魔剣鍛治師と正義の使徒   作:川さん

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ここから三話ほどオリジナル展開を加えます。原作には戻るのでご安心ください。


第五話 覚悟

 

 

 

 

 

 固すぎて疲れが取れた気がしないベッドの近くには、丁寧な字で書き置きが残されていた。

 

『私は住処に戻る。ここで住むのもよし、誰かに会いに行くのもよし、好きに生きろ』

「……とりあえず外に出るか」

 

 簡単なものを料理してお腹に溜めたあと、仮面と教会にあったフードをつけて朝の街に繰り出した。

 こんなにも太陽は照りつけているのに、街は閑静なものだった。暗黒期という現状が、民衆の生活を阻害しているのだ。

 誰ともすれ違うことなく、他とは少しだけ活気のあるメインストリートに着いた。辺りは【ガネーシャ・ファミリア】が警備をしており、やはり民衆は窮屈な生活を送っている。

 

「あっ! 君、ガルフくんでしょ!」

「確か、あなたはアーディさん?」

 

 青髪の少女、現【ガネーシャ・ファミリア】団長の妹であるアーディ・ヴァルマと会ってしまった。

 リューやアリーゼと仲が良かったのでとりあえず逃げようと足に力を入れると、後ろから焦った声が聞こえる。

 

「ちょっ! 待って待って! 私はリオン達に告げ口なんてしないから、話を聞いて!」

 

 その声色からは嘘が感じられなかった。

 一応すぐに逃げられるよう、体勢はそのままでアーディさんの話に耳を傾ける。

 

「アリーゼ達から言われてるんだ。ガルフとは誰かに仲立ちしてもらうんじゃなくて、真正面から話し合いたいってね」

「……お人好ししかいないのか」

「ガルフくんも大概だと思うけどなぁ」

 

 アリーゼが良くても、輝夜やリューが受け入れてくれるはずがない。

 それなのに団員を説得してまで、僕と話し合う席につきたいというのは、控えめに言って頭がおかしい。

 複雑な気持ちのままため息をつくと、アーディさんはにっこりと笑ってこっちを見てくる。

 

「アーディさんはここで何を?」

「呼び捨てで良いよ! 私はパトロール中なのです」

「僕も呼び捨てで良いよ。シャクティさんにもそう言われてるし」

 

 予想通り、アーディさん……アーディは【ガネーシャ・ファミリア】の団員として警備をしている所だった。貴重なレベル3としてその力を存分に使っているようだ。

 特に話すこともなく会話に困っていると、アーディはにんまりと笑みを深めて問いかけてきた。

 

「ねぇねぇ、ガルフは誰が好きなの?」

「ぶっ!」

「やっぱりアリーゼ? それとも、ライラ? あっ、もしかして犬猿カップルでリオンとか!?」

「お、落ち着け。犬猿カップルなんて初めて聞いた」

 

 嫌らしい笑みの正体はまさかの恋バナだった。

 アーディ・ヴァルマ、14歳、この手の話が大好きな乙女である。

 目の前にいるのはオラリオでもトップクラスの実力かつ女性しかいない場所に住んでいた少年。御伽噺の主人公のような生活を送っていたガルフは格好の的であった。

 

「あっ、でもリオンは生理的に無理って言ってたから難しいかなぁ。ドンマイ!」

「なんで僕はフラれてるの?」

 

 リューもなかなかにきつい事をアーディに話していた。ただの嫌悪ではなく生理的嫌悪など仲良くなれる気がしない。

 僕の心がぽっきり折れる音が聞こえた。

 

「あっ、でもね。ガルフのことが嫌いってわけじゃなくて、なんか、エルフの種族的にヴェルフの魔剣が受け入れられないんだって。希望あるかも!」

「なんでアーディの脳内では僕とリューのカップリングが成立しようとしてるの?」

 

 リューの嫌悪は、おそらくこの()()()()()()()ものだろう。それはしょうがないと言えるが悲しいものは悲しい。

 人知れず傷ついていると、アーディは大きく口を開けて笑い始める。

 

「あはは! 聞いてた通りガルフは面白いなぁ」

「一応聞くけどその情報源(ソース)は?」

「アリーゼとライラだよ!」

「あいつら殴ろ」

 

