魔剣鍛治師と正義の使徒   作:川さん

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第七話 罪

 

 

 

 

 

 私、ゴジョウノ・輝夜は、あの薄汚いガキ……『ガルフ』が嫌いだ。

 こっちの心情はバカみたいに当ててくるくせに本人の自覚はなく、その上仮面で顔を隠しているときた。

 団長があいつを拾ってきて、始めは哀れな少年だと思った。

 暗黒期に親を失い、孤児になる者は少なくない。アストレア様の付き添いで孤児院に行くたびに増えている幼児を見て、無性に胸をかきむしりたくなった。この少年も同様に()()()()運の悪かった、()()()()どうしようもなかった子供、そのような認識を、私のみならず他の団員たちも抱いていただろう――――――あいつの初陣を見るときまでは。

 あいつを保護した二日後、『星屑の庭』が襲撃された。

 愚かにもアストレア様を狙う愚か者が企てたものだった。しかし、その作戦は練り上げられており、【アストレア・ファミリア】総員はちょうどその時、別の場所の襲撃を食い止めている所であった。故に、誰もアストレア様を守る者は存在しなかった。闇派閥(イヴィルス)の幹部である【顔無し】が関与しているということもあり、被害は甚大になる……筈であった。

 もう語るまでもないだろう、レベル4の【顔無し】を含む闇派閥(イヴィルス)の部隊を、ガルフが撃退したのだ。

 【勇者(ブレイバー)】からアストレア様が襲われるという情報を聞いて、私たちは『星屑の庭』に足が千切れるほど早く走った。一番『敏捷』の能力が高いリオンを筆頭に、【アストレア・ファミリア】は『星屑の庭』に到着した。

 あの時の事は、今でも忘れられない。自慢のホームからは夥しいほど煙が拭き乱れ、火薬の匂いと爆発音が鼻を刺激した。

 

『青二才! 何を突っ立っている、早くアストレア様を救出するぞ!』

 

 入り口で呆けていたリオンに喝を入れ、勢いのままに『星屑の庭』に足を踏み入れようとした。

 そこで目に入ったのは、『戦闘』なんて生易しいものではない――『蹂躙』だった。

 一足遅れて団長たちも到着し、リオンと同じように呆けている私に彼女たちは声をかけようとして、壊れたビデオテープのように巻き戻しが起こった。

 

『えっ? あそこに立ってるのは、ガルフ……?』

『ぶっ倒れてんのは白装束に、ありゃ幹部の【顔無し】じゃねぇか!?』

 

 見たこともない魔剣を乱発し、白装束たちを地に伏せさせていく少年。その姿は、二日前のボロボロの姿とは似ても似つかなかった。

 その後のことは、ほぼ覚えていない。

 【殺帝(アラクニア)】が乗り込んできて、私たちもガルフに加勢して、結果は【顔無し】は逃したが闇派閥(イヴィルス)の下っ端を多数捕縛し、アストレア様は無傷という完全勝利を成したのであった。

 本来であれば彼を称え、感謝を伝え、年上である私たちは褒めるべきだったんだろう。実際に、団長はガルフを持ち上げて喜んでいた。

 だけど、私は彼の戦う姿が悲しく見えて……()()を抱いた。

 彼は叫んでいたんだ、白装束を倒しながら、アストレア様を守りながら。

 

『もう、戦いたくない……』

 

 彼の口から出たわけじゃない、私の勘違いかもしれない。

 しかし、あいつが体現していたのは、底知れない悲しみだった。

 

『僕たちと共に、オラリオを守ってくれないかい?』

 

 それなのに、騒ぎを嗅ぎつけた小癪な【勇者(ブレイバー)】に、援軍として闇派閥(イヴィルス)と戦って欲しい、と頼まれていた。

 

 胸中でやめろ! と叫ぶ。彼は戦うことを望んでいない、これ以上あの子の傷を増やすな!

