『その工程は省くなつってんだろ!』
『ふぐっ!』
まだ剣を打ってる最中なのに、頭を殴られた。
最優のクラスとしての力を惜しみなく使った一撃は脳を揺らすのに十分だった。
剣を作る工程で、いらないと思った部分を無視し、セイバーに怒られる。最近の定番であった。
『いいか? お前はドが付くほどの初心者だ。そういう奴等は基本を固めるのが巧くなる一番の近道なんだよ』
『殴らなくてもいいじゃん……』
『お前はなまじなんでも出来ちまう分、挫折を味わえなかっただろうからな。身体に叩き込むしかねぇ』
『若造りジジイめ』
『何か言ったか?』
聖杯戦争と並行して、僕はセイバーに鍛冶を教わっている。
弟子が十三歳、師匠が推定七十歳超えという差が激しい師弟だ。
セイバーは少しでも間違えたらすぐに殴ってくる、それもグーでだ。今まで僕がやっていた現代の鍛冶と、セイバーの時代の鍛冶は大きく変化しており、そのギャップが何度も喧嘩に繋がっていた。
……セイバーの時代の鍛冶の方が優秀でやり易いけど、その事は絶対に言わない。
殴られた箇所を揉んでいると、セイバーは持っていたバンダナを投げてきた。
『ほれ』
『ぎゃふっ』
『さっさとそれで汗を拭き取れ。もう昼だ、握り飯でも作ってやんよ』
なぜセイバーが食事を担当しているのか――このジジイ、料理がめちゃくちゃ得意なのだ。
正直そこらのレストランよりも断然に美味しい。
高級なものではなく、庶民的で簡単な料理だが、それがまたいい味を出しており温まる。本人曰く、依代の子が料理上手らしい。
縁側に座り、セイバーがくれたおにぎりを頬張っていると、隣にジジイの気配を感じる。
『いたっ!』
『またジジイとか思っただろ?』
『なんで分かるの……』
『年の功ってやつだ。若造には早ぇよ』
恐るべき勘を頼りに、セイバーはまた殴ってきた。
精神はジジイであるくせに、ジジイと呼ばれるのは嫌らしい。なお、お爺ちゃんなら良いとのことだ。だいぶめんどくさいジジイだ。
……あ、待って。その振り上げた拳をこっちに向けないで
『たくっ、マスターは礼儀がなっちゃねぇな』
『年齢詐欺してる方が悪い』
あーだこーだ言いながら、シャケの入ったおにぎりを一気に飲み込む。
流した汗に釣り合う塩分量で、恐ろしくなるほど美味しかった。しょっぱすぎず、かつ薄すぎずの中庸をいつも作ってくれる、鍛冶師じゃなくて料理人の英霊と呼ばれても納得できる。
料理人のセイバーはやだなぁと思っていると、セイバーはぶっきらぼうに口を開く。
『槌を振る上で、迷いがあるみたいだな』
『っ』
『いつも後ろから見てんだ、そんくらいは分かる』
たしかに、剣を作る時に、この頃考え事をしてしまう。
『言っとくが、お前の成長速度は異常だ。一週間で
『別に悩んでるのはそこじゃない』
むしろ、日に日に自分が鍛冶師として腕を上げていっているのが肌で感じ、高揚感を得ている。
じゃあなんだ? と、目線を投げてくるセイバーに目を伏せながら応えた、
『自分の作りたい武器が分からないんだ』
『……そりゃ、剣が作りてぇとか、種類の話じゃねぇな?』
『うん。セイバーは宿業を斬る刀を作ったんでしょ? でも、僕にはそういう、作りたい理想形がないんだ』
セイバーのように業を斬りたいわけでも、かと言って人を殺すために作ってるわけでもない。
