黒江さんがちょっとだけ前を向けたストーリーになっています。
五分程度で読める分量なので、隙間時間でも読めると思います!
反応いただけたら幸いです!
黒江さんが少しだけ前を向けた作品です。
短編ですので、ちょっとした隙間時間にどうぞ。
反応いただけたら嬉しいです!
誤字脱字、文法ミスなどがあったら遠慮なくご指摘お願いします!
無機質な建物が並ぶ宝崎の街を、ぼうっと電車の窓から眺めている。
赤く染まった夕焼けは、惨めさを突き刺すように、肌を痛く照り付けた。
日差しが強いほど、街の影はくっきりとする。
それはまるで、私の心を縁取るかのように――――。
私はまた、あの子のことを思い出した。
私なんかよりもずっとずっと弱くて、それでも必死に生きていた女の子。
お互い連絡先も名前も教えず、1度会ったきり、もう二度と会わないだろう女の子。
別れ際、駅のホームからずっと手を振っていた女の子。
――――私が、見捨ててしまった女の子。
あの日から、ものを食べるのも息をするのも辛くなった。
私が生きるために何かを欲すれば、あの女の子の影が私の背後で囁いてくる。
私はその声への贖罪としてなのか、ものをあまり食べなくなった。
このままいっその事、死んでしまって星にでもなればいいのに、そんなことを思いながら空腹を我慢するようになっていた。
それでも死ぬことなんて出来なくて、だらだら惰性で生きてしまっている。
そんな自分が、私は嫌いだった――――。
「……黒江さん?」
透き通った声がより一層繊細になって、私の名前を呼んだ。
「ああ、ごめん……」
「黒江さん、急に黙っちゃうから心配しちゃいました。大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。少し疲れちゃっただけだから」
揺れる電車の中、私のように弱いのに、いつも人の事ばかり気にする女の子が、隣に密着して座っている。
体の側面で感じる彼女の体温は、心做しか熱く感じた気がして、火傷しちゃうんじゃないかと思うほどだった。
「ねえ、環さん……」
なんですか、と言いたげな顔で彼女はこちらを覗いてくる。
「もし環さんの前に……」
今にも死んでしまいそうな魔法少女がいて、でも自分にも余裕がなくて、どちらかを選ばなきゃいけないってなったら環さんならどうする?
なんて質問が、彼女の澄んだ瞳を見たとたん、喉の奥でせき止められてしまった。
「ううん。なんでもない」
中途半端にやめてしまった私の話に、気まづそうになった環さんは黙ってしまった。
その日は、それ以外何も話さなかった。
♢
ある日、公園で弱ってる子猫を見かけた。
かわいそうだななんて思いながらも、私はその子を見過ごそうとした。
私がその子猫を保護できるわけでもないし、きっとすぐほかの人が気づいてくれるだろうから。
そう思って、私はその場を離れてしまった。
でも、ニャーニャーと甲高い、悲痛な叫びにも聞こえる子猫の鳴き声が脳にこびりついて離れなかった。
ふと、足が止まってしまう。
「はあ……」
振り返ってその子猫のところまで戻った。
見てみると、その子猫は生まれて間もないのだろうか、目も十分に開ききってないし、自分で自由に歩くことも出来なさそうだった。おまけにやせ細っていて泥だらけで、もうすぐ途切れてしまう命をそのまま写し取ったかのような、そんな状態だった。
最後の力をふり絞って、何かを懇願するようなか弱い鳴き声。
きっとあの時会ったあの子も、心の中ではこんな泣き声をあげていたのかな。
私がその子猫の前でかがむと、子猫は私の存在に気づいたのか、地面を這うようにして近づいてくる。ニャーニャーと藁にも縋ろうとしているかのように、必死で鳴きながら。
「母猫とはぐれちゃったのかな。困ったな……」
私のところに来ても、何もできないのに……。
じゃあなんで、私はこの子のところに来たんだろう……。
――――私のこと見捨てたくせに。
違う。そんなんじゃない……。
――――何も違わない。あの時と、全く同じ。
違う……違うのに…………。
――――今更変わろうなんて無理。あなたはもう、正しくなんてなれない。
分かってるよ……そんなこと……分かってるのに…………。
「――っ!」
突然、後頭部に強い衝撃が走った。
あたりを見回すと近くにサッカーボールらしきものが転がっているのに気づく。