 

 しかし、あいつは思い悩む事もなく、当たり前のように応えた。

 

『僕でよければ、喜んで』

 

 それから、ガルフと話さなくなった。

 他人のために自分を傷つけるガルフと、その力に頼ってしまっている自分が嫌いだ。

 そして、私は今もなお――――――

 

「《冷華儚凛》!」

 

 ――――――あいつの後ろで、守られている。

 あいつの左腕から夥しい冷気が溢れて、『影』を覆い尽くす。

 気温が急速に下がり、吐息が白くなるのを横目にガルフの右肩から血が流れているのが見えた。

 

「前に出過ぎだ! 少しはこっちを頼れ!」

「致命傷じゃないから大丈夫!」

「肩の傷など剣士にとっては致命傷だ、たわけ!」

 

 怒鳴り声をあげる私に肩をびくつかせるガルフ、そんな少年を見て、少し笑みが溢れた。

 

「そんな顔もするんだな」

「えっ?」

「敵から目を離すな!」

「話しかけてきたの輝夜だよ?」

 

 理不尽だと目線で訴えられるが、戦場で目を離す方が悪い。

 そして、私に向かう神速の斬撃を、ガルフが炎の魔剣で弾いた。

 

「敵から目を離しちゃダメだよ?」

 

 仮面から見える深紅の瞳は、いたずらげに輝いている。

 息をするように守ってくるガルフを見て、私は再度同じことを胸に思った。

 

 ―――あぁ、やはり私はお前が嫌いだ。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

「さすがに強すぎない!? 一撃も加えられなくてそろそろメンタルが折れそうよ!?」

「口より手を動かせ! ウカウカしていると斬られるぞ!」

「でも、確実に弱ってる。体力が無尽蔵ってわけでもないみたい」

 

 その証拠に、僕がまだ斬られてない。

 化け物じみた技能に力や速さがついていってない。いくら刀の使い方が巧くても、それを覆すほどの魔法をぶつければ、自ずとその体は損傷していく。

 二つの魔剣で削っていけば、『シャドウ』の動きは次第に鈍くなっていった。

 

「uuuu....gaaaaa!!!!」

「それは悪手だよ」

 

 長刀を振り上げて『シャドウ』が特攻してくる。

 その姿は誰が見ても焦っていて、今までの技に比べればお粗末としか言いようがないものだった。

 後ろから感じる魔力の奔流に身の毛をよだせながら、僕は長刀を避け鳩尾に蹴りを叩き込む。

 苦しそうに体をくの字型に曲げ、こちらを睨む『シャドウ』に丁寧に教えてあげよう。

 

「僕を見てていいの?」

「-------!」

「砕け散りなさい―――【ルミノス・ウィンド】!」

 

 風殺の弾が『シャドウ』に迫る。

 魔力の減少に伴い、数は6つのみであったが魔導士顔負けの砲撃は寸分狂わず『シャドウ』に当たる――

 

「えっ?」

「なんで、今それを……?」

 

 それに気づいたのは僕とアリーゼだけだった。

 その攻撃を実際に受けた僕らだからこそ、『シャドウ』が『構え』をとったのが信じられなかった。あの超常たる一撃を警戒してるが故に、前線の僕たち三人は常に三メートル以上の距離を断続的にとるようにしていた。もちろん、固定砲台のリューは五メートルは離れている。

 

 じゃあ、あの刃先の向かう場所はどこだ?