放心しながら剣を打ってるわけではないけど、それを考えちゃうことで鍛冶の工程を間違えることもある。
セイバーみたいに信念が無いと、良い武器は作れないかと思ってしまう。
心のうちを吐露すると、セイバーはまた拳骨を落としてきた。
『ぐふっ…… 今のは本当になんで殴るのっ』
『ガキンチョが一丁前の鍛冶師みてぇなこと言ってんじゃねぇよ。その悩みはもっと上の領域に行ってからにしろ』
いわく、それは一流になれば必然的に当たる壁のようだ。そして、僕はその領域には至っておらず、考えるだけ無駄とのこと。
言いたい事は分かるけど、僕の悩みの種の解消には至らない。
セイバーをジト目で睨むと、彼は大きくため息をついて口を開く。
『鍛冶師にとって、何が一番大事なものは何だ?』
その問いに、すぐさま答えられた。
『才能』
『違う』
『がふっ!』
再び頭を殴られる。
『し、師匠』
『違う』
『うぎゃっ!』
『え、えーと、やる気!』
『違う』
『さすがに殴りすぎでしょ!?』
たんこぶが出来た気がする。
この短時間で六回も頭を叩かれた。
手加減してくれてるとはいえ、サーヴァントの一撃だ。かなり痛い。
セイバーはカカッと豪快に笑って、すんなりと答えを言った。
『鍛冶師にとって大事なもの、そりゃ――――《想い》だ』
『《想い》?』
ここにきて精神論かと、自分の声色が失望を帯びていくのを感じる。
そんな僕を見て予想通りだと、笑みを浮かべるセイバーは立て続けに言った。
『武器ってのは生きてるんだよ。鍛冶師の想いを汲んでそれが槌と真に噛み合った時、初めて真の武器が出来上がる』
『じゃあ、僕が作ってるのは……』
『凡作もいいとこ、ただの
熱を帯びた琥珀色の瞳から、目が離せない。
『一貫した想いじゃなくて良い。自分がしたい事、為したい物を思い浮かべて、そして剣を想え』
『剣を、想う』
『そうだ、そうすりゃ――』
セイバーは姿通り子供のようにニカっと笑う。
『――妖刀なんぞ、いくらでも作れるようになるさ』
その時に覚えた、まだ見ぬ高みへの昂揚感は今でも覚えている。
「――って作戦なんだけど」
「オッケーよ!」
思いもよらぬ即答に、言葉が詰まった。
「どうしたの? ライラが街の子供たちに同い年と思われた時みたいな顔してるわよ」
「例えが微妙に分かりにくい」
それは何とも言えない複雑な顔だったんだろう。
子供たち側に悪気が一ミリもないのため、余計にタチが悪い。
「いや、博打要素の高い作戦だし、僕が失敗したらアリーゼは確実に死んじゃうんだよ?」
「あー、そんなことね」
生死がかかった事でも、アリーゼは能天気に喋っていた。
自分から提案した身であるが、その能天気さはまずいと思い怒ろうとして、アリーゼが真剣な表情をしているのに気づいた。
その眼差しは真剣ながらも暖かみを宿しており、少し微笑みながら、アリーゼは次の言葉を紡ぐ。
「ガルフが失敗するわけないもん」
「っっ」
それは、絶対的な信頼。
側から見れば盲目とも取られてしまう、危ういもの。本来ならば注意しなければならない。
だけど、その信頼が、その信用が、今は何よりも心を打った。
仮面を被っていないので、ニヤけそうな顔を必死に我慢し、大穴……僕とアリーゼが落ちた穴へと目を向ける。
「準備はいい?」