 再開したらまともに話せるか分からないのに、殴ることは決まった。

 拳を握りイメージトレーニングしてると、そのシュールさにアーディは笑う。

 その滑稽なやり取りに釣られて、メインストリートは段々と喋り声が増えていった。

 

「ふふふ。ガルフはすごいね。君のおかげでみんな笑顔だ」

「……複雑なだなぁ。喜びたいけど喜びたくない」

 

 僕の間抜けさでみんなが笑顔になった。

 その事実に少し受け入れがたさを感じるけど、子供が笑ってるのを見てまぁ良いかという想いになる。

 口元が緩んでいると、アーディは真面目な顔つきにして向き直った。

 

「お願いがあるんだ、ガルフ。リオン達と、【アストレア・ファミリア】としっかり話してあげてほしい」

「……唐突にくるね」

「初めから言ったら、きっと逃げちゃったでしょ?」

 

 たしかに、初めからその話題を出されたら臆病さから逃亡を図ったかもしれない。

 

「彼女達は彼女達なりに答えを出してる。それを受け入れろとは言わないけど、聞いてほしいんだ」

 

 アーディがどこまで知っているかは分からない。僕と【アストレア・ファミリア】の関係を、そして昨日の惨劇を。

 もしかしたら憶測だけで喋っている可能性も捨てられないだろう。

 

「……元からそのつもり、むしろ僕の方から行かなきゃいけないと思ってる」

 

 そう応えると、アーディは目を細めてやさしそうに笑った。

 

「そっか。じゃあ、仲直りしたら教えてね。みんな笑顔が一番だから!」

 

 そう言い締めて、アーディはパトロールに戻ろうとする。だけど、最後に何かを思い出したように近寄って、耳元で囁いた。

 

「誰かと付き合ったら一番に教えてね」

「パトロール戻れ」

「ちなみに私の予想はガルフ×リオンだよ!」

「聞いてない」

 

 想像以上にアホらしかった事に嘆息して、僕は活気付いてきたメインストリートを歩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーディと別れた後、また辺りをぶらぶらしていたら見覚えのある青年がこちらに向かって走ってきた。

 

「ようやく見つけたっす!」

「……ラウル? 今日はフィンさんからのパワハラは受けてないんだ」

「いつも受けてないっすよ!?」

 

 ラウルはなまじなんでもできちゃうせいで、フィンさんとかノアールさんに一目置かれてる気がする……本人は器用貧乏だって嘆いてたけど。

 息を切らすラウルは、身を乗り出して話しかけてくる。

 

「【アストレア・ファミリア】から居なくなったって聞いた時は肝が冷えたっすよ。アキも心配してたっす」

「フィンさんから詳しい事情は聞いてないんだ」

 

 おそらく気を遣って明言するのは避けてくれたんだろう。

 だけど、僕が白装束のみならず民衆も蹂躙した事は伝わってる筈だ。あれほど恐怖の目を向けられれば、自ずと自覚する。

 

「ラウルは僕が怖くないの?」

 

 そう言うと、ラウルは予想に反してキョトンとして目をして嘆息をつく。

 

「ガルフが怖いかどうかって、そんなの……」

「そんなの?」

「――怖いに決まってるじゃないすかぁぁぁ!!」

 

 口をポカーンと開ける僕を置き去りにラウルは続ける。

 

「十歳で団長たちと同じレベルとかおかしいじゃないっすか!? 年下ができてのほほんとしてたのに、超格上で傷ついたっすよ!」

「……ごめん」

「余計惨めなので謝らないでくださいっす! 噂じゃ夜に闇派閥(イヴィルス)を血祭りにしながは高笑いを上げてるって耳にしたっすし!」

「待ってそれは知らない」

「他にもアリーゼさんを手篭めにして毎日熱い夜を過ごしてるとか!? 本当なんっすか、本当だったら今ここで首を刎ねてやるぅ!!」

「お、落ち着いて。僕は誰とも関係を持ったことない」

 

 剣に手をかけ始めたラウルを宥めて、とりあえず噂の元凶が分かったら手加減なしに必ず殴ろうと決意する。

 最後のに関してはもはやどうしてそんな噂を作ろうとしたのか気になる。火のないところに煙は立たないというけど、本当に火がない場合はどうなるんだろう。

 怖がって、発狂して、怒ってと色々大変だなぁと思いながらラウル千変化を見ていると糸が切れたようにラウルは動きを止めた。

 