 

 一瞬にも満たない時間、思いついた考えを理性と常識が否定する。アリーゼの方を見れば、彼女も思い付いたのか、頭を振ってその思考を振り払う。

 【ルミノス・ウィンド】と『シャドウ』の一メートルを切ったとき――

 

「「っ!」」

 

 ――表情があるのかもわからない『シャドウ』が、嗤った気がした。

 

「『■返し』」

 

 神速の三刀が【()()()()()()()()()】を襲う。

 一刀…………たった一振りが、五つの風の弾を切り裂く。切り裂かれた魔法は、内包していた魔力が喪失し、大気へと消えていった。

 二刀…………残った一つの弾を、真っ二つに割く。先立った五つの弾と同じくその魔力を散らすのではなく、丁寧に裂かれた弾は()()()()()()()()()()()()()()()()()、刹那の間のみ魔法は残った。

 三刀…………分裂させられ二つになった弾を、任意の場所に弾く。弾かれた場所は、何が起きているか分からない二人の少女――輝夜とリューの下へ向かう。

 

「「えっ?」」

 

 勝利を確信していた少女たちは何も反応できない。

 一帯を吹き飛ばす風の弾が彼女たちに直撃する。

 

「輝夜っ!」

「リオン! 逃げて!」

 

 輝夜とリューは自身の前に佇む、砂埃を上げた()()に気づいた。

 時間がたち、巻き上がった風が収束していくと、何かはその相貌を露にする。

 そして、絶望する。

 極東の姫は、また守られたことに。

 純潔の妖精は、自分の理想が倒れていることに。

 

「ガルフ! なぜ、また、私はっ!」

「アリーゼっ!」

 

 絶望にくれる二人の少女、その確かな隙を侍は逃さない。

 斬り合う上で一番厄介だった者……僕に向けて刃を向ける。

 

「giii!!!」

 

 その長刀が瞬く間に距離(レンジ)を埋めて突き刺すように、地面と平行に襲ってくる。

 庇われた輝夜は、未だに現実を受け止めきれてない。

 

 

 だから――団長の私がしっかりしなきゃね!

 

 

「ぐぅっ!」

「アリーゼっ! お前、怪我が!」

「直撃は避けたから大丈夫よ! お腹から朝食べたじゃが丸くんが出てきそうだけど!」

 

 必死に笑みを張り付けて仲間を鼓舞する少女は確信していた。

『自分が防げるなら、彼が防げてないはずがない』

 その証拠に、揺れる赤髪が『影』に肉薄する。

 

「《冷華儚凛》!」

 

 朝露色の斬撃が、突きを邪魔されて大勢を崩している『シャドウ』に当たる。

 

「とった……!」

 

 何重もの攻防を経た、究極の一撃。

 リヴェリア・リヨス・アールヴの【ウィン・フィンブルヴェトル】に勝らずとも劣らない、絶氷の一閃。

 だけど、僕も、アリーゼも『シャドウ』を舐めていたのかもしれない。相手は成り損ないであろうと、『英霊』という人理に刻まれた英雄。

 クランの猛犬がもしここにいたら、僕たちを嘲笑いながら言っただろう。

 

『その程度でくたばれんなら、俺たちは英雄になんざなっちゃいねぇよ』

 

 英雄の名に恥じぬ膂力を披露して、『シャドウ』は飛び上がり()()()()()()()()()

 さながら、それは大空を駆ける鳥のように。

 空高く飛翔する燕のようでもあった。

 

「なっ!」

 

 そして、黒に染まる長刀が、上から冷華儚凛を()()()()

 

「魔剣が、折られた……?」

 

 愛刀を潰されるという惨状でも、『シャドウ』は待ってくれない。

 叩き潰した勢いを用いて、今度は下から必殺の長刀が迫る。

 

「……、避けられないっ!」

 

 迫り来るであろう痛みに目を瞑る。

 だけど、その痛みは、いつになっても訪れなかった。

 

「えっ……?」

 

 目の前で、何かが倒れる音がした。

 ポニーテールの赤髪を揺らしながら、革製の鎧が真っ赤に染まる。

 ボロボロだった(何か)が、完全に砕けた。

 

「……………………………………ありー、ぜ?」

「へへ……今度は、守れた」

 

 視界が、赤黒く、塗り潰される。

 

 ――僕は、また、喪うの?