「もちろん。二人でみんなの所に帰りましょう!」
レベル3と5の力を憤慨なく使い、めいいっぱい跳躍する。
『シャドウ』を縛る簡易的な寺に戻ってきた。
穴を出て真っ先に目に入ったのは揺らめく影。
一時間前よりもその幻影は薄れているが、試合……死合いへの渇望は増していた。
今も『シャドウ』の表情は分からないけど、雰囲気からその口元に弧を描いている事だけは分かる。
ようやく来たか、と言いたげに背を伸ばし、『シャドウ』は長刀を構えた。
早くも戦闘態勢に入った『シャドウ』に対して、大きく息を吐いて、《炎天爛媧》の柄を握りしめる。
隣ではアリーゼが既にエンチャントを剣にしていた。
「今度こそ、お前を僕たちが倒す」
「guuuuu-------guaaaaaaaaaaaa!!!!!」
こうして、『シャドウ』との再戦が始まる。
「guuuu!」
「お前から来るのかよ……!」
開戦の狼煙は、『シャドウ』の音速の突きであった。ガルフの胸を寸分なく狙った一撃は、正義の少女によって切り払われる。
「私も忘れてもらっちゃ困るわ!」
「-------」
「無視!? 相手にされてないんですけど!?」
元から眼中に入れられてないアリーゼは、敵としても認められない事に悲しむが、切り替えて『シャドウ』に相対した。
そして、斬撃を切り払った瞬間、少年と立てた仮説が立証したことに微かに喜ぶ。
「やっぱり、確実に弱ってる……退去が近いんだ」
「その証拠に、突きの威力が落ちてるわ。それに、あなたから攻撃を仕掛けてくるなんて、あの三つに別れる斬撃以外、初めてよ」
『シャドウ』には
【ルミノス・ウィンド】での損傷に加え、サーヴァントの成り損ないという霊基の脆さ。
色々な因果が重なり、今の『シャドウ』はかなり弱体化していた。
されど――
「技の冴えは1ミリも落ちてない」
予備動作のない、流れるような音速の突き。
あれは一時間前の『シャドウ』に劣らない、いや、果てしない死合いへの執念から、技のキレは昇華していたのだ。
ひとえに、最高の死合いをするために。
前述した通り、技の研鑽に至っている『シャドウ』に真正面から切り結ぶのは愚策であり、戦力低下につながる。
「悪いけど、僕たちの戦い方でいかせてもらうよ」
「ga......!!!」
「【
折られたはずの朝露色の魔剣が、
その異常たる光景に、『シャドウ』は一瞬だけ思考を停止した。
そして、その一瞬を見逃す愚者はここにいない。
「くたばれ」
一言。
無慈悲な一言により、十の魔剣は一斉に射出された。
単純計算で、下層のモンスターを余裕で倒せる上級魔法が十連発。
歴戦の冒険者であっても、この剣群を突破することは叶わないだろう。
――それは、『シャドウ』が
『シャドウ』は長刀で微かに先行している魔剣を叩き割り、その爆風を防御となした。
弾ける冷気と爆風がやつの足元を抉っただけ。
――想定内だ。
入った。
長刀の間合いよりはるか近く、やつとの至近距離へと。
超接戦のインファイトにて、戦いを展開することができる。
即座に長刀を翻し、坂刃の攻撃を、身体をずらして避ける。
そして、射出するふりをして隠し持っておいた一本の《冷華儚凛》をガラ空きの胴体へ放つ。
「《冷華儚凛》!」
『シャドウ』の胴体に冷殺の一撃が刻まれる瞬間――『シャドウ』は空中でバク転をして、斬撃を避けた。
