短編1話完結。
五条大橋に笛の音が流れる。
牛若丸。のちの源義経は、朝の大橋を渡っていた。鳥の鳴き声が笛に重なる。
旋律をはね返すかのように、立ちはだかる。大柄の法師。
「光る。刀。置いていけ」
地響きにも似た声だった。
「噂には聞いている。橋を通る者から刀を奪う、怪力無双の荒法師。名はなんと言う?」
「刀を置いていけ」
牛若丸は、笛を刀に持ち替える。薄緑の刀身が朝日に反射した。
「そうか。ではこちらも名乗らないぞ」
刀を向ける。対するは武蔵坊弁慶。
薙刀を大きく振り上げる。先端の白刃が空に光る。弁慶は振り下ろすかに見えた薙刀を手元に引き、一直線に突き通した。
牛若丸は体をひねり、刀で受け流す。上段からの叩きつけと思わせて中段突き。
「意外。と言っては無礼か」
距離を取る。力任せではない、武術を習い修めた動き。
弁慶は背中に手を回す。今まで奪ってきた無数の刀をつかみ、次々と投げつけてきた。
「なにぃ?」
左右にかわす。払い落とす。弁慶の剛力から放たれる刀は、どれも渾身の一刀に等しい。
「刀は魂だ。粗末に扱うものではないぞ」
「粗末にあらず。魂の本懐。成就させるための法」
襲いかかる刀を追いかけて、弁慶が薙刀が振るう。打ち合える重さではないと見て取れる。牛若丸は跳び上がり、橋の欄干に立ち、さらに跳躍した。
弁慶の視界から牛若丸が消える。頭上を飛び越え背後から刀を浴びせた。
服とも鎧とも違う、石のような手応え。
「お前、まさか。お前もあやかしか?」
付喪神。人間の手により生まれた作品が、作り、使われていく中で、思念を宿す。弁慶が着ている僧衣の中は陶器だった。
妖怪の血を引く牛若丸は、青い目で弁慶を見る。
「仕切り直そう。明日のこの時間。清水の寺にて待つ」
刀を納め、笛を吹き、牛若丸は去る。
翌日。清水寺。観客のいない舞台。
「武蔵坊弁慶」
「牛若丸」
牛若丸は弁慶の持つ棒を見た。昨日の薙刀は手にしていない。
「錫杖。いや、仕込棍か」
後世には弁慶の七つ道具と語り継がれる。多彩な用途の変形武器。
「私も、あやかしが相手ならば、こちらの刀を取ろう」
ソハヤマルを空に振る。
「輝く刀。強くなる」
弁慶は仕込棍を折りたたみ、抱え込み、姿勢を低くした。遠間でありながら気迫が届く。力をためている様子がわかる。
足を踏み出し、仕込棍を突き出した。
内部の鎖が開放される。襲いかかる虎さながらに。牛若丸はソハヤマルを片手に跳び上がった。
「投げつけるならば、踏みつけられるもまた道理!」
飛来する仕込棍の上に立つように。上から蹴り宙を舞う。弁慶は仕込棍を引き戻す。刀を受け止めようと振りかぶる。
空中の牛若丸は、刀と逆の手で仕込棍をつかんだ。
「その巨体。いくつもの刀。振り回す武術。崩すには」
手を放して、回転。弁慶の足元に落下する。
「支えは脚だッ!」
両すねを薙ぎ払う。弁慶は体勢を崩し、倒れた。
うずくまる弁慶。眼前に立つ牛若丸。決着は瞭然だった。
「刀を集め、強くなり、どうするつもりだったのだ?」
武器は人を殺し、また殺される道具。強い思いが宿る。付喪神には力の源。刀を集めるたびに弁慶は強くなれた。
「どこまで強く。強くなりたい。強くなれるか知りたい」
「強くなるだけでは空虚であろう」
ただ強さを求める道。行く先のない孤独な旅をしていた。
「私と一緒に来い。魂の本懐を与えてやる」
そして武蔵坊弁慶は牛若丸の従者となる。源義経の臣下であり、相棒。源平合戦の仁王になる。