 

 僕の目の前で、大切な人(アリーゼ)が倒れている。僕を庇って、僕を守ろうとして、また、人が死ぬ。

 

「ga? guraaaaaa!!!」

「黙れ」

 

 内側から吹き出る、強烈な感情(まりょく)

 それに抗いきれず、仮面にはヒビが入る。

 左目から頬にかけたその模様は、まるで悲しみの涙……泣けない僕の代わりに、仮面が泣いてくれているようにひび割れていた。

 

「お前を、殺す……!」

「落ち着けガルフ! このままだとっ!」

 

 思うがままに怒り(まりょく)を『シャドウ』にぶつけようとして、突如、背後が白化(ホワイトアウト)した。

 発生源に目を向ければ、そこには柄から先がなくなった《冷華儚凛》がある。

 

 ここで問題となるのが、長文詠唱魔法に匹敵するほど魔法を打てる魔剣がひび割れるとどうなるのか。通常の魔剣であれば、活動限界を迎え朽ちていくがガルフの魔剣は魔力を込めている時点で叩き潰されたのだ。

 魔法も詠唱中に何らかのトラブルが見舞われれば、込めていた魔力が暴走して魔力爆発(イグニス・ファトゥス)を起こす。

 それが上級魔法であればあるほど、その強さは大きくなる。そして、《冷華儚凛》は後もう少しで放つという時に叩き潰された(その命を終えた)

 じゃあ、何が起こる?――それは、大爆発に違いない。

 

 巻き起こる凄まじい爆音と熱波。【ルミノス・ウィンド】に負けない衝撃が背中を打つ。

 意識が朦朧とするのとほぼ同時、体は浮遊感に包まれる。

 咄嗟にアリーゼを抱き寄せて、()()()()()()へと落ちていった。

 

「アリーゼっ、ガルフゥゥ!!!」

 

 リューの悲鳴が、最後まで耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい、てめぇはこんな(なまくら)で満足してんのか? なら鍛治師なんてやめちまえ』

『……うるさい。サーヴァントなら大人しくマスター(ぼく)に従え!』

 

 煤汚れた鍛冶場には、二人の少年……いや、少年と少年の形をした爺がいた。

 傲慢な少年を横目にしながら確信する。

 

 これは夢だ。

 

 その証拠に、体は指の先まで動かせない。今も意識とは真逆の言葉を口から紡いでいる。

 相対しているのは歴戦の鍛治師。

 僕が■■だった時の()()()()で、奇跡的に召喚した最優のクラス。魔法陣からセイバーが出てきた時は思わずガッツポーズをしたのを覚えている。

 

『確かに()はてめぇのサーヴァントだ。命令されりゃ他のマスターの首なんぞいくらでも取ってきてやる』

『じゃあ――』

『だけどなぁ……鍛治(これ)だけは譲れねぇんだよ』

 

 少年の姿の爺……セイバーは難しい表情で少年の作った剣を見て、それを叩き壊した。

 

『何してっ!』

『この鈍には魂が何も入っちゃいねぇ! 人を切ることを目的に剣を作るなら、そこらの出店で果物ナイフでも買っとけ!』

 

 召喚してから間もない頃は、ぶつかってばかりだった。口を開けば文句しか言わない若作りのジジイだと、本気で思っていた。

 僕はただ他のマスターを蹴落とすために武器を作って、そこの巧拙を気にする暇なんてなかった。

 だから、余計にセイバーは許せなかったんだろう。『鍛治』というものを軽視する僕が。

 

『じゃあ、セイバーはどんな刀を作りたいんだよ』

 

 ボロボロに砕かれた剣の破片を集めながら、セイバーに問いかけた。

 それに対し、セイバーは鍛冶場に腰掛けて無言で石を穿ち始める。声をかけようとして、息が詰まった。

 まだ、刀身さえもできていない砥石の状態。

 だけど、積年の宿敵を見るように琥珀色の瞳を細めるセイバーは、それを全く別のものと捉えていた。

 そして、目線を一瞬で投げられる。

『黙ってそこで見とけ』と。

 何かに魅入られるように、僕はセイバーの後ろで正座をした。

 