異端の技能に戦慄するが、奴の身体が軋む音が聞こえる。
超常的なポテンシャルで己の身体を自壊させてしまうほど、あいつは弱っている。
バク転する際、左足で蹴り上げられ、少年の身体は宙を舞った。
――これも想定内。
蹴り上げられる際、右手から離しておいた《冷華儚凛》の魔力を解いた。
内包されていた神秘が、行き場を失い外に逃げようとする。
投影した武器を無理やり爆発させる技……切り札の一つを切る。
「《
冷気を帯びた爆風がボロボロの壁を抉る。
少年と『シャドウ』の間から大爆発が起こるが、あらかじめ分かっていた少年は魔力の膜を張り防御している。
対する『シャドウ』は――
「――無傷かよ……!」
煤が付いたのみ。
今のは良かったぞ、とでも言いたげな視線を少年に送っている。
――だけど、
真打の一撃が『シャドウ』を襲う。
「【
赤く燃ゆる剣が、暗闇の戦場を照らし、冷気に満ちていた死合いを熱に満ちる劇場へと変える。
火花を散らしながら、橙赤色の弧を空中に描く片手剣は『シャドウ』の脇腹をたしかに抉った。
しかし、一撃を与えた少女の顔は晴れない。
「ごめん、避けられた……!」
「大丈夫。一撃与えただけでも前進」
本来であれば、少女の爆撃はそのまま胴体を切り裂くはずであった。
爆風を至近距離で浴びた『シャドウ』は、脇腹を犠牲する事で炎殺の一撃を避けたのだ。
次の一手を模索する少年は、自身の頬を生暖かいものが流れているのに気づく。
「っ、ガルフっ! 目から血が!」
「【投影】の過剰使用による代償か……」
上級魔法に匹敵する十個分の魔剣。
それほどの威力を持つ武器を複数、代償なしに【投影】できるはずがない。
加えて、この【投影魔術】は
故に、制御が未だに効かないのだ。
「この程度なら大丈夫。あいつから目を離さず、作戦通りで行こう」
自身の傷をどうでもいいと思うような言い様に、少女は眉を顰める。
帰った後はそういう所も矯正しなくては、と思いながら、そんな事を考えられるほど余裕ができている自分に驚く。
笑みが浮かんでくる顔を必死に抑えながら、少年と共に『シャドウ』に剣を構え、突撃を仕掛ける。
勝負の決着は、まだ訪れそうにない。
もう、何合斬りあっただろう。
戦場の三人は、数多の傷をその身に負っていた。
斬撃、突き、切り払い、はたまた体術も繰り込まれた戦闘は、とても三人で起こされたものとは思えない。
寺の壁や賽銭箱は既に崩壊しており、簡易な寺院は今では殺風景な大地となっている。
一番ダメージを負っているのは魔剣を持つ少年である。
至近距離での炎と氷の魔剣放出、簡易的な防護膜があるとはいえ、衝撃は殺すことができない。
さらに【投影魔術】の過剰使用による出血。
今や目からだけでなく鼻、口、穴という穴から瞳と同じ深紅の液体を流していた。
『シャドウ』につけられた傷より、自傷した方が多いのは、少女の胸を痛めるのに事足りた。
「「っ!」」
その瞬間は、唐突に訪れた。
長刀を地面と並行に、顔の横で構える。
次元を歪める超常の一撃。
自身のタイムリミットを悟ったか、それとも、血が躍る戦闘に充てられ宝具を解放したか、何が正しいのかは『シャドウ』自身も分からない。
かの侍の心はただ一つ――――――――至高の死合いをっ!!
