VEIN 作:名無しの魔命
「次、ゼノン・ゾオン」
「はい」
「申請難度は“D”か。失敗すれば死の可能性がある、外部の私では対象への影響力が極端に落ちるからな。また生き延びることが出来ても君の可能性を一つ潰すことになる。それでも挑戦するか?」
「もちろんです。僕はやりきって見せます」
「……君の挑戦が成功することを願っているよ」
「ありがとうございます、先生」
ゼノンと呼ばれた少年は心配する女性教師に笑って返し、そして魔術陣の前まで向かう。
魔術陣の中に入らないギリギリの場所。
そこに備えられた台の近くで立ち止まり、袖を捲って細身ながら鍛えられた筋肉質かつ細かな傷に覆われた右腕を露わにする。
台の上、紫の光を放つ黒い金属の器とその中の半透明な紫の液体。
彼はその器から液体の一部を空いた容器に回収し、右人差し指の腹に針で穴を開け、出た血を回収した液体に垂らした。
白く変化する液体。
それを左指に付着させ、右腕に肩から指先に至るまでびっしりと複雑な模様を刻み、最後にそれを人差し指の腹に、傷に触れさせる。
体内魔力を感知した液体は重力に従うように右腕を這い落ち、複雑な模様を保ったまま傷に吸い込まれていった。
全てが体内に入ったことを確かめたゼノンは魔術陣の中心へと歩み、全身に魔力を巡らせる。
「【其は万象 無形にして有形――有形にして無形 思より出でて視を以て形を成し死で世へ還る 其は想なり 遍く宿り何処にも不在 我に内包せし其の姿 世に遍在し――世に偏在せし其の姿 今こそ我が前に現したまえ】」
詠唱を終えた瞬間、指先から黒く変じた液体が血を伴って放出された。
傷口は液体によって広げられ、大粒の血が滴る。
「回復回復」
ゼノンは
回復液の付着した指先はシュウと音と蒸気を発して指先を完全に癒やした。
そして即座に放出された液体に視線を向ける。
魔術陣の端、水たまりのように溜まりながらも明らかにそれとは異なる様子。
初め、スライムのように蠢いていた液体は徐々にその挙動を変え、やがては重力に反して立ち上がり、姿を現していった。
「永遠とも刹那とも思える無の時。呼ばれたと思い応じてみれば……なんなのだ」
「えっと、コレは伏魔の儀といって――」
「ああ、すまない、答えを求めて言ったワケではない。ただの独り言だ気にするな。反射的に言ったようなモノで状況自体はこの儀の
そこにいたのはやたらと声の渋い紅い蛙だった。
体高おおよそ五〇センチ。
だがそれが可変であることは儀のルールによって理解している。
双方、全てではないがある程度の情報が開示されている。
「互いに力を尽くして勝敗を決め、人間が勝てば魔命を配下とし、魔命が勝てば人間を殺す。もっとも、そちら側は不粋極まりないようだが」
人間が負ければ、生徒が負ければ教師が助けに入る。
それを雰囲気で感じ取ったらしい紅蛙は少し不快そうな雰囲気でそう呟いた。
「えっと……それで……」
「戦って決めるも良し、交渉して決めるも良し、か。立てる義理も既にナシ、良かろう、戦闘だ」
「あ、はい」
一〇〇に一程度の、そこそこの珍しさの喋る魔命。
珍しい部類ではそこまで珍しくないのだが、特殊とは縁遠かったゼノンにとって少しでも珍しい出来事というのは嬉しくあり、また同時に驚きが強かった。
「ッ! ――来いッ、【
「【略式・赤魔月の毒液】」
「【固有術・
紅蛙の魔力の高まりを感じ取ったゼノンは配下に収めている魔命の中から汎用性に長けたモノを召喚。