どこからか飛んできて、たまたま当たってしまったんだろう。
状況が分かると、後から追いかけてくるように痛んできて頭を抑えてしまう。
「痛たたた……」
「お姉さんごめんなさい!」
はつらつとした声の主は、小学生くらいの男の子だった。
友達と遊んでいたんだろうか。
「……いいよ。気を付けてね」
そう言って、私はボールを拾ってその子に手渡した。
男の子はありがとうございますというと走って行ってしまった。
後ろを見ると、少し離れただけなのに子猫は私のことを必死に探し回るようにして体を左右にくねらせていた。
「……こっちだよ」
そう声をかけてその子をそっと持ち上げようとしたとき、私はあることに気づいてしまった。
私がもし、この子の前にいなかったとしたら……。
「私のおかげでこの子は……」
…………ううん。そんな『おかげで』なんて……何を勘違いしたこと言ってんだろう、私。
第一、私はこの子を見捨てようとしてたじゃん。
…………でも、この子は私が居たことによって偶然助かった。
それは、まぎれもない事実だったんだ――――。
しばらく子猫をもってうろうろしていたら、通りすがりの人に声をかけられて事情を話したところ、ボランティアに連絡しとくからと子猫を引き取ってもらった。自分では何をしていいのかわからなかったから、内心ほっとした。
♢
「もし良かったらこれ、食べてください」
「え、いいよ。流石にこんなたくさんもらっちゃったら悪いし……」
「いいんです。黒江さん最近元気なさそうだし、ちゃんとご飯食べれてるのかなって心配だったんで」
「………」
「……ちゃんとご飯食べないと健康に悪いですよ?」
「……環さんは何でもお見通しだね」
「ええっと……」
「実はね私、最近あんまりご飯を食べれてなかったんだ。だからうれしい。ありがとう」
「良かったあ! 受け取ってもらえてうれしいです。最初は大丈夫かなって思ってたんですけど、黒江さんどんどんやせ細ってる感じがしちゃって……。しっかり食べないとダメですよ?」
「うん、食べる…………ねえ、環さん」
「何ですか?」
「もし自分が取り返しのつかないくらいの間違いを犯してしまったら、環さんならどうする?」
「うーん……取り返しがつかなくても、正せない間違いはないんじゃないかなって思います。だから、その間違いを正せばきっと自分のためになるというか……」
「じゃあ、その間違いを正せたとしたら、どうする?」
「……感謝? ですかね? よく分らないです……あ、ごめんなさい、私なんか偉そうにぺらぺらと……」
「ううん。聞けて良かった」
「そうですか?」
「うん」
「それなら良かったです。でも、どうして?」
「うーん、内緒かな」
「それ余計気になるやつですよ?」
――――――そう言って環さんのはにかんだ顔が、何故か忘れられなかった。
今朝、電車の中でもらった環さんのお弁当。
今日もどうせ食べないからって自分用の弁当は用意しなかったけど、たまたま環さんが私のことを気にかけて作ってくれたお弁当が、今目の前にある。
あの弱い女の子に出会ったときは、私は私の罪で命をつないで、昨日は私の存在によって偶然子猫の命がつながれて、今日は環さんの思いやりで私の命がつながれる。
きっと私は、生かしたり生かされたりする円環の中で、罪と、偶然と、めぐり逢いに頼りながら生活しているんだなと思った。
つまり、どんな形であったとしても私が生きていることに変わりはないということ。
だからきっと、目の前にあるお弁当も、魔女が落としたグリーフシードも、本質はほとんど一緒なんだ――――。
蓋を開けると、お弁当の中身は環さんらしいなと思える内容だった。
お肉も野菜もバランスよくあって、盛り付けも丁寧で、過去に環さんのお弁当は見たことはなかったけど、こうもお弁当を一回見ただけでその人の性格がわかるもんなんだなと、少し驚いた。
久しぶりに食べるお昼ご飯。初めて食べる環さんのお弁当。
なんだか、それだけで満ち足りた気分になれる。
今日も相変わらず日差しが強いけれど、街の影はくっきりとしているけれど、今日の私はそれでもいいなと思えた。
箸ケースから箸を取って、お弁当を膝に乗せる。
どれもおいしそうだな、何から食べよう、なんて考えながら私は両手を合わせた。
「いただきます」
私のお腹は満たされていく。