「《秘剣――――――」
初めて、宝具の銘が清涼に聞こえた。
迷いも、葛藤も、雑念も、全てを打ち消した、音速……いや、音さえも置き去りにする光速の一撃。
無名の剣士が放つ、技能の頂にして剣の極地。
「――――燕返し》」
秘剣の一刀にして三刀。
寸分狂いなく同時に振るわれる、三刀の
一刀…………真上から来る斬撃が、少年の左肩、小癪な炎の魔剣を持つ肩を切り裂こうとする。
埒外から狙われるその一刀は、少年では防ぐことができない。
故に――
「【
――少女が防いだ。
『シャドウ』の片眉がピクリとした気がする。
二刀…………ちょうど右の真横から振るわれる斬撃は、少年の胸を地面と平行に切り裂こうとする。
一刀目に意識を割いていれば、まず防ぐことができない迅速の瞬撃。
しかし、少年は、元から一刀目など眼中にない。相棒の少女が、共に戦うと誓った少女が、防いでくれると信じていたから。
「《冷華儚凛》!」
投影した魔剣で、二刀目を丸ごと凍てつかせる。
次元を歪めた一刀はその勢いを失い、魔力切れにより始めから無かったように消えていく。
三刀目…………斜め左下からの切り上げが、少年の首と胴を引き裂こうと穿つ。
一刀目とも、二刀目とも違う、必殺の一撃。
喰らえば即死は逃れられない、絶死の一刀。
首を断とうと、迫り来る斬撃に、少年は防御をしなかった。
出来なかったのではなく、しなかったのだ。
数刻前のことを思い出しながら、次の一撃のために力を溜める。
『多分だけど、あいつの宝具の同時斬撃は僕にくる』
作戦を話し合う場面、冷たい床に二人で腰掛けながら、『シャドウ』への対策案を捻り出す。近くには布をかけられたハシャーナの姿があった。
少年に斬撃が来るということは、少女は眼中に入れられてないということ。
そんな事実に悲観せず、少女は勝ち気な表情をしていた。
元より少年の方が強いのは自明であり、逆に自分を侮ったことを後悔させてやるとでも言いたげな顔に、少年は笑みをこぼした。
『じゃあ、私はその隙に切りかかる?』
『いや、アリーゼのエンチャントでも退去まではさせられないと思う』
宝具を使ってくるのであれば、それはこちらにとってもあちらにとっても最終局面。
損傷を与えるのではなく、確実な撃破。
求められるものには、少女の火力が足りていなかった。
『だから、アリーゼには二刀分防いで欲しいんだ。一刀は僕が自分で防ぐ』
『その……宝具っていうやつを乗り越えて、ガルフの奥の手を叩き込むってことね』
少年は提案し、渋い顔をしていた。
一刀を斬り払うだけでも難しいのに、あの同時に迫り来る二刀を防ぐなど正気の沙汰ではない。
そんな少年に、少女は胸を張って言った。
『任せて! あいつのクセは何となく分かってるわ!』
無理難題など一切感じさせない少女に、少年は一瞬驚き、そして彼女が団長である理由が再認識できた。
『頼んだ。その代わり、僕はあいつを必ず倒す』
こうして、彼らは『冒険』に挑んだのである。
三刀目の秘剣が少年の首を泣き別れさせようとして……色白の美しい手が遮った。
少年の驚愕を掻っ攫いながら、少女はそれでも笑った。
少女は自身の手に攻撃を突き刺すことで、その一刀を止めたのだ。
痛みを堪えながら、少女は毅然として言い放つ。
「やっぱり、あなたは首を狙うクセがあるわね!」
それは、二度も間近で受けた少女だからこそ導き出せた答え。
一刀目を愛剣で斬り払いに左手を出すのと同時に、斬撃を確認もせず右手を少年の首元に伸ばした。
そして、狙い通り、手のひらを漆黒の長刀が穿つ。容易く貫通して、熱が込み上げてくる。
瞳から雫が伝いそうだが、それは必死に堪えた。
そんなことをしてしまえば、少年はきっと悲しむ。
だから、少女にできることはただ一つ――
「決めて、ガルフ!」
――少年に激励を送るだけだ。
送られた少年は、大きく息を吐いて、その心は水面のように凪いでいた。
「【
魔力を《炎天爛媧》に