それに対して相手は攻撃に転じられる前にと自ら攻撃に入り、口から自身よりも多い量の毒を吐く。
先に攻撃をしようとしていた彼は素早く切り替え、その指示とともに【
横向きに飛翔する頁は毒球と衝突する直前で立ち上がり、その姿を一枚の巨大な暗氷壁と化し、毒を防いだ。
「壁がッ!? 【
毒が氷壁に触れた瞬間、氷壁の魔力が奪われるように抜けることを使い魔の感覚を通じて理解。
それが崩壊するのは一〇秒もかからず、圧政者の失墜よりも容易いことだと判断した彼は素早く背に機械の翼を生やし、上空から電撃を放つ。
疾風迅雷。
回避不能と判断した相手は時間の許す限りの量で毒液を吐いた。
電撃との衝突、弾ける毒球、残った電撃が紅蛙の身体を突き抜ける。
「ゲロッ――【紅き月夜に始まりて――紅き月夜に潰えし
完全詠唱魔術。
隙の大きいそれを素早く済まし、そしてその身体が紅い光に包まれる。
血は止まり、傷は癒やされ、そして放たれる
「激ヤバ……【
何をしでかすかわからない爆弾のような存在を下手に刺激するワケにもいかず、様子を窺っている隙に大量の術を自身に付与する。
「【不詠式・
波紋生まれる紅蛙の足元。
湧き出す紅い液体は赤黒く変じ、針の形となって襲い掛かる。
「【
【
防御する、そう予想していた紅蛙はトチ狂ったようなその行動に驚愕を露わにしながらも躊躇する理由はなく、
そしてゼノンの周囲を周回する書はその厚さを半分未満まで減らしていた。
今の五〇の連射に消費したのもあるし、固有術というのは大量の
【
発動自体に固有術としての膨大な消耗、その上その後効果を出す度により多くの消耗が起こるのだ。
「行けッ!」
「防御力に絶対の自信があるというのか、小僧!」
互いの術が交差する。
片方は針。
それゆえに二つが触れようとも抵抗はほとんどなく、素通りするように互いの術は互いに吸い込まれるように向かって行く。
並行して盾を生み出す紅蛙と、攻撃に勝敗を掛けたゼノン。
傲慢ともとれるその行動に紅蛙は向かってくる魔術の如く怒りの炎を燃やし、見守る教師やクラスメイト達はその行く末を見守って息を呑む。
「なんだとッ!?」
二つの驚愕。
一つ、盾の崩壊。
一つ、針の透過。
圧倒的な熱量と衝撃の収束と、一方向への開放を主な工程とする【
だがそれを五〇。
しかも打ち出しは分散させて逃げても当たるように見せることで相手の行動を防御に誘導し、その状態で通常は軌道が直線になる魔術に魔力を更に込めて軌道を指定することで威力を一点に集中。
圧倒的破壊力をより高め。
五〇を束ねた一撃を以て攻撃を成した。
そして針の透過。
それは紛れるように行使されていた【
肉体を特殊な状態に変換することでその状態で受けた攻撃は魔力の続く限り圧倒的実力差がない限りは無効化する。
消費魔力は威力に依存するため消耗が激しいのだが、攻撃が針ということが幸いした。
紅蛙の用いた【
それゆえ、ダメージを受けるとその瞬間に肉体を変質させてダメージを無効化するゼノンとは相性が過ぎるほどに悪い。
正しく小針で刺された程度のダメージで事済む。
「くッ……仕方あるまい。断る理由はプライドの他になし、配下になってやるとしよう……よろしくな、主殿――」
「うん、よろしくね」
防いだが直撃。
下半身の吹き飛んだ紅蛙は残った上半身をドロリと溶かす。
「私はリズィンだ」
「じゃあ、リズで」
「気が向いたら呼べ……」
半身の欠如。
リズィンも、周囲を揺蕩う書も、二日か三日は再生に掛かって呼べないだろう。
「センセー! 終わりました~!」
「ああ。お疲れさまだ」