎょぁぁぃ!!」
刺して、抉って、貫いて、切り裂いて。
「うがぁぁぁぁ!!」
殴って、焼いて、凍らせて、破壊して。
「ふれぇぇくぅぅぅ!!」
砕いて、折って、捻って、殺す。
「着いた」
何人……いや、何体もの黒獣を殺し、ようやく避難所までたどり着く。
幸い誰も怪我人は出ておらず、隅っこでは子供達が膝をついて怯えていた。
「もう大丈――」
「来ないで!」
獣人の少女が、勇気を出して怒鳴る。
「こっちに、来ないで!」
その瞳は、嫌悪と憎悪しか写しておらず。
「私たちに、指一本触れないで!」
果敢に後ろの子たちを守る姿は、物語の英雄のようであった。
――じゃあ、相対してる僕は?
「近寄るな! 化け物!」
――さながら、物語の悪役だろう。
「すまない、ガレス。これほどの被害になるとは想定していなかった」
「あぁ、身体的な被害はないが、精神を壊した者が多い。奴らは闘い方を変えてきてるようじゃな。吐き気がするわい」
【
人が化け物になるというのもあるが、何よりその化け物を子供が殺しまわるという所業に、誰もが心を痛めてしまったのだ。
人間は超常が現れたとき、二つの選択をとる。
なんとかしてもがき、歯を食いしばって乗り越えようとするか、自分たちの現実を押しつけて、何も理解しようとせず、異常と決めつけるかだ。
「やっぱあいつは異常だ! 馬鹿みたいに殺しまくって、いつか俺らも殺される!」
「【アストレア・ファミリア】だって、本当は脅されてるんじゃないか!」
「私、子供を殺そうとしてたのを見たわ!」
その結果、少年は謂れのない批判を被る。
そんな現実に、思わず歯噛みをした。
「なんで、なんで一番頑張ったガルフがこんな羽目に!」
「アリーゼ、落ち着いてください!」
当の少年は、何も言わずに沈黙を貫いていた。
まるでその姿は、その批評は当然だと、自分が受けるべきものだと体現してるかのようだった。
黒獣の血で染まった愛刀を払い、鞘に収めて、ようやくガルフは口を開いた。
「アリーゼ、僕、やっぱり他の所に住むよ」
「なんでっ! 私は、あなたのことを化け物なんて思ってないわ! アストレア様だって、ライラだって、それに輝夜たちだって拒絶したりしない!」
むしろ、無辜の民衆を守ったガルフを讃えて、褒めてくれるだろう。
いくら輝夜でもこんな状況で疑ったりはしない。
それでも、ガルフは困ったように目を細めるだけだった。
「……アリーゼ、正直に言ってね」
「えっ、ええ!」
「僕のこと、怖かった?」
『そんな事ない!』と、喉まで言葉が出て、感情がそれを押し戻した。
あの冷徹な瞳が、突き刺すような殺気が、滲み出る憎悪が、アリーゼの脳内に響き渡った。
押し黙ってしまった自分に、ガルフは怒りもせず、嘆きもせず、ただ、当然のように受け入れる。
「やっぱり、怖いよね」
「っ、違う! そんなわけっ、そんなわけない! だってガルフは私を助けてくれて……」
必死に否定しても、どんなに言葉を重ねても、ガルフの心情が変わることはなかった。
「今までの費用は、全部武器の報酬で賄って欲しい。別の宛は一応あるから、僕のことはもういいよ」
「待って、あなたは【アストレア・ファミリア】よ! だから、あなたは……」
「アリーゼ」
そこで初めて、ガルフの感情が起伏した。
だけど、それは決していいものではなくて、何かを恐れるような、何かに襲われるような、強い敵対心を含んだものだった。
「――僕は、【アストレア・ファミリア】じゃない」
それは、明確な拒絶の意を伴った言葉。
声帯が完全に音を通さなくなる。
足を進めて、遠ざかっていくガルフに、私は何も声をかけることができなかった。
空が嗚咽を漏らすように唸り、雨が降り始める。
空には先ほどまでの晴天が嘘のように暗雲が昇り、雨の弾丸が僕を貫く。
『小僧、すまない。本来であれば儂が背負うべきものじゃった』
『あまり自分を責めないでくれ。君は一人じゃない』
ガレスさんとフィンさんが慰めてくれたが、それは分不相応なことだと思う。
本来であれば、僕はああいう扱いが妥当なんだ。一ヶ月間、あの場所にいて、たぶん忘れてしまったんだろう。
ああやって、汚物のように見られて、迫害されて、誰からも煙たがれる。
「僕にとって、【アストレア・ファミリア】は眩しすぎた」
誰よりも純粋で、真っ当な行いをして、天秤を正そうとする……僕とは真反対だ。
分かっていたはずだ。あんなところに居たら弱くなってしまうと、自分の醜さが浮き彫りになるだけだと。
それでも、頭では理解しても、やっぱり―――――