――そして、世界が止まった。
風景は変わらない。
目の前には敵のシャドウ・サーヴァントと、相棒の少女がいる。
ただ、昔のテレビのように白黒で、空間が切り取られたように、時間が停止していた。
「なに、ここっ! 今、どうなって」
身体が一ミリも動かせず、魔剣に魔力を繋いだまま、機能を停止している。
少女の痛みを堪える顔も、『シャドウ』の眼前の絶技に心を躍らせる表情と、全て止まっている。
「
だけど、その声だけは、父のように慕って、母の次に尊敬してて、そして、見殺しにした恩人の声だけは聞こえた。
「せい、ばー?」
「おう、久しぶりだな。
前世と違う赤髪に、セイバーは若っぽくて良いと言う。
性格はてんで変わってねぇな、とジジくさい事を言うその目は、昔日のように優しさを帯びていた。
言いたい事、言えなかった事、謝りたい事、いろんな言葉が喉につっかえて、うまく喋れない。
セイバーはそんな様子を面白く眺めながら、口を開いた。
「さて、時間もねぇ事だし要件を伝えるぜ――――魔剣を強化するのはやめとけ」
そして、いつもの変わらぬ口調で、死を告げてきた。
「なんでっ!」
「高みってのはな、地獄だ」
セイバーは昔を思い返すように、頬をかきながら言った。
その重責を宿す声に、喉が詰まる。
息を呑んだ声が自分のものだと気づいたのは、数瞬経った後であった。
「何かを目指して、渇望して、止まることができねぇ。誰からも理解されず、誰もがお前の元を離れる、いわば孤毒ってやつだな」
拳を深く握って、セイバーは悔しそうに言い続ける。
自分の罪を懺悔するように、自身の行いを恨むように。
自身の塊だったセイバーが、こんな姿になるなんて信じられなかった。
「
「……いやだ。僕はもう、生きたいって思える理由を貰ったんだ」
他ならない、正義の少女に。
セイバーは少し目を見開いた後、変わらず真剣な顔で言い放つ。
「分かった。なら、分不相応な
それは、考えうる限りの最良の選択。
地獄も受け入れず、死合いを脱する事ができる。
僕とアリーゼは瀕死、アリーゼに関しては手を刀が貫き、血が決壊したダムのように流れている。
だけど、どこか引っ掛かりを覚えた。
「それは、アリーゼもだよね?」
自分の声が震えるのを自覚しながら、セイバーに確認を取る。
セイバーは無表情を貼り付けたまま、無慈悲に言った。
「いや、あの嬢ちゃんは無理だな。マスターだけならまだしも間に合わねぇ」
「……そんなのっ、認めるわけないだろ!」
「マスター!」
セイバーは、声を荒げる。
鍛治を教えてくれる時とは違う、本物の怒鳴り声。
聞き分けのない子供に怒るような、爺の声。
「お前はこの先歩むのが地獄だと分かっちゃいねぇ! 誰もがお前の敵だ! 昨日一緒に飯を食ってたやつに、後ろから斬りかかられることだって稀じゃねぇ!」
「そんなの、そんなの確定した未来じゃないだろ!」
「いぃや確定してる! お前はこの先生き地獄を味わう! そんな道に愛弟子を行かせるなら
「でも、だからってアリーゼを見捨てるなんて!」
「あんな小娘なんか忘れろ! 掃いて捨てるほどいるだろうが!」
「セイバァァァァ!!!!」
言い合って、喧嘩して、身体は動かないけど、殴りかかろうとして、気づいた。
セイバーが、顔を歪めて、下唇を噛んでいる。
瞳が震えて、迷子の子供のようになっている。
「っ」
――セイバーは、辛いんだ。
一流の領域に踏み入れた僕を、その研鑽を祝福しようとして、けれど、僕の未来を
セイバーのスキル……鷹の目は
だから、僕を叱ってまで、アリーゼを愚弄してまで止めようとしている。
「ふふっ」
あぁ、やっぱり変わらない。
少し過剰な過保護なところも、僕を一生懸命守ってくれるところも。
急に笑った僕に、セイバーは顔を歪めながら疑惑の視線を向ける。
その視線に、真正面から心の内を返した。
「セイバー、僕はもう《想い》を見つけられたんだ」
「っ!」
