「逃げろ! 逃げろ!!」
「なんで俺達が来なきゃいけなかったんだよ!!」
「今更だろ!! そんなの!!」
必死の形相で駆ける集団があった。妖精族と巨人族が雑多に混じったその集団は、必死に逃げる。
後ろを見る暇などありはしない。ただ、後方にあるはずの絶望から全力で逃げるだけ。
遭遇した瞬間に逃げた。元々、それが来たら撤退と決まっていたのだ。それほどに手に負えないと分かりきっていた《敵》。
そして、この集団のリーダーである一回り大きい巨人族が声を張り上げる。
「一旦止まるぞ!」
「はあっ、はあっ!」
「くっ、そ……」
段々と集団の勢いが落ち、止まる。ぞろぞろと並びながら、彼ら彼女らはふらふらと小山へとへたり込んだ。
ここまで来れば大丈夫だろう──そう、皆が息を整え始めた瞬間だった。リーダー格の巨人族が手を叩く。
「よし! 皆、ここまで来たら──」
「──よっ、と」
──パ、と赤色が散った。
最初に響いたのは、ズウンと重い者が地面へ落ちる音が鳴る音だった。続いて、巨大な建物が倒壊するかのような轟音が鳴り響く。
砂埃が舞う。その中心にいたのは1人の少女。
「──いやぁ、やっぱり巨人族の武器はでかいね。使いづらいったらありゃしない」
返り血など一滴も付いていなかった。まるで散歩するかのような調子で、彼女は背丈に見合わない巨大な大剣を何度か振るう。
ブン、ブンと空を切る音が鳴る。その度に誰のものともしれない鮮血が飛び散った。
そして、静まり返った空間が彩りを取り戻すのはすぐだった。
「──うわぁぁぁあああ!!!」
「どけっ!! どけよ!!!」
「あああああぁああ!!!!」
「おー、凄い荒れよう……どうしようかな」
《勇者》が現れた。それだけで、いや、だからこそ場の恐怖は一瞬で拡散し、濁流のごとき勢いを作り出す。
リーダーがいなくなったからこそ、その拡散は最早止めようが無かった。
そして、周りにほとんどの生命がいなくなった辺りでリーリァは呟いた。
「……まぁ、今回のお灸はこんなところで──」
──地面が隆起した。
「──おっと」
──咄嗟に振るった大剣とぶつかり、土塊と大剣の破片が弾け飛ぶ。使い古した大剣は、堅く硬化した地面との衝突に耐えきれなかった。
リーリァはボロボロの大剣を投げ捨てると、背中の歪な大剣に手を掛けながら小山の上を見上げた。
「……巨人族の……長かな?」
返答はなかった。四本腕の巨人族がバッとその腕を広げると、それに答えるように大地が流動する。
巨大な四本の手となったそれがリーリァに覆い被さろうとし──、
ズン、と音が鳴る。リーリァは背中の柄に右手を掛け、左腕で迫り来る大地の腕の重量と勢いを全て殺しきる。
止められた──その事実に対してか、巨人族の瞳が初めて歪む。
「初めまして……なんだけど、なっ!」
せーのの勢いで逆に押し返す。ブン、と轟音を鳴らし、一瞬のけ反る動作を挟みながらもその大地の腕を弾き飛ばす──
「──っ」
──一本の極光が走った。リーリァを横から襲ったそれは、神速の槍。
瞬きすら許さない速度で、それはリーリァと共に姿を消す。一拍遅れて爆弾が爆発したような衝撃が地面に刻まれた。
その一本の傷跡を眺め、そして伺うような口調で巨人は空へ問う。
「グロキシニア、どうです?」
「……どうです、って……いや、やばいッスけど……虚を付けたんで距離は死ぬほど離せたっすけど、多分ダメージというダメージは入ってないッスよ?」
「……そうですか」
四腕の巨人の後ろからふわふわと現れたのは、妖精王グロキシニア。一筋の冷や汗を流しながら、彼は巨人へ瞳を向ける。
「こっちこそ聞きたいんすけど、ドロールくん。なんで四大天使サマ直々の頼みだからって、こんな危険なことしたんすか?」
「……いえ、ただ、どうしても知らなければならないと思いまして」
「へー、そんなもんなんスかねー……お」
グロニキシアの手元に武器が──神樹より賜れし霊装がピタリと戻る。それをマジマジと見つめたグロキシニアが、硬直する。
「……は、はは……多分勇者さん、こっちに来ないと思うんで魔力滾らすのやめていいッスよ」
「……それは、何故です?」
それに目を瞬くと、ドロールは気を張るのをやめる。そしてグロキシニアへと目を向けた。
「いや……ほら、ほとんど見えないかもではあるんすけど、見て欲しいッス」
そこあったのは、うっすらと残る一つの跡。
「──あぁ、彼女はあの時指で挟んで受け止めていたのですか」
「多分霊装も避けようと思えば避けれたッスよね。
理由は分からないッスけど、敢えてこっちに敵対しないアピールをしてきた感じ……なんすかね?」
「そう、なのでしょうね。少なくとも今回は見逃された、と考えるのが妥当でしょう」
「となると、今回の収穫はなしッスかー! あたしの苦労が報われないッス!」
「いえ、そうでもありませんよ」
「……ほほう? なかなか良いニュースがある感じッスか?」
ニヤリとグロキシニアが笑う。そしてドロールはその目を閉じた。そして、ゆっくりと口を開く。
「果たしてこれがどう役に立つかは不明ですが……ただ一つ分かったこととして、《勇者》の闘級──……その数値は常時激しく乱高下していました」
◆◇
「ただいまー」
リーリァが顔を覗かせたのは石造りの城の一室だった。窓から伺うように顔をぴょこんと出し、右へ左へ視線を揺らす。
「……あれ?」
困惑したように眉を潜める。むむ、っと再度何度か視線を振ると、首を傾げた。
そして、唸っているリーリァの後ろから突然小さな手が伸ばされた。
「リーリァ、私はこっちだぞ」
「おっと」
肩を軽く叩かれると、リーリァは驚いたように目を丸くする。そして、ゆっくりと振り向いた。
「じゃあ、改めて──ただいま、マーリン」