「――つらいなぁ」
アリーゼを、オラリオに来て一番の恩人を傷つけてしまった。
何か秘密を抱えているのに気づきながら、それを無視して始めから接してくれた。
こんなにも胸が痛いのに、奥底で燃えているのは復讐の昏い炎。
何もかもを奪ったキャスターが、何もかもを踏み躙った蘆屋道満が憎いこの手で、一番惨たらしい最期を迎えさせてやりたい。
……結局、僕はその程度なんだと痛感する。
偽りの正義で、彼女たちのように崇高じゃなくて、何もかも欺瞞に満ちたもので、当然の報いを受けたんだ。
機械的に足を運びながら、寝床にする予定の場所……廃教会へと辿り着く。
「あぁ……今は、いないでほしかったなぁ」
そこには先客がいた。
それはある意味期待通りで、それでいて予想外のことだった。
「何があった?」
灰色の髪を揺らしながら近寄ってくる女性……アルフィアさんは心配そうに問いかけてきた。
「なるほど。死んだと思っていた宿敵に遭い、そして恩人を傷つけたということか」
「まぁ、端的に言えば、ね」
錆びた椅子に腰掛けて、アルフィアさんに事の経緯を話した。
「しかし、お前が居候していたファミリアには引き留められたのだろう。ならば今まで通りそこにいればいいのではないか?」
「――それはダメだよ」
アルフィアさんの言葉を食い気味に否定する。
あまりの即答にアルフィアさんは少し目を開き、軽くこちらを伺って、また目を閉じた。
沈黙は説明を促すように思えたので、一人でに語り始める。
「まず、僕が
「…………」
「彼女たちが一際輝く明星だとしたら、僕はそれを阻害する暗雲だよ。手伝うことも、引き立てることも出来ない、ただの邪魔者」
「…………」
「そして、僕はついにその輝きを汚しちゃった」
どこから間違えてしまったんだろう。
【アストレア・ファミリア】に居候を申し出たところから?
それとも、アリーゼやライラと普通に話すことができて楽しいと思った時から?
はたまた、アリーゼに見つけてもらった最初の時から?
全てが間違えのように思えてきて、自ずと視線が下がる。アルフィアさんがどんな顔で僕を見ているのか分からない。きっと、失望した目線で見つめていると思う。
そんな事を考えていると、不意に体が傾いた……いや、傾けられた。他ならぬアルフィアさんの手によって。抵抗が出来ず、流れるままにアルフィアさんの胴体に寄りかかることとなった。
「ふむ、十歳であればやはり体も小さいな」
「ちょっ、何して」
「なぁ、ガルフ。その仮面はなぜつけているんだ?」
唐突な話題の変化についていけない。当人のアルフィアさんはどこ吹く風で、自分の問いに対する答えしか求めていなかった。
この薄気味悪い仮面をつけてる理由……それは、
「この仮面は力の制御をするためのものなんだ。あとは、僕の顔は色々と
「そうか」
「え……待って。なんで仮面に手を伸ばして、アルフィアさんちょっと落ち着いて」
あろうことか、アルフィアさんは仮面を剥ごうとしてくる。
レベル5の力をフルに使って抵抗するが、全く辞めようとしてくれない。というか、押されている。
抜け出そうにも現在の体の位置は、アルフィアさんに密着している状態で自由がきかない。
「あっ!」
「なんだ、存外男前な顔つきをしてるではないか」
頬と大気が一ヶ月ぶりに再開を果たした。特有のひんやりさと、仮面の圧迫感がなくなってすこし心地がいい。
だけど、そんな感傷に浸る間も無く、体内の魔力が暴走を始めた。
内側から生暖かい奔流が拭き乱れ、ズキズキと痛みが走る。
「ぐっ! アルフィアさん、返して」
「なるほど、魔力量が多すぎて逆に体を蝕むというカラクリか。あの仮面から魔力を感じていたが、それは飽和した魔力を吸い取るための機構、よく出来たものだ」
「分析してないで、早く」
「あぁ、すまんな、だが返す必要はない。【
アルフィアさんは仮面を渡す代わりに、右手をかざして魔法をかけてきた。
それは魔剣のように放出型のものではなく、何かに纏わせるようなエンチャント型。
超短文詠唱に首を傾げると、いつのまにか体を蝕む魔力はなくなっていた。
「えっ、なんで」
「私の魔法だ。詳しくは言えぬが、魔力を消すことができる」
「……アルフィアさんって、もしかしてすごい人?」
痛みがなくなり、仮面の隙間からしか見えなかったアルフィアさんがよく見える。
仮面越しでも分かった綺麗な顔立ちは、仮面なしで見るとでは段違いだった。
かすかに手入れされた灰髪、芸術品のように端正な顔立ち、芯のある凛としたアルフィアさんはそれほどまでに破壊力があった。