 

 

 

 

 

 叩く。

 

 

 伸ばす。

 

 

 槌を振り下ろす。

 

 

 

 日本一……いや、世界一の刀鍛治師の槌は、一振りするごとに周りの気温を上げていった。

 紅く発光する鉄塊を何度も、何度も、叩いている。同じ事の繰り返しであるはずなのに、僕は目が離せなかった。

 汗が灼熱のなかで蒸発し、ボフッと鈍い音を立てる。一種の芸術を閲覧しているかのようで、時間を忘れて燃え上がるセイバーを固唾を飲んで見る。

 皮膚が焼け落ちるほどの熱が間近にあっても、セイバーは動じなかった。

 大きく息を吐いて、槌を振り下ろす。

 

「はっ!!!」

 

 ガキンッ! と甲高い音が鳴り、気づけば鉄塊は細く、鋭く、全てを突き抜く棒状の何かへと。

 間髪を容れずにセイバーは水の入った桶にその何かを突っ込んだ。ジュワッ! と低温だった水が内部から蒸発する。

 鉄塊から次第に赤みが取れ、セイバーが取り出して刀身の短い刀であった。

 

『……こんなもんか』

 

 セイバーは微かに落胆しているけど、これは()()()()()()()()()()

 鍛治に精通していない素人が見ても、これを讃え、その美しさに目を奪われる。

 そんな一級品を、セイバーは僕に向かって投げ捨ててきた。

 

『ちょっ、何して』

『そいつが()の刀だ。急拵えで素材も悪いから良い出来とは決して言えねぇがな』

 

 セイバーはもうどうでも良いのか、鍛冶場に置いてあったタオルで汗を拭き、火傷した腕を冷水で冷やしている。

 

()の目指した刀は《業を切る剣》だ』

『業?』

『あぁ、業を切り、縁を切る。すなわち――宿業からの解放だ』

『宿、業……』

 

 人を傷つける武器なんて包丁で事足りる、彼が求めたのはもっと先の、目に見えるものではなく概念を切ることだった。

 両手に持つまだ熱を宿している刀が、ピクリと鼓動した気がする。

 セイバーは僕に向き直って、優しそうな表情をして、告げる。

 

『マスターはどんな武器が打ちてぇんだ?』

『僕、は…………』

 

 言葉に詰まる。

 おのずと、目線が下に向いた。

 今まで理想の武器(そんなの)を考えたことを

なくて、ただ人殺しのための道具だと思ってた。

 何も言えずにいると、頭にゴツゴツとして、それでもって優しい手が触れた。

 

()が現界できんのは聖杯戦争が終わるまでだ。それまでに、マスターを最高の鍛治師にしてるやるよ』

『えっ……!』

 

 頭を上げて、琥珀色の瞳と視線がかち合う。

 

『だから、覚悟しろよ?』

 

 ニンマリと笑った顔に、少し慄いたのを覚えている。

 その時から、心の中でセイバーを『師匠』と呼ぶようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは、どこだっけ」

 

 懐かしい夢を見ていた気がする。

 初めてセイバーと喧嘩をした、あの日の事を。

 まだ覚醒しきっていない脳を無理やり稼働させて、状況の把握に専念する。

 頬に触れれば、仮面はボロボロになっていて、一日ぶりの空気に少しヒリヒリしている。

 

「確か『シャドウ・サーヴァント』に地下に落とされてっ……アリーゼッ!!」

 

 数分前のことを思い出し、数メートル離れた場所で横たわる少女に駆け寄る。

 『シャドウ』に付けられた傷は肩から脇腹にかけての袈裟斬り、夥しい量の血がアリーゼの防具を真紅に染めている。

 昨日のうちに購入しておいた回復薬(ポーション)を低級から上級まで全て傷口にかけていく。

 オラリオに来てから怪我らしい怪我をしてきたことがなかったので、使い勝手がよく分からず、かけ方は下手くそだ。

 だけど、そんな稚拙なものでも、アリーゼを救うためならなんだってする。

 