「まぁ、ガルフが異常で非常識なのは今にわかったことじゃないっす」

「蔑んでるの?」

「だけど、それを全部ひっくるめて俺とアキは関わりたいって思ったんすよ」

「……っ」

「まぁ、単純に驚き疲れたってこともあるっすけどね」  

 

 やれやれ、と息を吐きながらラウルは肩をひそめた。苦労人の性が垣間見えているが、本人が気づいていないのなら敢えて明言しなくても良いと思う。

 こんな滑稽な姿を見ていると、悩みなんかどうでもいい気になってきた。

 

「……ラウルと会えてよかったよ」

「どうしたんすか急に。変なものでも食べちゃいました?」

「決めた。ラウルがレベル2になったら昇格祝いに魔剣をあげる」

 

 とびっきりの魔剣を、それこそ《冷華儚凛》と《炎天爛媧》を超える魔剣をプレゼントしよう。それが、ラウルが一番喜んでくれるお返しだと思うから。

 そう言うと、ラウルは目を輝かせて飛び跳ねる。全身で喜びを表現しているようだ。

 

「本当っすか!? これはレベル2になるまでは絶対死ねないっすね」

「それ以降も死んじゃダメだよ?」

「かっこいいかつスタンダードな両手剣型の魔剣、いや、あえての刀型の魔剣、あるいは団長と同じ……」

「自分の世界に入っちゃった」

 

 いつも損な役回りをさせられる少年は、今だけは英雄譚に心踊らされる幼子のようであった。

 まだレベル2になったわけじゃないのに、貰う魔剣のことしか考えていない。

 

「それよりも、僕を探してたってことは何か伝えることがあったんじゃないの?」

「あっ、そうっす。本題を忘れるところだったっす」

 

 ラウルは鞄をあさり微かにしわくちゃになった手紙を取り出した。

 

「これ、団長からの応援依頼っす。敵の小拠点を発見したから明日乗り込むみたいっすよ」

「今度はこっちから奇襲をかけるってことか。さすがフィンさん」

「だけど、なんかきな臭いって噂っすよぉ」

 

 嫌そうに顔を顰めるラウルは複雑な表情のまま手紙を渡してくる。

 憧れる団長の指示とはいえ、どこか奇妙なイメージを抱いてるようだ。無言のまま話の続きを促すと、ラウルは少しどもりながら口を開いた。

 

「いわく、人の気配が何もないらしいっす。何か出るんじゃないかってみんな言ってるっすよ」

闇派閥(イヴィルス)の拠点なら閑静なのは当然じゃないの?」

 

 逆にどんちゃん騒ぎしている闇派閥(イヴィルス)の方が嫌な気がする。

 指摘するとラウルは分かってないなぁという風に人差し指を横に振った。

 

「そこに行く人はいるのに帰ってくる人が居ないんすよ。でも誰かが住んでる雰囲気もないし……想像するだけで怖いっす」

「モンスターは怖くないのにお化けは怖いんだ」

「それとこれとは話が別っす! あの小拠点は『帰らずの館』って言われてるんすよ!?」

 

 ラウルはブルブルと肩を震わせて恐怖をあらわにしている。本当に【ロキ・ファミリア】なのかと思うけど、これもラウルの魅力かと強引に納得する。

 手紙の表紙を見ると『早朝五時にて襲撃を実行せん』と書いてある。

 

「早朝、か。夜じゃないのは珍しいね」

「遅刻厳禁っすよ。闇派閥(イヴィルス)の活動が比較的緩い朝を狙うんすから」

「なら、早めに教会に戻るようにしよ」

 

 時間があればもっと辺りをぶらつく予定だったけど今日は帰って明日に備えよう、武器の手入れもしたい。

 今日の計画を脳内で浮かべながら、今日はアリーゼたちに会いに行かなくて済むと心のなかで思ってしまった自分に嫌気がさす。

 

「僕はそろそろ行くね。手紙、ありがと」

「気をつけてくださいね。ガルフが死んだら魔剣の約束が無くなっちゃうっす」

「本当に楽しみなんだね……」

 

 最後まで軽口を交わしながら僕たちは分かれた。

 ラウルが居なくなったのを確認してから、自分が仮面の下で微笑みを浮かべているのに気づいた。

 