ジロジロと見ていると、アルフィアさんは唐突に吹き出す。
「ふっ、下衆びた視線で見られるのは慣れているが、そのように珍妙なものを見る視線は初めてだな」
途端に恥ずかしくなって、目線を逸らした。それでもアルフィアさんは笑い続けている。
話を逸らすように、最初から抱いていた疑問を投げる。
「どうして仮面を取ろうと思ったの?」
今までの話と仮面は何の関連性もない。外したところで何かが好転するわけでもなければ、変化が起こるわけでもない。
そんな問いに、アルフィアさんは当然のように答える。
「お前の顔を見てみたかったからに決まっているだろう」
「………………………………………………えっ?」
理解しようとして、理解できなかった。たっぷり数秒かけたが、やはり脳は答えを出せない。
頭から湯気が出かけていると、アルフィアさんは嘆息して口を開く。
「はぁ、会話というものはお互いの顔を認識してするものだ。仮面越しでは伝わらないものもあるだろう」
「でも、仮面をつけてないと魔力が暴走して……」
「それだ」
アルフィアさんは僕の口に指を当てて、強制的に黙らせてくる。
間近で見えるオッドアイは哀しそうな感情をうつしていた。
「お前はなぜすぐに諦める。なぜ他の者に頼ろうとしない。おおよそ、過去に自分のせいで大切な者を失ったというところか」
「…………」
「図星のようだな。他者との関わりを無意識のうちに忌避するが、本人はその事に寂しさを感じる……ひどい矛盾だ」
何も反論できない。
アルフィアさんの言ったことは全て紛れもない事実であるからだ。
僕は自分から遠ざけるくせに、それを女々しく後悔する。それなら、最初から関わりを持たなければいいだけなのに。
「でも、僕のせいで人が死ぬのは本当。あのままあそこにいたら、たぶん彼女たちも死んじゃう」
宿敵であるキャスターにアリーゼは殺されかけた。
あと一歩遅ければ暗黒期を照らすファミリアの団長は、見るに堪えない獣へと変貌していただろう。
元を追えば、あの時キャスターを殺せなかった責任もある……あいつがいるせいでまだ生きることのできた白装束が、ただ炊き出しを楽しんでいた民衆がたくさん死んだ――いや、僕が殺した。
たとえどんな悪人だろうと、あんな死に方があっていいはずがない。
人としての尊厳が踏み躙られて、僕の手で殺されるなんて、ありえていいことじゃないんだ。
「あいつは僕を追うためにオラリオにやってきたなら、僕がオラリオに来たことさえ間違えだったのかもしれないね」
「…………」
そう言うと、アルフィアさんは左手を僕の額に持ってきた。
そして流れるように……強烈な力をもってデコピンをした。
「いっ!」
「何を言っているのだ、馬鹿者」
レベル5なのに痛い。昼間襲撃してきたヴァレッタよりもアルフィアさんは強い気がする。
痛がる僕を無視して、今度は左手を頭に置いてきた。拳骨で食らわせられるかと思い目を閉じると、待っていたのは柔らかい愛撫であった。
「何を勝手に勘違いしている。自身が罪禍を引き起こす存在など、筋違いも甚だしい」
「でも……っ! 僕の周りの人は全員死ぬんだ。オラリオに来る前の仲間たちはもういない、きっと僕のせいで」
「では、その者たちはお前を恨んだのか?」
何度も看取った記憶が蘇る。
『あーあー、ここまでかよ。……けっ、なんて顔してやがる、■■。お前はようやく自由になれたんだ、さっさと行け』
最後まで
『マスターは律儀すぎんだよ、すこしは
ボロボロになってまで守ってくれた
『■■、幸せになりなさい』
僕を庇って死んだ母親が。
「再度問おう。その者たちはお前を恨んだのか? 死に際に唾を吐きかけてきたか?」
「違うっ。みんな、罵倒なんかじゃなくて、僕のことを心配してくれて……」
「ならば、過去の死者を理由に現実から逃げるのはやめろ。それはその者たちへの侮辱となる」
アルフィアさんは、キッパリ言い切った。
過去の幻影に引きずられて現在の行動を諦めるのではなく、過去を肯定した上で今の自分も認めろと言ってくれた。
その言葉にどれだけ胸の内側が晴れたのかは、自分でさえ分からない。
だけど、それでも、僕が作用したことで死んだのは事実だった。
何も言い返せずにいると、アルフィアさんは頭を撫でながら優しい声で話し続ける。
「まだ人との関わりが怖いのなら、好きなだけここにいろ」
「っ」
「この教会には人が寄り付かん。どれだけ会いたくても誰にも会えないだろうしな」