「ごめんね」

 

 特に酷い脇腹の傷の部分の服を剥がし、持ってきたハンカチを回復薬(ポーション)で湿らせ、丁寧に血を拭き取っていく。

 アリーゼは僕と合流する前にも脇腹に神速の黒刀を食らっていた。治りかけていた傷が再度開いて、回復薬(ポーション)による治癒を阻害しているのだ。

 

「お願い……戻ってきて」

 

 自分が庇われたことを棚に上げて、よく面の皮が厚く言えると自分でも思う。

 だけど、たくさんあった回復薬(ポーション)は尽き、リューみたいに治癒の魔法を使えるわけでもない。

 今、僕にできるのは願うことだけなんだ。

 

「話したいこととか、謝りたいことがいっぱいあるんだ。だから、生きて……!」

 

 瞳から涙が伝うのが分かる。

 視界の中で、眼前の少女と散っていった仲間の姿が重なる。

 嫌だ。

 もう失いたくない。

 だって、まだ君に何も返せていないんだから。

 彼女だけは、なくしたくない。

 何かが変われそうなのに――――。

 千切れるほど少女の手を握る。

 仮面がなくなったことで彼女の美しい顔がハッキリと見える。

 長いまつ毛に、整った造形、そして、気まずそうに()()()黄金色の瞳。

 

 ……………………………………えっ?

 

「……………………………………えっ?」

「あははー、わたしふっかーつ。何ちゃって〜」

 

 目に入ってくるのは、貧血で顔を青白くしながらも、生気は誰よりもある少女。

 アリーゼ・ローヴェルその人であった。

 既に起きてたということは、今までの独り言が全部聞かれてたということに他ならない。

 

「……アリーゼ、どこから起きてた?」

「えーと、『確か『シャドウ・サーヴァント』に地下に落とされてっ……アリーゼッ!!』からね」

「なるほど、最初からだね」

 

 頭を下げて拳を震わせる。

 目に見えるほど怒っている僕を見て、少女は慌て始める。

 傷がかなり塞がってきた上体を起こし、目線を必死に合わせようとしてくる。

 

「あ、でも、ガルフの素顔を見るのに夢中であんまり聞いてなかったし、急に服を脱がされて緊張したというか」

「――そんなことはどうでもいい」

「えっ……」

 

 別に独り言を聞かれたことはどうでもいいんだ。

 この身を支配する憤怒はそんなことについてのものじゃない。

 

「なんで…………なんで僕を助けたの!?」

 

 怪我人だろうが知ったことじゃない。

 少女の胸ぐらを掴んで、力のままに引き寄せる。

 目と鼻の先にある、綺麗な頬は赤い斑点が浮かんでいる。

 燃え盛る太陽のような明るい赤色の髪は、赤黒い血の塊に汚されている。

 口端からは、既に乾いた血の跡が、少女の肌を伝っている。

 動けていることが不思議なほど、彼女は瀕死だった。

 その事実を改めて叩きつけられ、瞳から無意識に涙が溢れる。

 

「……ガルフだって……『影』から私を助けてくれたから」

 

 その答えに、言葉を失う。

 彼女は自分を助けてくれた、だから助け返した、それだけだと言う。

 変わらず笑みを浮かべる少女に、唇が震える。

 

「……違うっ。 僕は、アリーゼを利用しただけっ……最初から助けるつもりなんてなかった! ただ戦う人員が減るデメリットを考慮しただけっ!」

「……ふふ、嘘ばっかり」

 

 断腸の思いで吐き出した言葉を、寸分の疑いもなく否定される。

 少女の瞳に映る自分は、泣き出す幼児のように顔を歪めている。

 少女は困った顔をして、仮面をつけてない頬に触れる。

 

「そんなに、自分を責めないで」

 

 やめろ。

 やめろっ。

 やめろっ!