「とびっきりの魔剣を作ってあげよ」

 

 そして、少年はまだ見ぬ魔剣に胸を馳せるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、小拠点の襲撃に【アストレア・ファミリア】も来るって言うの忘れたっす」

 

 敬愛する団長に手厳しく言われたのにすっかり忘れてしまった。

 もう一度会いに行こうかと思ったが、彼と彼女たちは仲が良いので大丈夫だと強引に納得する。

 

 ……この事が原因で、後日ガルフから腹パンをいただき悶える少年がいたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時はヴァレッタたちによる襲撃……『陽だまりの惨劇』が起こった夜に遡る。

 【アストレア・ファミリア】のホームである『星屑の庭』にて、普段は作戦会議やご飯で賑わっているリビングは地獄であった。

 重い沈黙が走り、気まずい表情を浮かべている少女たちは泣きそうな顔をしているアリーゼに気遣いの視線を向けている。

 いつもと打って変わった雰囲気にファミリアの参謀は息苦しくなり、ついに大声をあげた。

 

「あー! 帰ってきたらガルフが家出してアリーゼがその原因って、何がどうなったらそうなんだよ!?」

「喚くなパルゥム…………今日の炊き出しで、ある少年が虐殺を行ったと聞いたが、それに起因することか?」

「「っ!」」

 

 輝夜の確信をついた言葉は気落ちする少女と妖精の肩を飛び跳ねさせた。当たらないでほしかった予想が当たり、頭痛が痛い状態に陥っているライラと輝夜を横目に膝の上で拳を握った。

 彼を傷つけた自分がみんなを集めて話し合う資格なんてあるのだろうか。

 手を差し伸べられなかった私が、こんなことをして意味があるのだろうか。

 自分の無力さと後悔に口端を噛むと、リオンが状況を説明してくれる。

 

「実は闇派閥(イヴィルス)に人間をモンスターに変えてしまう魔法を使う者が現れまして……」

「あー、もういいもういい。んな胸糞悪いこと聞いてられんか」

「おおかた、民衆をモンスターにされ、動けた者がガルフのみだったということだな」

「……はい。私は、何もする事が出来なかった。【重傑(エルガルム)】からの指示もうまく受けられず、気がつけばガルフが全てのモンスターを殺していました――元が民衆のモンスターも含めて」

 

 リオンは俯いて自身の無能さを露見する。

 彼が成したことは正しかった、なのにその所業に誰もが畏怖を抱いてしまったのだ……他ならぬ私も。

 沈黙がさらに重みを帯びたのを肌で感じながら、ガルフが使っていた部屋に目線が行った。

 宛はあると言っていたけど、食い扶持に困ってないのか、住居の周りに闇派閥(イヴィルス)はいないか、そんな事を考えて心のなかで自嘲する。

 そうさせたのは自分ではないか、彼を心配する資格なんてない。

 

「それで、いつになったら我らが団長さんは口を開いてくれんだ? アリーゼの事だから出ていくのを止めたりしたんだろ?」

「……止めた。けど、私が彼のことを怖いって言っちゃって、傷つけちゃった」

 

 実際に言ったわけではないのだが、そのような思いを抱いてしまった時点でダメだろう。

 諦観を醸し出す彼の瞳が、今も脳裏に焼き付いている。

 誰もが固く口を閉ざしてしまうなか、公平な視点で考える女神が口を開く。

 

「アリーゼはどうしたいのかしら? 連れ戻すのか、それともこのまま放っておくのか」

「私、は……」

 

 どこかに行ってしまうのを止めようとした結果、拒絶された。なら、ガルフの好きなままに道筋を運ぶのが正解なんだろうか。

 思考の沼にハマっていると、隣でリオンが意を決した様子で口を開く。

 

「私は、連れ戻すべきだと思います」

「……驚いたな。お前はやつを嫌っていたはずだが」

 

 種族から無意識に出てしまう嫌悪を溢れさせていた妖精に、同じくガルフに否定的だった輝夜は微かに目を見開いた。

 現在妖精から出ているのは嫌悪ではなく、罪悪感だったからだ。

 