不器用に顔を逸らして、だけど撫でる手は止めないで、アルフィアさんはここにいることを肯定してくれた。
「どうして、そこまでしてくれるの?」
会って二日しか経ってない、なのになんでこんなにも助けてくれるんだろう。
見返りなんてあげられるような物を持ってないし、アルフィアさんに何かをしてあげることなんてできない。
そう問いかけると微かに目を開いて、その瞳に僅かな驚きを写した。
「どうして、だろうな」
「え?」
「私にも分からん。きっと、お前を重ねてしまったんだろう」
それは誰に? とは口が裂けても聞けなかった。
アルフィアさんの表情は何かを堪えて、耐えて、必死に取り繕っているイメージを受けたから。
気まずい沈黙が支配するなか、今度は僕から口を開く。
「ねぇ、アルフィアさんはご飯まだ?」
「あぁ、まだ夕飯は食べていないな」
「そっか。なら、一緒に食べよう。こう見えて、料理はできる方なんだ」
ご飯はみんなを笑顔にするわ!と、アリーゼが言ってた。
だから、今だけでもそんな表情にはならないでほしい。そんな願いを込めた提案をできるほど回復している自分に驚く。
「そうだな、ならば戴くとしよう。しかし私は味にうるさい方だぞ?」
「上等。逃亡生活で極めたお手軽料理をご馳走する」
「何を極めているんだ……」
教会の地下室へ食卓を共にするために、少年と女は向かう。
その光景は、覗き見していた大男いわく、本物の親子のようであったとのことだ。
「眠りについたか」
「っ、ザルドか。あまり驚かすな」
夕飯を食べ終え、硬い木のベッドで寝ている少年を横目に来訪者……いや、前から覗き見ていた盟友を迎えた。
「お前が心を乱される子と聞き足を運んでみれば、この年で冒険者とはな」
「あぁ、無意識に出る仕草……眠るまで辺りを警戒していた。よほど苦しい人生を歩んできたのだろう」
手を伸ばし、少年の額に触れる。
嫌がられるかと思案したのは裏腹に、少年は居心地の良いようにその手を受け入れた。
その光景にザルドは子供が見たら泣くであろう強面を破顔させる。
おそらくだが、自分も同じような表情をしてるのだろう。
「年齢からみて、レベルは3もいってれば上出来だろう。勇者のところの【戦姫】もそのぐらいだったはずだ」
「あぁ、ヘラが欲しがっていた子か。それと同等とは高望みではないか?」
二人は知らない。実は3どころか、話に出ている【勇者】や【九魔姫】と同じレベル5であることを知るのはまだ先である。
「アルフィア、お前はまだ戻れる。その子を連れて甥とゼウスと四人で暮らすのも悪くないんじゃないか?」
想像してみて、とても胸が熱くなった。
それはあり得ない話なんかじゃない、むしろ今行動すれば掴み取れる未来だ。
それを選べればどれだけ幸福か、噛み締めながら否定する。
「私の覚悟を舐めるなよ。その時が来れば私はこの子の、オラリオの敵になる。もう決めたことだ」
「……そうか。すまない、お前の決断を踏み躙るところだった」
ザルドは答えが分かっていても、残念そうに俯いた。そんな彼を横目に、ガルフが寝る前に書いていた日記から一枚破り、書き置きを残す。
この子と長居してしまえば、先程の言葉を違える結果になってしまいそうだからだ。
「また来るよ。おやすみなさい、ガルフ」
隣で見ていたザルドはやはり母のようだと感想を抱き、そっと心のうちに留めておくのであった。
オラリオ日記・32日目
今日はオラリオに来て以来、激動の一日だった。キャスターに会って、アリーゼたちと別れて、お母さんの優しさに触れて……とにかくすごい一日だった。
キャスターは生きている、その事が分かって僕を支配したのは憎悪と歓喜だった。みんなを殺したあいつを僕の手で殺す事ができる、そんな未来を想像して、自分が自分で嫌になる。
僕はもう一度アリーゼに再開したら、うまく喋れるだろうか。そう思って、自分で無理だと感じた。あれだけ傷つけて、どのように顔を合わせればいいか分からない。それに、またキャスターを目前にしたら、僕はそちらへの憎悪に支配されちゃう。
……うん、考えるのはやめよう。今はどう足掻いても答えを出せない気がする。とりあえず明日は適当にぶらついて、フィンさんの指示を待つ。【アストレア・ファミリア】を離れる報告したとき、また力を貸してほしいと頼まれたから、なんでもするつもりだ。
でも、任せれた任務でアリーゼたちと再会するなんて可能性はゼロだよね………………フラグが立った気がする。お母さんに日記が見られそうなので今日はもう寝よう、明日は晴天になりますように。