良い人だらけの、お人好ししかいない【アストレア・ファミリア】を思う。
ライラには家出した事を怒られそうだ。
輝夜とは今なら楽しく話せそう。
リューと仲良くするのはまだ難しい気がするなぁ。
アストレアは…………無言で正座を要求してきそう。
「仲のいい友達を、支えてくれる母親を、そして、共に歩んでくれる仲間を見つけられた」
「やめろ」
気が弱くても、勇気に溢れたラウルを。
見ず知らずの僕にあんなにも親身になってくれたアルフィアさんを。
そして、僕を絶望から掬い上げてくれたアリーゼを。
そんなすごい人たちに会う事ができた。
「この先進むのが地獄だろうと、僕は彼女たちと進んで行く!」
「やめろっ!」
やめない。
僕は、もう、決めたんだ。
彼女と誓ったんだ。
どんなことがあろうと、どんな苦難が待っていようと、僕はこの死合いから――
「僕は、アリーゼと一緒に生き残る!!」
――吠えた瞬間、白黒の世界にヒビが入った。
「元の世界に、戻る……?」
セイバーを見れば、彼は額を抑えて、唇を震わせ、顔を歪めている。
しかし、それは辛い顔ではない。
弟子の成長を喜ぶようで、弟子の行く末を案じるようで、必死に涙を堪えてるように見えた。
「セイバー。ありがとう」
「っ!」
「あなたがいなきゃ、僕は折れてた。僕はこうして、ここに来れてなかった」
母が生きる意味をくれて。
少女が生きる理由をくれたのなら。
セイバーは生きる方法をくれた。
だからこそ、最大限の感謝を。
前世では伝えられなかった、面倒見のいい爺への謝礼を。
もう会えないと分かっているから、全てを伝える。
セイバーは必死に上を向いて、僕と顔を合わせないようにしている。
嫌われてるとか、そういうのじゃなくて、僕には涙が落ちないようしてるしか思えなかった。
「あーあー、これじゃ
鼻声で、みっともない。
豪胆なセイバーとは思えない、掠れ声。
……そんな声で話されたら、僕だって雫が伝っちゃうよ。
「マスター」
「うん」
「進め。千子村正なんか飛び越えて、遥か先に、遥か遠くに飛んでいけ」
「っ、うんっ!」
世界が元に戻る。
鳴き声は聞かせたくないから、セイバーからもらった勇気を胸に、声に出した。
「見ててね! 師匠! あなたの一番弟子の偉業を!」
ついに師匠の涙腺は決壊し、透明の雫がポツポツと落ちる。
泣き笑いを浮かべた師匠は、大きな声で言った。
「あぁ! 頑張れよ、正宗!」
長い間聞いていなかった、前世の名前。
師匠の言葉を噛み締めながら、世界は虹色へと戻り、師匠は幻影のように消えていく。
だけど、ちっとも辛くなんてない。
――僕の背中には、世界一頼りになる師匠がついてるんだから。
「【
《想い》をこめろ。
魔剣に心血を注げ。
荒れ狂う心を、《炎天爛媧》に。
マグマよりも煮えたぎる情熱を、魔術回路に。
「gua------!!!!!」
「あれって……!」
アリーゼと『シャドウ』は、刮目する。
炎の魔剣が、灼熱の劫火を纏い、
短刀型の魔剣が、背丈を越す太刀に。
その切先は、『シャドウ』の胸の中、霊核に向いている。
炎が天に届くだけじゃ、足りない。
爛が媧を巻き起こすだけじゃ、つまらない。
それよりも遥か先へ、頂をも、地獄をも踏み越えろ!
「燃え尽きろ――――《閻魔焔劫・正宗》!!」
その灼熱に。
その情熱に。
地獄を呑み込む炎に。
閻魔さえも喰らい尽くす焔に。
シャドウ・サーヴァントは…………無名の剣士、佐々木小次郎は静かに口を開いた。
「――見事」
業火の太刀は、小次郎の霊核を寸分狂う事なく、貫いたのであった。
主人公の前世
名前:千子正宗
サーヴァント:千子村正
容姿:灰色の髪の毛に深紅の瞳。日本人離れした容姿を理由に幼少期にいじめられたことがある。
ある理由から聖杯戦争に参加し、その血縁を媒介として村正を召喚。当人たちは認めないだろうが、その容姿からご近所では仲の良い兄弟のようだと言われていた。