「彼がアリーゼの前から居なくなったとき、とても悲しそうだったんです。見た目ではわかりませんが、何というかオーラが迷子の子供のようで……」

「あいつは感情とか悩みを溜め込むタイプだけど、リオンに分かるくらい心にきてたっことか」

「いえ、アリーゼに対する失望というよりも、どこか罪悪感を含んでいた気がします」

 

 確かに、思い込みかもしれないが彼は私を責めるようなことは無かった。

 むしろこちらを気遣うような口調で話していたのを思い出す。

 

「ライラと輝夜はどうなのかしら? ガルフに戻ってきてほしい?」

「……とりあえずゆっくり話がしてぇ。そんでもって、何も言わずに居なくなるのはやめろって怒ってやりたい」

 

  ライラは勝手に居なくなったガルフに対して苛立ちを募らせている。魔剣や魔道具について話し、彼と関わった時間は【アストレア・ファミリア】内で一番かもしれない。

 だからこそ、自身を信頼してくれていた自覚があったからこそ、何も言わずに出て行ったガルフに怒りを露わにしているのだ。

 燻るパルゥムの隣では、極東の姫が顔を俯かせていた。彼女らしくない姿にライラは片眉をあげる。

 

「どーした? お前のことなら好都合だ、とか言いそうじゃねぇか」

「私はそこまで腐っておらん! ……憶測にすぎんが、少し嫌なことを思いついてな」

「嫌なことって、ガルフに関すること?」

 

 麗しい面貌を苦々しく歪め、紅色の着物を後がつくほど握りしめているその姿は、いつもの荘厳なイメージを覆すものだった。

 本来は詳しく聞かない方が良いのかもしれない、だけど、私はここで聞かなくちゃいけないと思った。いや、そのように、誰かに囁かれた――――ここで目を逸らして、逃げるのは絶対にダメだと。

 

「あぁ、ガルフはその呪術師とは顔見知りだったのだろう? しかも、お互い憎み合ってるという爆弾つき」

「えぇ、あんなガルフは初めて見た。この世の全てを全部憎んでる、そう言われても納得できちゃうくらい」

 

 温厚でノリの良い少年をあそこまで変えてしまう呪術師、一体何の因縁があって……そこで、最悪の想定が頭の中に飛来した。

 弾かれたように輝夜の方を向くと、自戒の念を発する瞳と視線があった。その隣ではライラも何かを察したように下唇を噛み締めている。

 

「待って、もしかして……!」

「……あなたも思いついたか。人を変異される魔法、それを使う呪術師との因縁。例えば、過去に()()()()()()()()()()()()、とかな」

「「「……ッ!」」」

 

『――僕は、【アストレア・ファミリア】じゃない』

 

 彼と最後に話した記憶。

 あの言葉を発したとき、彼は私を責めるのではなく、【辺獄(リンボ)】を憎むのではなく、ただ感じた感情(もの)は――

 

「ガルフは恐れてたんだ。他ならない()()()()()()()……!」

 

 ――恐怖だ。何かを喪う事への慣れと自戒、後悔、罪悪感、慟哭、憎悪、惜別、哀愁、悪い感情(もの)を全部詰めて蓋をした、底知れない恐怖。

 彼から感じる、埋めることのできない心の距離。

 今日も、彼は私とリオンを避けるように、単独で子供たちの警邏に向かった。

 あの時も、ずっと抑えていたの?

 あの時も、ずっと辛かったの?

 そして、最初から抱えていたものが、【辺獄(リンボ)】を通じて爆発してしまった。

 元から彼は、私が彼と会えた時から、もう身も心もボロボロだったんだ。

 拳を握りしめて、頭に昇っていた血が一気に冷えた。

 目の前でアストレア様が優しく微笑む。

 

「覚悟は決まったようね」

「アストレア様っ、はい。もう私は逃げません」

 

 ライラも、リオンも、輝夜も、みんな私の方を向いている。

 その静寂は、さっきのように重苦しいものではなく、全ての判断を託してくれてるようで、だから、私は堂々と胸を張れた。

 

「【アストレア・ファミリア】はもう一度彼と話をして、可能なら連れ戻す……いや、必ず連れ戻すわ!」

 

 声に元気と希望が宿ったのを感じた。

 頼れる参謀は軽く微笑って、計算高い副団長は嬉しそうにため息をつく。一番純粋な最年少は真剣な瞳で、私を見てくれる。

 一拍置いて、今度はみんなが応えてくれる。

 