 そんな、()()()()()()()を向けるのはやめろっ!!

 どうして、僕の周りには手を差し伸べてくれる人しかいないんだろう。

 そんな価値なんて、僕にはないんだ。

 多くの人を死なせて、殺した僕には。

 

「……僕は、師匠を、弟のような子を、そして、母親を見殺しにした」

「……っ!」

「それに、僕はもう百人以上、人を殺してる」

 

 左頬に触れている少女の手に、自分の手を重ねる。

 断頭台に立つ咎人のように、己の罪を告白する。

 アルフィアさんにでさえ言わなかった話を、打ち明けた。

 失望してもらうために、この手を振り払ってもらうために。

 

「僕は、アリーゼが思ってるような人間じゃない。もっと醜くて、残忍で、血も涙もない罪人」

 

 心の深いところに隠しておいた、(つみ)を打ち明ける。

 

「アリーゼが……正義の眷属が助けるような存在じゃないんだ」

 

 少女は、初めてその身を震わせ、ゆっくりと言葉を咀嚼する。

 少年の独白を、噛み殺して(理解して)喉に通す(脳に伝える)

 

「……なところ」

「……え?」

 

 そして、少女はか細く、それでも毅然とした言葉で紡ぐ。

 

「パトロールのとき、遊んでいる子供を見て、優しく目を細めるところ。夕飯がちょっと豪華だったとき、目をキラキラさせて喜ぶところ」

「……アリーゼ?」

 

 少女の言葉は止まらない。

 

「出会ったばかりのアストレア様を、命を賭けて守ってくれたこと。無茶ばっかの私たちを、影でそっと支えてくれること。闇派閥(イヴィルス)の襲撃で、一番危険な役回りに進んで立つこと。私を、何回も助けてくれたこと」

 

 きっと、僕の目は点になっているだろう。

 それほどに、少女が何を言ってるいるか分からない。

 その震える唇が、どんな意味の言の葉を紡ぐのか理解できない。

 気づけば、少女は僕と同じように瞳から涙を流していた。

 

「あと、素顔が意外にかっこいいことも追加ね」

「なに、言って」

「一ヶ月接して、気づけたガルフの良いところだよ」

 

 少女は、少年の心の奥底に響くように、ゆっくりと言った。

 

「私はガルフの過去とか、何を抱えてるかとか、どんなに苦しんでるかは知らない」

 

 少女は、仕方ないと分かっていても、己の無力さに下唇を噛む。

 

「だけどね、ガルフっていう少年が、とても強くて、誰よりも優しいのは知ってるの」

「っっ!!」

 

 少女の狙い通り、その言葉は少年の心に深く沈んでいった。

 どれだけ塞いでも漏れてしまう水のように、どんなに閉ざしても、彼女はそれを優しくこじ開ける。

 

「だから、救われる価値がないなんて、言わないで……!」

 

 僕と会って初めて、少女は憤慨した。

 己を卑下する僕と、そして何もできない自分自身に。

 こんなみっともない所を見せたくないのに、瞳から涙は止まらない。

 少女は、頬に触れている手で優しく雫を払う。

 

「私の『正義』は、ガルフと一緒にみんなの所に戻ること」

「……僕と、一緒にいると死ぬよ?」

「――死なないわ」

 

 現在、肩からお腹にかけて重傷を負い、命の灯火を消しかけているのに、少女は断言した。

 

「だって、ガルフが助けてくれるもん」

 

 誰かに頼られ、必要とされること。

 無意識に切り捨てていた、どこかに置いてきた(もの)が、性懲りも無く戻ってきた。

 嬉しいのか、辛いのかよく分からなくて、だけど涙は溢れてきて。

 

「あぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 その日、少年はこの世界で初めて、声を上げて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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