「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」

 

 アストレア様は、嬉しそうに口端を釣り上げて、懐から手紙を取り出した。

 封に印されているのは全てを嘲笑い、戦況を掌の上で転がす道化のシンボル。

 

「これは、フィンか?」

「えぇ、【ロキ・ファミリア】からの闇派閥(イヴィルス)拠点襲撃の要請よ。時刻は明日の早朝、メンバーは【アストレア・ファミリア】、そして……ガルフも同行するらしいわ」

「っ、好都合とはこういう事ね!」  

 

 拳を強く握って、椅子から飛び上がる。

 私はもう迷わない――――――だから覚悟してね、ガルフ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へくちっ」

「風邪か?」

「いや、多分違うと思うけど……」

 

 今は昼頃に来てくれたアルフィアさんと共に夕飯を囲んでいる。

 今日も夕飯は僕が作ろうと思ったのだが、唐突にアルフィアさんが『私が作ろう』と言い始めたので主に手伝いをした。

 料理経験が無いと言っていたからハラハラしていたけど――

 

「アルフィアさん、本当に料理初めて?」

「あぁ、包丁など初めて握った。意外に鋭利なのだな」

 

 ――めちゃくちゃ美味しい。

 火加減、見た目、匂い、そして何より重要な味わい、全てが初心者のそれではなかった。

 包丁をナイフのように持つので何度も止めたが、僕が一度手本を見せたらすぐに模倣(コピー)して僕以上の包丁さばきになっていた。

 

「大抵のものは見るだけで真似できる。体格や筋力などは模倣できぬが、ただの技能であれば容易だ」

「それ、僕以外に言っちゃダメだよ。嫉妬されちゃう」

「それほどの雑音であれば気にする価値もない」

 

 控えめに言って化け物だと思う。

 

「それよりも今日は会えたのか?」

「…………今日は、うん、良い天気だったよね」

「誤魔化すのならもっと上手くやれ」

 

 何に会えたのか、それは言うまでもないだろう。

 【アストレア・ファミリア】とは、アリーゼとはまだ会えてない。

 それどころか、『星屑の庭』に足を運ぶことさえできなかった。無意識にそちらへの方向を避けていたのに気づいたのは教会に帰ってきたときだった。

 アルフィアさんは嘆息して、それでも優しげに目を開ける。

 

「まあいい、明日は早いのだろう? さっさと寝ろ」

「あっ、そういえば聞きたい事があったんだ」

 

 昨日寝てたときに感じた温もり、それはアルフィアさんだけじゃなくて――

 

「昨日、誰か教会に来てた?」

「……いや、この場にいたのは私とお前だけだ。他の誰も足を踏み入れていない」

 

 アルフィアさんは軽く口籠り、右手を背に当て、いつものような口調で否定した。

 少しおかしかった気がしたけど、まぁいっかと強引に納得する。誰か来ていたとしても、アルフィアさんの知り合いならきっと良い人だろう。

 アルフィアさんはどこか急かすように夕食を片付けて、寝床に着くよう促した。

 その仕草に違和感を感じたけど明日が早いこともあり、僕はアルフィアさんの視線を肌で受けながら瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 





オラリオ日記・33日目
アーディと会って、ラウルから手紙を受け取って、少し一人でいた後はお母さんと一緒にいた。連日だから来てくれないかと思っていたが、■イバ■のスキル――【陣■作■】を使って簡易鍛冶場を作っていたら、いつの間にか灰髪の女性が教会にいた。お母さんは僕の魔剣や工房を見ていると、珍しく冷や汗を流していたけどあれは何でだろう。
料理のこともあるし、お母さんが鍛冶師になったら凄いことになるのかな。それこそ、一度の鍛錬で魔剣を作っちゃうかもしれない。鍛冶ファミリアの【へファイストス・ファミリア】が聞いたら卒倒しそうだけど、お母さんはいつも通りの表情で『煩わしい。失せろ、雑音が』って言いそう。……なんか槌をお母さんに握らせたくなってきた。もし機会があれば是非握ってもらいたい。
妄想が膨らんで眠気がなくなってきたので、そろそろ眠りに集中することにする。――願わくば、明日もアリーゼたちと会えませんように。
 
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